09
魔物との戦いが続く中、前世から現在まで続く苦しみに、アルドは心を麻痺させて討伐隊を指揮していた。
ディリアへの感情は正面から受け止めるには複雑過ぎた。
そんなある日。
犬型の魔物との戦いで、隊員は周囲を警戒はしていたが、目の前の魔物に集中していた。
順調に討伐が終わるかと皆が思っていた時、突然、地中から新たな魔物が這い上がり、討伐隊の目の前に現れて襲いかかった。アルドの魔術の網をすり抜けてきた、蛇型の魔物だった。立木よりも大きなその魔物は、討伐隊の一人を悲鳴を上げる間もなく頭から丸飲みした。
討伐を優位に進めていた騎士や兵士たちは、知らずに油断していた。
黒の森が溢れてから一人も死者が出ていないのだから、これからもそうだろうと、自分も死ぬことはないと緊張感が薄れていたのである。
同時に犬型の魔物が暴れ出した。手負いの魔物があげた咆哮は凄まじく、訓練された者たちは踏み止まったが、恐怖で怖気づいた者たちは一気に恐慌状態となり、隊はあっという間に崩れ、暴れる蛇と犬になぎ倒されて負傷者が続出した。
アルドがすぐさま蛇の動きを止める魔術を放ち、魔物の腹を割いて飲まれた隊員を引っ張り出す。
幸い、隊員は気を失っているものの生きていた。
アルドが隊員を救護隊の待機場所へ転送する魔術を編む。その瞬間、蛇の動きを止めていたアルドの魔術がほんの少し緩んだ。その隙をついて、腹を割かれた蛇が地中に潜り逃げるため、身体を旋回させた。その先には倒れ負傷し、まだ態勢が整わないた兵士たちがいた。応戦することも逃げることも間に合わない。
ヒュン。
風をまとった矢が蛇の目に刺さった。続いて二本目、三本目の矢も蛇の頭部に突き刺さった。更に矢は暴れる犬の眉間にも刺さった。
ディリアの矢である。
腹を割かれ矢を射られた蛇は、地面を叩きながらのたうち回り、怒りのまま周囲の石やら枝やらをディリアへ向けて撥ね飛ばした。色々なものが凶器となってディリアと隊員たちに降りかかり、更に負傷者が増えていく。
それでも何とか総ががりで蛇と犬の魔物をしとめ、交替のため待機していた後続隊と急遽交替し、負傷者を下がらせる。
その負傷者の中に、ディリアがいた。飛んで来た石や枝を避け切れず、体中を負傷していた。顔面が血塗れになっていた。
アルドの身体が硬直した。
ディリアが赤く染まるエミリアの姿と重なった。
アルドは無意識に隊員に指示を出しながら、救護隊により重傷や軽傷に振り分けられ、手際よく手当されていく隊員たちの様子を見ていた。混乱した現場で隊員たちは気付かなかったが、アルドはすべての感情が抜け落ちたかのように、茫然としていた。
その様子をナガールもまた見ていた。
アルドの「不調」が始まったのは、それからだった。
次また怪我をしたら。魔物に切り裂かれたら。
また、自分に関わることで死ぬことになったら。
そう思うと、アルドは怖くてディリアから目が離せなくなった。
しかし、それはすぐに違う意味で目が離せなくなっていった。
血塗れだった怪我も、治療してみれば大きなものは額の傷だけで、治癒術師によって綺麗に治され、ディリアはすぐさま復帰した。
よくよく観察するようになると、ディリアは非常に活発だった。
男だらけの討伐隊の中にあっても遜色ないほど、よく動き、よく笑い、そしてよく怒鳴っていた。
「そこ邪魔!」
矢を射ようとした間合いに入ってしまった若い兵士を怒鳴りつける。
「怪我を隠すなんてただの愚か者よ!」
若い騎士ほど、怪我を己の不甲斐なさとして隠しがちだが、ディリアはそれを見逃さずに嫌がる騎士を救護隊のビビの元へ引きずっていく。そういった隊員はビビによって教育的荒療治が行われ、二度と怪我を隠さなくなる。
魔物を討伐し終わった時には、皆で手を叩き満面の笑みで称え合う。
その笑顔に見惚れた。
元婚約者はそんな顔しなかった。元妻はそんなこと言わなかった。
そんな笑顔、見たことなかった。
気が付いた時には目が離せなかった。
討伐など危ないことは自分に任せてほしい。
自分が守るから。
どの口が言えるだろうか。
それが苦しかった。
とても、苦しかった。
なぜ苦しいのか、見ない振りするのが、一番苦しかった。
斥候など危ない。他の者がすればいい。
戦闘に加わるなど、とんでもない。
むしろ、もう戦地に来て欲しくない。
視界に入る度、気配がする度、アルドはディリアを危険から遠ざけていった。補佐官の騎士ナガールから諌められても、時には強い口調で命令し、ディリアを下げた。
もう、自分と関わってはいけない。
それなのに、目が離せない。目を離した隙に、また、赤く染まる。
苦しくて苦しくて、息が上手くできない。アルドはまるで少しずつ溺れていくみたいに、追い詰められていった。
お読みいただき、ありがとうございました。
次回、最終話です。