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ダッシュ!!  作者: 浮雲士
第二部
95/191

ミュンヘン・ダービー4






「痛くないかな?」

「はい、大丈夫です」


 Rバイエルンのクラブハウス内にあるマッサージルーム。そこで鷲介は腰のあたりをロベルトに指圧されている。

 

「最近、体の方に何か違和感はないかな?」

「いえ特には。今日の練習でもいつも通りでした」

「気のせいと思うようなことでもあれば、すぐに報告してくれ。

 いよいよシーズンも大詰め。こんな時期に君に何かあれば君はもちろん、クラブ関係者にも合わせる顔が無くなってしまうからね」


 冗談じみた言い方をするロベルトだが、マッサージをする顔は真剣そのものだ。

 彼の言う通り今シーズンの日程も両手で数える数になっている。リーグは残り五試合。カップ戦とCLは──勝ち進めば──準決勝と決勝を残すのみだ。


「そういえばロナウドからも君が怪我をしないようしっかり見ておいてくれと念を押されたよ」

「あいつめ……」


 つい先日激闘を繰り広げた相手に対しての言葉ではない。鷲介は思わず半目になるが、そう言う彼のあっけらかんな顔が脳裏にまざまざと浮かび、微苦笑する。


「明後日の30節は4位のレーベ・ミュンヘン。

 ここで勝てば優勝争いもだいぶ有利になるかな」

「だいぶと断言はできませんが、Lミュンヘンが優勝争いから大きく後退するのは間違いないですね。

 現在勝ち点72の俺たちに対して向こうは勝ち点70。勝てば差が5に広がります」

「引き分けた場合は変わらず、負ければ逆転されてしまうんだったね。

 まぁLミュンヘンは31節にレヴァー・ドルトムントとの試合があるから順位はすぐにひっくり返るかもしれないが」

「まぁ俺たちもRドルトムントとの試合が残っているんですけどね。それも最終節の34節に」


 どういう運命のいたずらか。ドイツ屈指の好カードであり”ドイツダービー”と称される試合は今季最終節に行われる。

 今季の日程を見た時、鷲介は驚きのあまり思わず日程表を二度見したものだ。


「Lミュンヘン戦が終わり、最終節までは油断さえしなければ勝てる相手が並んでいますがそれはRドルトムントも同じ。

 状況は向こうに有利です」

「そうだね。何せRドルトムントはもうリーグ戦に集中できるわけだしね」


 ロベルトの言葉に鷲介は少し眉を顰める。そうRドルトムントはカップ戦、そしてCL共に敗退しているのだ。

 カップ戦は準々決勝、難敵のフランクフルトKを相手にまさかの0-0。PK戦にまでもつれ込まされ敗退。

 そしてCLは準々決勝第二戦、マンチェスターFCとの試合は1-0の敗北。第一戦はカールのゴールもあったが2-1で負けており二戦合計3-1。

 試合内容はどちらも接戦、互角と言うものだったが、結果だけを言えば文句なしの完敗である。Rバイエルンと同格であるかのクラブは今季CLベスト8と言う結果となっていた。


「数名怪我人はいるけど主力はほとんど無事。怪我人も最終節までには完治するそうだし残りの試合、リーグタイトルを取るために全力で勝ちに来るだろうね」

「ええ。昨季は二位でしたがそれは複数の主力が怪我で離脱、復帰したばかりでしたし。

 点は取られずともあと一歩のところで得点が奪えず勝ちきれないという試合も今期は少ないですしね」

「新規加入のアクセル選手にユースから上がってきたマルコ選手がしっかりと結果を残しているからね」


 前季のドイツダービーで対戦した時、危険な選手と思ったアクセルだが、予想通り今季は移籍初年度にも拘らず見事に活躍している。

 Rバイエルンを含む強豪の試合の大半でゴールやアシストをしており、リーグでは13ゴール9アシスト、敗退したCLでも3ゴール3アシストを上げていた。

 そして今季ユースから正式にトップチームに昇格したマルコ・デュンヴァルト。ドイツU-20、U-23を兼任している卓越した若手だ。

 実のところトップ昇格を果たしたのは昨季だったが、出番はほとんどなくセカンドチームがいるドイツリーグ三部とユースを行ったり来たりしていた。

 だが今季は違った。前季こそベンチがほとんどだったものの途中出場回数は多くカップ戦やCLデビューも果たしている。そして後季は両手の指で数えられる数だがスタメン出場しており初ゴールを含む3ゴール5アシストと、立派なチームの戦力となっている。


