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純然

いらっしゃいませ。

フィクションのお話です。


「我が一族の願い。我ら一族の御霊の悲願。我ら一族の家訓。我らが意思の至る所。我ら一族こそ純血種。我ら一族こそ悠久を紡ぐ者。我ら一族なればこそ…」


神の信仰。或いは共通理念。

神の体現。世界の創造主への邂逅。

世界探求。聖地巡礼。

儀式による血族化と繁栄。


一族。その本質こそ在れば唯一にして根本。

如何なる時も違わぬは一族の証。


ーーー


死の超越。故は願望。

死の克服。故は欺瞞。

死の逃避。故は言語。


禍根たれば妄言に。不死の病ともなれば別れは永遠に。


有志の灯火。風前に弔わらば慰めに。


ーーー


「憎いか?不服か?恨むのか?」


腹を蹴られて丸まった少年を見下ろした。


「かえせ…」

腹はもう痛くないのか、飛び起きると私を睨み付ける。私の掌には小さな木彫りの人形が一つあった。勿論、少年の持ち物であった。


「まぁ、まぁ、いいだろう?信仰に偶像は必要ないんだから」

「…返せ!」

飛びかかってきた存在を蹴り返す。

「君の信仰は不純だ」

諭す様に優しく語り掛ける。

手の愚物はやはり不純だった。

「呻くことしか出来ない君には分からないだろうから教えてあげよう。信仰すべき対象と信仰の在り方が不純なのだ。何故君は愚物などを信仰するのだ?我らが神は決して愚物などではない。分からないか?君は神に祈ってはいまい。神を模った愚物を信仰している。愚物を通した信仰心など汚物そのものだ。分からぬか?では、人の営みに喩えよう。君は捧げ物を。その栄養素を形を色を匂いを散々に咀嚼し、胃で腸で臓器で要らぬと捨てた汚物を改めて捧げ物として捧げるのか?君は愚物を通した汚物を嬉々として神に捧げているようだが、それは不純だ。分かるか?」

幾度も蹴られ呼吸が浅くなっていく。

「おっと、殺しはしまい。今のは喩えであり、無信仰な連中より幾分かはマシだ。今からでも信仰の在り方を変えれば純然たる信者となれる。殺しはしまい。」


手の内にあった愚物をゆっくりと少年の頭の側に置く。

「その愚物は処分しておく様に。」


ーーー

穢れの行く末を知ろうなどと云う人間は居ない。

掃き溜めに自らの意思で留まり続ける人間も居ない。


光を目指して闇から遠ざかろうという人間を知っている。

穢れを払拭し、清浄に身を置く人間を知っている。


しかし、その逆は無い。

自らの自由意思で留まろうとはしない。


「であれば…人間の意思とは本当に“自由”か?」

利得から最も遠い不利益に嬉々として身を投げる人間を知らない。


「それは…自ら不自由になろうとするものはないからだ」

反論たればそれも論ずる。


「自由の定義次第であろう。自らの意思で選ぶことこそ、自由なのではないか?結果的に不自由になったとして、それは自由意志からなる当然の帰結とも言える。責任の所在は誰にあるか?当然自らの意思で選んだ者に責任が伴うはずだ。それとも、結果的に自由であれば自由意志による可決を排斥しても問題無しとするか?」


「利益を望んだ結果の不利益を被るは利益を望んだ本人である。

そうでなければ、利益を与えようとした第三者の決断に従うだけ従い、利益を得た時に我が物顔で貪ることを良しとするか?逆に不利益を被れば第三者の責任とすることなく甘んじて受け入れるのか?」


「否!自由とは責任を負わないことだ。自由意志による自由の担保であり、その妨げたる事柄は不自由である。」

無秩序に事を成し、責任の所在は問われない事。

これを自由とすることが解放された世界と談る。


「詭弁たることを理解しているか。責任とは自由の代償である。自由は不自由を内包する。自由たれば理不尽を謳歌し、不自由たれば道理に苦しむ。責任の放棄こそ自由の棄却であり、不幸と嘆く先には困難に苦渋するだろう。自由を談るならば、自由に騙る他なく、不自由を断ずれば、理不尽にも己が自由であると晒すこととなる」

 



お疲れ様でした。


以下筆者の独り言

(人間は心理的な「正の走光性」があるように思う。

人間は生まれついてある程度の倫理や道徳を持ち合わせている。或いは文化に依らずにある程度の倫理や道徳を好む傾向にある。

とするならば、人間にとっての背甲反射に類する傾向について考えてみよう。すると一つ思い当たる節がある。

それが、快楽と苦痛である。

嫌だと思ったことから背を向けること。嫌な事柄の反対側に快楽があると信じてやまない愚かな錯覚。まさに虫のようだ。能が無くとも一応に備わっている。現実逃避による否定。否定の先に自らを肯定してくれる誰かを錯覚するのだ)

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