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8.そうだ、取引しよう。


 この世界にやってきて大体一か月くらいが過ぎた。

 ……そう。一か月が過ぎたのだ。

 その一か月が過ぎたあたりで、私にとある限界がやってきた。


「……あ゛~……」

「ど、どうなさったんですかリナ様?

 まるでカタコンベ内を徘徊する動く死体のような声が聞こえましたが」

「……それ、どんな表現……」


 机に突っ伏した状態のまま、心配そうに声をかけてきたアドさん(アドバイザーさんのままだとちょっと呼びにくいことに気が付いたので縮めることにした)を見上げる。

 っていうか、何でカタコンベ。何で動く死体という表現。

 それそのままゾンビみたいな声でいいじゃん。


「いやね……ちょっと元気でないというか……」

「それはいけません!何か精のつく食べ物を用意せねば」

「うん、正直一番今精神的にキてるのがその食べ物の問題なんだけどね?」

「なんと?!」


 いそいそと狩りの用意をし始めたアドさんが驚きの声を上げる。


「今のところ、肉も小麦も調味料も、かなり量がストックされているように思えるのだが……」

「うん、そう。毎日食べる分には困ってない……困ってないんだけどね……?」

「だけど?」



「……お米が、食べたい」



 お米。

 それは日本人にとって魂の食材と言って過言ではない穀物だ。

 小麦を挽いてパンを作ったりして、今のところ炭水化物を摂ることはできている。

 できているが、パンでは栄養はともかく、心にぽっかりと穴が空いたような感覚は拭えないのである。

 ああお米。

 ふっくらつやつやと土鍋で炊き上げた、新雪のような白さのお米が食べたい。


「オコメ、ですか?」

「うん。お米。ライス。

 日本人のソウルフードたるお米が、とてつもなく恋しい。

 食べたくて食べたくて震えてる」

「ああ、ライスのことでしたか。

 それでしたら確か、人間の里で家畜の飼料として栽培されていたはずです」

「何その家畜クソ贅沢」

「お母様、口調が荒れてますよ」


 おっと、私としたことがつい荒れたコメントをしてしまった。


「そうですね……現在の備蓄はどのようになっておりましたっけ?」

「今んとこ塩と砂糖が各500㎏、胡椒が350㎏、その他の香辛料や調味料が各200kgずつってとこやな」

「魔物の素材も数えきれない程度にはある。あと、俺達から毎日剥がれる鱗も幾つかあるな」


 うわぁ、気づかない内に結構たまってたんだなぁ……

 まあ、毎日ダンジョンに潜ってもらってるからなんだけども。

 消費する人数が少ないからたまる一方なんだよね。


「思いのほかたくさん余っていますね……

 それでしたら、人間の里へ行って余った物資とライスを交換してもらえないか取引をいたしましょうか」

「取引っ!」

「米ぇ!」


 物々交換!そういう手があったか!

 こうしてはいられないと勢いよく席を立つ。


「リナ様はお留守番ですよ?」

「なんでさ?!」

「考えてもみてください。

 危険度AからSSSクラスまでの魔物と、人間……それも、かなりか弱そうな女性一人。

 真っ先に狙われるのは?」

「私ですねすみません」


 すっ、と静かに席に着いた。

 正直狙われて無事でいられる保証が一ミリもないでごわす。

 最悪魔女扱いされて火刑に処されるかもしれない。

 うん、取引は皆に任せて私はお留守番するであります。


「よろしい。……それでは、人間の里へ行くメンツを決めましょう。

 まずは――」


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 アルバドゥ王国の郊外に位置しているとある村落。

 その村落は、いまだかつて体験したことがないだろう未曽有の恐怖に陥れられていた。

 原因は――


「ど、どどど、ドラゴンだああああああああああ!」

「お、お前ら、に、逃げろぉ!」

「逃げるってどこにだよ!」

「ああ、神よ、我らをお救いください……!」


 突如としてやってきた、巨大な白いドラゴンだった。

 そんなパニックを起こしている村の人間達を見て、村に降り立ったドラゴンはぽつり、と呟きを漏らした。


『……なあ、俺は来ない方がよかったんじゃないのか?取引どころではないだろうこれは』

「うーん……まあ、見てて面白いのでいいんじゃないですかねっ!」

「アドさん、あんたホンマ、ええ性格してるなぁ……」


 楽しそうに声を弾ませるアドを見て、アイトリアは深いため息を吐いた。


「……しゃあないなぁ。

 おーい!ちょいすんまへん!誰かウチの話を聞いてくれへーん?!

