覗き窓
野良猫のふりをして玉藻は雄哉の学校までついて行く。
偵察隊の蝙蝠に見つかってしまった以上は家も安全ではない。
ソウの守りがあるから低級は突破できないが上級ともなると多少無理をすれば何とかできてしまう。
「玉ちゃん、学校までついて来るの?」
「雄哉がちゃんと勉強しているかチェックするだけにゃ」
「何か授業参観みたい」
「そうにゃ授業参観にゃ」
普通は授業参観と聞くと嫌な顔をするが雄哉の場合は嬉しさがあった。
両親は仕事が忙しく授業参観だけでなく運動会も見に来たことがない。
ソウは自分が関わることで雄哉が見つかることを危惧して行っていない。
「雄哉」
「どうしたの? 玉ちゃん」
「気を付けるにゃ。学校に今まで知らない人に会ったら十分に注意して二人きりににゃらにゃいことにゃ」
「どういうこと?」
「雄哉を探して誰かが魔法界から来てるみたいにゃ。学校全体が魔力で覆われてるにゃ」
魔力は目に見えず感覚的に感じることでしか認知できないが、学校全体を覆うとなると一体何人の住人が来ているのか見当もつかない。
こんな状態で玉藻がついて行っても役には立たない。
「向こうも体制を整えるために時間が必要にゃ。だから安心するにゃ」
「うん」
「・・・それにソウが何も仕掛けをしていないわけにゃいにゃ」
「何?」
「こっそりと授業を見学するにはどこがいいか考えてたにゃ」
「僕の教室は三階だよ」
「にゃーには三階くらい朝飯前にゃ」
校門前にはジャージを着た体育教師が登校してくる児童ひとりひとりに声をかける。
朝の挨拶週間だ。
雄哉は声の大きな体育教師が苦手でいつも離れたところからこっそりと入る。
それでも見つかってしまい挨拶をするまで学校に入れてもらえない。
「おはよう! 朝ごはんは食べたか?」
「せんせー、おはよー」
「はい、おはよう」
雄哉は心の中で見つからないようにと祈りながら入ると、別の児童を見ていたためか声をかけられることなく通れた。
不思議に思いながらも雄哉は急いで下駄箱室に向かい靴を履き替える。
そんな様子を塀の上で毛繕いをしながら見ていた玉藻は怖い目をしていた。
「無意識に使うのも考えものにゃ」
「珍しいな。このあたりに野良猫がいるなんて」
「ニャー」
「よしよし、可愛いなぁ」
小動物好きなのだが怖がられてしまい交流できないという悩みを持っている教師は玉藻を存分に撫でまわす。
登校時刻の終わりを告げるチャイムが鳴り鉄の引き戸を閉める。
閉まると同時に玉藻は学校を覆う魔力が薄くなったことを感じた。
「やっぱり仕掛けてたにゃ」
玉藻の予想通りソウは学校の敷地の周りに等間隔で魔法石を配置していた。
扉がどこか一か所でも開いていると効果は無いが登校が終わると安全のために閉められるということを利用した方法だ。
「玉藻」
「廿楽」
「さすがソウだよな」
「ほんとにゃ。自分のものでない魔法石に魔力を込めて場を支配するにょはお見事としか言いようがにゃいにゃ」
「だが、この魔力は」
「四候のひとつ、ユリニエラン家の我儘令嬢と取り巻きにゃ。次期ユリエル候補の名は伊達じゃにゃいにゃ」
四候はそれぞれ最も魔力が高い者に魔王から称号が与えられる。
それがユリエル、サマエル、ガブリエル、ラファエルとなり、人間界では天使の名として扱われているが、魔法界ではただの称号だ。
「どうするよ。令嬢ひとりなら何とかなるが取り巻きとなると大変だぞ」
「ひとりひとりを相手にすれば大変だけど、集団にゃら分はこちらにあるにゃ」
「どういうことだ?」
「ここには薄いとは言ってもソウの魔力が渦巻いてるにゃ」
「あぁ」
「魔法の成功のカギは場を支配すること。あの我儘には到底無理な芸当にゃ」
見つからないように木の影を歩く玉藻と這う廿楽だが、次第に廿楽の動きが緩慢になってくる。
蛇は木の上を移動する生き物だから地面は苦手なのだろうと玉藻も歩くのを遅くする。
