12「小説⑪」
#016「騎士の真似事」
舞台は、休憩所と居酒屋。
登場人物は、若手社員二人、営業課長の三人。
「この度は、幣も取り合えず、手向け山」
「紅葉の錦、神のまにまに。道真公」
「君が為、惜しからざりし、命さえ」
「長くもがなと、思いけるかな。藤原義孝だったか」
「よく覚えてるね」
「毎年、元日に家族で百人一首大会をするのが、決まりだったんだ」
「へぇ、楽しそうだね」
「それが、そうでもなくてさ。俺と年子の妹とで、それぞれが取った枚数を五百倍した金額が、その年のお年玉だったんだ」
「全部ひとりで取れれば、五万円か」
「なかなか手強くてさ。三万円台が関の山だった」
「勝つことは、勝つんだ」
「そこは、兄としてのプライドがあるからな」
「そういうものなの? 僕は一人っ子だから、そういうの、よく分からないけど」
「そういうものさ。その辺も、配属に反映されてるんだろうよ」
「一人っ子は開発向きで、長子は営業向きってこと?」
「生まれる順番によって、育つ環境は変わるだろ? 無関係ではないと思うぞ」
「ステレオタイプばかりとは限らないよ」
「まぁな。占いみたいなものだ」
「当たるも八卦」
「当たらぬも八卦。双子の場合は、長子はどっちになるんだ?」
「先に生まれたほうらしいよ。従姉妹が双子を産んだ時に、そう言ってた」
「へぇ、今は昔と逆なのか」
「課長。お疲れ様です」
「お久しぶりです、営業課長」
「君は、たしか、開発課の新人君だね。以前は、母胎内で上にいるから、という理由で後に生まれたほうが長子だったんだ」
「育児法も、時代と共に変わっていくんですね」
「勉強になります」
「今夜の忘年会の余興、二人は漫才をするそうだね」
「はぁ。雑なパロディーですが」
「お耳が早いことで」
「君たちは、若手のホープだからね。期待してるよ。突然話しかけて済まなかったな。じゃあ、そういうことで」
「あの、どちらへ?」
「昨年の物真似は不評だったみたいだから、今年はトランプマジックをしようと思ってね。ちょっと練習してくる。それじゃあ、失敬するよ」
「楽しみにしてますね」
「……不器用なのに、無茶する人だ」
「まぁ、誰もクオリティーの高さは求めてないよ」
「気楽にいこう。俺は昼一で商談があるから、先に失礼するぜ。東風吹かば、匂いおこせよ、梅の花」
「主無しとて、春を忘るな。また夕方にね」
*
「はい、どうも」
「よろしくお願いします」
「昨日、インターネットのゴーグルで調べ物をしていたら」
「あれは、ジーオーオーでグーと読むんだ」
「超大物女優を一人、見つけてしまったんです」
「誰ですか?」
「原節子さんって、ご存知ですか?」
「今更だよ。この前から追悼番組で取り上げられてるでしょうが」
「今日は、原節子さんについてお話させていただきます」
「大丈夫かなぁ」
「原節子さんは、一九二〇年六月十七日、神奈川県の生まれ」
「ちゃんと調べてるね」
「だから、昭和で言うと、マイナス五年」
「大正で言いなさい。九年だよ」
「本名は、アイダみつを」
「アイダ昌江だよ。原さんは書道家じゃない」
「人間失格だものって」
「太宰が混ざってるよ」
「地球に生まれてきて済みません、だっけ」
「今度は、どっかの裕二が混ざってるよ」
「太陽の季節の?」
「それは、裕次郎だよ。いや、慎太郎か」
「とにかく、映画女優として大活躍しました」
「ざっくりまとめ過ぎです。もう少し詳しく話しなさい」
「中でも『トンキン物語』が有名で」
「『トウキョウ物語』だよ。それじゃ、ベトナムの話になっちゃうよ」
「小津安二郎監督作品には、欠かせない存在になりました」
「あれだけ素晴らしい人は、滅多にいません。不世出の天才女優です」
「借りにいく時間が無かったから、ヨウツベで観たんだけどね」
「ちゃんと借りに行きなさいよ。あと、ローマ字読みするな」
「印象に残ったシーンを再現するよ。『これ、お義母様におこづかい』」
「そんな悪代官みたいな顔はしてないよ。心温まるシーンが台無しじゃないか。本当に映画を見たのか?」
「いやぁ、実は部長の受け売りで」
「いい加減にしなさい」
「どうも、ありがとうございました」
「おそまつ」