 具体的にいうと、そこのはげたおっちゃんやら!」

「は、ははは禿げとらんわ!じゃなくて、魔物までいる?!」

「反応してる時点でお察しやん……そんなんよりウチん話を聞いてくれまへん?

 話聞いてくれたら、ウチもドラゴンのおにいもなんもせえへんさかい」

「ほ、本当か?」

「ホンマホンマ。あらよっと」


 アイトリアがドラゴンことフォスから飛び降りて、人好きのする笑顔を浮かべる。

 村人達はアイトリアの側でひかえているドラゴンに怯えつつも、ちょっぴり冷静になったのか騒ぐのを止めた。

 というか、ドラゴンの不興を買って攻撃されるのを恐れて黙った。

 その様子を知ってか知らずか、アイトリアが笑顔のまま口を開いた。


「この村でライス育ててへん?育ててるんやったら物々交換してほしいんやけど」

「ライス……?家畜の餌なんか何に……?」

「まあええやん、こまいことは気にせえへんで。で、交換するのか、せえへんのか、どっち?」

「わ、分かった。だ、だけど交換品の確認はさせてほしい」

「勿論!ええもの持ってきてるさかい、ゆっくりみていってや」


 おずおずと、ちょっとだけ生え際が後退しているおじさんが前に出て、アイトリアが差し出したものの中身を確認する。

 一つ目の壺を確認するや否や、その表情が驚きに染まった。


「ちょっと待ってくれ!これ、胡椒じゃないか!」

「せやで!それと、こっちが砂糖、こっちが蜂蜜といろいろ用意しとるさかい、交換したいものを自由に選んでや!」

「こ、こんな高価なものとライスを交換……」


 生え際が後退しているおじさんが、一般的に高価なものとされている物品を目の前に途方に暮れる。

 それもそのはず。彼等にとってライスとは、家畜の餌以外の何物でもないのだ。

 そんな作物が、貴族達がこぞって欲しがるような物品に化けようとしている。

 え?アンタら正気?マジで?嘘ぉ……となるのもしょうがないのである。


「ほ、本当にいいのか?こんな貴重なもの……」

「大丈夫やって。こないにあっても腐らせるだけやし。

 そっちの方がもったいないやろ?交換した後は売るなりなんなり好きにしてや」

「……分かった。それじゃあ、ありがたくこれと交換させてもらうよ」


 おじさんがそう言って指さしたのが、胡椒だった。


「はいよ。どのくらいの量がええ?」

「えっ……あー、10㎏を三袋、でいいか?」


 交換するライスは、アイトリアが用意した麻袋五袋分。

 ぼったくりもいいところな取引内容だったが、アイトリアは気を悪くしたようなそぶりすら見せず、むしろ「胡椒10㎏分が三袋やね?まいどありぃ!」と嬉々として交換して見せた。

 そんな魔物の娘の様子に、ぼったくりもいいところだよね?何だか俺達悪いことしてない?大丈夫?という空気が村人達の間に流れている。


「あ、せや。今後も交換したいものがあったらここに来たいんやけどかまへん?」

「あ、ああ。かまわないが」

「おおきに!ほなまた来るなぁ」


 アイトリアはそう言って朗らかに笑うと、来た時と同じようにドラゴンの背中に乗り、そしてそのまま飛び去って行った。


「……何だったんだ?一体……」

「わ、分かんねぇ……けど、ライスの取引先ができた、ってことだよな……?」

「「「「「……」」」」」


 しばし、沈黙。


「と、とりあえずライスを切らさないようにしよう」

「「「「「異議なし!」」」」」


 主要な交換品となるであろうライスを一定量確保しておこう、というおじさんの提案に、村人全員が頷いた。

 その日、その村はライスを大量に貴重品と交換したがる、なんとも奇妙な魔物達という取引先を得たのだった。

 そしてその一か月後に、村から一目散に逃げだした若者から、村にドラゴンが出たという報せを聞きつけた騎士団が訪れ、村に被害がないことに騎士達が揃って首を傾げるのだが――それはまた別のお話である。


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