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3-9・思いがけない物


「セリ、おめでとう!」


「ありがとう、マミナ」


夕方、まだ明るい時間からセリの合格祝いの宴が始まった。


マミナの飲食店の個室で、アゼルの出資で行われている。


「まあ、飲んでよ。 お祝いなんだからさ」


「ああ」


そこにはセリ、アゼル、マミナの他に、イコガが座っていた。


「お前、計ったな」


「何のこと?」


イコガが小声で詰め寄り、それを笑顔でアゼルがかわしている。


セリは何となく気まずくて俯いてしまった。




 それに気づいたイコガが頭を掻く。


「いや、セリのせいじゃないし、祝う気持ちはあるんだ」


そう言って、彼は服のポケットから布に包まれた物を取り出した。


「おめでとう。 気に入ってもらえるといいが」


アゼルとマミナが驚いたようにイコガを見ていた。


「コーガが女性に贈り物だと?」


「まあ!」


イコガに渡された布から美しい深い藍色の石が現れた。


片方の手のひらにすっぽりと収まる大きさの楕円形で、表面がきれいに磨かれ、白い星のような模様が浮かんでいる。


「妖精石という。 これを月の光にかざすと、妖精の姿が浮かび上がるんだ」


もう少し暗くなったら外で見せると約束してくれた。


「あ、ありがとうございます」


お礼を述べながら、セリはうれしくてクシャクシャになった顔を俯かせる。




「私からはこれ!」


マミナからはセリが欲しがっていた旅行用の大きめの鞄。


セントラルで流行りの店の物だ。


「へえ、いいね。 俺からは外套コートだ」


見かけは地味だが、しっかりとした上等の布で出来ている。


しかしそれを手に取ったセリは違和感で首を傾げた。


「あ、あの、これ、魔力を感じますけど」


「あ、バレた?。


ふふっ、認識阻害の魔法が掛かってるんだ」


その言葉にイコガの眉がピクリと動いた。


「アゼル。 それは対人か、それとも対魔か」


「いやだな、コーガ。 両方に決まってるよ」


にやりと唇を歪めた金髪脳筋にイコガの顔が引きつる。


「そんな高価なもの、受け取れません!」


セリは慌てた。


 魔力を込めた物は魔法具と呼ばれ、上流階級向けで大変高額なのだ。


いくら普通の家より裕福とはいえ、セリの家は庶民に過ぎない。


「えー。 コーガの石だって魔法具でしょ?。


あっちは良くて、こっちはだめなの?」


セリは言葉に詰まり、イコガの顔をチラリと見る。


イコガの石は絶対に手離したくないのだ。


 大きくため息を吐いたイコガがセリに向かって頷いた。


受け取っておけということだ。


「分かりました。 ありがたく受け取ります。


ただ、魔法具とは知らなかったということにしてくださいね」


「うん、分かった」


アゼルが満面の笑みを浮かべていた。




 食事が終わると、セリとイコガは店の外に出た。


片付けがあるからと遠慮したマミナと、用事を思い出したアゼルを残して。


辺りはすっかり暗い夜の闇に包まれている。


「東の公園に行こうか」


イコガが妖精の石の効果を見せてくれることになっている。


「はい」


セリの荷物は店の物が家に届けてくれることになった。


二人は駅の広場を抜け、ゆっくりと歩いて行く。


「いいんでしょうか」


セリはアゼルから贈られたコートを羽織っていた。


薄手だが着心地はすごく良い。


セリはますます申し訳ない気持ちになった。


「君を一人で『ウエストエンド』に行かせたことを相当悔やんでいるから、その謝罪もあるんだよ」


イコガは気にしなくていいと微笑んだ。


アゼルに後悔させるほど怒りをぶつけたのはイコガだが、そんなことはセリには関係ないので話したりはしない。




 公園に入るとなるべく街灯のない暗い場所を選ぶ。


イコガが立ち止まると、セリは大切にしまっていた石を取り出し、そっと布から出す。


 月の光に反応し、藍色の石の上に光が生まれる。


くるくると回る光はやがて小さな妖精の姿になった。


「わあ」


かわいらしい妖精の姿。


「石の中に刻み込まれているものが、月の光に反応するようになっているそうだ」


イコガの声にセリが顔を上げる。


「あの、これってとっても高価な物ではないの?」


セリはとてもうれしいけれど、イコガが無理をしているのではと心配になった。


「大丈夫だ。


俺が知り合いに頼んで作ってもらったものだから」


