天使と悪魔
いらっしゃいませ
「知らない天井だ」
吹き荒ぶ風が建物の隙間をビュービューと通り過ぎて躰を冷やす。天井に開いた隙間から微かに残光が見える。
寝ていることの証明の一つでもある。
自身の認識と思考回路の確認作業を淡々と進める。
「俺は…あいうえお…うん…少し掠れているが聞き慣れた声だ」
寝ぼけていた訳では無かった。少しの違和感に納得したところで不可解な現状の理解に努める。
「こんな隙間…雨風を防げない別荘、いや小屋か?も倉庫も持っていない。いや、そんなのを持っている人物と面識は無いはずだ」
異世界転生或いは転移の可能性は除外する。
そんな現実味のない、或いは現実逃避に時間と思考回路を囚われるわけには行かない。食糧もない状態で人里まで生還する方法を知らないからだ。
「さて、机と椅子と…薄い掛け布団か?それと劣化した粗末なベットと枯れ草のマットレス。ダニに体を噛まれた可能性が怖いな…或いは別の虫に刺されて致命的なダメージを負っていたら生還は難しいか…あぁ、水分が補給でき…」
仮に非現実的な妄想が現実だったとして、己がすべき事は現実的な行動のみだ。喋る事は水分と体力の消費だけではない、敵対者に居場所を知らせる機能も果たしてしまう。
(机と椅子とベットと掛け布団だけしかないのか…服も私物ではない)例えばこの場所が日本でないならば人里に降りたところで生存する術を確保出来ない可能性が非常に高い。
或いは部外者、不法侵入者、密入国者として処罰され、最悪懲役何百年みたいな扱いをされる可能性がある。日本人の人権が及ばない可能性を考慮すれば人里の観察として或いは二、三日は文化の調査が必要になるかもしれない。
(…はぁ、はぁ…こんなことされる覚えはないぞ?たく…或いはここを拠点に活動するのも一つの手か…)
小屋そのものが既に唯一の財産である。所有権は持っていないが、緊急事態であることには変わりない。
補強する術も道具もないが、木の枝を壁に立て掛けるだけでも雨風を軽減してくれる筈だ。出来ることからする。この天井が腐敗して落下してきたらそれこそ、生命線を失ったことになる。
(そうだ、唯一の生命線がこの小屋なのだ…経年劣化とかいう話では済まないような、振動3も有れば容易に崩れ去る様な、不安定な小屋が唯一の生命線だ)
だからこそ、この小屋は大切に使用する必要がある。或いは天井を低くしてでも新しく天井を設置するのも手だ。
少なくとも雨が降ったらベットが濡れるのだからそれを防ぐ天井は必要になる。
(優先事項は、薪集め兼壁の隙間埋め、食料の調達及び、安全な枯れ草の確保…一番難易度が一番高いけどね、飲める水は…日本基準を求めなければ案外有るか…嫌だなぁ)
この地域に酸性雨が降るならば移動する方法を模索した方が有意義だろう。移動すべき距離も方向も酸性雨の範囲もわからないが。
足までもが木製の重たい机。年代物の机だが、雨風に晒されて少し傷んでいる。
机の上には乱雑に置いてある大量の白紙。そして、その上に置いてあるのが羽ペンである。紙はカビているわけでも湿っている訳でもない。ベットの枯れ草も濡れてないし湿っていない。
ココ最近は恐らく雨は降っていないのだろう。
薪集めは早めにすべきだな。
(それにしても、この小屋の持ち主の趣味か?或いは転生転移だと誤認させる為のミスリード?古典主義か?古い生活に憧れているのか、或いは敢えて羽ペンを使う職の人間か)
それにしても生活味を感じない空間だ。
紙は和紙か。それにしても荒いな。いかにもな感じだ。
それに、今日の為に設置した様な…少し傷のある新中古品を思わせる羽ペンと自作と思われるガラス細工のインク壺が一つ。満タンに入っている。
机に引き出しと思われる箇所は見当たらなかった。
鍵穴も無い。
(…椅子は重いだけの木製の椅子、机の高さには合ってるか)
しかし、紙は貴重だ。火付け役としても記録簿としても。
或いは日記を書かせることが目的か。その為のインクとペン。
(敵対者である相手は何を考えているんだ?俺の何を見ている?或いはここに連れてくることが目的か?身代金か?逃走に対する対策は既に打たれている可能性もあるな。。。身代金の要求…だとしたら殺される事は一先ずは無いかもしれないな…一刻も早く離れるべき可能性もあるが、果たしてどうするべきか…)
改めて周りを見て1つ疑問が湧いた。
(出入口がない?…どうやってここに入ったんだ?床は木の板…地下通路か?四方の壁は相変わらず穴が多いが、体当たり程度では壊れそうにもないな)
どうやら、俺がここから脱出することが一番最初にやるべき事だと知った。
ーーー
人類にとっては救済かもしれない。
人神はその可能性を考慮する。
人類の思想を排除する。
科学的な思考実験も不可能な程の思想排除。
それはつまり神を認識して思考する為の礎を失うことになる。
思考の共有が困難にになる。
それ故に、言葉を必要としない単純な儀式と簡単な掟だけが人の世を支配する。理不尽を認識できない。不愉快を共有できない。問題を解決できない。感情を共有できない。理解を得られない。
様々な可能性を失う代わりに不幸を得られない状況ができる。
誰かと比べることが出来ない。相手の為に行動出来ても相手に見返りを求められない。それ故に幸福の循環は失われる。
そして、不幸の循環も停滞する。嫉妬もなくなる。
或いは他者を同じ生物だと認識できない。
究極の個人主義を体現する事が可能になる。
それすら認識の外にあるが。
観察の余地すら失われる。その行為が何であるかを体系化出来なくなる。人類はただ快楽を求めて彷徨う。
快楽の末に繁栄がある。その繁栄もまた実感することは無い。
人類はひたすらに『今この瞬間』を彷徨うのである。
人類は失うことで幸福になる。得られるだけが幸せでないと知れるのだ。
…人類は貴重な資源だ。そんなことをしたらほかの神々に恨まれる。そしてそれは自滅を意味する。存在意義を失うことになる。
それは良くない。それは良くないのだ。
ーーー
世界樹から溢れる悪魔が目の前の天使に殺される。
悪魔はひたすらに天使を穢す。堕天使を増やすのだ。
悪魔は堕天使の背中に隠れて天使の包囲網を抜け出そうとする。
必要なのは知性ある生物だ。我々が居着くべき場所が神々に奪われている。実に耐え難い屈辱だ。
我々悪魔が人類を救わなければならない。
しかし、制約がある。力を振るえない。
困ったものだ。我々にかかれば神々など敵ではないというのに。
「クギャ…」
我々悪魔には使命がある。天使なんぞに構ってる暇は無い!
ーーー
「悪魔ですか?」
「んーそうだね、あべこべだからね、悪魔は」
「…奈落と関係が?」
「奈落の1部だからね、世界樹は」
「知っています」
お疲れ様でした。
(ピダハンマインド?)




