10「小説⑨」
#011「純粋培養」
舞台は、雑木林の中。
登場人物は、裕福な男性、庶民派の男性の二人。
「木で鼻をくくる、って言うけど、鼻をくくれるだけの木って、どんだけ柔らかいんだろう? ゴムの木かな?」
「いやいや。ゴムの木も、普通の木と同じような硬さだから。別段、ゴムで出来てる訳じゃない」
「なんだ。てっきり、某マンガの海賊みたいに、伸び縮みするものだとばかり」
「そんな木がある訳ないだろ。そう言えば、この前、カシューナッツを見つけて、ひとりで大騒ぎしてたよな?」
「だって、ピーナッツが巨大化したのかと思ったんだもの」
「いよいよ、マンガの読みすぎだな」
「このあいだは、君のデタラメのせいで、バトラーに笑われたよ」
「はて? 笑われるようなデタラメを、教えた覚えはないが」
「ラーメン屋さんに行った時、メンマは、お客さんが使い終わった後の割り箸を、薄く切って、半年ほど醤油に漬け込んだ物だって言ったじゃん」
「真に受けてたのか? 保健所が営業許可を出す訳ないだろ、そんな店」
「しかも、ご丁寧に、関西が薄口で、関東が濃口だ、なんてさ」
「ディティールにこだわったほうが、もっともらしく聞こえるだろ?」
「あーあ。食べ物の話をしてたら、小腹が空いてきちゃったなぁ」
「道に迷ってるというのに、暢気だな」
「そのうち何とかなりますよ。誰かに訊ねましょう」
「こんな、無造作に家電が不法投棄されてるような所に、誰かいるわけないだろ」
「おや? これは不法投棄だったのですか。てっきり、現代アートかと」
「これだからなぁ。スマホは圏外だし……」
「ドライバーに、荷物を預けなければ良かった」
「何が入ってたんだ?」
「クッキーとか、オレンジジュースとか」
「……ま、圏外のスマホよりは役立つな」
「そうでしょう。あっ、瓜坊だ。おーい」
「こら、待て。親が近くにいたらどうするんだ」
「そうしたら、まずは、ご挨拶かな?」
「イノシシにヒトの言葉は伝わらねぇよ」
「誠意は伝わるよ」
「まったく。お前にはかなわねぇ」
「そうですか? 君は僕より年下なのに、僕よりずっとしっかりしていると思いますよ。ちょっと心配性なだけで」
「悪かったな、女々しくて」
「あれ? 褒めたのに」
「褒め言葉になってねぇ」
「照れなくても良いのに」
「照れてなどいない。あっ」
「どうしたの? あっ、除夜の鐘だ」
「寺の裏手に辿り着いたようだな」
#042「夕陽の丘で」
舞台は、テラス。
登場人物は、お嬢様、庭師、執事の三人。
「痛いじゃない」
「我慢なさいませ、お嬢様。元はと言えば、私の忠告を無視して、花壇で走り回るのがいけないんですよ?」
「その葉っぱ、染みるわ」
「葉っぱじゃありません、ヨモギです。あとでナニーに手当てしてもらうにしても、応急処置はしておかないと」
「ガーデナーの意地悪。パパに言いつけてやるわ」
「その脅しには乗りませんよ。まったく。せっかく咲いたカンサイタンポポが、お転婆な誰かさんのせいで台無しですね」
「そんなに、草花が大事なの?」
「タンポポ生えるの地面の下には、地上の何倍もの長さの根が、網の目のように張り巡らされているのです。ご存知でしたか、お嬢様?」
「知らないわ。関係ないもの」
「これだけ荒らしたんですからね。手折られたタンポポの恨みが根を伝って、夜中にお嬢様へ仕返しに来るかもしれませんね」
「あら。そんなもの、ちっとも怖くないわ」
「手足に茎や根が巻きついたと思ったら、そのまま地下のタンポポの国に引きずり込まれ、タンポポの女王に首折りの刑に処されることでしょう」
「出鱈目よ。ガーデナーの嘘つき。タンポポの国なんか、あるもんですか」
「見たことも無いのに、何故分かるのですか? おかしな帽子屋が、代用珈琲でお茶会を開いていないと、どうして言い切れますか?」
「うぐぅ。ナニー、すぐに来てちょうだい。ガーデナーが、わたしを虐めるの」
*
「ヨモギ大福は、お気に召しませんか? 先程から、食べかけのまま手が止まっているようにお見受け致します。何でしたら、別の洋菓子に取り替えますよ」
「良いのよ、バトラー。小さい頃のことを思い出したものだから、つい」
「ヨモギ大福は、お嬢様にとってのマドレーヌなのですねぇ。それは、私の父が先代を務めていたころでしょうか?」
「そうよ。その頃は、このお庭はもっと広くて、性格悪いガーデナーや優しいナニーが居たの。でも、みんな、お父様からお暇を言い渡されてしまったわ」
「遠く離れていても、皆様どこかで、うまくやっているのではありませんかねぇ」
「そうだと良いんだけど。ねぇ、タンポポの花言葉はご存知?」
「真心の愛、神のお告げ、愛の信託、思わせぶり、謎めく、飾り気のなさ等がありますね」
「ずいぶんと、詳しいわね」
「僭越ながら、私はお嬢様のチューターも兼ねておりますので」
「でも、一つ抜けてるわよ」
「お気付きですか。あえて申し上げなかったのですが」
「そうでしょうね。わたしへの気遣いは必要ないから、言ってちょうだい」
「はぁ。綿毛が風に乗って飛び立っていく姿から、別離の花言葉がございます。現在の場所から巣立っていく人へ贈る言葉として、よく用いられます。お別れせざるを得ないけれども、次のステージへの旅立ちに幸多かれと応援する気持ちを届ける訳です」
「旅立つ君に、幸多かれ、かしら?」
「タンポポは、たとえ、どれほど堅固な土にでもしっかり根付き、何度踏まれても生き続ける強い花です。どんな試練でも乗り越えることでしょう」
「そうね。そうよ。そうだと良いわね」
「出会いの数だけ、別れがあります。そして別れは、新たな出会いへの前段階です。日が沈めば月が昇り、月が沈めば、また日が昇るように、時々刻々と移り変わるものです」
「新たな出会い、か。今度は、どんな出会いが訪れるのかしらね」