「君といい他のチームも若手が躍動しているな。Lミュンヘンも確か一人、いたと思うが」

「オリバー・リーゼンフェルトですね。U-20ドイツ代表選手の」

「確か君と同じスピード系の選手だったと思うけど。どう思う?」

「フィジカルはまだドイツリーグの標準よりやや下。技術も上手いですがLミュンヘンクラスの中では優れているほどじゃないです。

 でも後季から急激に出番が増えて結果を残しています」


 ユースと言う湖で育った稚魚が、プロと言う大海原で鍛え上げられ大魚となる。今季のマルコ、一年前の鷲介が通った道だ。

 もっとも当時、鷲介は並のプロ選手すら圧倒するだけの能力を持っており適応に差して時間はかからなかった。一方彼は鷲介ほどの能力はないが、Lミュンヘンと言う強豪クラブで出番を増やし、レギュラーの座をつかみつつある。それは──


「マックスさんたちほどじゃないにしろ、要注意選手ではあります。

 試合を見たところ長所であるドリブルやスピードの使い方が絶妙で的確です。おそらく試合や練習でプロ選手たちの動きを体で覚えたんでしょうね。

 それとポジショニングや戦術眼も高いです。おそらく同い年だったころの自分よりも」


 プレースタイルは鷲介やRドルトムントのクラウスに似たドリブラーだ。

 だがスピードに長ける鷲介、テクニックに優れたクラウスと違い彼はここぞというときでスピードやドリブルを使用して味方のチャンスを作り、敵を窮地に陥れている。

 自チームや相手の状況を共に把握していないとできない芸当だ。おそらく彼は──周囲に認知こそされていないが──フィールド・アイを持っているのだろう。

 

「Lミュンヘンのレギュラー陣も復帰は来シーズン直前となっているバスコ選手以外、軒並み無事だ。

 CLもグループリーグ敗退したおかげで余計な負担もなかったようだし。……日曜日、厳しい試合になるだろうね」


 そう言ってロベルトはちらりと周囲を見渡す。

  マッサージルームにいるのは鷲介だけではない。主力であるフランツにジェフリー、ブルーノの三人の姿があり、彼らもクラブトレーナーや己が雇っているトレーナーたちから体のケアをされている。

 三人は怪我と言うほどのものはない。だが最近疲労が蓄積しているのか練習後、こうして頻繁にここに姿を見せている。ちなみにジークは別室で専属トレーナーとリハビリや怪我の経過について日々話し合っているとのことだ。


「そうですね。でも大丈夫。勝ちますよ」

「頼もしいセリフだ。その心は?」

「Lミュンヘンは強敵です。でも俺たちは今シーズン、それと同等かそれ以上の難敵と戦い、勝ってきているんです。

 だから全力を出して勝つ。それだけです」


 Lミュンヘンの強さは前回戦ったことでよくわかっている。だが総合戦力ではCLの猛者やRバイエルンと比べればいくらかは劣る。

 強いチームが勝つとは限らない。だが相手が本領を発揮しても、こちらも同様に力を出し切れば自ずと結果は見えてくる。


(次の試合、ジークさんは出れない。だが、それも大した問題じゃない)


