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3-8・病気の正体


 セリは未だに年長の少女の夜の付き添いを自主的にさせてもらっている。


前任の付き添い人が失踪してしまったせいで、彼女の実家の使用人たちがあまり来たがらなかったのだ。


「そ、そうだな。 娘もあなたが気に入っているようだし」


少女の両親にもセリの申し出は快く受け入れられた。


 あれから病室で何度か妖精を呼び込むことに成功した。


そのお陰なのか、最年長の少女の容態が快方に向かっている。


「見て!、身体がこんなに動くわ」


それまで起き上がることさえ出来なかった少女が、寝台の上で軽々と上半身を起こしたのである。


病院の上司も他の職員たちも驚いていた。


そしてセリは妖精との交流を少しずつ他の子供たちにも広げようと考える。




 セリはイコガへ手紙を書いた。


内容はもちろん、妖精の力についてである。


「妖精に魔力を渡している恩恵でしょうか」


妖精の何らかの力が働いて、少女の身体の不調を治している。


そんな気がする。


 そして、セリは検閲に耐え得る恋文の文章を考える。


『あなたのお陰で私は生きていけます。


たとえ、あなたのすぐ傍にいられなくても』


素直な感謝の気持ちを書きながら、胸が締め付けられる苦しさを感じていた。




 十日ほどしてイコガからの返事が戻って来る。


祖父が魔法局からの到着案内があったと、仕事帰りに受け取って来てくれた。


「ありがとう、お祖父ちゃん」


セリはすぐに部屋にこもってしまう。


 受け取ったセリのうれしそうな顔に、母親は不安げだ。


「お義父さん、セリは大丈夫なのでしょうか」


母親は相手の男性について何も知らない。


以前、セリを助けてくれたことがあり、アゼルという貴族の青年の知り合いらしいとだけ聞いている。


「あの背の高い黒髪の男?」


会ったことがある弟は「悪い人ではなさそうだったけど」と答える。


弟のトールにとってはセリや友人を助けてくれた恩人だ。


「セリが幸せならそれでいいさ」


父親はそう言って母親を宥めていた。


 ただ、あの男性は魔法使いでもある。


庶民にとって魔法が使える者は畏怖の対象だ。


ある程度の覚悟は必要だろうと思われた。




 セリは資格試験を間近に控え、勉強に熱が入っている。


実は試験だけでなく、セリはもう一つのことを進めていた。


それは『不治の病とされている子供の病気の治療方法』の研究論文の提出である。


セリは文書にすることで、他の病院の子供たちにも施せるようにしようと考えたのだ。


 夜、それぞれの付き添い人に了承をもらい、他の子供たちにも妖精を引き合わせる。


最年長の少女が歩けるくらいに回復したため、他の子供たちにも治療を許可されたのである。


小さなセントラルの妖精は、遠慮なく子供たちから魔力をもらい続けた。


「ねえ、あなた、前より大きくなったんじゃない?」


すっかり妖精と友達になった十二歳の少女が話しかけている。


「そうね、あの頃はお腹を空かせていたものね」


何やら二人でこそこそと話をしているのを、セリは微笑んで見ていた。




 以前セリは、イコガから「妖精は人族の魔力をおやつ程度にしか思っていない」と言われた。


だが、実はセントラルの妖精はこの土地の魔力だけでは不足していたのだ。 


このままではいつ消滅するか分からないという状態だったらしい。


子供たちから魔力を得られるようになった妖精が元気になったのはいうまでもない。


「でも、あんまりたくさん食べないでね」


と、セリは妖精に頼んでいる。


相手はまだ幼い子供たちだ。


いくら妖精が小さいからといって、その魔力は大きい。


それを子供たちの魔力で補うにはどれだけ必要か分からないのだ。


今度は子供たちの魔力が不足してしまうことも考えられた。


「だけど、私はどうして動けるようになったのかしら」


少女が首を傾げる。


「さあ?。 それこそ、妖精の気まぐれかもしれないわね」


セントラルで妖精が姿を見せること自体が、本当は奇跡的な気まぐれなのである。




 秋が深まり始めた頃、資格試験が終わった。


翌日、セリは上司の部屋を訪れ、研究論文を提出した。


