人類の発展寄与
いらっしゃい。
勇者の功績は、一部地域の魔物の駆逐に成功したばかりか、人類の支配領土の拡大に多大なる貢献を果たし、ついには亜人種の侵略を撃退したことにある。
「語り尽くせぬよ…」
遠い目をした老婆が若人の攻撃を完封し反撃の意を挫いた頃に口を開いた。
「師匠…」
森の奥でひっそりと暮らす老婆が勇者を育て上げたことで国家公認の道場に勤めることになってから3年経ったある日のことである。
門下生の多くがその修行に耐え切れず、門を叩いた多くの自信家の夜逃げが日常となった頃には門下生は両手で足る程度にまで減っていた。朝は一切の減速も許されない全力疾走を続けるという単調な訓練から始まり、休息と称した座学。昼食には野草から河川の魚まで現地調達が基本となっている。午後には裸に等しい服装で山に篭って、防具を見に纏った冒険者を横目に魔物に襲われる日々である。襲ってくる敵の装備以外の所持を許されず、討伐後には戦利品を所定の場所に、得た武器は捨てる決まりとなっている。
魔物の生息域が縮小し比較的安全になった森の中に価値を見出せなくなった道場は実戦方式の組み手に切り替えられていた。
「勇者はどのような方だったのですか」
先程とは打って変わって老婆が聞き慣れた質問を投げかける。
「利口だったよ。わしゃ…わしゃの生き方を教えてやったが、武器の扱いは我流で鍛え上げ、成長と共に勝てなくなってな…この訓練も奴が自主的にやってたことよ」
それはつまり、勇者が編み出した訓練法であるということである。そしてそれは、老婆の日課に上手く噛み合っていた。
棍棒使いの勇者。ゴブリンが扱う武器として認知されて以来、棍棒の流派が激減し、所持しているだけで笑い者になる下賎な武器として扱われていた。
故、初期の勇者への当たりは酷いものだったと言われている。
事実多くの冒険者が彼を一目見た時、その実績を知っていながらも笑わずにはいられなかったのはその背中に棍棒があったからであり、実際に実力を目の当たりにした冒険者だけが敬意の念を募らせるのであった。
「棍棒を杖にする退役軍人や元冒険者が増えたのも勇者の影響でしょうか」
勇者に敬意を表する者が増える一方で、嘲笑の的となっていた棍棒の流派が活気付くのはある種必然のことである。
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人類史を振り返れば、人類の繁栄に多くの謎が残されている。
それは、人類には現在多くの敵対種が生息しているからである。或いは多くの種が人類によって窮地に追いやられ、種によっては滅せられてきた。人類が発展する前の非魔術的、非論理的な形態で今もなお撃退及び討伐困難な魔物や亜人等の多種多様な敵対種をどのように退けてきたのか。
そのまた実は古くは人類に敵対的な種族が少なかった可能性も存在する。それは、知能ばかりが取り柄の非力な種族であったが為に、多くの亜人種の技術と知識を詰め込まれ知的労働を強いられることになったのではないか。その証左にして、多くの書物には亜人種の古代文字に類似する或いは合致する文字が多い。地域差も影響するが、人類の扱う言語は、数多の種族の文字が複合的に組み合わさったかのような言語体制が見受けられる。人類の神話の内容は、その近辺に存在する亜人種の神話に近しい内容が多く、神の名前やその逸話が似通っているのもこの説を有力視するに足る理由であると綴られている。
人類の発展によって亜人種が統治不可能な段階になるまで亜人種の庇護の元に魔物などの脅威から守られ続けたという仮説は、人類至上主義の反感を受けてたびたび白紙にもどっている。
おつかれ様でした。




