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現実との離別

 そこからの展開は衝撃的だった。和仁が柳原を殺していないことは、警察の現場検証からも明白だったが、それを世間は許さなかった。真犯人は足跡一つ残さず逃亡し、警察はお手上げ状態だった。犯人もわからないまま、将来日本を背負うであろう政治家が殺されたという事実しか残らないという惨状に、国民感情が爆発した。世論が和仁を犯人に仕立て上げたのだ。和仁はすぐに特定され、電話が鳴り続け、家のドアが延々とたたかれる日々が続いた。当然のように家族も特定され、同様の被害にあった。警察が、和仁は犯人ではないという正式な声明を出しても状況は変わらなかった。

 

 「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 一か月も経たないうちに和仁の精神は限界を迎えた。幻聴、幻覚が止まらなくなり、室内で叫び、暴れまわった。特に親しい友人のいなかった和仁にとって唯一頼れる存在が家族であったが、家族も同じ状況である以上頼ることはできなかったし、そもそもまともに外出できる状況ではなかった。冷静に考えればその状況を打破する方法はいくらでもあったのだろうが。

 

 「もう...駄目だ.....」

 

 それから少しして、和仁は暴れる気さえ失われていた。まともに食事もとっていない和仁の顔はやつれ、手入れをしていないが故に髪も髭も伸び切っていた。

 

 「死んでしまえば、楽になるのかな...」

 

 少し前までは想像上のものでしかないと思っていた、椅子とロープの組み合わせがそこにあった。誰に囲まれるでもなく、この簡素な仕掛けで孤独に死んでいくのだと考えると、恐怖の感情よりも悲しさの方が勝っていくのが分かった。中流家庭に生まれた和仁は、これまで自分のことを格別恵まれていないとは思ってこなかったが、その瞬間だけは自分が世界で一番可哀想な存在だと思った。

 恐怖に戦いて同じような惨めな生活を続けるならば、悲哀に苛まれながらも今すべてを終わらせる方が良いと、和仁はロープの輪っかに首をかけた。そこから見えるのは何の変哲もないカーテンのみであり、その飾り気のない景色は、特にこれといったこともしてこずに怠慢に日々を過ごした果てに死んでいく自分の人生を象徴しているように思えた。

 

 「なんで、俺だったんだよ..」

 

 そんな平凡な人生を送り、悪行を働いたわけでもないのに理不尽に殺される自分の現状に、一瞬、憤怒とも悔恨ともとれる感情が湧いたが、幸か不幸かその感情に身を任せることもなく和仁は椅子を蹴った。

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