7-10
ふと我に返った。
どこだか分からない。
何かが見える。形を成さない。色は黒。いや暗がりなだけだ。夜なのか洞窟か、いや、室内か。
起きようとしたが、身体が動かない。
っていうか身体あるのかな。手を意識すると指が動く感覚があるものの、それがどこにあるのか見えない。
どこかから、泣き声が聴こえた。鳴き声? いや、泣き声だ。
そう認識した途端、目の前だか脳裏にだかの分からないところから、小さな生き物の姿が像を結んだ。赤ちゃんっぼい。人間? そして、その赤ちゃんを抱いてあやしている……私。
私?
距離感がおかしい。
その私を、赤ちゃんごと抱きしめる人がいる。
力強い男性だ。髭に隠された笑みが優しい、寡黙な人だ。
抱かれた力に、暖かさに、私まで包まれた気がした。すぐ近くに息遣いが聴こえたのは、錯覚だろうか。
私は微笑んだ。が、私の目に彼は映ってなくて、あらぬ方向を見ている。どこか、自分がないかのような表情で、ぼんやりしている。
私が私の中に、いないから。
でも私が去った後の私の中には、まだ魂が残ってる。消えそうに弱かった意識でも、身体の中に在った。
子供を産んだ後の私が、社を出ることはなくなった。出たくとも出られなくなった。いや出たいという意識も持っていなかった。けれど確かに、そこに居る。
抜け殻になった私を、彼は死ぬまで支えていた。甘く優しく幸せな牢獄だと感じたのは、私の嫉妬から来る気持ちだろうか。
最後にカラナは、タバナを手に入れたのだ。
身体から出て自由になったためか、彼の想いが感じられた。抜け殻になったとて愛している、と。あなたが去ってもなおミコ様をいたわり、赤子を育てる、と。
贖罪ではない。我欲だ。
彼は、そう思っていた。
自分の血をひく子孫が残せるとは思わなかった人生だった。一生をミコ様に捧げヤマタイを守り、朽ちてゆく身のはずだった。
そんな風に思う彼が、ふと虚空を見上げたのは、たまたまか私のことが見えたのか。あなたと交わった私には、もうツウリキがない。力が感じられない。子供に渡ったのだろう。
それでも、彼と目が合った……気がした。
もしくは自分が、そう願ったせいか。
私の勝手な希望だったのだろう。
すべてが遠く暗く、消えていった。
何年、何十年、何百年もの時間が駆けていった。
沢山の人が生きて死んだ。家、村、国が、建っては消え、時代が流れる。
都合の良い、壮大な夢だった。
どれぐらい眠っていたのか。
眠っていたのだと認識できるぐらいには、意識が戻ってきた。ピッタリと閉じて重かった瞼から、とめどなく涙が溢れている。
なぜ泣いてるのだろうと他人事みたいに思いながら、何度か瞬きしてみる。ギュッと目を閉じて、また開く。なかなか涙が止まない。
が、涙を拭ってくれる手があり、それで、やっと落ち着いた。柔らかな布が顔を撫でてくれて、目を開けられた。
視界を意識したら、そこに見えたのは白い天井だった。
「先生……娘が……娘が!!」
私の側で、悲鳴が上がった。
聞いたことのある声だ。多分。
多分というのは、知っている声より、ずいぶん老けて聴こえたからだ。疲れてらっしゃるのかも知れない。
が。
お母さんと言おうとした私も、がっつり疲れていて声が出なかった。いや疲れというか、弱っている? 身体を起こしたくとも起きられない。手を上げることすら、できない。
一体、何が起きたんだ?
ふんっ……! と気合いを入れて、一瞬腕が上がり、パタリと落ちる。何とか自分の腕が見えた。
「……!」
驚きすぎて、声が出ない。いや出せないんだけど。
針金みたいな、ガリガリの腕。死人みたいな指先。血管が浮き出ていて、手の甲に何か管が付いている。点滴のようだとは、すぐに分かった。
医者の格好をしたオジさんと、少し老けた母が、私を覗き込んでいたからだ。
やっと意識がはっきりしてきて、状況が見えてきた。私が話せなかったのは、疲れや弱体化からではなく、喉に、異物が通っているからだった。呼吸器だ。
ベッドの側に立っている点滴のスタンドも、左右に2つも袋をぶら下げていて、管の一本は手の甲、一本はお腹の辺りにつながっているようである。スタンドだけじゃない、何を測定してるんだか分からないが、色々な機械も私を囲んでいる。ピッピッとかいう音がしている。
カーテンも引かれていて、物々しい部屋だ。入院ってしたことないんだけど、これって集中治療室?
「私のこと、分かる? お母さんよ。分かったら、私の手を握って」
そう言って、お母さんが私の手を握った。
お母さんの手が震えている。
私、死にかけてたんだろうか?
死んでないよ、大丈夫だよ。そう言いたくて手を握り返したが、まったく力が入らない。精一杯、踏ん張って手に力を入れた。
私が力を込めたのを、分かってくれたんだろう。お母さんが、またおいおいと泣き出した。
泣きながら、お母さんが言った。
「驚かないで聞いてね」
と。
「あなた、10年眠っていたのよ」