 前回戦った時と違い、ジークの離脱と疲労以外のこちらのチーム状況で不利なことはない。

 見違えたクルトとエリック、成長したミュラー、チームに馴染み力を発揮している移籍組のドミニク、怪我より復帰したアレンと言った好材料もある。

 何よりCLベスト4に勝ち上がったことでチームは波に乗っている。正直、負ける気はしない。


「そうか。なら君のためにチームの勝利のために、私もより気合を入れて、しっかりと君の体を診ないとね」


 そう言うロベルトへ、鷲介はお願いしますと声をかけるのだった。






◆◆◆◆◆






 快晴の空に肌寒い空気が漂う中、両チームのサポーターで満員御礼となっているミュンヘン・スタディオンに試合開始の笛の音が鳴り響く。

 Lミュンヘンがボールを下げるのを見ながら鷲介は両チームイレブンの陣容を改めて確認する。

 まず自チームであるRバイエルン。システムはいつも通りの4-3-3のワンボランチ。GKはアンドレアス、4バックは右からフリオ、ドミニク、クルト、ブルーノの四人だ。

 本来スタメンのジェフリーは軽い足の痛みがあるらしく今日はベンチスタートだ。CL準決勝を見据えての監督の判断だろう。

 ボランチはロビン、右SMFはフランツ、左SMFはミュラー。そしてスリートップは右からアレックス、中央に鷲介、左にエリックだ。


こちら(Lミュンヘン)は以前とほとんど変わってないか)


 システムは5-3-2のワンボランチ。GKはヨルグ、5バックは右からラッセ、ホルスト、ガビ、ギョクハン、そしてマックスだ。

 中盤ボランチはゾラン、右SMFはハンネス。そして左SMFはメディアの予想通り、最近好調なオリバーが出場している。ツートップはブラッドフォードとルディだ。

 試合が始まりしばらく自陣でボールを回していたLミュンヘン。五分も過ぎたところでラッセがサイドチェンジを行う。そのボールをぴたりと収めたマックスは少し前に出ると、ロングキックを放った。

 ボールはロビンとフランツの間に向かい、そこへオリバーが走りこんでくる。ボールを収めた彼にロビンが距離を詰めるが、オリバーはスピードで強引に振り切った。


(上手い)


 敵の動きを見て鷲介は不覚にもそう思う。加速するタイミングもそうだが、ドリブルする方向にRバイエルンの選手がいない。

 やはり鷲介の予想通りフィールド・アイを持っているとみて間違いなさそうだ。


(とはいえ、そこまで精度が高くはないだろうけど)


 加速してボールから足が離れたオリバーへフリオが詰めていた。彼の鋭く的確な突撃に驚いたオリバーの挙動は乱れ、その隙をフリオは見逃さずボールを掻っ攫う。

 フリオからLミュンヘン陣内に向かうボール。右サイドでアレックスがそれを収め対峙したマックスに突破するふりをした次の瞬間、中にボールを送る。それに駆け寄る鷲介。だがすぐに正面をホルストとガビが塞ぐ。

 しかし鷲介はそれに全く動じない。センターレーンにいた鷲介はすぐ反転して少し後方の左ハーフレーンにいたミュラーへボールを渡し、親友はダイレクトで敵陣深くボールを蹴る。

 ミュラーがボールを蹴ったのと同時、左サイドから裏に飛び出すエリック。少し遅れたラッセがゴール方向に立ちはだかるがエリックは動じず、鋭く右に切り返してシュートを放った。

 左ハーフレーンのペナルティエリアラインの角より放たれるシュートをヨルグが弾く。こぼれたボールに鷲介は駆け寄りシュートを放つがホルストの伸ばした足がゴールを守り、再び零れたボールをギョクハンがクリアーしてしまった。


「やるな」

「そちらも流石です」


 ボールがサイドラインを割り、試合が止まった短い時間の中、短く言葉を交わす鷲介とホルスト。

 並みのCB──代表クラスでも──なら鷲介のスピードによるオフ・ザ・ボールの動きについてこれず鷲介のシュートを防ぐことはできなかった。

 しかしホルストはジークと同等かそれ以上とも言われるオフ・ザ・ボールと経験による予測で鷲介の移動先を先読みしたのだ。

 Rバイエルンのいきなりのチャンスにスタジアムの半分が沸き、好試合の予感にサポーターの歓声は強まる。──しかし試合はそんな予想に反したものとなる。

 ミュンヘンダービーが開始され20分が経過。試合内容は前回と同じでRバイエルンが攻め、Lミュンヘンがカウンターを繰り出す形だが、以前ほど激しくはない。

 というものRバイエルンはトーマスの指示で前半はやや抑えめにするよう言われているのだ。それは相手の高速カウンターも警戒してのことだが、シーズン終盤で疲労が蓄積したイレブンたちを前半で消耗させないためでもある。

