不思議な襖
玉藻指導の下で、魔法使いになるための訓練が始まった。
と言っても何をするでもなく、ただ空を流れる雲を見て何に見えるかを想像するだけだ。
「ねぇ玉ちゃん」
「何にゃ?」
「こんなことして本当に魔法が使えるようになるの?」
玉藻がしていることは魔法とは関係のないことのように思え、雄哉は純粋に質問した。
その質問を待っていたかのように玉藻は、赤い屋根の家の上の雲を指した。
「あの雲を見るにゃ」
「うん? ただの丸い雲だよ」
「違うにゃ。あれは餡子のたっぷり詰まったたい焼きにゃ。しかも天然もの」
「何言ってるの? 玉ちゃん」
雄哉が視線を雲から外し、突拍子もないことを言う玉藻を見下ろした。
一瞬、雄哉が雲から視線を外したときだった。
再び雲に視線を戻すと、そこには玉藻の言うたい焼きの形をした雲が漂っていた。
「えっ? たい焼き?」
「分かったかにゃ?」
「どうやったの? 玉ちゃん」
「それが魔法にゃ」
「魔法って・・・あれ? たい焼きがなくなった?」
視線を外すと、そこには玉藻が言うたい焼きは浮かんでおらず、ただの丸い雲があった。
まるで騙されたかのようだったが、雄哉は空に浮かぶたい焼きを見た。
「分かったかにゃ?」
「分かんないよ。どうやったの?」
「だから想像するにゃ。魔法を使う近道は想像から始まるにゃ」
はぐらかされたような気がするが、玉藻も詳しく説明する気がないようで雄哉は釈然としない思いを抱える。
一矢報いたい雄哉は、玉藻に声をかけた。
「ねぇ玉ちゃん」
「どうしたにゃ?」
「空に玉ちゃんが浮かんでるよ」
思わず雄哉が指を向ける方を見ると、そこには白い雲のはずが、黒い玉藻の姿が浮かんでいた。
それを見て玉藻は目を見開き、驚いた。
だが、雄哉は自分が指差した方向を見ていないから玉藻の姿があることに気づいていない。
「・・・騙そうったってそうは問屋が卸さないにゃ」
「ばれたか」
「ほら、帰るにゃ」
「うん」
雄哉が歩きだす後ろ姿を見て玉藻は独り言ちた。
姿だけでなく、色までも再現した魔法を見せられた。
「末恐ろしい孫にゃ」
魔法使いとしては玉藻も一家言持っていた。
魔法の素地も知らない雄哉にあそこまで見事な魔法を見せられるとは思っていなかった。
最高の魔法使いの孫だと玉藻は背筋に冷たいものが通る。
「明日から特訓にゃ」
「えぇ」
「文句言うにゃらご飯抜きにゃ」
「ご飯作るの玉ちゃんじゃないでしょ」
「つべこべ言うにゃ。だいたい孫のくせに初歩の初歩の初歩の魔法すら使えないのが悪いのにゃ」
理不尽な八つ当たりをされたが雄哉は、むくれるだけで何も言わない。
喋る猫がいるのだから魔法もあるだろうと受け入れているからだ。
魔法が使えたら恰好いいなという下心も少しだけあった。
「ねぇ玉ちゃん」
「何にゃ?」
「魔法界にはどうやって行くの?」
「魔法界と人間界を繋ぐ扉があるにゃ。毎回、扉の場所が変わるから何処とは言えないけどにゃ」
「へぇ」
寝るために布団を敷くため押し入れを開けると、そこには布団ではなく鬱蒼とした森が広がっていた。
驚いたのは雄哉だけでなく、玉藻もだ。
今、話していた魔法界への扉が開いた。
「ねぇ玉ちゃん」
「偶然にも開いたにゃ。魔法界への扉が」
目の前に広がる光景が信じられなかったのか雄哉は押し入れの襖を静かに閉めた。
三秒待ってからもう一度、襖を開けても鬱蒼とした森が広がっている。
「夢じゃないんだ」
「・・・流石、ソウの孫にゃ」
「何か言った?」
「案内をしてやりたいけど、繋がったところがまずいにゃ。行けば身包み剥がされて骨の髄までしゃぶられて大変なことになる」
勢いよく襖を閉めた雄哉は今度こそ見ないフリをした。
寝るための布団が無いのは辛いが再び襖を開ける勇気はない。
開けたところで布団はなく森が広がっているだけだ。
「閉めるなんて酷いだろう。なぁ? ソウの孫」
「ひぃ、ひぃぃぃ」
「久しぶりにゃ、廿楽」
閉めた襖が開き白い蛇が這い出て来た。
爬虫類が苦手な雄哉は怯えて玉藻の小さな体の後ろに隠れる。
気安く挨拶をした玉藻の知り合いのようだが怖いものは怖い。
「久しいな、玉藻」
「た、玉ちゃん、へ、へ、蛇がしゃべったよ」
「おいおい、大丈夫か? ソウの孫よ。猫がしゃべるんだから蛇もしゃべるだろうよ」
「仕方ないにゃ。雄哉は昔から爬虫類が駄目にゃ」
呆れたような蛇ーー廿楽は雄哉から離れたところにとぐろを巻いた。
寝るための布団が欲しい雄哉は廿楽を見ないようにして隣の物置から客用の布団を取りに行こうと立ち上がる。
雄哉が部屋を出てから廿楽は真剣な声で玉藻に話しかける。
「・・・なぁ玉藻」
「分かってるにゃ」
「アレは危険だぞ。意識せずに魔法界への扉を開けるんだ。今回は俺だったから良いものの」
「それは助かったにゃ。だけど雄哉は魔法使いだと知ったのは最近にゃ」
予備知識もないまま魔法使いの才能だけ開花した状態だ。
制御も出来ないため敵からは美味しい贄だ。