01
シリアスのつもりですが、なりきれません……。
ド・ストライク。
フクフクだったほっぺは見る影もなく、真一文字に結ばれた唇。表情筋が活動を放棄した顔。
キラキラ輝いていた瞳は、遠目でも分かるほど陰りを帯びている。
戦う男としては細い部類だろうが、猫科のようなしなやかさを連想させる身体。
馬の背で背筋を伸ばし、まっすぐと前だけを見つめ、沿道の領民たちには目もくれない。
そして特筆すべきはその腰回り。
ド・ストライク。(二回目)
がっしりと安定感があるのに細くてシュッとして引き締まっているって、なんですか!? 一体どういうことですか!? 斜めに下げられた剣帯が、これまた良き。
「ナニアレ、スキ」
もう、すべてが、ド・ス……。(略)
隣にいたビビは、内心「そう来たか」と呆れながらディリアの呟きを拾っていた。
ここは西の国の森境の町。
今日も今日とて魔物と戦う。
大陸のほぼ中央に位置し、人間を拒む「黒の森」。
人間の常識も力も通用しない何かの力が働く森には、人間から「魔物」と呼ばれる生き物がいる。
時折、森の外に出てきては人間と戦いになるが、森と接した地でも人間が生活できる程度である。
それが、数十年から数百年に一度、黒の森から魔物たちが溢れてくることがある。
絶え間なくやってくる魔物に人間の国は幾度となく大きな被害を受けてきた。
黒の森から魔物たちが溢れる理由も周期も人間には分からない。ただただ、魔物と戦い、逃げ、収まるのを待つだけである。
西の国の王の側には、近年希にみる予言の力を持った宮廷魔術師がいる。
その魔術師が、黒の森から魔物たちが溢れると予言した。
いつかまでは分からなかったが、今かもしれないし、明日かもしれないし、長くとも一年以内に起こると予想された。
そして現在、その予言から一年が経ち、森から魔物たちが溢れ出してから一月が経っていた。
黒の森と接する領地の領主軍と王都から派遣されている騎士団、各国からの援護隊や集められた冒険者などが班を組み、交替で休みなく魔物の討伐に当たっている。
前線は町から少し離れた黒の森に近い原野。
まるで何かに抉られたかのように歪に窪んだ大地のすぐ側にあるなだらかな丘の上に布陣し、森から来る魔物たちを地の利を生かして討伐している。
総指揮官はこの国の王の兄、アルド・ヴァスリヤ。
副官はこの地の領主、ヨルゴス・アシューミ。
この二人の采配により、騎士たちが待ち構える討伐に有利な大地の窪みへと魔物たちは誘導され、人間に有利な形で一方的とも言える討伐が行われていた。
王兄アルドは、五十年ほど前に黒の森から魔物たちが溢れた北の国での事象を研究しており、当時の北の国の魔術師が三年に渡り魔物を森に封じ込めた術について、その術の一部再現に成功し、この前線でも魔物を誘導するのに導入している。
また、アルド本人も叩き上げの騎士であり、実力は総指揮官に相応しいものである。
領主ヨルゴスは、二十代の終わりに領主を継ぎ、三十代の半ばを過ぎても魔物の討伐や辺境の町の治安維持に絶大な力を発揮している。そのひと睨みで気の弱い者は失神し、下級の魔物は逃げ出し、拳を振り上げれば、ヨルゴスの半径十メートル内にいる者は死を覚悟する程、見た目も実力もゴリッゴリの武闘派である。
黒の森が溢れる予言がされ、王命で王兄アルドがこの町に総指揮官として着任することが決まると、王都にもこの町にも緊張が走った。
というのも、アルドとヨルゴス、ヴァスリヤ王家とアシューミ家には浅からぬ因縁があり、和解には至っていなかったからである。
因縁とは、アルドが「王の兄」であることに関わりがある。
三十年前、王と王妃の待望の第一子としてアルドは誕生した。生まれたアルドは身体は健康でも、魔力が膨大でとても不安定だった。このままでは魔力が暴走し、幼い身体は耐えられずに命を失うことになるのは誰の目から見ても明らかだった。
当時の宮廷魔術師は、アルドと魔力の相性が良い娘と「婚姻の誓約」をすることで、魔力が混じり合い、暴走が抑えられる可能性があると王に告げた。
古の魔術である「婚姻の誓約」は愛と豊饒の女神の祝福とも呼ばれ、お互いの身体に誓約の紋を魔術で刻む。身体に誓約の紋が刻まれると、お互いの魔力が混じり合って繋がった状態となり、他の異性と肉体関係が結べなくなる。
遥か昔は婚姻と共にこの誓約をすることが主流だったが、貞操観念の変化から廃れて久しい魔術である。
少々の魔力で結ぶことが出来るが、この誓約の解除方法は分かっていない。相応の覚悟を持って結ぶべき誓約として、名を受け継がれている魔術である。
世継ぎの第一王子のため婚約者として選ばれたのは、黒の森との境を守る領主の娘マーリア・アシューミ、当時五歳。ヨルゴスの妹であった。
娘を生け贄のように差し出すことにアシューミ家は水面下で激しく抵抗した。しかし、当のマーリアの「快諾」に折れる形で、婚姻の誓約は成された。
魔力の相性を確認するため、揺り籠の中でむずがるアルドと対面した時、マーリアが言った。
「わたし、この子のこと、きっと、とてもすきになる。「せいやく」したらずっといっしょにいてもいいの? わたし、する!」
五歳の子に言っても理解は難しいだろうが、両親と兄は懇々とマーリアに「早まるな」と噛み砕いて説得を試みた。しかし、結局のところ、貴族令嬢の中でアルドと最も魔力の相性が良かったのはマーリアであり、王家からの正式な婚約の申し込みに、当の本人が喜び踊り出したのを見て、アシューミ家は折れた。
森境を守る領主一家は、泣く泣く、マーリアと信用のおける家令や侍女を王都に残し、領地に帰って行った。マーリアは王都の屋敷に住み、アルドの魔力安定のため、出来る限りアルドの側にいることになった。
マーリアの母は幼い娘だけ王都に残すことを渋り、自分だけでも残ろうとしたが、身体が弱く、領地で採れる薬草が必要なため、夫である領主が許さなかった。
果たして、アルドとマーリアの婚姻の誓約は成され、アルドの魔力は格段に落ち着いた。
小さな淑女が、更に小さな王子と共にいる様子は、城中の癒しであり、年の差はあれども将来は仲睦まじい夫婦となることを、誰も疑わなかった。
しかし、アルドに自我が芽生えると、アルドはマーリアを拒絶した。
お読みいただき、ありがとうございました。
次話は準備でき次第アップします。