 そのため陣形は全体的に普段と変わらぬ位置を保っており、ブルーノたちSBの攻撃参加もあまりない。鷲介もセンターにいることもあってドリブル突破を極力控えている。シュートもあの後ミドルを1本打ったが、ホルストにコースを消されていたためゴール右に流れていった。

 そして堅守速攻のカウンターが基本戦術であるLミュンヘンもそれに釣られて鋭いカウンターを繰り出せない。下手なカウンターをすればRバイエルンの守備網にボールを奪われ、ショートカウンターを食らうことを恐れているからだろう。

 共に探り合いながらの試合。シュートは放つもほとんどが相手DFの壁に弾かれ阻まれ、枠内に飛んだものは少ない。また共に攻撃に積極的でないため決定的シーンもあまり見られない。率直に言えば塩試合だ。


(サポーターからしたらフラストレーションが溜まるだろうなぁ)


 そう思いながらも鷲介は背負った敵にボールを奪われないよう味方にパスを出す。

 塩試合となっているこの状況だが、当事者としてはこういうことになっても仕方ないと思う。両チームはともに優勝争いをしているチームであり、そして勝ち点はたった2しか離れていない。両チームとも、もしここで負けたりでもすれば優勝争いとしては致命的だ。

 とはいえRドルトムントやヴォルフFCの存在もあるため引き分けで済ませてもいい状況でもない。特にLミュンヘンはそうだろう。──その時を狙い撃つ。


(と言う作戦の元、ピッチを走っているが、一向に動かないなLミュンヘン。前半はこのままか……?)


 前半40分が間近に迫ってもLミュンヘンの動きは変わらないのを見て鷲介がそう思った時だ、視界の右隅にいたマックスの姿がいきなり消えた。

 鷲介は数秒唖然とし、しかしすぐにはっとなって振り返る。中盤の位置まで上がってきたマックスは味方からのスローインのボールを収めると、寄ってきたフランツを下がってきたオリバーとのワンツーでかわしてサイドを突き進む。


(いきなりなんだ!?)


 鷲介はそう思いながら自陣へ戻りながら戦況を視界に入れる。

 サイドを突き進むマックスへフリオが距離を詰める。スピードに乗ろうとしていたマックスは急停止、フリオと距離を保ちつつ中に切り返す。

 だが次の瞬間、マックスは正面──サイドの方へ振り向くと前方にボールを蹴りだし、一気に加速した。鷲介もやったことがある一人スルーパスでフリオをかわしてしまう。

 深くサイドを抉ったマックスはボールを上げる。センタリングよりも高く上がったボールは逆サイドに流れ、それをいつの間にか上がってきていたラッセが収める。


(システムが……!)


 以前のように5-3-2から3-4-3に切り替わったと鷲介は思い、しかしそうではないことにすぐに気づく。

 以前は後方に残っていたホルスト達3バックも高い位置を取っており、特にホルストは中盤の位置まで上がってきていた。いうなれば3-5-2だ。

 また自陣にいるLミュンヘンイレブンはポジションに関係なく前に前に走っている。その動きがRバイエルン守備陣にどう守ればいいのか、迷いを与えてしまっている。


「ルディさん、ブラッドフォードさんに注意するんだ!」


 とにかくゴールゲッターである二人が要注意。そう思い鷲介は味方に向かって叫ぶ。

 直後、寄ってきたブルーノに対しラッセはすぐ横へパス。それをハンネスが収め右ハーフレーンからドリブルで突っ込んでいく。

 ハンネスのドリブルコースを塞ぎ立ちはだかるのはクルトだ。だがハンネスはその直後、またしても左にパスを出す。それをオリバーが拾い加速、寄ってきたロビンを緩急をつけたフェイントで翻弄、僅かにできたロビンの隙を強引なスピード突破で抜き去る。


「くそっ……!」


 オリバーの動きを見て鷲介は歯噛みする。前半最初から、ここまでほとんど消えていたオリバーだが、今の動きは絶妙だ。混乱しているRバイエルンにとっては最もやられたくないプレーだ。

