ミュンヘン・ダービー5
「やれやれ。間一髪だったね」
「ああ。クルトさんには感謝しないとな」
控室でタオルで汗をぬぐって安堵の息をつくミュラー。鷲介は口から給水ボトルを離し、親友に応じる。
「でも後半、どうするのかな。
Lミュンヘンは多分、前半同様の戦い方で来るよね」
「だろうな。1点とはいえリードしている。45分守りきれれば勝ち点3が手に入るからな」
鷲介の言葉にミュラーは眉根を潜める。あの厄介な守備陣をどう崩すのか具体的な考えはない様子だ。
一方、アイデアが頭にある鷲介は軽い口調で言う。
「でもまぁ、そうは問屋が卸させないけどな」
「何か策でもあるのかい?」
「まぁな。と言っても皆の協力が必要だが──」
鷲介がその先を言おうとしたその時、控室の扉が開き監督が姿を見せる。
そして前半の修正、反省点、後半のゲームプランを矢継ぎ早に告げる。それを聞いて鷲介は小さく笑う。
(さすがトーマスさん。見事な作戦だ)
相手の特徴を逆手に取った監督の指示に鷲介はもちろん、チームメイトからも感嘆の声や息が漏れる。
そしてここ最近、“あの”戦術練習に力を入れていたのも、こういう事態を想定していたのだろう。
いや練習時、トーマスがいつもより力や熱が入っていたことを思うと、もしかしたらこの試合に備えていたのかもしれない。
「監督、一ついいですか」
手を上げて鷲介は言う。トーマスやスタッフ、チームメイトから注目を浴びる中、鷲介はある作戦を告げる。
「なるほど。悪くないね」
「ま、俺たち前線メンバーの息がぴったり合うのが条件だがな」
「実行するタイミングは俺かミュラーがしたほうがいいな!」
鷲介の策にアレックスは頷き、エリックは眉根を潜め、フランツは快活に笑う。
難易度はかなり高い。もしシーズン序盤ならまず成功しないだろうが、今ならおそらく行けると思う。
監督もそれをすることに許可を出す。そして細かな指示を幾人の選手たちに出してミーティングは終了。
鷲介たちは十分な休憩と選手間同士のコミュニケーションを取り、時間となったところでピッチに戻る。
Rバイエルンイレブンより少し遅れて戻ってきたマックスたちLミュンヘンの選手たち。先制し、さらに前半終了間際、絶好機を迎えたということもあるのかその表情には力と余裕がある。
(その顔、試合終了時には蒼白にしてやるよ)
鷲介が心中で呟くのと同時、後半開始の笛が鳴り響く。
ボールが自陣に下がって行くのを見ながら鷲介は相手チームイレブンを見て、システムが試合開始時に戻っていることや選手交代がないことを確認する。
後半が開始され、試合内容は前半と同じような形となる。攻めに転じるRバイエルン、下がりカウンターを狙うLミュンヘンといった形だ。
Rバイエルンは当然、前半よりも攻撃に力を入れる。鷲介も中央だけではなく右左と流動的にポジションを変えてボールを収め、パスを出しドリブルを仕掛けるがLミュンヘンの守備を崩すまでには至らない。
また後半10分が過ぎる中、Lミュンヘンの高速カウンターは二度発動する。マックス、オリバーたちが躍動し中々危険な状況になるも、クルトを中心とした守備陣が何とか防ぎきる。
そして時計の針が15分に差し掛かろうとした時だ、右ハーフレーンとセンターレーンの境目にいた鷲介の元へボールが届く。前を向いた鷲介だが、眼前にはマックスが立ちはだかった。
「……」
腰を低くして待ち構えるマックスに鷲介は無言で対峙する。
ゆっくりとボールをキープしながらセンターレーンに移動する鷲介。マックスもついてきてセンターレーンに入ったその時だ、右をミュラーが走り抜ける。
「こっちへ!」
手を上げてボール要求するミュラーの姿を見た次の瞬間、鷲介は左に動く。
ミュラーの声にわずかに気を取られたマックスはその動きにわずかだが遅れ、鷲介の最高速度による踏み込みによる突破を許す。
真っすぐゴールに迫る鷲介。しかし右からはマックスが、そして正面からはホルストが迫る。二人で挟み込んでボールを奪うつもりなのだろう。
