08
男は最近、隊の編成によろしくない作為を感じてはいた。
ある特定の女兵士ばかりが救護隊から伝令につく。自分に近づこうとしているのが丸分かりである。どんな身分だろうと誰の指図だろうと関係ない。一切の関わりを持たずに対応はナガールに一任している。今のところ女兵士の勤務態度に問題はないが、隊の編成は男か領主ヨルゴスの裁可が必要で、男が関知していないと言うことは必然的にヨルゴスの仕業ということになる。
あまりに続くので、女兵士はアシューミ家に縁のある娘で、ヨルゴスは自分と縁組みしたいのかと思った。限りなく低い可能性だが、他に考えられることがなかった。男は腐っても王子なのである。
ヨルゴスに事情を聞こうと、領主館のヨルゴスの執務室で詰め寄ると、ヨルゴスは青い顔で汗を垂らし、最後には「びぃやぁ」と泣き出した。
いきなり泣き出した副官に硬直していると、彼の妻のアステがやって来た。
「私の旦那様をいじめないでくださいまし。かわいそうに……こんなに泣いて。可愛い旦那様を泣かせていいのは私だけでしてよ?」
「……状況が全く分からない。そしてそんな情報もいらん。なぜ彼は泣いている?」
「まあ。殿下が泣かせたのに。いじめっ子は皆言うのですわ。そんなつもりじゃなかったと。殿下が旦那様の傷に塩を塗ったからではありませんか」
「……今話していたのは、なぜ特定の女兵士を私の側につけるのか、ということだが。それのどこがヨルゴス殿の傷に塩を塗ったのだろうか」
一体なんの話になっているのか、アステの話に男は混乱し始めていた。
「ディリアのこと? それなら旦那様は被害者でしょうに。殿下が連れて来られた冒険者のビビ殿が、旦那様の可愛らしい秘密を盾に取り、ディリアと殿下、そして旦那様の勤務体制を調整させましてよ。おかげで旦那様は出ずっぱりになったり、いい迷惑ですわ」
「ビビ殿が? なぜそのようなことを」
「理由まで知りませんわ。本人にお尋ねになって」
そう言ってアステは男の退出を促した。
退出の際、アステがヨルゴスの頭をナデナデしている姿を見てしまい、男は何とも言えない気分になった。昔、あったかもしれない未来の義兄夫婦二人の仲睦まじい姿は、割と破壊力がある。いや、大分精神が削られた。なんだ、あの泣き声。
男は頭を振り、ナガールにビビの勤務状況を調べるよう申しつけると、今日は町で子どもたちに薬草の知識を教えているはずだと即答した。
有能な補佐官が時々怖い。
男はビビに直接問おうと、町に来た。思えば、救護隊としての報告や会議などで顔を合わせることはあっても、男がこの地に赴任してからはまともに会っていない。
町の広場に近づいた時、懐かしい歌が聞こえた。あり得ない歌でもあった。
いや、この地は彼女の生まれた地。彼女の歌を知る者もいるだろう。
歌の聞こえる方向に自然と向かう。
原っぱに子どもたちが寝転がり、女性が二人座っていた。周りにはそれを見守る男たち。散々身体を動かした子どもたちが最後に昼寝をし出すのはいつものことだった。子どもたちの周りに光が集まることも。
男が物心つく前にはいつも聞いていた心安らぐ歌。歌と共に柔らかな光とぬくもりが思い出される。
「馬鹿な……」
愕然と呟く。
それは男が、アルドが間違うはずもなく。
元婚約者の魔術を含んだ歌だった。
アルドが調べると、実にあっさりとディリア・ロロノがマーリア・アシューミの生まれ変わりかもしれないことが分かった。前世の記憶もあるようである。
そして、アルドに好意を持っていることも。
夜な夜な酒場で好みだ好みだ言っているらしい。腰の線だ尻たぶだの不思議な単語が飛び交っているというのは無視する。
アルドはヨルゴスが血のような涙を流したのも納得した。
ヨルゴスがディリアのことを知らないわけはない。溺愛した妹の生まれ変わりを、よりによって愚かにも死なせた張本人に近づけることに力を貸さなくてはならないとは、ビビにどれだけの秘密を握られたのだろうか。
ディリア・ロロノ。雑貨屋を営むロロノ夫婦の一人娘で十六歳。
もしも本当に生まれ変わりで、前世の記憶があるとしたら、アルドはディリアが自然に自分へと好意を寄せるなんてありえないことだと断じた。
「まだ、呪いのように続いているのか。どれだけ強い魅了をかけたのだろうか。それほど、自分との結婚は苦しく辛いものだったのか。……エミリア」
自室で報告書を細切れに破き、立ち尽くしたアルドの独り言を聞く者はいなかった。
関わってはいけない。二度とほんの少しも関わってはいけない。自分と関わると、不幸になる。
ディリアの歌を聴いて以降、アルドはより一層、自分からディリアを遠ざけた。
相も変わらず、救護隊からの伝令はディリアがつく。しかし、一切接触はしない。
もう関わらない。そう、固く決意した。
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次話の更新まで楽しみにお待ちいただければ嬉しいです。