殺伐系ヤンデレ乙女ゲームの"その後"の話
02/09
初めまして、閲覧ありがとうございます。
活動報告にて、作中のゲーム「薔薇ロマ」のストーリーやもしも長編を書く気持ちになった場合にメモしてあった「攻略対象」の一部を投稿しました。
―――"薔薇色ロマンス-君だけの愛の華-"、通称"薔薇ロマ"。
花をモチーフにした色とりどりのイケメンが描かれた物理的にキラキラなパッケージとそのタイトルだけを見れば、どこにでもある普通の乙女ゲームだ。
しかし、実際に"薔薇ロマ"をプレイしたユーザーは口々にこう語る。
「愛が重い」
そう。
"薔薇ロマ"は白馬に乗った王子様と運命的な恋をする王道の純愛ストーリーではなく。
盗撮監禁殺戮何でもござれな愛の重すぎるヤンデレイケメン達と織り成す、恋愛という名の地獄物語だったのだ。
特徴としては"とあるエンディング"以外、どのキャラのどのルートでも必ず誰かしらは死ぬ。とことん死ぬ。どう足掻いても死ぬ。
息をするように死んでいく通行人ABCだけならまだしも、主人公やメインキャラまでもが当たり前のように犠牲になる。ハッピーエンドでさえ、だ。
ただし、たったひとつだけ、少なくとも主人公とメインキャラだけは全員生還する"奇跡のようなエンディング"が存在した。
その名も―――"シアワセエンディング"。
1%単位まで細かく好感度ゲージを調整する必要のある超高難易度設定だが、それを見事成功させればあら不思議。
色とりどりのイケメン全員に愛されてキャッキャウフフな毎日を過ごす、文字通り"シアワセ逆ハーエンディング"を迎えることが出来るのだ。
とはいえ幸せへの道程は長い。ランダムで現れる選択肢ですら間違えれば即エンディング到達条件を満たせなくなる、まさに地獄の物語に相応しい鬼畜仕様なのだから。
しかし、そんな超高難易度エンディングを何周も何周も迎え続ける廃人並みの乙女ゲームプレイヤーが居た。
彼女の名前は東雲桜。
"薔薇ロマ"に付けたヒロイン名は、自身の名前をカタカナへ変えたサクラである。
登場人物の名前が花の名前に因んでいるため桜は違和感無く作品の世界に入ることができたからか、エンディングを迎えればすぐさまはじめからやり直してまた別のエンディングを迎え続け、気付けばプレイ時間99時間を越えてカンストしていたという正直あまり誇れない伝説を作っている。
そんな桜はあまりにもゲームにハマりすぎたからか、はたまた今流行りの小説を読んだからかは分からないが、ある日突然こう思うようになった。
「薔薇ロマの世界へ行って、生の逆ハーエンドを体験したい!!」
……当時の桜はそれこそ今流行りの異世界小説に出てくるような、なんともまあ夢見がちな女の子だった。「いつか自分は皆の愛するサクラとして薔薇ロマの世界へ降り立ち幸せな毎日を過ごすんだ」と豪語するほどに。
しかし、桜は知らなかったのだ。
シアワセエンディングの"その後"を。
現実とは違い、「はじめから」という選択肢がないことを。
*******
「―――サクラお嬢様、昨夜当主である旦那様が何者かの手によって殺害されてしまいました」
「……えっ…………お、お父様が……?」
「はい。ですのでサクラお嬢様には亡き旦那様に代わり、新たな当主としてこの家を支えていかなければなりません」
話は変わって、シアワセエンディングから半月ほど経った世界。
あれから桜は神と名乗る不思議な男の力によって、本当に"薔薇ロマ"の世界へサクラとして転生し、数々の困難を乗り越えてついにイケメン達とのキャッキャウフフな甘い甘い逆ハーエンドを迎えたのだが……その余韻に浸る間もなく、悲しい事件が起こった。
サクラの父親が何者かの手によって、無惨に殺されてしまったのだ。
執事から突然告げられた父親の死により、桜はこの世界に来てから初めて頭を抱えた。「こんな展開はゲームには無い」と一瞬にして恐怖心を抱く。
当然である。ここはゲームの世界のようにセーブやロードも無ければ、はじめからなんて選択肢は存在しない。
全てが、現実なのだから。
「……サクラお嬢様、御安心ください。旦那様が居なくとも、この私がお嬢様についております」
恐怖のあまり震えるサクラを見た執事は悲しげに橙色の目を細めてからそっと、壊れ物を扱うかのようにサクラを優しく抱き締めた。布越しに伝わる人の温かさ、その温かさにサクラの恐怖心は―――
更に、高まっていくのだった。
「……っ、アオイ……」
サクラを抱きしめるこの男の名前は、アオイ。
男性にしては長めのサラサラな焦げ茶色の髪をひとつに束ねており、細く切れ長な橙色の瞳を持つ美しい青年。そんな彼は主人公に絶対的な忠誠心を捧げる執事であり、"薔薇ロマ"のメインキャラのひとりだった。
モチーフとなった花はヒマワリ。花言葉は「崇拝」「私はあなただけを見つめる」でヤンデレ属性は"邪魔者排除型"。頬についた返り血を拭いながら「お嬢様誑かす害虫を駆除していただけですよ」なんてサラッと爆弾発言をしつつ微笑むなんてもはや日常茶飯事といっても過言では無い。それがアオイという男だ。
「……いつまでも、どこまでも、ずっと、ずうぅっと……私は……私だけは、何があっても……お嬢様の傍に居ますから、ね?」
アオイのうっとりとした声と共に、橙色の瞳が妖しく光る。アオイのヤンデレスイッチがオンになっている証拠だった。
そう、サクラの恐怖心が更に高まったのはアオイのヤンデレ属性である"邪魔者排除型"が原因だ。何らかの理由でサクラの父親がアオイのヤンデレ属性に火をつけてしまったのかもしれない。
「(そういえば、一昨日お父様が私にお見合いの話をしていたけど……まさか、それで……?)」
個別エンディングではどちらかが死なない限り、基本的には攻略した相手と主人公は結婚をすることになるのだが、シアワセエンディングではあくまで全員に愛される"だけ"であり、特定の相手と結ばれることは無い。
……それが、この結果を招いてしまっていたとしたら……?
「(いや、アオイだけじゃない。あの場には"他のキャラ"達もいた)」
サクラの父親が見合い話をした日、部屋の中にはサクラやアオイの他にもメインキャラがいた。あの中の誰かが父親を殺した、或いは殺し屋に殺害を依頼したのかもしれない。
考えれば考えるほどこの世界への恐怖が増していくサクラ。
エンディングを迎えるまではどうすれば物語が上手くいくのかを全て知っていたが、エンディング後の世界も父親が死んだ話もゲームの中には存在しない。
改めてこの世界が現実であることを、そして自分はとんでもない過ちを犯してしまっていたことを、サクラは痛感するのだった。
―――これはこの世界がゲームであると信じて疑わず逆ハーエンドを迎えた主人公が己の過ちに気付き、現実と向き合って生きていこうと足掻く物語である。
執事 アオイ
邪魔者排除型ヤンデレ。
ヒマワリではなくアオイという名前が付けられたのは、ヒマワリの「漢字表記」である向日葵からきたそうだ(薔薇ロマ公式設定資料集より抜粋)