06
討伐隊は六大隊十二中隊で編成されており、中隊も小隊や班に分かれ、細かく編成されている。昼夜問わずに魔物に対応するため、一日を四大隊が一時間ごと交替で討伐にあたり、二つの大隊は非常時以外は休息日とし、必ず休息が取れるようになっている。
アルドたちが着任してからまず行われたのはこの隊編成であり、いつ黒の森から溢れるか分からない魔物たちを警戒しながら、前線の整備、補給路の確保、人が増えた分の居住地の整備が順に行われた。
総当たりで魔物討伐をすれば、長期戦には必ず無理がくる。限りある人員と資器材で回り続ける長期的な作戦が必要となり、そのためには、魔物を一カ所に集める必要があった。
それを可能にしたのがアルドの魔術である。
北の国の魔術師のように、黒の森全体を覆い魔物が森から出て来ないように封じ込める魔術は無理でも、アルドは局地的に魔物だけが通れない壁を幾つも作り出すことが出来た。空と地中には壁とまでいかなくとも、所々に壁と同質の網を張り、魔物たちを一カ所に誘導することに成功した。維持できるのは概ね一週間から十日。定期的にアルドが魔術を補修することで、魔物たちは討伐隊の待ちかまえる窪地に誘導され、少ない人数で魔物たちを討伐出来るようになった。それとともに短時間で討伐隊を交替させることで、怪我をしても素早い治療を行い、死者を出さずに早期に戦線への復帰が可能となった。
ディリアはビビと同じく、討伐隊とは別の救護隊で働いている。
ビビは魔術は使えないが、回復薬の精製を得意とする薬師で、その腕は一流である。自身は冒険者として参戦し、息子のユーリを補佐としている。戦う術を持たないビビに代わり、幼いながらも魔術を得意としているユーリが母を守る形で、親子二人で薬草採取に出かけては戻り、回復薬を精製することを繰り返していた。副業で女性向けに化粧水などを販売し、小銭を稼いでいるようでもある。
ディリアに命じられたのは、ビビをはじめとする救護隊とアルドとの連絡役。
各隊の構成、能力、長期治療の必要な負傷者についてやりとりをし、ビビが必要な薬の数を算出したり治癒術に特化した魔術師の配置数を決めている。
今まではユーリとアルドが魔術で直接やりとりをしていたが、ユーリはまだ七歳、負担が大きいのでディリアが直接本隊に出向く形で引き継いだ。
黒の森が溢れてまもなく一月。それまではあまり関わることも姿を見ることさえほとんどなかったアルドとディリアは毎日のように接するようになった。
しかし、「接する」だけで、会話は皆無である。必要事項は騎士ナガールがディリアに伝える。ディリアはその結果を救護隊へと伝える。アルドはディリアと目も合わせなかった。
女嫌いアルドの女性への塩対応は町では有名で、幾人もの自分自慢の美女がお近づきになろうとし、玉砕している。サラサラレベルでの粉砕である。
ディリアにとってアルドは観賞用なので、塩対応でも特段気にしなかったが、自分の待遇には不自然さを感じていた。
総指揮官のアルドと副官のヨルゴスは基本的に交互に出陣しているが、全体の指揮をとるため、時には変則になることもある。それなのに、ディリアが当番の日が悉く「アルド」なのである。
ディリアが当番日をこっそり代わってみても「アルド」。
連続して当番になってみても、「アルド」からの「アルド」。
誰かの(いや、ビビの)不気味な作為を感じながらもアルドと直接関わることもなく、魔物と戦う日々を過ごしていたそんなある日。
町に残る子どもたちの集まりにディリアとビビ親子はいた。週に一回、魔術や剣術、体術、薬草の種類などを教えているのである。
町はまだ平和だが、緊急事態であることには変わりなく、子どもたちも日々緊張を強いられている。
町の大人や騎士や兵士が有志で子どもたちを思いっきり遊ばせる目的で始めたことが、いつしか「あれはなに」「これはどうするの」になり、鍛錬の意味合いを持つようになっていった。
同年代の子どもたちに交ざり走り回るユーリを目を細めて見ながら、ビビがディリアに話しかける。
「で、近づいてみて自分の気持ちはどう?」
ディリアは一瞬キョトンとして、少し言葉を探しながら答えた。
「どう、も何も。お偉い総指揮官様は一伝令役には見向きもしませんよ。「嫌いな奴」はどこまでいっても「嫌い」なんでしょう。もう本能レベルで嫌いなんでしょう。代わりに騎士ナガールにはそれはもう仲良くしてもらっています。彼が前衛の時は本当に後衛がやりやすい。矢がビュンビュンです」
「ふうん? 珍しく誤魔化すのね?」
ディリアは苦虫を噛みつぶしたような顔をして、ビビを睨んだ。
「ユーリから仕事を引き継がせて、私を殿下に近づけたところで、どうにもならないですよ? 王族ですよ? 一体どうやって領主様を丸め込んだのですか。あの領主様が理由なくビビさんに協力するとは思えません」
ディリアは自分が当番の時の「アルド」続き現象の張本人を更に睨みつける。
「企業秘密です。で?」
実に良い笑顔でビビが答えた。こういう顔の時は絶対に口を割らないことをディリアは知っていたので、早々に諦めてため息をついた。誤魔化しても、長引くだけだろうと思い、素直に答える。
「……見れば見るほど、沼」
そして、それは底なし。
前世だろうが今世だろうが、今この自分の心を侵食していく気持ちは紛れもなく事実だった。
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