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ディリアの性癖の話です。(間違いではない)
町娘、ディリア・ロロノには前世の記憶がある。
前世は領主の妹、マーリア・アシューミ、享年十八。王兄アルドの元婚約者である。
前世の自分、マーリアをアルドは拒絶し、その関係は冷え込んだものだったが、マーリアは決してアルドを嫌っていなかった。むしろ、生まれた時から自分の意思に関係なく決められた婚姻に対し、他人事のように同情していた。その上、「まあたん」と懐くアルドに、愛おしさが湧いて出てきていた。それはもしかしたら男性に対するものではなかったかも知れないけれど、間違いなく好意だった。
ディリアは生まれ変わって、もうマーリアではないけれど、勘の鋭い領主一家や粉屋や肉屋の爺様婆様たちは薄々感づいているっぽく、表だっては何も言わないが、「今度は、幸せに」と時々言われ、よく構われる。
そう、ディリアは幸せになりたいのだ。
前世のマーリアは、アルドを解放するために死んだ。
アルドはマーリアではない女性を選んだが、婚姻の誓約がある以上、アルドはマーリアと結婚するしかなく、アルドの望む女性とは肉体関係も結べない。当然子も成せない。
マーリアは、身を引く形で自ら「病死」したのである。
そして、アルドは最後までマーリアを見なかった。
いつも、自分ではない「誰か」を見ていたのを知っていた。
今度こそ、自分を見て、自分を好ましく思ってくれて、自分と子をもうけ、共に年を取り、一緒の墓に入ってくれる人と幸せになりたい。
それがアルドではないことは、分かっている。
魔物たちが黒の森から溢れるという予言があり、命の危険を感じた生物の本能か、年頃の者たちは結婚ブームとなった中、ディリアは相手が見つからなかった。決してモテないわけではない、と思っていたのに、いいなと思う男性は話しかける前に何故か姿を見なくなり、もう幼馴染みでもうイイヤ、と思って見渡したら、あっという間に皆結婚しており、ディリアに求婚する者はいなかった。
あれれ、と思いながらディリアは、こうなったら、もう結婚はひとまず置き、魔物の討伐に集中しようと討伐隊に志願したのである。両親は微妙な顔をしていたが、無理をしないという約束の元、ディリアは従軍した。
ディリアの得意な魔術は遠見と風である。自分は安全な場所にいながら魔物たちの動向を知り、弓に風を付与して遠くの魔物に命中させる。陣中にあっては立派な戦力である。
そのディリアの働きにケチを付けた総指揮官アルド。ディリアは自分の仕事を認めてもらえなかった悔しさと、また自分を見てもらえない悔しさに酒を呷った。
ディリアはアルドがこの町に着任することになって、不安が二つあった。
一つ目は前世の兄、領主ヨルゴス。はっきり言って重度の病気であった。マーリアが死んで、反乱を起こさなかったのは妻のアステが宥めたからに他ならない。魔物にさえ恐れられているヨルゴスだが、妻を大切にし、尊重している。アステは魔術師としての才能があり、暴走したヨルゴスを止められる唯一でもあり、領民の間では「アステ様最強説」が定説である。
その元兄が、アルドを快く迎え入れるわけもなく。
着任当日のこの二人の一騎打ちは、地獄絵図のようだったという。
二人を止めたアステ様によって元兄はお叱りを受け、大きな図体で町の酒場でメソメソしていたというところまでセットで語られている。
一つ目の不安はアステによって一応落着している。アステがフル装備の戦闘態勢でアルドを迎えたと聞いた時は、元兄の暴走を予測していたとはさすがだと感嘆もした。
二つ目は、自分の心。前世のマーリアは、あれだけ嫌われていたのに、盲目的にアルドに好意を持っていた。アルドに会えば、それに引きずられてしまわないかと、とても不安に思っていた。
その不安は的中したとも言えるし、全くの見当違いとも言えた。
アルドの着任当日、騎士団を迎える群衆の中から、ディリアが先頭を騎乗で進むアルドを見た瞬間。
きゅん。
記憶にあるのは幼さを残した十三歳のアルド。
そこにいたのは、ニコリともせず、まっすぐに前だけを見つめて姿勢良く騎乗する大人のアルド。
ド・ストライク。
その顔! 陰気が滲み出てる! 好き!
その腰回り! スッと細いのにガッシリしてるって何? 最高!
森境の魔物との戦いの地には兵士や冒険者など、陽気でゴリゴリなマッチョばかりが集っていた。そんな環境で育ったディリアは、正反対の翳のある細マッチョに弱かった。瞬殺であった。
前世の影響だろうが今世の影響だろうが、好きなものは好き。
俗に言う一目惚れであった。
「ナニアレ、スキ」
「ディリア、目が逝ってる怖い。でも細マッチョ最高には同意」
ディリアと一緒に見に来ていたビビと、細マッチョの部位別ランキング「腰回り」対「尻」対談が始まり、より二人の絆が深まったとか深まらないとか。
それはさておき。
だからといって、ディリアは「好き」だけでアルドとどうするつもりも、どうこうなるつもりもなかった。
婚約者だったのは前世であって、今世はただの町娘であることをきちんと分かっていた。年の差も身分の差も超えるほどの気持ちではないことも。そもそも嫌いな奴の生まれ変わりと出会うことがあったら、それはやっぱり「嫌いな奴」という目で見るだろうし。
ディリアは物思いに耽っていたので、その横で、お節介おばはんが悪い顔をしているのに気が付かなかった。
お読みいただき、ありがとうございました。
次話の更新まで楽しみにお待ちいただければ嬉しいです。