「どちらかというと我儘令嬢の令嬢を残さないと誰のことか分からなく・・・」
「令嬢にゃんていう高尚な呼称はもったいにゃいにゃ。それよりも廿楽、這うのが遅いにゃ」
「さっきらから動こうとしているんだが、体が重くて、気を抜いたら寝てしまいそうだ。これは魔法か」
「魔法じゃにゃいにゃ。変温動物の蛇は体温が下がると動きが鈍くにゃるにゃ」
「これも敵の戦略か」
「・・・・・・じっとしてるにゃ」
「ぎゃー! 食われる!」
玉藻は廿楽の首を加えると雄哉のいる教室まで駆け足で移動する。
流石に校舎内には入れないから木や壁を使って登る。
「ちょうどホームルームにゃ」
「ほほぅ、今の子は朝に一斉に読書をするんだな。時代は変わったなぁ」
「箒でチャンバラごっこする子もいないにゃ」
「寂しいものだな」
教師の掛け声で十五分間の読書が終わると日直が今日の時間割を発表し、全員が教科書を持っているか確認する。
その間に教師は職員室に戻り転校生を案内する。
「みな、新しい仲間を紹介する。エミール=ユリニエランさんだ。イギリスに住んでいたそうだが、御父上の仕事で日本に来ることになった。仲良くするように」
「はーい」
「では、国語の授業を始める」
エミールは金髪に碧眼という一般的に想像される外国人の風貌をしている。
誰も彼女が魔法界の住人だとは思わないし、人ですらないとはもっと思わない。
「分かりやすく接触して来たにゃ」
「だが、生徒なら動きも制限されるだろう?」
「我儘がひとりで立てられる計画じゃにゃいから他にも潜り込んでる奴らがいるにゃ」
「あの令嬢は目くらましってわけか」
「しかも常識外れなことをしても海外生活が長かったからとでも言い訳できるにゃ。イギリスも良い迷惑にゃ」
窓の外を見れば猫と蛇が並んで教室の中を見ているという不思議な光景なのだが、そこは魔法を使って気づかれにくくしている。
そのせいなのかエミールも気づいていない。
「適当な国をでっちあげとけば良かったんじゃねぇのか?」
「そんな知られてもいない国から来たなんてあの我儘が許すはずにゃいにゃ。プライドだけは高いからにゃ」
「で、黒幕は誰なんだ?」
「廿楽は田舎領地とは言え領主だったにゃ。少しはその無い頭を働かせるにゃ」
「田舎領地とはなんだ。あそこは風光明媚な良い所なんだぞ」
「それを田舎というにゃ。まったくこんなのが領主だった領民に心底同情するにゃ」
玉藻はかつてソウの教育係をしたことがあるが立場としては平民だ。
対して廿楽は小さな領地であっても領主だったから貴族だ。
立場としては雲泥の差があるが、魔法使いとしての格は玉藻の方が上というややこしい構図になっている。
「黒幕候補なら我儘の父か兄というところにゃ。あとは従兄か」
「あの我儘の、っと、令嬢の従兄というとサーマエラン家か? ユリニエラン家とは仲が悪いだろう?」
「家同士は悪いがユリニエラン家当主の夫人がサーマエラン家当主の妹だという事実は消せないにゃ」
「それがどう繋がるんだ?」
「珍しいことにユリニエラン夫妻は家同士の仲の悪さを克服した世紀の大恋愛結婚にゃ。だからといって周りがそれを認めてるとは限らにゃいにゃ」
「うん?」
廿楽はまだ分かっていないが、夫妻の仲はいいが家を超えて従兄妹同士が仲いいかと問われるとそうではないと答える。
表向きは仲がいいように振舞っているがサーマエラン家の長男は従妹のミエールを嫌っている。
己の手を汚さずに失墜させるためならいくらでも利用するだろう。
「ユリニエラン家は一枚岩とは言えない。ただそれだけにゃ」
「よく分からん。分かるように説明してくれ」
「仮にも領主だったにゃらもう少し家同士の事情に興味を持つにゃ」
玉藻は深くため息を吐いてから転校生としてやって来たミエールを見る。
日本語も問題なく読み書きができるようだ。