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敵の存在

いらっしゃい

「栄養も何もない固い土を耕すと植物が根を張るに良い状態になる」そう言ってお爺さんは鍬を持ち上げて固い土にまるでヒビを入れるように地面を割った。太陽で出来た影が掘り返された土の裏側に立ち込める。

「ほれ」そう言って持ってきていた二本目の鍬を投げ渡される。

見よう見まねで鍬を天高くに持ち上げ、続いて背中の方に傾けて、勢い良く振り下ろす。鍬が狙い通り地面に突き立てられ…なかった。剣を振るように無意識に半身が前に出て、剣先と思った柄壺はお爺さんと比べると余りにも地面と離れていた。


「敵は土だ耕せ、寸止めするんじゃねぇ」

「は、はい!」

敵の想像が無かったが故の寸止め。

(敵が居れば剣先など気にする事もなく振り抜いていた。などと考えている時点で二流か)お爺さんは黙々と耕している。

剣士として寸止めした事を理解された事実もまた驚くべきことだ。予想に反して足腰が疲れ始めた頃、少し陽が傾いた。


「…基本、枯草や枯葉はいつも使うんだが、今日は焚き火の灰と森の中にある食える種類の腐った果実の団子を埋めて行く」

耕した土の上に枯れ草と枯葉を被せて、水を撒き始める。

それが終わったら薪集めと同時に腐った果実を回収し始める。


当たりが少し暗くなってきた。

高山に太陽が遮られているからだ。

こうなると早々に薪集め等をやめて焚き火の準備に取り掛かる。

お爺さんに指示された水汲みを五、六回繰り返す。

丸太を削って作られた水壺に蓄えていく。


「果実の種は取り除いて磨り潰す…灰と絡ませて団子を作る」

凹んだ岩の上に用意された灰の上で果実を磨り潰す。

大量に溢れた汁は用意した土に吸わせる。

その土が粘着質になってきたら果実と灰を包み込む。

大きさは両手に収まる程度。

果実の数だけ繰り返す。

土も灰も果実以上にあるのだ。

当たりが完全に暗くなってきた頃にお爺さんの小屋へ向かう。

「今日中に埋めるつもりだったが、量が多かったな」

「二人で集めましたからね」

「そうだな、晩飯は何がいい」

小屋の扉を開けたお爺さんが振り返る。

「何でもいいです」

「またそれか…」

諦めたように小屋の奥へと歩を進める。


ーーー


「血管一本、それが切れれば相手は弱る」

「次に足の負傷は機動力を削ぐ」

「次に指、相手の破壊力を削ぐ」

「次に鼻と唇、集中力を削ぐ」

「次に眼球、視界を奪い、相手の対応力を削ぐ」

「次に、手首。武器の保持を困難にする」

「最後に足首。逃走力と抵抗力を奪う」

「そして、殺めるなら首を落とせばいい」


森に響く馴染みの騒めきが途端に消える。

絶命したゴブリン達の命乞いに集まってきた狼に投げ付ける。

「ゴブリンの死体は狼の群れに与えれば基本襲われない」

「でも。狼が増えたら?」

「それは狩人の仕事だ」

「そうですよね」

「俺らは魔物を狩る、普通の狼程度じゃゴブリンを狩れないからな」「そうですよね」


狼の鳴き声だ。恐らくは冒険者に助けを求めているのだろう。

「そろそろ修行の成果を見せてもらおうか」

狼がゴブリンを引き連れてこっちに迫ってきているのが目視できる。「あーぁぁ心の準備がっ!」「いくぞっ!」


ゴブリンが狼の群れから標的を変更する。

ゴブリンは他の集団のゴブリンの死体を見ると激情する性質がある。故に、相手を逃さない為には他のゴブリンを持ち出す必要があるが、大抵はゴブリンの騒ぎ声が森に響くとゴブリンに襲われてる狼が逃げ込んでくるので連戦になる事が多い。


ルーキー殺しの異名を持つゴブリンの真の脅威は連戦を強いられる事にある。逃げの一手は激情したゴブリンが許さない。


だからこそ魔物狩りはチームが推奨される。

師匠と弟子とその仲間たちが基本だ。

そして彼らもまた、チームとして脅威を排除している。

「よし、師匠の言った通り相手の機動力を削ぐぞ!」

師匠の称号はゴブリンの討伐回数が監視下でのソロで100を超えた時に得られる安定職である。


そして、俺らは狩人だった。

山歩きや武器の扱いを知り、増えた狼や熊などを狩り、薬草や毒草の知識を得ながらそれを素材として或いは加工して売り、果実やキノコを回収して検問され、危険物の有無を確認された後、売り物を実際に食べてリスクを背負いながら、指定された金額で売り歩いた。

そして、師匠に見込まれて初めて魔物狩りの試験資格を得られた。それに試験にも合格した。だから大丈夫。


「だから、大丈夫」

そう何度も死に掛けながら言い聞かせる。

死ぬほどの隙を晒したりする度に仲間が時に師匠がゴブリンを妨害してくれる。徐々に増え始めるゴブリン。命乞いを始めるゴブリンをこれ以上増えないでくれと願いながら殺す。

死体で転ぶ前に、包囲される前に少しずつ後退する。


何体倒したかもう分からなくなる。

武器の切れ味や仲間の体力、矢の残数、魔力の消費量からみても、限界が近い。誰か一人死んでもおかしくない。

師匠がまた死に掛けた仲間を救っている。

敵の量が多い。逃げられない事は知っている。

背中を見せたら襲われる。それがわかる。


「師匠っ!」誰かが口走る。

「助けて!」皆んなが軽くパニックになり始めてるのが、そして俺にも仲間の恐怖が伝染しているのがわかる。

相手に剣先が当たっても切り傷が浅くなっているのが感触で分かる。肩で息をしているせいだ。剣先が下がっている。

相手をより激情させただけ、その証拠に咆哮が止まらない。

木に刺さる弓の音が増えてきた。

弦を弾く体力がなくなって狙いが定まらないのが見なくても理解できる。相手の突進を避けるのも苦痛になっている。

狼を追い掛けるだけの速さがある。後一歩遅かったら死んでいた。恐怖がまた皆んなに伝わった。リーダーがこれじゃダメだと頭で理解しても、味方の声も聞き取れない。


聞こえるのはゴブリンの咆哮と木に刺さった矢の音だけ、今はもう弓の音すら聞こえなくなった。怒ったゴブリンの声だけだ。


ゴブリンの5センチくらい伸びた爪に剣が弾かれる。

それは、もう剣で敵を切る体力が残されていないことを意味する。相手が嘲笑うような勝ち誇った笑みを貼り付けて飛び付いてくる。そう確信した時に、ゴブリンが転んで倒れた。

「い、いまだ…にげ……あれ?」

俺が逃げようとした先に仲間が血まみれで座り込んでいた。

「間に合わなくなるところだった…」

師匠の声が聞こえる。

「ありがとうございます…師匠」

俺は助けられたのだ。


門番に検問されている最中に師匠を尻目に捉える。

師匠になればモテると言われている。

内気な人が多い印象が有ってかつての俺は嘘だと思っていた。

それに惚れるやつは金が目当てとも。


初めてのゴブリン退治が終わった後の俺はもう男ながらに師匠に惚れかけていた。



ーーー

草原を突破した男は目の前に広がる石段に腰掛ける。

「次は…石段かよ」





お疲れ様でした。


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