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03

 

 夜も深まった頃。町のとある酒場にて。


「イヤだ」


 ジョッキを片手に重苦しく男が答えた。その決意は揺るがない。


「そうは言ってもヨル坊よ、ありゃあ、どうにかせんと」


 周りの者たちもジョッキを手に持ち、うんうんと頷いている。


「イヤだ。絶対にイヤだ。無理だ。無理無理無理、むぅりぃ!!」


「その(なり)で駄々こねられても可愛くも何ともないわい」


「そうだ、そうだ」


 ここは多勢に無勢、ヨル坊、こと領主ヨルゴスは奥歯を噛みしめ、唸ることで対抗した。

 ヨルゴスを取り囲んでいるのは、この町の領民の代表たちで、とりわけ古くから住み続ける一家の者たちである。

 本来であれば、領主と領民であるので絶対的な身分の壁があるが、この領にあっては、領主といえども魔物を討伐する同士であり、討伐隊の後輩であり、弟子であり、おむつを換えた孫のようなものでもある。(じじい)(ばばあ)に遠慮はない。


 町の酒場を会場に、領主と領民代表の密やかな(だと本人たちは思っている)会議が行われるのはいつものことで、ここでくだらないことも大事なことも決まることが多い。


 本日の議題は「リアたんの配置をどうするか問題」である。

 アルドの不調に深く関わる「とある人物」こと、ディリア・ロロノを救護隊から本隊へ配置転換させてはどうかと、救護隊から上申が来ていた。


 この場には総指揮官たるアルドはいない。アルドの補佐を務めるナガールという四十代の男が端に座り、成り行きを見守っているだけである。

 そもそも、いつもならこの酒場会議に騎士は参加しない。正式な作戦会議は領主館できちんと行われているからである。ただ、本日の議題内容にアルドについての情報が必要だったため、長年アルドに仕えているナガールに()便()に出席してもらったのである。


 爺の一人がヨルゴスを諭すように言う。


「殿下はこの地に着任された後、女衆を軒並み避け、しばらくはリアたんをも避けていたように見えてたんだがなぁ。何があったか分からんが、三十男が花も恥じらう十六のリアたんをあそこまで意識してんだから、本気じゃろうて、なあ?」


「さよう、さよう。ご本人が一番認めたくないじゃろうに。それにしても、リアたんの気配を察しただけで、あれだけポンコツになるとは。殿下に対する色々な噂もあてにならんて」


 婚約者のマーリアが亡くなってから、アルドには新たな恋人の話どころか馴染みの娼妓の話も聞こえない。そういった話がなさすぎて、女嫌いだの、不能だの、実は女だの、人妻相手の秘密の恋をしているだの、不能だの(二回目)、恋愛対象が男だの、隊の中は全員そういう関係だの、子どもが対象だの、いや老婆が好きだの、不能だの(三回目)、国民に言われたい放題である。


 本人が公の場に出ることが極端に少なく、弁明や払拭の機会もほとんどないため、噂は真実として尾鰭(おひれ)背鰭(せびれ)腹鰭(はらびれ)までついている。

 王家もどんな噂を立てられても実害がなければ放置している状態で、十数年前の騒動があったとはいえ、アルドが唯一独身の王族で婚約者もいないことが更に国民の興味を引いている恰好である。


「威風堂々、騎士として貴婦人のエスコートも堂に入っている。でも、そうさな、リアたんに対する態度、あれは……」


「「「「「童貞(おこちゃま)」」」」」


「やめろ! 想像するだろ! 三十過ぎの童貞野郎にリアたんを近づけさせる気か!?」


 ヨルゴスはジョッキを机に叩きつけ爺婆に抗議した。ジョッキは粉々に割れ、中身が飛び散った。

 爺婆は慣れたもので、飛び散った中身を一滴も被ることなく、ひょいひょい避けて違う机に避難した。


 酒場の主も慣れたもので、サササッと机上を片づけて、新しいジョッキをヨルゴスに差し出した。伝票に割ったジョッキ代を記入することも忘れない。


「のうのう、ナガール殿や」


 隅っこで置物に徹していたアルドの補佐に爺の一人が話しかける。


「……なんでしょう」


 非番で自室で休んでいたところを拉致されてきたナガールは、一体自分に何を聞くつもりかと身構えた。


「そんなに警戒せんでも。殿下の下半身事情を聞こうとはしとらんよ。見てれば分かるしのう。聞きたいのは、いつも側にいるお主の目から見て、殿下はリアたんのこと、大事に出来ると思う?」


 ナガールは一瞬ためらった。仕える方のことをみだりに話すことは騎士として御法度(タブー)である。だが、この場はアルドの副官で領主であるヨルゴスがおり、アルドの最近のポンコツぶりは騎士団内でも対策が必要との声があることは事実である。


「あなた方のおっしゃる「リアたん」が救護隊のディリア・ロロノのことであるのならば……」


「リアたんはワシらの子であり孫であり妹であり、つまり癒し! みだりに変な男を近づける訳にはいかないのだよ」


 爺の一人が声高に言う。


 リアたんは、リアたんは、と爺どもが騒ぎ出したので、ナガールが咳払いをする。

 この町の情報として、隠れディリアファンが多いということは早い段階で上がっていた。この爺たちは隠しもしていないが。ディリアはこの町のアイドル的な存在なのである。ただし、ディリア本人にそれを知られることのないよう、徹底されているアンダーな情報である。


「ディリア・ロロノを殿下が大事に出来るか、ですが」


 これは酒の席での独り言です、と前置きした上で話し出した。


「先日、ディリア・ロロノは戦闘中に負傷しました。命に別状はなく、魔術師により傷は綺麗に治癒されていますが、出血が多く、一見、ひどい有様でした。それを見た殿下は、何か思うとこがあったらしく……。本音は危険なこの戦場から離して隠してしまいたいのでしょう。それくらいの思いかと。しかし、相手を大事に思えばこそ、自分は離れるべきだと、なのに目が離せない、思考を制御できない……手を出せないけど離れられない、もじもじと三十男が思春期を拗らせています」


 酒場内がため息で埋め尽くされた。「青臭いな」「戯言(ざれごと)だな」「ああ童貞だな」「つるんつるんだな」と爺共が首を横に振りながら呟く。


 ヨルゴスが力を得たように話し出そうとしたが、婆に遮られた。


「ヨル坊、あきらめな。ここはビビの上申のとおり、ディリアを救護隊から本隊の殿下付けに配置しようじゃないか。総指揮官が戦場であんなソワソワしてたんじゃ士気に関わるわ。自分の懐にいた方がまだ安心して使いモンになるだろう。二人とも成人した大人なんだから、あとは当人同士の話だよ」


「「「「賛成」」」」


 爺共が右手を挙げて声を揃えた。こうなったらヨルゴスにもひっくり返すことが難しい。くうっと声を漏らす領主と、やっかいごとが増えそうな予感しかないナガールを捨て置いて、酒席は爺婆による何度目かの乾杯がされた。




 お読みいただき、ありがとうございました。

 次話は準備ができ次第アップします。


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