09「小説⑧」
#010「はなせば、わかる」
舞台は、お互いのアパートの一室。
登場人物は、外科医の彼氏、ネイリストの彼女の二人。
「だから静脈は、動脈と違って、身体の表面近くを流れてる」
「へぇ。さすが、外科医ね」
「舌のすぐ裏側の静脈は、肉眼で、はっきりと確認できる」
「そうなの」
「この鏡で、ちょっと見てご覧よ」
「どれどれ。あ、本当。えっ?」
「フフフ、捕まえた」
「何フるの、離ヒなハいよ」
「なぁ、この写真で、隣を歩いてる男の人、誰?」
「ヒらないわよ。痛い」
「正直に言わない子は、閻魔様にどうされるんだったかな?」
「わかった。話フから、離ヒて」
「離したぜ。話して?」
「大学のサークルの先輩よ。在学中は、よくお世話になったの。偶然、駅で一緒になったのよ」
「それから、スターズ珈琲に入ったみたいだったが?」
「昔話に花が咲いて、ちょっと休憩がてらに立ち寄っただけよ」
「それから?」
「それだけよ」
「本当か? 誓って言える?」
「天地人命に誓って、本当よ」
「犬にも誓える?」
「誓えるわ」
「言質は、取った。今後、もし、こんなことがあったら、その日の夕食は、タンシチューになるからな」
「せめて、摘出時には麻酔をお願いね」
*
「チューハイと、適当に乾き物を買ってきたぞ。ん? 音楽、聴いてるのか。誰の曲だ?」
「おかえり。聴いてみる?」
「イヤホン借りるぜ。あれ? これは、その……」
「この前、転寝してた時の寝言よ。面白かったから、録音しておいたの」
「ハハハ。たしかに、面白い寝言だな」
「ねぇ、その人、誰?」
「誰って?」
「とぼけないで。今、聞いたでしょう、この耳で」
「引っ張るな。離せよ」
「話すなら、離すわ」
「分かった、話すよ。ジンジンするなぁ。勤務先に新しく入った看護師だよ」
「それから?」
「ただ、それだけだ。誓って言うよ」
「そう。とりあえず、信用するわ。でも、もし浮気相手だったら、寝耳に除光液を流し込むから」
「ネイリストらしいというか、何というか」
#013「勤務医」
舞台は、地方の総合病院。
登場人物は、外科医、小児科医の二人。
「やぁ、藪医者君」
「誰が藪なものか。ちゃんと医師免許を持ってる」
「腕が悪いのに免許を持っているとは、どこぞの間医師より性質が悪い」
「外科医がみんな、神の手を持ってなくて、良いじゃないか。法外な治療費の請求もしないし。それに、難しい患者には、都心の病院に、紹介状を書いてるんだから、文句無いだろ?」
「腕が悪いのは、否定しないんだ」
「片田舎の総合病院に、腕の立つ医者を期待する人間はいないから、良いんだよ」
「言い訳の腕は立つのにね」
「やかましい。その減らず口、縫合してやろうか」
「くわばら、くわばら。そろそろ、午後診に戻るよ」
「おぅ、帰れ、帰れ。このロリコン小児科医が」
「医療従事者として、その発言は聞き流せないな。ちゃんと、ペドフィリアという言い方があるんだから。それに」
「相手が高校生で、なおかつ性的関係は持たないから、精神医学上、ペドフィリアではない、だろ?」
「卒業までは、清い関係を維持しようとしてるんだよ」
「いいから、さっさと持ち場へ戻れ」
「自分の浮気が、彼女にばれそうになったからって、のろける僕に当り散らすのは筋違いだよ。じゃあね」
「大きなお世話だ、この野郎」




