06「小説⑤」
#005「唇寄せて」
舞台は、居間と客間。
登場人物は、若い女性、その父、叔母、彼氏の四人。
「どうなのかしら、あの二人」
「存外に、あっさりと付き合っているみたいだけど」
「四六時中、べったりとくっついていられるのも、困り者だけど、こう、さっぱりとしていられるのも、考え物よ」
「まぁ、そう、焦らなくても良かろうに」
「兄さんが、そんな風に暢気に構えているから、いつまでも甘えられてしまうのよ。もっと真剣に、娘の将来のことを考えるべきよ」
「しかし、あんまり個人のことに、とやかく口を出して干渉しては、まとまる話も、まとまらなくなるからなぁ」
「そんなことないわよ。ちょっと強引かな、と思うぐらいで、ちょうど良いのよ。もし、拗れても、あたしが何とかしてあげるから」
「そうかい。とりあえず、さっきの話だけは伝えておくよ」
「じゃ、決まりね。お先に」
「今日は、もう用事を済ませてきたのではなかったのか?」
「急用を思い出したものだから。それじゃ」
「相変わらず、落ち着きの無い奴だよ、まったく。ん? どうした?」
「いけない。やっぱり、がま口、ここにあったのね。失くして、死んだ母さんに祟られるところだった。またね」
「加えて、そそっかしくもある」
*
「お上手ね、リンゴの皮むき」
「一人暮らしが長いものですから。慣れですよ」
「指が長くて、綺麗ね。楽器を何か、演奏されて?」
「いえいえ。体育会系でしたから」
「スポーツは、何を?」
「水泳ですよ。平泳ぎが得意でした」
「今は、お泳ぎにならないの?」
「ここのところ、まとまった時間が取れませんで。ジムのほうは、ご無沙汰してます」
「お勤めが、お忙しいのね。お裾分けにいらした叔母様が、『お世話になっている彼にも、持って行ってあげなさい』って、ゴリ押しなさるものだから、つい、支度して出て来てしまったんだけど、急にお伺いして、ご迷惑だったのではなくて?」
「とんでもない。丁度、近々お会いしたいと思っていたところですよ」
「まぁ、お上手ね」
「皮むきが、ですか?」
「お世辞が、よ」
#019「麦の秋」
舞台は、客間と子供部屋。
登場人物は、若い女性、その父、叔母、彼氏の四人。
※#005「唇寄せて」参照。
「すみませんね。突然、お邪魔してしまって」
「いいのよ。あたしのほうこそ、手伝わせてしまって」
「構いませんよ。持ってるだけで良いんですから、お安い御用です」
「実は、もう一色、玉にしておきたい毛糸があるの。お願いできるかしら?」
「良いですよ。それとも、今度は僕が巻いていきましょうか?」
「うぅん。あたしが」
「そうですか。ところで、何を編まれるお積りですか」
「この長さだと、セーターは無理ね。細身のマフラーを編もうかしら」
「編み終わる頃に、ちょうど必要になるでしょうね。先生も、親孝行な良い娘さんを持ったものです」
「あら。お父様は、こんな派手な色のマフラー、絶対なさらないわ」
「それじゃあ、小母さんにですか?」
「叔母様は、ご自分で編まれるわよ」
「それじゃあ、どなたに?」
「嫌だわ、意地悪ね。一から十まで言わなくても、もうお分かりでしょう?」
「そうですね。野暮でした。でも、僕が今日、何かを言いに来たことは、お分かりになっていないようですね」
「あのお鞄の中に、何か大事なものが入っているんでしょう?」
「気付かれましたか?」
「そこまで察しの悪い人間では無くてよ」
「敵わないなぁ。それじゃあ、もう言わなくても良いですね?」
「駄目よ。ちゃんと、おっしゃって。ほぅら、良い具合に巻き終わったわ」
「鞄をこちらに貸してください。ありがとう。一度しか言いませんから、よく聞いてくださいね」
*
「お父様、あたし……」
「綺麗だ。実に美しい。若い頃の母さんと同じぐらい、いや、それ以上の別嬪だよ」
「今度の結婚のことで、叔母様に当り散らしたりして」
「気にしてやせんよ。あいつは、昔から無神経な奴だったから」
「ねぇ、お父様」
「まぁ、不安もあろうが、心配しなさんな。これから新しい生活を、彼と二人、一から創り上げていけばいいんだ。父さんだって、母さんと一緒になった時分は、戸惑いの連続だった」
「……お世話になりました」
「幸せにな」
「いやぁ、遅くなっちゃったわ。兄さん、もう話は済んで?」
「あぁ」
「そう。じゃあ、表の通りに車を待たせてるから、行きましょう。頭、気をつけてね。裾は持ってますから」
「くれぐれも、会場まで頼むよ」
「任せなさい。それじゃ、また後で」
「あぁ。二人とも、道中、気をつけて」
「お父様……」
「大丈夫。すべてうまくいくさ。安心おし」
「……はい」