謙虚ノ必要性
いらっしゃい
道。その道は概念である。
その道へたどり着くのも歩むのも困難である。
明らかなその道を踏み外さずに居る事は不可能である。
他者がその道を踏み外すならば一応に手を差し伸ばしはするが、強制はしない。その道は信ずる心によって見えてくる。
その道は妥協や諦めなどの甘さは許容しない。
故に踏破する事は至極困難である。
道筋に従って突き進むは至極真っ当なれど、悦楽に通ずる道ではない。困難或いは至難のみがその道導である。
その道を歩めば人々の感情に触れる事になる。
喜怒哀楽とその他の感情が追い風や向かい風となってその道を閉ざし、ひょっとしたら追い風で勢い余って踏み外す事になるかもしれない。
道徳の限りその道に足跡が残る。
その道は歩む事に価値は無く、踏み外さない事に真価が在る。
己が信じなければその道は現れず、歩み出しても尚、その道は聖道とは程遠い。
信念と信条、或いは盲目的な信仰心のみがその道を歩む原動力となる。
この道に過去は無い。今と未来の二つのみ示し続ける。
立ち止まればその道から外れ、その道を心に造る以外に再び歩む事は叶わないかもしれない。
如何なる聖道も歩むのが人で有れば影が生まれ、邪道への道筋を丁寧に指し示す。その影に惑わされれば聖人でも限界がある。
その道は信念と信条、或いは盲目的信仰心から生まれる幻である。
その道の行き着く先は理想であってもその道は地に落ちた幻想である。
人は元来、悪である。
それは覆す事の出来ない真実であり、悦楽とは犠牲の上に成り立つ刺激である。不愉快を潰して快楽を得る。
故の正義であり、正しさである。
その道は悪道に近く、聖道に寄っている。
善による行動は無く、悦楽の為の行動は無く、信念と信条の為の行動のみを受け付ける。
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とある男が数多の人々に道を指し示した。
しかし、その道を歩む人々は数える程度。
あまりに困難なその道は常人には耐え難く、苦痛であった。
妥協と惰性が常に心に居座り、各々の正義がその道を固く閉ざして、拒む。されど、徐々にその道を歩む者共に敬意を示し始める。その道を示した男は人生の最後までその道を踏み外す事なく、或いは何度でも心に造った道を歩み直して人生を終えた。
その道を歩み終えた男の跡には確かな形としてその道が見えた。
その道は確かに存在し、その道の軌跡を辿れば幸せの残滓が色濃く漂っていた。謙遜する彼を多くの人が見た。
彼は自身の立場を理解して、他者を慮ってその道を歩み続けたと今日まで伝えられている。
ーーー
転生者は遂に殺される。
極楽の限りを尽くした転生者は背中を刺されて死んだ。
極悪だったと口を揃えて語り、過ぎた事だと笑い合う人々がその殺人を正常と判断していた。
恐怖と驚愕の連続から解放されたと悦びを分かち合う。
不愉快は消え去ったのだと。それは正常な精神から生まれる。
殺人など正常な精神から行える異常な行いである。
思想を持たぬ人などいない。思想を持つからこそ不快を感じるのだ。正義や悪は思想である。正常も異常も無邪気に行える。
それを判断するのが思想だ。理解して尚、彼らは殺人を快く受け止めていた。
如何に歪んでようともそれが正常な精神から生まれるのであれば認められるべきだと心から思っている。
如何に邪悪であろうともそれが真っ当な思想から生まれたならば認められるべきだと心から思っている。
如何なる行いも他者と比較してマシで有れば許されると心から思っている。
そんな環境に猜疑心すら未発達な精神で、如何なる犯罪も関わりが無ければ快く受け止める人々が暮らす世界に生まれ落ちる。
暴力も殺人も盗みも詐欺もされる方が悪いと笑い合える人の輪に放り込まれた未熟者は精神を狂わせながら生き残り、欲望のままに動き、その結果、余所者がと不快に思われ殺された。
転生者は憤怒する。
彼らにしてみれば、環境の所為にする異常者が、人の汚さを悪だと語る危険思想者が、次第に欲望に忠実になってゆく。
その変化を恐れた。異分子が変わり果て、邪悪を危険思想に基づいて起こし、己を律する事すらせず異常な行動を有言実行し、世界の所為にする異端者が転生者だったからだ。
そんな存在を人々は受けいれなかった。
人々は危険分子が排除できたと喜んだ。その行いは正常である。
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転生者の存在意義の見直しが必要であると考えなくてはならないと神々は決断する。
世界の意志とは関係なく、思想に大きな差が有った為に無為に死ぬようでは、その転生の意味が薄い。
お疲れ様でした。




