第二話 社交界にて
ーーーーー二年前、ラングリッド王国にて。
その日は王国中の有力者達が集う社交界が行われていた。
当然王族達も出席するのだが、彼等には彼等なりの思惑がある。
第一王子、ミハイル・ラングリッド。
彼は時期皇帝の最有力候補である。
身長は180の半ば、美しいセミロングの金髪、蒼い瞳。顔立ちも美しく、母親似の垂れ目が魅力的な優男。
「どうしたんだいジェリド、調子が悪い様に見えるけど?」
「ああ、いや、何でもないよ兄様。ちょっと夜更かししただけだからさ」
第二王子、ジェリド・ラングリッド。
兄に似て美しい男だが、隠しきれぬ目の隈が目立っている。
気弱な彼は、彼とは正反対な性格の婚約者であるサリナ姫の尻にひかれているのだ。そんな姫に恥をかかせまいと、前夜に夜通し苦手なダンスの練習をした結果だ。
「兄上はサリナ姫に惚れ込んでいますからなぁ。微笑ましいではないですか」
「うっ……もしかしてヴァイス、覗いてた?」
「はっはっは、いやなに、偶々たまですよ」
第三王子、ヴァイス・ラングリッド。
がっしりとした体躯に鋭い目付き。髪はまるで軍人の様な短髪であり、自ら最前線に出向く事もある武闘派だ。
「そうだね。サリナ姫が恐くてジェリドにはご令嬢達が寄り付かないのが羨ましいよ」
ミハイルは社交界という物に苦手意識がある。
婚約者がいると知りながらも、アプローチをかけてくるご令嬢がとても多いのだ。
ラングリッド王国において一夫多妻は当たり前であり、事実、現皇帝陛下は正妻の他にも側室が5人いる。
これはジェリドの様に妻が恐いからということはなく、単純に毎度のことなので飽々しているだけだ。
「寄り付かないといえば、最近はジュディスに男達が集まらなくなっておりますな」
「その気持ち分かるかも……。だんだんとお父様に似てヴァイスみたいに目付きが鋭くなってるし……」
第一王女、ジュディス・ラングリッド。
現皇帝の子息で唯一の女性である。
「そういえば、ジュディスはどうしたんだろうねぇ。確か、今日は来るって聞いてたんだけど」
「も、もしかしてまた、しつこく言い寄ってきた男を中庭の噴水に投げ飛ばしてたり?」
「まあ、そのうち来るでしょう」
三人とも、ジュディスの身を案じることはない。
それもそのはず、ラングリッド王国における三人の最高戦力うちの一人なのだから。
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やれやれ、と一人ため息を吐く女性がいた。
漆黒のドレスに身を包み、左目を隠す黒い眼帯を隠すように流れる鮮やかな金髪。女性ながら180を越えるだろう身長に、透き通る白い肌。見るものを釘付けにするプロポーション。
彼女こそラングリッド王国第一王女、ジュディス・ラングリッドその人であった。
王城へと続く大通り。
王女を乗せた馬車の前で、五人の男達が道を塞ぐように立っているのだ。
一様に身なりは良く、今回の社交界に呼ばれた者達であろうことは想像がつくのだが、何故こんな場所で私を待っていたのだろうか。
「ジュディス様、私と結婚してください!」
「貴様、抜け駆けは許さんぞ!」
「そうだそうだ!我らジュディス様の尻にひかれ隊、対等に告白すると誓ったではないか!」
「当たって砕ける時も一緒の同志だとな!」
「砕けるのが前提ではダメではないか?」
阿保かコイツら。
王族ではあるが、今はまだ婚約者はいない。
睨み付けるとそこいらの男は蜘蛛の子を散らす様に離れていくのだが、代わりに少々おかしな男が集まる様になってきた。
「断る。さっさと失せろ」
「はぅっ!その眼差しが私に向けられているというだけで、もう……!」
「おのれ貴様!なんて羨ましい……!」
「私も!私もその目で睨み付けて下さいますか!?」
「準備は出来ております!さぁ思う存分!」
「ま、まぁ、私にはそんな趣味ないですがね?」
阿保だし変態だった。
こいつらマゾヒストか。
面倒だし、殴り倒して無理矢理黙らせるか。
そんな物騒な考えが頭の中をよぎった時、背後から「あの……」と控えめに声を掛けられる。
振り向いた先にいたのは、一人の少年だった。
歳の頃は10歳といったところだろうか?
子供ながらに非常に身なりが良く従者も連れており、明らかに高い身分だと分かる。
「お困りのご様子でしたので、お声を掛けさせて頂きました」
「ふむ、コイツらを何とか出来るか?」
親指でクイッと五人を指すと、「分かりました」と言い、変態達の前へ立つ。
「どうやら君も格式高い家の子息の様だが……悪いが私達の邪魔をしないで貰いたいな」
「これは、私達の聖戦なのだよ。分かるだろう?」
「いや、全然」
何故分からない!?
