紛失
いらっしゃいませ
物静かな道を歩む。
帰路に着いた男は魂は存在しないという証明が必要ない正当な理由を思案していた。
数匹のアブラゼミの鳴き声が遠くの方で聴こえる。
涼しさすら感じる夏の夜はここ最近の猛暑を思えば心までもが透き通る様なスッキリとした気持ちになる。
新鮮な空気が吹き荒ぶ毎に少しばかり体が快感を得る。
酒が抜けつつある現状、月明かりが導く先にある我が家には、虚無が住んでいる。照らされた路肩の小石が朝方に見た位置から寸分も違わず在るのを確認する。ほぼ日課になった小石確認を済ませてこの先の信号へと目線を合わせる。
赤く点灯した信号は、何者もを拒む意志を宿している。
緑に変色するその瞬間まで月を眼窩に収める様に見入って待つ。
あと少しで虚無との再会を果たすだろう。
信号を渡り、数メートル先の十字路を右に曲がった先に近所の学生が「住みたくない」と酷評するアパートがあった。
確かに裕福な暮らしを経験している者にとっては、見窄らしいに違いないことは理解している。いわゆるボロアパートである。
アパートの一階の、一番奥にある部屋に続く部屋の手前には非常階段や非常口が設けられている。普段使えない仕様だし、ロクに点検されてないだろうイメージが住人の共通認識である。
「ただぃま」
虚無への挨拶は慣れっこになった。
「おかえり」
少しだけしゃくり上げた惨めな声が空間を満たす。
虚無が返事を返さないが故の一人芝居である。
つけっぱなしのラジオから砂嵐が微かに聞こえる。
朝は売れてないアイドルの宣伝が少しだけ流れていた。
その曲が気に食わなくて最小の音量にしたのが幸いしたのだ。
虚無が少しだけ、不機嫌になっている。
「家賃くらい払えよな」
居候というわけでもないし、食費なんて払ったこともない。
家には最低限の食事が出来るだけの蓄えもない。
廃棄された残飯を見た虚無が嬉しそうに手を伸ばす。
それに抵抗する気力もなかった。
虚無がひたすらに美味しそうに頬張るのを見つめながら口パクで「お前の分は無い」とニタニタと嫌らしい笑みを浮かべながら残飯を放り込む。それを見てるだけで、憎悪で腹が満たされる。
さっさと歯磨きを終えて不貞寝する。
今日は一日、つかれた。
ーーー
神の自殺という不可解な事件が発生する可能性が発見された。
それは、宇宙が齎した矛盾。
神が自らを殺めるのは不可能であり、姿形を変えて再び神へと至る。それが道理である。
それが、歪む。そして、その道理が築いた他の理が破綻する。成り立っていた現象が失われる。
観測は失敗した。
ーーー
破綻。
一破綻。
閑話休題。
お疲れ様でした。