しかしそれを見て鷲介は心中で微笑み減速。そして二人が挟み込もうとした瞬間、ホルストの空いた股にボールを通し再び加速。ホルストの右手側を通り抜ける。
少し強めに蹴ったボールはペナルティアークまで転がる。しかしそのボールに一番近いのは駆け寄っている鷲介だ。ラッセたち他のDFたちはパス要求をして動いたアレックスやエリックたちのそばにいる。
(ナイスな囮っぷりだぜ二人とも)
飛び出してきたヨルグと右手側から迫るマックスのプレッシャーを感じながら鷲介はボールに追いつきループシュートを放つ。
緩やかな軌道をするボールへヨルグは手を伸ばすが届かず、ボールはゴールネットを優しく揺らした。
「──よし」
鷲介が息をつくと同時、ミュンヘン・スタディオンが再び歓喜と悲しみの声で揺れる。
「見事な同点弾だ!」
「俺たちを餌にしたんだ。決めて当たり前だがな!」
抱きついてきたアレックス。肩を叩いたエリックの言葉に鷲介は破顔する。
ミュラーやエリック達多人数を囮、餌として相手DFの注意や動きを引き付けることで包囲網に意図的に穴を開ける。そこに鷲介が切り込みゴールしたというのが今のゴールシーンだ。
もちろんこれは非常に高度な技術だ。今のシーンは鷲介の動きにミュラーにエリック、アレックスが見事に合わせたからこそゴールと言う形になった。
アイコンタクトで意思を通じ合わせるのはトップクラスなら当然の手法。しかしそれが3~4人ともなるとRバイエルンのようなビッククラブでも難しい。
今回成功したのはオールラウンダーなアレックスに鷲介について熟知しているミュラー、そしてここ最近フォア・ザ・チーム的な動きをすることが増えた、また鷲介との連携が高まっていたエリックがいたからだ。
(とはいえ次はこう上手くは行かないだろうけどな)
今のゴールシーンが生まれた最大の理由はこの四人が同時に連動したことがなかったからでもある。虚を突いたということだ。
下位相手ならばともかく、おそらく次は通じない。そう鷲介は思っている。
駆け寄ってきたチームメイトにもみくちゃにされながら鷲介はサポーターにいつものゴールパフォーマンスを披露、自陣に戻る。
両チームのサポーターから期待と不安の空気が漂う中、再開される試合。同点にされたLミュンヘンは戦い方、陣形こそ変えていないが全体的に前がかりになってきた。
引き分け狙いのチームがとるものではない。明らかに勝ちに来ているチームのそれだ。
(ま、そう来ることも予想できているけどな)
前回戦ったことやここ数年のミュンヘン・ダービーの試合映像を見ていた鷲介は、さして驚かず逆転弾を叩き込むべく相手の隙を伺う。
また鷲介と同じく皆も監督の策を実行するべく、攻守に動いている。
めまぐるしくボール所持が切り替わっていく後半23分のことだ、オリバーからボールを奪ったクルトが中盤まで上がり、縦パスを送る。
敵陣センターサークル側の右ハーフレーンでそれを受け取り鷲介は前を向く。そこへマックスとギョクハン、さらに後方でガビが待ち構えていた。
前にはエリックがいるが左に開いており距離が離れている。右WGのアレックスは中盤、他の面々は鷲介の後ろにいる。
いかに鷲介でもマックスたち三人に挑むのは厳しい。ここは普通なら後方に戻すかボールキープして味方の上りを待つかだが、鷲介は構わず前に進む。
「同点に追いついたことで調子に乗ったのかな!?」
そう言って距離を詰めてくるマックス。鷲介は緩急を利かせて彼の突撃をかわすが、直後ギョクハンが突っ込んできた。
絶妙なタイミングでのギョクハンの突撃に鷲介はボールを奪われる。だが彼が通り過ぎるのを横目で見て鷲介は微笑み反転。ギョクハンの前に立ち塞がっていたフランツと共に挟み込む。
「何!?」
戸惑うギョクハン。慌てて左にパスを出す彼だが、それをミュラーがインターセプト。それを見て鷲介はすぐに前を向いて動き出す。
(ミュラーならここにパスを出す!)
