08「小説⑦」
#008「煤煙」
舞台は、屋上と踊り場。
登場人物は、女子生徒二人、英語科教員、音楽科教員の四人。
「喫煙生徒かと思ったら。こんなところで何をしてるのよ、あなた達」
「あら、先生。もうチョッとで焼けますよ」
「そっちは風上だから、こっちに来たほうが良いよ、先生」
「そうね。鼻の奥が痛いわ。それより、こんなことをして良いと思っているの?」
「だって、校則に『昼食時、屋上に七輪を持ち込み、メザシを焼くべからず』という条項は無いもの」
「そうですよ。はい、先生の分です」
「そういう例が稀有なのよ。今回は、見逃してあげるけれども、二度とするんじゃないわよ。でも、折角だから、一口、いただくわね」
「どうぞ。ほうじ茶もありますよ」
「おにぎりも作ってあるの」
「おにぎりは遠慮しておくわ。二人で食べなさい。ごちそうさま」
「もう良いんですか? まだ半身、残ってますよ」
「教師には色々と、やらなきゃいけないことがあるのよ。ちゃんと後始末するのよ。良いわね?」
「はい、先生」
「了解」
*
「突拍子もない事をする以外は、いい子達なのよねぇ」
「どうでしたか、屋上は?」
「あら、職員室での話、聞いてたんですか? ちっとも気が付きませんでしたけど」
「昔から、影が薄いほうでしたから。さて、そろそろ音楽室へ戻らないと」
「五校時まで、まだまだ時間がありますけど?」
「午後の始業前に、指を慣らしておきたくて」
「ショパンですか?」
「えぇ。弾いていて、落ち着くものですから」
「色白で、鼻筋が通っていて、眼鏡を掛けていて、長身痩せ型で、物腰が柔らか。加えて、大抵、ショパンを弾いている。あだ名がスタニスラフなのも、納得ね」
「吹奏楽部員から聞いたんですね。ところで、どうしたんですか、それ?」
「それ、というと?」
「唇です。グロスを引いたみたいになってますけど?」
「タバコじゃなくて、メザシだったのよ」
「はて? どういうことですか?」
「大したことじゃないのよ。さて、英単語の小テストを作らなくちゃ。それじゃ」
「何だろう。この煙に巻かれたような気分は」
#031「こうそく」
舞台は、正門。
登場人物は、女子生徒二人、英語科教員、音楽科教員の四人。
「冬の正門当番は、骨身に堪えますね」
「まったくね。あいさつ週間なんて、誰が考えたのかしら。こういうのは上から音頭を取ってやるものではなくて、自然発生して広がっていくべきものよ」
「理想としては、そうですね」
「理想通りにはいかないのが、現実よ」
「そう諦観するのは良くないですよ。僕たち教師が前向きな姿勢を見せないと、生徒たちは付いて来ませんよ?」
「理想としては、そうなんだけどね」
「あ、誰か走ってきましたよ」
「走ってるにしては、変な足の動きね」
「そうですね。どこか、氷上を滑るような動きですね」
「まさか……」
「あ、先生。グンモーニング」
「お早うございます、先生」
「朝っぱらから何やってんのよ、あなたたち」
「登校時間を短縮しようと思って」
「ここまで、十二分の時間短縮です」
「あのね。インラインスケートで学校に登校してきて良いと思ってるの?」
「だって、校則に『登下校時、インラインスケートを装着し、これを使用すべからず』という条項は無いもの」
「そうですよ。先生も、ご一緒にいかがですか?」
「結構よ。前にも屋上で同じことを言ったけど、そういう例が稀有なのよ。今回は見逃してあげるから、さっさと履き替えなさい」
「この前、屋上にいた生徒というのは、彼女たちですか?」
「えぇ、そうなんです」
「スタニスラフも居たんだ」
「せめて先生を付けなさい」
「こんな寒空の下で、二人が共同で仕事に励む。これは、ひょっとするとひょっとするかもしれませんな」
「そうね。吹奏楽部のあの噂は、本当かもしれないわね」
「何なの、その噂というのは?」
「僕も、顧問として気になります」
「言えないよね」
「言えませんよ」
「前言撤回して、やっぱり反省文を提出してもらおうかしら?」
「ずるいよ、先生」
「職権濫用ですよ。スタニスラフ先生からも、何とか言ってください」
「僕も教師だから、君たちの味方は出来ないよ」
「ついてないわね。でも、こうなったら、さっさと書き上げてしまいましょう」
「そんなぁ」