恣意的善意
いらっしゃいませ。
人類が名付けたデスゲーム。
天界で開かれたそれは神々を狂わせた。
防波堤を築いて悲劇的な日々を提供される充分な食事と武器の類を頼りに生き抜くデスゲーム。
敵対者は仲間意識を持った人々含めた野蛮人。
老若男女の人々が集められる。
以下日記の一部抜粋
『老人を迫害する若者と老人の知恵と技術の真価に気が付いた中年。老人の肉体的弱さ故に精神的強者としての地位を確立できないもどかしさが仲間意識を崩壊させる起爆剤として常に存在している。自己中心的人物を迫害する集団。村八分の重要性を身を持って知る。優しさという偽ってでも見せなければならない信頼への貢献は計り知れない。
性別による分担が緊急時に想像以上に有効であり管理の容易さと責任者の明確化と言い訳の不能が仕事の効率維持と無能の割り出しに効果的である。
無論、命に直結する為に体罰など軽すぎる問題であり、悦楽に浸って思考停止している人間にとってこの現状は確かに地獄である。不平不満を隠すこともせずにスパルタだと愚痴を言い、根を上げて死ぬ光景をなん度も見てきた。
「基礎と基本が何よりも大切である」
「家宝は練って待て」
「連帯責任」
「喧嘩両成敗」
「叱責と説教」
「痛みによる記憶」……。
これらは軽視していいものではない。
何故それらが存在しているのか。
大きな問題が発生している時、小さな問題に構っている暇は無いのだから、お互いに監視しあってでも問題を発生させるなと連帯責任を発令し、忘れてしまうならば痛みで思い出させれば良い。
責められれば二度と無い様、注意する事が出来る。
生死が掛かっているならば尚更である。
しかし、それらは命を守る為の行動である。
デスゲームで職を失うというのは弱者にとって死を意味する。
単なる無能が一丁前に物申すことは出来ない。
慈悲など安全や心の拠り所が第一に存在していなければ概念として存在することもない。独裁者の秩序設定さえマトモならば損得勘定を仕事に持ち出さない。持ち出してしまえばそれは劣等者である。機械的行動を求められているのだと理解しなければならない。
少し考えればわかるだろう?
人類の代わりに機械が働き人類は楽できる世の中。
衣食住の心配のない快適な世界。
支配階級はプログラミングの技術や医療、サービス業を競い合っている。適度に税金を支払えばその全てを有料で享受できる。
そんな世の中だったらどうだ?いいと思わないか?
それが無いから機械の様な働きをする人々を会社は求めるのだ。
それが採用条件なのだから、仕事にプライベートを求めるなということである。特に命を守るならば尚更だ。
被害者意識が神々を刺激する。
人間の醜い本性が理性を狂わせる。
或いは狂ってた理性が正常な本能に書き変わっている。
「腐ってる」ー』
ーーー
天界の正式な入り口に佇む神獣が瞳に捉えた幻影。
歪みやがて消える。神獣の権能が存在の消滅を宣言する。
不滅の神獣が捉える全てを無条件に抹消する能力が難攻不落の神門たらしめ、唯一無二の突破口となっている。
絶え間なく訪れる幻影が進化を幾ら重ね、神々すら消滅させる力を手にしても神獣にその力は無意味である。
ーーー
「会議を開きましょうか」
「えぇ、手配します」
お疲れ様でした。




