キューピッドは手厳しい
夏祭りが近づくと妙にそわそわとした空気が漂い、それは緊張感となってエミリオ少年を包み込んだ。
何度目かの深呼吸をして、強く握った拳は見せないようにして、いつも通りを振る舞うものの緊張からくる熱はエミリオの顔を真っ赤にしていた。
「エミリオ、熱でもあるの?」
エミリオが夏祭りに誘おうとしている意中の少女パオラが心配そうに声をかける。
「今日は暑いからな」
「それはそうだけど……」
本人が大丈夫だというなら問題はないのだろうとパオラはあまりに気にしないことにする。
「なぁ、パオラ。夏祭り一緒にいかねぇか」
噛まずに言い切ったことにひとまずの安堵をして、エミリオはさらなる緊張の時間を過ごす。
毎年、幼馴染だけで行っているので断られるはずはないと思いながらもドキドキとパオラの返答をまつ。
「へぇ、いいね。今年は四人で行こっか」
「な、んでいんだよ、ラウル⁉︎」
パオラとエミリオの間に、二人より一つ上のラウルが割って入る。
「ここに集合って言ってたじゃん。今年はシルビアも行けそうだし、いいよね」
ラウルは右横にいる少女、パオラの妹であるシルビアに、ね、と笑いかける。
「シルビアも行っていいの⁈」
シルビアが驚き大きな声を出し、パオラが優しくシルビアの頭を撫でる。
「もちろんよ。シルビアが大きくなったら一緒に行くって約束してたんだもの」
「やったぁ‼︎」
和やかな姉妹を視界の端に入れたエミリオは、複雑そうにしながら恨めしげにラウルを睨む。
ラウルはその視線に気がつくとパオラとシルビアには見えない、エミリオだけに見えるようにいたずらっぽく笑っていた。
☆☆☆
夏祭りの数日前、エミリオは一人でいるシルビアを捕まえると一生のお願いとシルビアの前で手を合わせる。
「シルビア、祭りの時に俺とパオラ二人で歩かせてくれねぇか」
「えぇ〜」
シルビアが思い切り嫌そうな顔をする。
「分かってる。分かってるけど、少しだけでいいんだよ」
「エミリオお兄ちゃん本当に分かってるの。初めてのお祭りなんだよ」
正確には初めてではないが、身体の弱かったシルビアは両親付き添いの元、お祭り会場の入り口付近だけですぐに帰っていたのだ。
だいぶ元気になってきたということで、今年は子供だけいってもいいと両親からの許可がおりた。
そのため、幼馴染といえど子供だけ見て回れるのは初めてなのだ。
頰を膨らませたシルビアは、来年でもいいじゃんといいかけやめた。
今年はいつもより豪華な祭りの年だとしっているから。
そのかわり、悪魔のような天使の笑みを浮かべていうのだ。
「貸し、だからね」
「お前、どこでそんな言葉覚えてくるんだ。大体、意味わかってんのか」
「うん、エミリオお兄ちゃんがシルビアのお願いを聞いてくれるってことだよね」
「……いや、まあ、あってんのか」
子供の言うお願いなんて可愛いものだろうと貸しにしてエミリオはシルビアに頼むことにした。
☆☆☆
夏祭り当日。
三人はシルビアを気遣いながら、祭り会場の真ん中あたりである噴水の広場にたどり着く。
噴水のすぐそばに置かれたベンチに座って休む。
「ねえ、あれは何?」
屋台の一つをシルビアが指差す。
「ん?射的だね。台の上の景品をおもちゃの鉄砲で落としたら貰えるんだよ」
「へぇ、でも……」
ラウルの説明を聞いて輝いた顔シルビアの顔がすぐに曇る。
「どうしたの、シルビア?お小遣い使っちゃったならお姉ちゃんが――」
「ううん、違うの。やったらエミリオお兄ちゃんが動かなくなりそうな気がして」
「そうだね。それに、帰る時間を考えるとゆっくり見て回るにはこころもとないかな」
今年はシルビアがいるのでギリギリまで楽しんで走って帰るという選択肢は用意していない。
「えー、まだお人形のお店見てないのに」
シルビアがわずかだがわざとらしく騒ぐ。
「確か今年はステージ方らしいぞ」
「距離があるし、人も多いだろうからシルビアには大変よね」
ラウルはエミリオに視線を向ける。
「どうする?」
普段物事を決定することの多いラウルはなぜか、エミリオに決定権を譲る。
エミリオは額に手をあて悩んだ後、口を開く。
「シルビアの好みならパオラがわかるだろうし、俺たちで行ってくる。お前はシルビアとここら辺休憩がてら見ててくれ」
「自分で選びたいと思うけどそれでもいい?」
「うん」
「んじゃ、ここに集合ってことで。行ってくるわ」
エミリオとパオラが人混みですぐに見えなくなって、シルビアの頭にラウルが優しく手を乗せる。
「ごめんねシルビア」
静かにラウルが呟く。
「本当はみんなで回りたかったよね」
シルビアは首を横にふるが、その目には涙がうっすらと浮かんでいる。
「いいの、シルビアはお姉ちゃんにも楽しんで欲しいから……」
どのみち奥まで行って帰ってくるのはかなり大変だとシルビアは付け加える。
「そっか。あいつは絶対俺に相談しないから、シルビアに辛い思いさせたね」
「なんで、ラウルお兄ちゃんには相談しないの」
シルビアの疑問にラウルは愉快そうに答え、射的の屋台に向かう。
「ライバルだと思われてるから」
「そうじゃないの?」
「パオラに関しては違うかな、まあ幸せになって欲しいとは思ってるけど」
シルビアに玉の込め方を教えながらラウルは銃を構える。
「ラウルお兄さんは違うよって言わないの?」
「エミリオは信じないだろうし、あのヘタレに動いてもらうためにもさ」
「いじわるだ……」
シルビアが呟く。
「そうかもね」
ラウルが打った玉はヌイグルミに当たり台から落ちる。
次々とラウルは景品を撃ち落としていく。
ゲットした景品を抱え、集合場所に戻ったシルビアとラウルは近くの屋台で買ったジュースを飲みながらエミリオとパオラを待つ。
しばらくして戻ってきたエミリオとパオラは何も進展していないようで、ラウルは楽しそうに笑っていた。
シルビアはエミリオをじとーと睨んで、ワガママを一つ。
「エミリオお兄ちゃん、疲れたからおんぶして帰って」
「シルビア、ワガママ言わないの」
本当に疲れているわけではなく、シルビアのワガママだと分かってパオラがシルビアを嗜めるが、エミリオはシルビアに背を向けてしゃがむ。
「ほら、怒られる前に帰るぞ」
「やった。エミリオお兄ちゃん大好き!」
シルビアがエミリオの背に飛びつくように乗ると、エミリオがシルビアを背負って立ち上がる。
「ちょっと、エミリオ!」
パオラが止めようとするが、ラウルがパオラを止める。
「パオラ、俺らの足なら余裕だろうけど、時間を考えるとさ……」
「それはそうだけど」
シルビアに合わせて歩けば、それなりにゆっくりのペースになるので時間がかかる。
「いいって、パオラ。こいつ小せぇから軽いし、寝込まれた方が心配だろ」
「……うん。頼むわね、エミリオ」
「おう」
「疲れたら俺がかわるから」
「問題ねぇよ」
シルビアを軽々おぶって帰り、パオラに笑顔で礼を言われたエミリオは幸せそうな顔を浮かべてラウルにからかわれながら家に帰る。
それから、二人のキューピッドによって外堀が埋められていくのだが、それはまた別のお話――。
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