というかの様な驚愕の表情を浮かべる五人。
どうやら自分達の趣味嗜好が少数派だと分かっていない様子だ。
「嫌がる淑女に強引に言い寄るその姿、両親や自分の領地の民達に自身を持って見せられますか?」
「うっ」
一人目がその場に膝を付く。
「城から離れたこや場所で狙うということは、内心後ろめたさがあるのでしょう?自分達は気持ち悪い事をしているという事を自覚していますね」
「がっ」
二人目が膝を付く。
「貴方達は、頭の中で婚姻を結ぶのは無理だと考えてしまっている。故に自分達の欲求を満たす行為に走ってしまった。つまり、戦う前から諦めてしまっています」
「ふぐっ」
三人目が膝を付く。
「そして、一人が怖かったから徒党を組んだ。自分だけ変態扱いされるのを怖れたのですね」
「へうっ」
四人目が膝を付く。
「貴方に関しては、彼等と組みながらも自分は彼等とは違うオーラを出していますが、この場に来ている時点で同じですから。そういうこ狡い考えは一番嫌われますよ」
「がはっ」
五人目は吐血し倒れ伏した。
五人目はともかくとして、四人は生まれたての子鹿の様に脚を震わせ何とか立ち上がる。
「な、なかなか効いたよ……だが、私達を甘くみるなよ……!」
諦めの悪い……というか、根性はある様だ。
ならば、仕方ない。
左手の手袋を外す。
手の甲に輝くは、召喚印。
それを見た瞬間、四人の顔が青ざめた。
それは、魔道士の中でも最も希少な能力。
そして、最も危険な能力でもある。
「まだこの方に言い寄るつもりならば少々痛い目を見ることになりますが、どうされますか?」
「す、すみませんでしたー!」
倒れ伏した五人目を担ぎ上げ、脱兎の如く逃げ出した。
そうして彼等の姿が見えなくなった頃、手袋を戻す。
「ほう、君は召喚術士だったのか」
いつの間にか黒いドレスの女性は隣に立っており、まじまじと顔を覗き込んでいた。
「申し遅れました、私の名はエリス・アークライン。アークライン王国の第二王子です。貴女様は、ジュディス・ラングリッド様ですね?」
ジュディスはニヤリと笑う。
「礼を言うぞエリス。そう畏まらなくていい、同じ王族なのだから。それに、良いものが見れた」
良いもの。
それは恐らく、召喚印の事だろう。
ジュディス・アークラインと言えば、アークライン王国が誇る最高戦力と呼ばれる戦姫として有名だ。
山を削ったとか、海を割ったとか、単身で万の軍勢を殲滅しただとか、流石の魔道士でもそこまでは出来ないという様な話しばかり聞く。
嘘か真が分からないあくまでも噂話だが、本人を前にするとそれらが真実だと思えてくる。
近付くと良く分かる。分かってしまうのだ。
その身体の奥底に渦巻く、今まで感じた事がない絶大な魔力を。
「せっかくの生まれ持った才能だ。未完の大器で終わるなよ?」
「やはり、ご存知でしたか」
当然ながら、ラングリッドの王族ともなれば知ってる事だろうとは思っていた。
僕が未だ召喚に成功していない事を。
「ふっ、そう拗ねるでない。召喚出来ない召喚術士とはあまり聞かない話しではあるが、何か理由があるはずだ。ひょっとすると、かなりの大物が来るやもしれん」
そう呟くと、手をパンパンと叩く。
「そろそろ向かうとしよう。エリスも速めに来るように。紳士たるもの、淑女をエスコートし惚れさせなくてはな?」
「ご期待に添える様、精一杯努めさせていただきます」
そうしてジュディスが乗り込んだ馬車は、遅れているのもあってかあっという間に駈けてゆく。
その光景を暫し眺めた後、エリスも従者と共に馬車を走らせるのだった。
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王城はこの世の贅を極めたかの様な煌びやかさに包まれていた。それがそのままラングリッド王国の現状を表しているのだろう。
各国から招待された王族や貴族。
社交ダンスに興じる者、美食に舌鼓を打つ者、美しいドレスや装飾品を自慢する者、ラングリッド王国との関係を少しでも良くしようと王子達と交流する者等々。
エリス自身、正直言うとこの場は苦手であった。
見た目は華やかであっても、その裏は欲望や陰謀でドロドロとしているからだ。伏魔殿と言っても可笑しくはないだろう。
特に苦手なのが王子達、その中でも第三王子のヴァイス・ラングリッドが一番苦手である。
アークライン王国を見下しているのが露骨な迄に態度に出るからだ。
しかしそれに反抗など出来るはずもない。アークライン王国は小国であり、大国同士の間に挟まれた地理なため、どちらかに庇護を求めるしか生き残る道は無い。
元はアークライン王国以外にも多数の国が乱立した地域ではあったのだが、次々とラングリッド王国やディアス帝国に征服されたり属国として加わったり。やがてアークライン王国も選択を迫られた結果がこれだ。
「これはこれは……アークライン王国のエリス王子ではないか」
「お久し振りでございます、ヴァイス王子。壮健でなによりです」
「最近は前線の動きも活発だろうに、よく社交界に出席する時間が作れたものだな」