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最終話です。
誤字を訂正しました。
各話への誤字報告、ありがとうございました。
アルドの「不調」が続き、それぞれの酒場会議から一夜明けて。
「救護隊から配置転換されましたディリア・ロロノです。殿下付きの専属伝令となります。雑務も引き受けますので、何なりとお申し付けください」
領主ヨルゴスのサインが入った正式な辞令をアルドに見せながら、ディリアは喜々として挨拶した。
朝一番に叩き起こされ、悪い顔したビビに引きずられるように領主館へ連れて行かれ、ヨルゴスから辞令を受け、アルドに挨拶に来たのである。
ヨルゴスが涙を流していたが、怖いから見ない振りをした。
なんなんだよ、くっつけようとしても無駄だってば……と、二日酔いで回らない頭でディリアは考え、悩むのが面倒臭くなった。
開き直ったともいう。
一隊員に辞令を覆す力はないし、こうなったら、恋愛とかじゃなく、アルドの側にひっついて「自分」を認めさせてみせよう。ディリアは自分の存在を、働きを、アルド・ヴァスリヤのその目に映させてみせる、と意気込んでいた。
アルドの腰回りを鑑賞していても不自然ではない役目に喜んでいるわけではない、決して。
付き人として、剣帯をあの腰回りにこの手でつけて差し上げたい。
「却下する」
無表情でその一言だけ残してアルドは踵を返し、執務室の扉へ向かった。
「え、ちょ、ちょっとお待ちください!」
ディリアは慌てて追いかけて言い縋った。
「何故ですか!? 正式な領主様の辞令があります! 理由をお聞かせください」
歩みも止めず、ディリアを見もせず、アルドは続けた。
「必要ない。……前戦からも退かれるが良いだろう。ナガール、退職金の支給を」
「ええ!? まさかのクビ!? なんで!?」
どんどん遠ざかるアルドを見ながらディリアは途方に暮れた。
なんで、いきなり退職の話になったのか一切理解できなかった。
この人、いつもこうだ。何も言わずに自分で勝手に、決めつけて……! 前世の時だって、一言「好きな人ができた」と相談してくれれば、王位継承に絡む騒動など起こらず、この人はやがて王になり、望む人を妻に迎えられただろうに。
嫌いな人に相談なんて、そりゃあしないかもしれないけど、それにしたって、いつまでも、いつまでも……。
ぶちん。
控えていた騎士ナガールは確かにその音を聞いた。
「ノルアルド、こっちを見なさい」
アルドを真名で呼び捨て、表情の抜け落ちたディリアの静かな一言は、圧倒的な圧力でこの場を制した。
「あなたはいつまで拗ねているのですか。陛下が私を側に置いたのはあなたが生きるため。他に選択肢は無く、私は自分であなたを選んだ。いい? あなたが何を思うかなどあなたの自由です。そして私も自由です。あなたが私を嫌って選ばなかったのも自由。今も昔も一度も名を呼ばないままでも自由。私の死の間際ですら悪態をついてトドメを刺すのも自由。それをそのまま振舞うのも王族たるあなたにとっては自由でしょう。もう二十年近く前のことをいつまでもいつまでもぐじぐじとウジウジとグダグダと。あなたの大嫌いな婚約者はもういません。私はディリアです。あなたの伝令に任命されただけの、ただの一兵士です。そのただの一兵士を戦力として使いこなせないとは、あなたは何をしにこの場にいるのですか? 弟に言われて仕方なくですか? そもそも、私はきちんとあなたを解放したというのに、あなたはあなたの選んだ人とも添い遂げもせずに王にもならずに自分勝手に自由に生きている。誰に対しても何の説明もせず、中途半端で、ただ私を嫌うだけ。ただの自由……それは、ただの無責任です。今ここにいるあなたの責務は何ですか。私を嫌う己の内の感情を最優先にするなど指揮官としては愚かです。職務を行う上での選択はすべて情報と状況で判断しなさいと、散々厳しい教師たちに教え込まれたはずです。あなたはこの国の王の子、今は兄。いい加減、職責を果たしなさい。私と口を利かないならそれで結構! 無視されるのは慣れています。私は今も昔も自分のするべきこととできることをするだけです。幼児の長い反抗期に振り回される周囲の迷惑を考えられないのであれば、国難たる黒の森に立ち向かう討伐隊には邪魔としかなりません。兄様に指揮をとらせ、魔術だけ編んでいなさい。分かりましたか?」