「これは本当なの?」


驚いた顔の女性上司がセリを見上げる。


「はい。 おそらく間違いないと思います」


五人の子供たち、すべてが回復に向かっている。


「病気の原因が魔力……」


セリはイコガから「妖精は人の魔力を食べる」と聞いた。


つまり、セントラルの病院の庭に住んでいる妖精に子供たちの魔力を食べさせたのである。


その結果、子供たちの魔力が減った。


「だから身体が動くようになったと考えれば、それしかないと」


「子供たちは、身体に過剰に増えた魔力のせいで体調不良になっていたということなのね」


そしてその不調はいずれ身体の他の部分にも影響を与えていく。


 この病棟の子供たちはいずれも貴族、または上流階級の子供たちだった。


魔力持ちが多い家系なのである。


「結論として、魔力測定をもっと早く実施すれば病気の子供は減るのではないかと思います」


もしくは体調を崩しがちな子供に治療の一環として検査を実施する。


「その過剰になった魔力を何らかの形で消費させればいいだけだと」


妖精に頼らなくてもいい。


正しく、子供でも出来る魔法を使わせればいいのだ。




「魔法を忌み嫌う世代のせいで、幼い子供たちに弊害が出ていたとは」


上流階級では魔力があることは歓迎されても、多くの庶民が魔法を危険視する傾向にあった。


そのせいで魔力検査は一定の年齢に達していなければ受けられない。


「危険なものだからこそ、早めに手を打たなければならないのに」


上司の言葉にセリは黙って頷く。


 彼女自身も魔力検査以前から魔力があることは分かっていた。


セリの母親がそういう家系の出だったのである。


「昔はちゃんと子供の魔力を放出する習わしがあったそうです」


母親からの指導のお陰でセリは体調を崩すことはなかった。


セリの弟もちゃんと指導を受けている。


「今ではその古くからの伝統が消失してしまっているのね」


「特にセントラルでは」


新しい移民が多く押し寄せる都会。


一部の上流階級より、一般の庶民が多い街。


新しいものを取り入れようとする気概は良いが、古いものを切り捨ててしまっている。


「ありがとう、セナリー。


これは研究文献として発表してもいいのね?」


「はい。 お任せします」


きちんとした礼を取り、セリは上司の部屋を出た。



 外の風が冷たくなり始めていた。


「こんにちは」


セリはいつものように広場の飲食店の外にある椅子に座る。


「やあ」


久しぶりにアゼルの姿を見つけ、向かいの椅子に座った。


アゼルはうれしそうに出張の土産話しをしてくれた。


 セリは、アゼルに会う度に彼の中にイコガの姿を探す。


公表はされていないが、実は兄弟である二人はやはり似ていると思う。


そのせいか、セリはどんなに周りの噂が鬱陶しくてもアゼルに会うことを止められない。


セリの気持ちを知っているアゼルも、セリの家族も、それを止めることはなかった。


 イコガはあれ以来、直接セリに姿は見せることはなかった。


ただ、二人の間の文書交換だけが、小さな熱い心を運んでいる。




 給仕がお茶を置いて立ち去ると、セリはカップを手に包み込むように持ち上げる。


アゼルはその様子を微笑んで見ていた。


「試験、終わったそうだね。 合否発表はいつ頃かな」


セリはふうふうと息を吹きかけ暖かい湯気に顔を突っ込む。


アチッと小さく声を上げた後、アゼルに顔を向けた。


「今回は受験者が少なかったので、結果はすぐに分かるそうですよ」


早ければ二、三日後に分かるそうだ。


「へえ。 じゃあ合格祝いは例の店で良いかな?」


駅広場の近くにある高級飲食店。


その店はセリの友人であるマミナという女性の家だ。


個室もあるため、アゼルたちもよく利用していた。


「え、まだ合格とは決まっていませんが」


セリが目を丸くしてアゼルを見る。


「ふふっ、君なら大丈夫さ。 じゃ、僕は予約を入れて来る」


アゼルは立ち上がる。


「次の休みは空けておいてね」


そう言って、彼は去って行く。


手を振るその後姿はとても楽し気だった。



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