実は『ウエストエンド』は希少な宝石の産出地なのだ。


「魔物が土の中から掘り出した石を俺たちが買い取っている」


お土産物として加工し、ウエストなどで販売していた。




「ああ、それで王室の宝石にも詳しかったんですね」


セリは美術館で王族の宝である腕輪をイコガが解説してくれたことを思い出した。


彼女にとっては大切な忘れがたい時間だった。


「よく覚えていたな」


イコガの顔が少し引きつっていた。


「そうだよ。 あれを作ったのは『ウエストエンド』の細工師だ」


「うふふ、そうなんですね。


でも私はこっちのほうが好きです」


藍色の石の上をくるくると光が回り、妖精が羽をパタパタと動かしている。


「まるで本物の妖精のよう」


うっとりと眺めるセリに、イコガが、


「ああ、本物だからな」


と呟いた。


「え?」


セリが目を丸くしてイコガと妖精を見比べる。


「刻み込んだのは妖精を召喚する魔法陣で、月の光で発動して、本物を呼び出す」


【で、私に何の用なの?】


「きゃあああ」


ただの細工だと思っていたセリが、驚きのあまり石を落としかけた。




 イコガが石を布で包み、妖精の姿が消える。


「え、あの」


「この布は魔力遮断になっている。 あとで袋状に縫製でもして石を入れておけばいい」


イコガはそう言ってセリの手に握らせる。


セリが動揺しているのを見て、イコガは座れる場所を探して移動する。


 明るい街灯の下、小さな休憩所になっている屋根付きのベンチに座る。


しばらく黙り込んでいたセリがようやく口を開いた。


「この妖精石は、妖精がいない場所でも呼び出せるということなんですね」


「ああ」


ということは、苦しむ子供たちがどこにいようと助けることが出来る。


セリはイコガの顔を真っすぐに見る。


「ありがとうございます。 とても助かります」


真剣な医療従事者の顔でセリはイコガに感謝した。




 しかし、これが値段も付けられない高価な物だということは分かる。


「何かお礼をさせてください」


セリは心の支えになってくれているイコガに、何かお礼がしたいとずっと思っていた。


「何を言ってる。 それは君の合格祝いだ」


イコガの言葉にセリは首を振る。


「私が毎日がんばれるのは、コガが送ってくれる文書のお陰です」


どうしてもセリが引く意志がないことを感じて、イコガはため息を吐いた。


「では遠慮なく」


イコガがごろりと椅子に横になった。


「はい?」


セリの足に頭を乗せて。


「膝枕、というのだったか。 一度やってみたかったんだ」


イコガが『ウエストエンド』にいる時のような子供っぽい口調になっている。


「こんなのでいいんですか?、コガ」


「んー」


イコガは目を閉じた。


「コウ、と呼んでみて」


突然、そう言った。


「コウ、ですか?」


「うん。 もう一度」


「何度でもいいですよ。 コウ」


「ああ、いいな」


そして閉じた目を開くと、イコガの瞳は少し潤んでいた。




「セリ、『ウエストエンド争乱』のとき、俺がどこにいたか知ってるか」


セリはイコガの透き通る青い瞳を覗き込む。


普段は黒に見える瞳は、こうして間近で見ると本来は薄い青だと分かる。


「はい。 確か跡取りは地下の隠し部屋にいたと」


「うん」


イコガは顔を背けて話し出す。


「俺は友好的な魔物たちに、地下の窓のない部屋に隠された」


騒動が終わるまで出ないようにと護衛の魔物付で、まだ二歳くらいの子供が閉じ込められた。


「詳しいことは覚えていない。


部屋は泣き叫ぶ赤子の声と、血の匂いでいっぱいだった」


イコガの気配を消すために、護衛の魔物たちが他の魔物の血を使って部屋を埋め尽くしたからだ。


「俺が発見されたのは三日後で、おびただしい血の中に仮死状態で倒れていた」


セリの胸がぎゅっと掴まれたように痛くなる。


「その時にはすでに髪も肌も真っ白で、瞳の色も薄くなっていた」


イコガは、救出してくれたナニーや住民たちからそう聞いている。




 セリの身体が震えたのを感じて、イコガが顔を見上げる。


「誰にも言ってないけど。


俺はあの時、確かに呼ばれたんだ。 


コウって」


『生きろ』という願いを込めて発せられた声。


「あれからずっと、もう一度あの声が聞きたかった」


セリの頬を涙が流れていた。



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