淀みなく一度も噛まずにディリアは言い切った。
場が更に静まる。
背中を向けたままのアルドは微動だにしない。
思わず思うがままに言葉をぶつけたディリアだが、後悔はしていなかった。そして、昂り過ぎて、「自分」が誰か、分からなくなっていた。「ディリア」ならばアルドの真名を知るはずも無いことなど、考えも付かなかった。
感情的になってしまったが、ここで除隊となればもうアルドに会うこともない。
そもそも王族にこんな口を聞いてただでは済まないだろうが、落ち度のない自分を首にしようとした方が悪いのだ。
この腰回りもこれで見収めかと思うと、それだけちょっと寂しいが、仕方ない。目に焼き付けたから、我慢できる。
ピクリともしないアルドを見て、そこに立ち会っていたビビが声をかけた。
「まあ……女性にそこまで言わせて……想定以上にヘタレね。こうなったらしょうがないわ。ディリア、冒険者の登録はある? 討伐隊を退職後、私が直接雇います。ユーリと一緒に私の補佐をしてちょうだい、ね?」
ここで初めてアルドがピクリと動いた。それを尻目にビビが続けた。
「私は戦闘は出来ないの。私が薬草を採取している間はユーリと一緒に魔物と戦ってもらうから、今までみたく後衛とはいかないけどいいかしら?」
背中からドス黒い何かを出しながら、アルドが険しい顔で戻ってくる。
「必要な材料を採りにまた森の中へ、そうね、黒の森との境に生えているライーカの樹の葉と樹液を採取に行くのだけど、……あら、やだ、窪地より最前線ね。まあ! 危険ねぇ。魔物いっぱいねぇ。無傷で帰れるかしらぁ」
ビビは一言一言ゆっくり続ける。
「じゃあ、早速、今から三人で……」
「来い」
アルドがディリアの腕を掴み、引きずるように連れて執務室から出て行く。
状況が全く理解出来ないディリアは、「え?」「あ?」と言葉にならないまま連れて行かれた。
途中、ぼそりと「今も昔も嫌ってなどいない」とアルドが呟いた。
ディリアは自分の耳を疑った。
「昔」も? 何を言うのだこの男は。嫌いでなかったなら一体何だというのだ。
「ディリア~殿下付き専属伝令、頑張るのよ~」
ビビの実にのんきな声がディリアの背中にかけられる。
ディリアは、そういうところ!! と心の中で盛大に悪態を吐いた。
これからディリアはアルドの一番近くで過ごすことになる。結局、ビビの思惑どおりに。
この後、アルドが心の内を少しずつディリアに曝け出し、あまりに小出しなものだから謎かけのヒントのようで、正解の「愛している」にたどり着くまで数時間。
ディリアのアルドに対する好意は「昔」など関係なく、「今」のアルドの身体……腰回りがド・ストライクな自分の性癖を真面目な顔して説明すること数時間。
ディリアはアルドと二人きりで、ある種拷問のような時間を根気良く過ごすことになった。
その拷問から解放された後、ビビとナガールの生ぬるい目と、号泣しながらアルドと一騎打ちをしようとするヨルゴスと、今度こそは自分がヤルと、魔力満タンのアステに囲まれることになることを、ディリアはまだ知らない。
ここは西の国の森境の町。
今日も今日とて魔物と戦う。
総指揮官はこの国の王の兄、アルド・ヴァスリヤ。
ディリアを側に……ディリアの側にいるアルドの調子はすこぶる良い。
お読みいただき、ありがとうございました。
ディリアがアルドの側にいるようになるまでの話は、これで完結です。
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今後もお付き合い頂ければ幸いです。
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