無自覚の驚異
玉藻の怒号に肩を跳ねさせた雄哉は、ぎこちなく後ろを向いた。
「・・・びっくりしたよ。玉ちゃん、そんなに怒らなくてもいいのに」
「危険なところを救ったにゃーに感謝して欲しいにゃ」
雄哉は頭を振り、視界の端で火花を散らすような感覚を追い出した。
玉藻の怒声は、霧に溶けかけていた雄哉の輪郭を強引に繋ぎ止めた。
手の中にあるエミールのお守りが熱を帯びている。
「エミール、大丈夫?」
「え、ええ。なんだか、急に頭がスッキリしたわ。・・・雄哉、前を見て」
依然として霧は濃いままだが、雄哉の足取りはしっかりとしていた。
自分の足の下に、確かに冷たい石畳の感触があることを道標に一歩を踏み出す。
「こっちだ」
「どうして分かるのよ」
「えっ? なんとなく」
エミールは驚きに目を見開いた。
幻覚の森の中で、まさかの勘で進む方向を決められたのだから驚くのも無理はない。
「・・・信じられない」
「でも、こっちだと思うんだ」
「エミール、信じるかどうかは自分で決めるにゃ」
「もう! 分かったわよ。信じるわよ」
エミールは、雄哉の判断を半ばやけくそに肯定した。
最後尾を行く玉藻は、不機嫌そうに髭を揺らしながらも、どこか誇らしげに歩いている。
ハルトは無言のまま、雄哉の後ろ姿を凝視していた。
表情には出さないが、内心の動揺は激しい。
「・・・面白い。ソウの血筋は、これほどまでに異質なのか」
「その血筋を引いてるハルトも十分に異質にゃ。何を他人事みたいな顔をしてるにゃ」
やがて、霧の奥から巨大な黒い影が姿を現した。
威圧感のある石造りの門と共にガブリエラン家の本邸が姿を現した。
雄哉が重厚な玄関の扉に手をかけ、それを押し開く。
開かれた大広間の奥、高い椅子に座り、ゆったりと足を組んでいる人物がいた。
「よく来たね、雄哉。・・・成長したじゃないか」
その声を聞いた瞬間、雄哉の心臓が跳ね上がった。
椅子に座っていたのは、見間違えるはずもない。
「・・・おじいちゃん?」
「違うわ。ガブリエラン家当主は雄哉のお祖父様より年上だもの」
雄哉の足が止まる。
ソウがガブリエラン家当主だったのかと勘違いをした雄哉にエミールが指摘する。
「じゃあ、あそこにいるのは偽者なんだね」
「そうよ」
「何を言っているんだ? 雄哉。ここにおじいちゃんの石があるだろ」
「おじいちゃんが言ってたよ。石は盗まれたって」
エミールの言葉を信じていても半信半疑だったことで雄哉の目にはソウとして写っていた。
だが、盗まれた石をソウが持っているはずもなく、魔法使いの理を教わっていない雄哉が石を身分証として認識できるはずもなかった。
「そうよ。それに石は廿楽が横取りしたのよ」
「それは・・・ばれたのなら仕方ない。ここで死んでもらおう。そう言えば君は、蛇が苦手だったね。雄哉、君たちを囲む無数の蛇はただの蛇ではない。触れただけでも致死量の毒となる。逃げ場はないぞ」
「ひぃぃ、蛇が、いっぱい」
「しっかりして雄哉。全て魔法の蛇よ」
黒い塊が押し寄せてくるようにしか見えない蛇を雄哉は目を閉じてやり過ごす。
雄哉を覆い尽くしたことを確認したガブリエラン家当主は勝利を確信した。
「目を閉じても無駄だ。蛇は君に触れてしまった」
「そんな・・・」
「大丈夫だよ。おじいちゃんが毒蛇にあっても咬まれなかったら大丈夫って。咬まれた痕がないよ」
「それに触れたら死ぬって言ってたのに生きてるよ」
雄哉の言葉にエミールも納得し、怖がっていた蛇が完全に消えた。
ガブリエラン家当主は狼狽えて魔法を繰り出そうとするが発動しない。
「なぜだ。こんなのは無効だ」
「見苦しいぞ。ガブリエラン」
「ミ、ミハエラン家当主様っ」
「五大公のひとつが出てくるとは驚きにゃ」
「お久しぶりです。玉藻先生」
真っ白な髪を背中の辺りで束ねた男性が急に現れた。
ガブリエラン家が廿楽を使い石を横取りしてからミハエラン家はガブリエラン家に一族の者を潜入させていた。
「教え子の中でも優秀な奴だったにゃ」
「お褒めいただき感謝します。あと、ガブリエラン家当主の言葉を訂正するなら私はガブリエラン家当主の甥です。伯父にそっくりなんですよ」
「甥? いや、本人だろ」
「ガブリエラン家当主も察しが悪いにゃ。ミハエラン家当主が介入したとなればガブリエラン家の代替わりは必須にゃ」
ミハエラン家当主の顔を知っているガブリエラン家当主は甥と言う言葉を信じなかったが、玉藻の忠告に素直に口を噤んだ。
震える手で持っていたソウの石をミハエラン家当主に差し出す。
「伯父に伝えておきますね。きちんと石を返した、と」
「ご当主にお伝えください」
「ええ。必ず。さあ、これは君が魔法使いとして勝った証だ。受け取りなさい」
小さな石を雄哉はしっかりと握り締めた。
玉藻はソウの石を見て懐かしさを感じていた。




