夜道に注意
朝起きたら喋る黒猫は夢だったんじゃないかと、雄哉は枕元で丸くなっている玉藻の頬をつねる。
気持ち良く寝ていたところに衝撃的な目覚めとなった玉藻は飛び上がった。
「にゃー! にゃにするにゃ!」
「あっ、夢なんじゃないかと思って」
「そういうときは自分の頬っぺたをつねるのにゃ!」
「おじいちゃんが夢かどうか確かめるには、相手の頬っぺたをつねるって教えてくれた」
「あのおいどれ、ろくなこと教えとらんのぉ! だいたい、にゃーだったから良かったものの普通の猫にしたら大変なことにゃ」
「あっ」
雄哉のことを可哀想なものを見る目で玉藻は見た。
分かりやすく肩を落とす雄哉に玉藻は、仕方なく声をかける。
「学校は行かなくていいのにゃ?」
「チコクしちゃう」
急いで着替えて階段を降りる。
廊下に置きっぱなしのランドセルを背負って雄哉は家を出た。
「鍵をかけ忘れてるにゃ!」
「あっ、ありがとう」
「まったく世話が焼けるにゃ」
学校までの道のりを走る。
ギリギリ教室に駆け込めて遅刻にはならなかった。
真面目でもなく不真面目でもなく授業を受けて、雄哉は放課後友達と公園に向かった。
日が暮れる寸前まで遊び夕焼け小焼けのオルゴール放送をきっかけに解散する。
雄哉は一度、家に向かってからランドセルを置いて、公園に向かった。
誰もいない家に一人でいたくなかった。
錆びついたブランコを力なく漕いでいると、また巡回中の警察官が近づいてきた。
見つからないところにいれば良かったと後悔しても遅い。
「また、君か。まったく早く家に帰らないといけないって教わらなかったか?」
「えっ?」
顔を上げると、そこにいたのは警察官だが、周りの景色が変わっていた。
砂場や滑り台などなくなり、代わりに黒や緑というバケツに絵の具を溶かしたような不気味な景色が広がっていた。
「まぁ俺としては嬉しいけどね」
「な、なに?」
「久しぶりの獲物だ。じっくり味わいたいから来てもらうよ」
警察官が――警察官のふりをした何かが雄哉の腕を掴もうとした。
指先が触れる寸前で景色が一変し、玉藻が現れる。
「本当に世話の焼ける孫にゃ。夜は悪い魔法使いの時間だと言ったはずにゃ」
「・・・お前は」
「帰ってご主人サマに伝えるにょにゃ。誰の許可貰ろて手ぇ出しとんのや? 一遍、死んでから出直さんか」
「・・・後悔するぞ」
「ほう面白いこと言いよるなぁ。させられるモンならさせてみろや。ほれ」
「チッ」
警察官のふりをした男は舌打ちをして姿を消した。
重苦しい空気が無くなり、いつもの公園が戻った。
「玉ちゃん」
「こんな時間まで外にいたら心配するにゃ。帰ってご飯食べてお風呂に入るのにゃ」
「うん」
「明日にはソウが帰って来るにゃ。だから家に帰るにゃ」
「ホント!?」
「本当にゃ! わざわざ今日は病院まで行って聞いて来たにゃ」
朝に会ったきり今までいなかったのは病院に行っていたかららしい。
猫の姿では病院まで歩いて行くのに時間がかかる。
その帰り道に雄哉が襲われているのをみつけたということだった。
明日になれば祖父が帰ってくると、元気になった雄哉は嫌がる玉藻を無理やりお風呂に連れ込み一緒に浴槽に浸かる。
どんな抗議をしても聞いていないと諦めて玉藻は雄哉が満足するまで付き合った。
「でも不思議なことがあるにゃ」
「不思議なこと?」
「そうにゃ。あの警察官のふりをした魔法界の住人は、力が弱く、いくらソウの守りが薄くなっているからといって雄哉を見付けられるはず無いのにゃ」
「昨日も声をかけられたよ」
「昨日?」
「うん。早く帰りなさいって。そして家まで送ってもらった」
雄哉の話を聞いて玉藻は尻尾の毛を逆立てた。
「それを早く言うにゃ! いくら守りがあっても声をかける距離まで近づけば、どんな愚図でも分かるにゃ。しかも家まで知られたとにゃると、色々と手遅れにゃ」
「えっ?」
「雄哉、覚悟すると良いにゃ。これから毎日のように命を狙われるにゃ。助かる方法はひとつ! ソウが盗まれたという石を見付けることにゃ。あの石があれば命を狙われることは無くなるにゃ」
「でも、誰に盗まれたのか・・・」
「明日、ソウに聞くにゃ」
まだ玉藻に聞きたいことはあったが、瞼が下りてきた雄哉は静かに眠った。
風邪をひかないように玉藻は爪で器用に布団をかける。
「まったく、世話の焼ける孫にゃ」
窓の外では蝙蝠が何かを探すように飛んでいた。
それを玉藻は鬱陶しそうに睨みつける。