 ペナルティエリアに侵入しようとするオリバーにドミニクが距離を詰めた。だがオリバーはそれにまったく構うことなく前進、突破しようとする。

 そして彼がペナルティエリアに侵入するぎりぎりの位置でドミニクが体を寄せた。ドイツ代表に選ばれる理由の一つであるドミニクの強靭なフィジカルより繰り出されたチャージはあっさりとオリバーを吹き飛ばしボールを奪った。


「よし、カウンター……!」


 そう鷲介が呟いたその時だ、主審が笛を鳴らしペナルティスポットを指差す。──PKの判定だ。


「な……!」


 愕然とする鷲介。今のドミニクのアタックはファウルになるほどのものではない。オリバーは派手に吹き飛んだが彼は174センチ、ドミニクは191センチと言う体格差だ。無理もない。

 当然クルトたちが猛抗議するが判定は覆らない。そしてルディが蹴ったPKはアンドレアスの逆を突いてゴールネットに突き刺さる。

 前半39分、予想もしない形でLミュンヘンに失点を許してしまった。






◆◆◆◆◆





「よくやったオリバー!」

「見事な突撃だ!」


 先制点に沸くチームメイトたちを見てマックスは微笑。そして自チームのベンチに視線を向けるとユリアン監督は満足そうな表情で小さく頷く。


(こちらの狙い通りに行ってくれたね)


 そう、今の攻撃は全てこちらの狙い通りなのだ。

 今日の試合に対してLミュンヘンは入念な準備をしてきた。もちろん相手が同じホームタウンであるRバイエルンと言うこともある、今季はともに優勝争いをしているチーム。

 しかも勝ち点2の差がある。絶対に負けるわけにはいかない。引き分けさえも許容できない。そのためにはまず先制点を奪うことが肝要なのだ。

 一ヵ月前のミーティングでユリアンはそう言い、この試合に対して勝つために何でもいいから意見を上げてくれと選手に助言を求めた。

 それから幾度も行われたミーティングでいくつもの意見や考察が上がった結果、二つのことが分かった。

 一つは今季のRバイエルンはリード、又は同点の場合、前半終了10分前になると守備への意識が緩むということ。

 もう一つは最近では過密日程による疲れか、緩急がついた相手チームの動きに対してやや遅れがちになりやすいということだ。もちろん後者は並みのチームならば対処できてしまうが、LミュンヘンなどのCL出場クラスクラブの場合はそうできないことが多い。

 それをもたらしたのは元Rバイエルンのルディとラッセだ。そしてその言葉を元に今季の試合全てをチームの皆で探っていくと、それが事実であることが判明した。


(前半、とにかく失点しないよう引いて守る。

 そして前半残り10分を過ぎて相手の守備が緩みだしたら、一気に攻め入る)


 監督がそう指示したプランが見事にはまった。そしてそのスイッチを入れる役割はマックスが任された。

 もっともマックスが指示を出したのはルディ、ラッセの意見がマックスと一致したからだ。自分以上にRバイエルンを知る二人はかつてのチームの変化にも気づきやすい。そう思って彼らにも様子を探ってもらっていたが、正解だった。

 ラッセは自分ほどではないが周囲の状況把握に長けており監督は自分と同じフィールド・アイLV3保持者だ。その二人と幾度もアイコンタクトを交わして情報のやり取りをしていた。


(ま、ドミニクを狙ったことも結果としてよかったね)


 ドミニクのファウルを誘発するのも、そしてその役目をオリバーに任せるのも作戦の一つだ。

 クラブ、代表でもたまに見られるが、ドミニクは時折その強靭なフィジカルでファウルをすることがある。年代別やA代表で幾度か彼と一緒になった時に知ったことだ。

 正確に言えばファウルでないものもあるが判断するのはあくまで主審だ。しかもオリバーとドミニクの身長差とフィジカルの差は凄い。

 ドミニクからすればいつも通りに当たったのだろうが、受けたオリバーからすれば吹き飛ぶほどの衝撃だったのだ。そしてそれが審判の目にはファウルに映ったのだろう。


(ともあれこれで先制できた。

 さて、予想通りならRバイエルンは……)