親友の判断を先読みして動く鷲介。そして思った通り、彼からパスが来た。
オフサイドギリギリで飛び出しボールを受けた鷲介は一気に相手ゴールへ走る。しかしペナルティエリア数メートル前で右からマックスがやってきた。
「上手いショートカウンターじゃないか! だがここまで」
「にはならないんですよ」
傍で言うマックスの言葉にかぶせるように、遮るように鷲介は言う。そして左にダイレクトでパスを出す。
低空のグラウンダーパスに駆け寄っていくのはエリックとホルストだ。ホルストはお得意のオフ・ザ・ボールによる動き出しでボールに向かって足を伸ばしている。
(弾かれるか……!?)
そう鷲介が思ったのと同時、エリックがボールに向かって加速した上、スライディングを放つ。結果、エリックの右足はホルストより先にボールに触れて、彼のスライディングシュートがLミュンヘンゴールに向かう。
ヨルグは反応しているがエリックのスライディングシュートは勢いがある上、ゴール右隅にまっすぐ向かいゴールネット右隅を揺らした。
「よっしゃあ!!」
立ち上がりガッツポーズをとるエリック。鷲介たちは駆け寄り、逆転弾を叩き込んだオランダ代表FWを祝福する。
「こうも立て続けにこっちの思惑通りにいくとはな! さぁこの調子で止めを刺すとするか!」
威勢のいいエリックの言葉。しかし皆はそれに頷き、自陣に引き返す。
同点から10分も経過しないうちの逆転弾にLミュンヘンイレブンは目の色を変える。疲れの見えたオリバーを下げて運動量の豊富なオーストリア代表ディートマー・リンツを投入。
キックオフの笛が鳴ると同時に、全体的に前に出てくるLミュンヘン。また攻撃手段もカウンターだけではなくマックスとラッセを中盤に頻繁に攻撃参加させてのサイドアタック、高い精度のパスやFKを武器とするゾランのロングボールによる放り込み、直接FKなどでRバイエルンゴールに襲いかかる。
しかしRバイエルンも動く。ドミニクに代わりジャック、ミュラーに代わりアレンが投入される。
今季トップ昇格をしたジャックはしばらくベンチ、ベンチ外が続いていたが後季になりカップ戦や下位相手の試合での出番は増えていた。また優れていたフィジカルもより鍛え上げられており、ルディとの競り合いでも負けていない。
アレンはボールが来るとテクニカルなドリブルやパス、動きで疲弊しているLミュンヘンイレブンを翻弄。得点にこそならないものの、危険なプレーをいくつも見せて攻勢に出る相手の動きを鈍らせる。
Lミュンヘンクラスでもある程度は対応できるようになったジャック。すっかり本調子を取り戻したアレン。両者を見て鷲介は微笑む。
そうしているうちに時間は経過し、攻勢に出ていたLミュンヘンの動きが鈍くなってくる。それを機と見た鷲介は周囲のメンバーに合図を送り、前に走る。
ルディとの競り合いでジャックが勝ち、そのこぼれ球を下がっていたフランツが拾う。それを見て鷲介は周囲の味方の数を確認し、フランツの方へ叫ぶ。
「ボールを!」
要求通り飛んでくるボール。それを鷲介は敵陣ミドルサードの右ハーフレーンで収めドリブルを開始する。
「悪いけどこれ以上は行かせない……!」
「いいや、行かせてもらいます!」
立ちはだかったマックスにそう返して鷲介は距離を詰める。
シザース、そして緩急をつけた左への切込み。しかしマックスは鷲介に劣るとも勝らないそのスピードを生かして食らいついてくる。
それを見て鷲介は無理に突破しようとはせず、自分の代わりにセンターレーンにいるアレックスにパスを出す。そのアレックスも立ちはだかったガビに対して軽いフェイントを入れた後、左サイドから斜めに走ってきたエリックへボールを渡す。
