閑話:移動中のお話
イドゥアハ大陸の中心部分に位置している、大陸一の国土を有するヘーベガンド帝国。
その王城にて玉座に座している、贅肉をたっぷりと蓄え、華美過ぎる装飾品と衣服に身を包んだ男は、不機嫌そうに目の前に傅いている兵士らしき青年に目を向けた。
「召喚された勇者は全て死に絶えていた、と?」
「は、はっ。術式自体は完璧だったのですが、召喚時の負荷に耐えられなかったようで……」
「勇者も所詮人間か。無駄に金を浪費しただけだったか」
ぶふー、と王は荒い息を吐いて、不機嫌そうに肘掛けを指で叩く。
「まあまあ、失敗は元々想定していたことでしたでしょう?」
「……まあそうであるな。いたしかたない、民から兵と税を取り立てるとしよう」
「そうですわね。……失敗した魔導士達はどうしましょうか?」
「失敗した者など要らぬ。――疾く処刑せよ」
淡々と言い渡された言葉に、傅いていた兵士がびくりと肩を震わせる。
「お、恐れながら王よ。
今回の勇者召喚の儀に参加した魔導士達は皆、帝国内でも有数の魔導士達でございます」
「それがどうした。余がやれと言っておる」
「し、しかし、彼等を処刑してしまうと帝国の不利益になるかと」
「くどい。それとも何か、貴様が代わりになるか?」
ぎろり、と王に睨まれ投げかけられた言葉に、兵士はぐっと言葉を詰まらせて、「承知、いたしました……」と苦々しい表情で謁見の間から去っていった。
……と同時に、慌てふためいた様相の兵士が転がり込んできた。
「お、おおお、王様ぁ!大変でございます!」
「何だ騒々しい!貴様、どうでもいいような内容であればどうなるか分かっておるだろうな!」
「は、はひぃ!ど、ドラゴンが、ドラゴンが王城に向かって接近しております!」
「なんじゃ、ドラゴンなんぞ……ドラゴンだとぉ?!」
王がはじかれたように玉座から飛び出し、外が一望できる場所へと移動する。
そして、その場所からそれは、嫌になるほど鮮明に確認することができた。
光を七色に反射しながら、悠々とこちらに向かって飛ぶ様は雄大かつ美しいものだった。
――ドラゴンは、全ての生物の頂点たる生き物である。
一度怒らせれば、その先に待つのは死のみだ。
「ひ、ひいぃ……な、何だアレは。王城に持ち込まれたドラゴンの三倍以上の大きさではないか……!」
へなへなと王がその場にへたり込む。
あんなものに攻撃されたらひとたまりもない、早く通り過ぎてくれ――
王だけではなく、その国にいた全ての生き物が身を縮こまらせて、ドラゴンが通り過ぎるのを待った。
ドラゴンが王城の側を通り過ぎる、その時。
王は、それを目にした。
ドラゴンの前脚に、何かが掴まれている。
このドラゴンは狩りをしてきたのだろうか、と王がよくよく目を凝らしてそれを確認すると――
それは、人間だった。
人間が、ドラゴンの前脚に鷲掴みにされ、宙ぶらりんの状態で運ばれている。
表情こそ見えなかったものの、手足が力なくプラプラと揺れていることから察するに、既に息はない物だろうことは予測できた。
「ひ、ひひひ人喰い竜……!」
共に見ていた豪奢な装飾品と衣服を身に纏った女が腰を抜かしながら、悲鳴じみた声でそんなことを口走った。
その時。
じろり、と。
ドラゴンの目が、王城に――王に、向けられた。
「ひ……ひいいいいいいいいいいい!」
それを理解するや、王は一目散に謁見の間から飛び出し、普段からは考えられないスピードで自室へと駆け込んだ。
そして震える手で内側から施錠し、趣味の悪い黄金でできた天蓋付きベッドに飛び込み、隠れるように毛布にくるまって体を縮こまらせた。
そんな王を気にも留めず、ドラゴンは再び前を向き、大きな翼を動かして来た時と同じように悠々と去っていった。
その後王は三か月もの間自室に閉じこもり、その間に多数の兵士と極刑を言い渡された魔導士達が揃って亡命を果たしたのだが、それはまた別のお話である。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
[まあ、アレだけ脅せばもう手は出してこないでしょう]
『そうか?』
[実際見てみたところ肝の小さそうな男でしたし、大丈夫でしょう]
『……見てみた、って……どこに目があるんだ?』
[考えるな、感じるのです]
「アドバイザーさん、誰と話してるの?というか、今どのくらいの距離……?」
[さっき飛びだったばっかりですよ。あと二時間ほどご容赦を]
「うえぇ……」