 キックオフの笛が鳴り響くと、Rバイエルンはマックスの予想通りに前に出てきた。ほとんどの面々が審判の判定と予想外の失点に憤った様子だ。

 しかしそれこそまさに、堅守速攻をするLミュンヘンが本領を発揮する状況だ。Lミュンヘンイレブンは再び引いて守り、勢い、力任せに攻めてくるRバイエルンの攻撃をいなしては防ぐ。

 そして表示されたロスタイム2分が終わろうとした時間、ドミニクがゴール前に蹴りこんだボールをホルストがはじき返し、アレックスが拾おうとしたのをマックスが掻っ攫う。


「ハンネス!」


 マックスは叫ぶと同時ロングキックを放つ。高く飛んだボールはハーフウェーラインを越えてRバイエルンの右ハーフレーンに向かい、それを高くなっていたRバイエルンの最終ラインから飛び出したハンネスが追う。

 サイドラインに向かってボールは転がるがハンネスは追いつくとすぐさま相手ゴールに向かっていく。マックスほどではないが彼も俊足であり、チーム内では五指に入るのだ。

 ペナルティエリア目前で立ちはだかるクルト。ハンネスはフェイントを繰り出すも彼は惑わされず、GKと見事に連動してドリブル、シュートコースを消している。

 前回戦った時のような不安定さが無くなっていることにマックスは心中で残念がる。だがその顔から笑みは消えない。

 何故ならハンネスの左横、センターレーンからオリバーが、左ハーフレーンからやや遅れているがブラッドフォードが走ってきているからだ。

 マックスがハンネスに向けてボールを蹴ってすぐに彼らも相手ゴールに向かったからだ。もちろんRバイエルンイレブンも彼らを追尾しているが、やや遅れている。


(さぁ、この絶体絶命の状況をどうするかな)


 Rバイエルンゴール前にはクルトとドミニクの2人だけだ。3対2と言う数的有利な状況だ。

 切れ込むと見せかけてハンネスは横にパスを出す。ボールはすぐ横を通過したオリバーに渡り、そこへドミニクが突っ込んでくる。

 だがその突進はいつもに比べ若干遅い。先程のファウルのメンタルダメージのせいだろう。

 そしてそれをオリバーもわかっているのかさらに左へパスを出し、ブラッドフォードが彼の後方から飛び出して一気にエリアへ侵入する。


(2点目だ!)


 そう確信したマックスだが、次の瞬間大きく目を見開く。なんとアンドレアスがブラッドフォードの方へ飛び出していたからだ。


(馬鹿な。ゴールががら空きだぞ。オリバーにリターンが返れば失点は免れない……!?)


 マックスが思った通り、ブラッドフォードは中にパスを出す。そしてそれにオリバーが突っ込んできた。

 だがマックスは再びぎょっとした。なんとオリバーの傍にクルトの姿があり、ボールがオリバーの足元に来るのと同時、一気に距離を詰めてきたからだ。

 クルトのドミニクとは違う正確な、しかし力強いタックルはオリバーの体をほとんど崩さずボールを奪う。そして大きく前線にボールを蹴りだし、前半終了の笛の音がピッチに響き渡る。

 前半終了。観客席からは2点目を奪えなかったLミュンヘンサポーターによる無念の、前半終了間際の失点を防いだことによるRバイエルンサポーターの安堵の声が響く。


「ハンネスたち、クルトの奴に誘導させられたな」

「やっぱり、そうですか」


 隣に来たラッセにマックスは答える。

 そう言えば彼も優れた俯瞰──フィールド・アイの持ち主だった。もっとも自分やフランツほどではないと思っていたのだが──


「LV3に到達しましたか」

「わからん。だがそう考えてもいいかもしれん。

 ともあれ以前とは比べ物にならないぐらい厄介になっているのは間違いないな」

「そうですね。……やれやれ、楽はできませんね」


 そう呟いてマックスは味方に賞賛されているクルトに背を向け、入場ゲートに向かう。

 その途中、ふと柳の姿が目に映る。今日はさほど目立っていなかった彼を見て、マックスは眉根を潜める。

 悩ましい顔をしているセバスティアンと並んでいる柳の表情には焦りと言ったものがなかったからだ。






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