ボールを受けてゴールに向かっていくエリックに再び立ちはだかるホルスト。エリックはパワーとスピードが乗った強引なドリブルで突破しようとするがホルストはそれに対応、彼の足元からボールを奪う。
そこへアレックスと鷲介が全速力で駆け寄る。それにホルストは一瞬慌てるもフォローに来たマックスへパスを出す。
しかし精度も勢いもないそのパスを鷲介がカット。前に飛び出そうとしているアレックスの前方にスルーパスを放つ。
ペナルティアークでボールに駆け寄るアレックス。ヨルグが飛び出し前を塞ぐが、アレックスは表情を少しも変えずループシュートを放つ。
ボールは無人のゴールに入り、大型モニターの表示されているスコア表示が3-1へと変化するのだった。
◆◆◆◆◆
「これは勝負あったね」
「そうだな」
マルコの言葉にカールは小さく頷く。
マルコの実家のTVに表示されているミュンヘンダービー。ピッチ上でRバイエルンイレブンが喜ぶ中、そのスコア表示が2-1から3-1に切り替わる。
現在後半33分。残り時間は12分弱だが、この短い時間でLミュンヘンに2点差を覆す力はないとカールは思う。Lミュンヘンは元々自分のチームと同じ堅守速攻のチームだし、ジークやカール、サミュエルのようなスーパーなストライカーもいない。
「しかしゲーゲンプレスとはやってくれるね。
しかもこうも上手くいくなんて驚きだよ」
ゲーゲンプレス。相手にボールを奪われた直後、多人数によるハイプレスでボールを奪取し、一気にゴールに迫る戦術だ。Rバイエルンはそれを実行し2、3点目を見事に奪った。
「まぁLミュンヘンの長所をうまく逆手に取ったことも上手くいった要因だろうな」
堅守速攻のLミュンヘン。ボールを奪った後、高確率でカウンターに移ることはあのチームの基本戦術だ。
Rバイエルンは後半、それをあえてやらせてカウンターが発動する直前、狙い撃った。そして結果として2、3点目が生まれたのだ。
(とはいえLミュンヘンの選択は責められないな)
逆転された後、サイドチェンジやロングボールの放り込みなどもしていたがRバイエルンの守備陣を崩すまでには至っていなかった。ルディやブラッドフォードに問題はない。Rバイエルンの守備陣が彼らを上回っていただけの話だ。
勝っているならともかく同点だったあの状況。なんとしても得点──勝ちが欲しいLミュンヘン。前回戦った時よりも格段に守備が安定しているRバイエルンからゴールを奪うには、自分たちが最も得意とするカウンターしかなかったのだ。
3点目を奪われ、それでも勝利を目指しピッチを走るLミュンヘン。しかしRバイエルンの守備を最後まで崩せず試合は終了した。
「これでRバイエルンは勝ち点75。ついさっき終わったヴォルフFCも勝ったから勝ち点は並ぶ」
「僕たちも明日勝てば同じく勝ち点75。今日負けたLミュンヘンは残り3試合を残して勝ち点70。
Lミュンヘンは優勝争いからほぼ脱落かな」
「そうだな」
残り4試合──Rドルトムントは5試合──残っているが、ヴォルフFCの相手は中位、下位ばかりだ。Rバイエルンも最終節の自分たち以外の相手は似たようなものだ。
「とはいえLミュンヘンはまだ優勝する可能性はある。次節、当たる僕たちがきっちり仕留めないとね」
「ああ。あと最終節にはRバイエルンとの試合もある。明日の試合を含めて全勝すれば優勝だ」
そう言うカールへマルコは陽気な笑みを見せる。
「やる気だねカール」
「当然だ。CLもカップ戦も敗退した今、今季のリーグ戦は何が何でも優勝するぞ」
「そうだね。──せめてリーグ優勝という置き土産は、残したいもんね」
少し寂しげな笑みを浮かべる親友。
それにカールは無言で頷くのだった。
リーグ戦 22試合 23ゴール10アシスト
カップ戦 2試合 1ゴール2アシスト
CL 8試合 11ゴール3アシスト
代表戦(二年目)7試合 13ゴール3アシスト




