04
やっとディリアが出てきました。
一方、同時刻、違う酒場にて。
「私は今、猛烈に文句が言いたい」
ディリアが半目でビビを睨む。
「どーぞどーぞ」
飄々とビビが答える。
「って、あなたにだよ! ビビさん! そんな「きょとん」としてもダメだからね? 今日こそは言うからね!? 心当たりないなぁ、って目で言うってどんだけ器用なんですか」
はあ? と相づちを打ったビビを気にせず、ディリアはビィルゥをおかわりして飲み干した。
ディリアの向かいに座るのは、すっかり飲み友達となったおなじみの相手、ビビ・マイヤーである。
ちなみに、ディリアの家の隣一家が避難して空き家になったので、ビビはそこに住み着いている。同じ隊で働いていることもあり、すっかり打ち解け、ディリアとビビはよく行動を共にしていた。
「ぐびっと……はあ。今日も生きてるお酒が美味しい。さて、私、ディリア・ロロノは、親愛なる隣人ビビ・マイヤーさんに文句があります! ……やめて! 思春期の息子の部屋から艶本を見つけたけど、「わかってるよ」って、「へえ、こういうのが好きなんだ」って、趣味嗜好を確認してからそっと元に戻す母親みたいな目で微笑むの、やめて! 話進まないから!」
ディリアは更にビィルゥをおかわりして一息ついて話を続けた。
ビビは手元のウィーロン茶の氷を揺らして話の続きを待っている。
「回りくどい言い方してもこうやって話が進まないだけだから言うね? 王兄殿下とくっつけようとするの、やめて。ありえないからね? 王の兄と雑貨屋の娘よ? ……前世のことがなくったって、「ない」わ。それに、……今も嫌われてる」
「へえ? なんでそう思うの?」
ビビは首を傾げた。あの男の思慕など子どもでも読みとれる程ダダ漏れだというのに。アレで隠しているつもりなら逆に驚きだが。
「さすがに見てれば分かるわよ。討伐隊に半年以上いて、言葉を交わすどころか目も合わないのよ? そりゃあ、王兄殿下は指揮官で、私はただの救護隊の伝令兵だけど。他の隊員とは男女関わらず割と普通に話しているのに、私だけ、まるで存在しないかのようなの。まあ、王侯貴族にとって平民はそんなものなのかも知れないけど」
これはイジケて拗れている。発信側もポンコツだけど、受信側もポンコツか。ビビは悪態をつきたくなったが、ぐっと堪えた。
「今日ね、私は除隊させた方がいいって、補佐官の騎士ナガールに言ってたの。皆の前で、私に聞こえるように。私は剣を使えないし、治癒術も使えない。弓と遠見の術で斥候はできるけど、最近は中々それもさせてもらえない」
アルドの補佐官である騎士ナガールから救護隊の調整役であるビビへと伝言を伝えるだけ。それが今のディリアの役目だった。隊員一人をつけるにはあまりにも職務内容が無く、いなくても支障のない役目である。
以前は、斥候し魔物の種類と数を把握、後衛で戦闘に参加し、負傷者を確認し情報を救護隊へ送る一連の役目を担っていた。
「斥候に行こうにも止められる。戦闘に参加しようにも何故か王兄殿下がやってきて下がるように命令されるの」
どんなに理不尽でも命令には従わなければならない。
しかし、命令に従っていくと、役目がどんどん無くなっていったのである。
ディリアは自分の待遇を直接上申しようとアルドへ近づくも、主婦を悩ますヌルヌル草の如く、スルンスルンと身をかわし逃げられていた。ちなみにヌルヌル草はその名の通りヌルヌルしている野菜で、筋を取るのに非常に苦労するが焼いて良し煮て良し味良しの皆に愛される野菜である。
「くそう……なんで逃げるのよ! そのくせ、目は合わせないのに、こっちをチラチラ見てくるし」
ビィルゥの次はモズコミュールンをおかわりし、更にディリアは杯を重ねていた。
「しかもさ、見るだけ見て眉毛を「ハ」の字にして、すごすごどっか行くし! かまちょか! ヘタレか!」
ダンッとコップを机に打ち付ける。中身が飛び出て、ビシャアとビビにかかった。
酔っぱらいは自分がしたことも気がつかず、ビチャビチャの机に突っ伏しながら、拳で机を叩いていた。
「しかも、なーにが「あの子は戦場に来ない方がいい」だよ! めっちゃ働いてるっての! めっちゃ情報とってたっての! めっちゃ魔物射てたっての! それをさせないのは自分じゃん! 面と向かって何も言わないくせに、悔しい!」
管を巻いて叫んで泣き出したディリアを見下ろしながら、ビビは冷静に言った。
「でも、好きなんでしょ?」
「くそお……。嫌われ抜いて死んだのに。殿下のために死んだのに。死ぬ瞬間に、お前なんか愛してない的なトドメ刺される位嫌われた生まれ変わりなのに。好きだちくしょう!」
「言葉が大分乱れてるよ、酔っ払いめ」
ビビにいい子いい子と頭を撫でられると、ディリアはいよいよ号泣した。
お読みいただき、ありがとうございました。
次話は準備でき次第アップします。