太陽は輝くか、鷲は空を舞うか5
「アレックスさんー!」
「ナイスゴールだこの野郎ー!」
「ありがとう!! 鷲介もナイスパスだったよ!」
アレックスに駆け寄り抱き合う鷲介とエリック。
さらにミュラーやフランツ達も駆け寄ってきて肩や背中を叩き、祝福する。
「さぁ残り15分、最後の最後まで気を抜かず勝利するぞ!」
『はい!!』
フランツにそう返して鷲介たちは自陣に戻っていく。
そしてセンターサークル中央に視線を向けた時だ、ボールを抑えているロナウドの表情を見て鷲介はぞっとする。
彼は笑っていた。この状況で。欠片も負けるとは思っていない顔だ。
鳴り響く試合再開の笛の音。バルセロナRは残っていた二つの交代枠を一気に使い、勝負に出てきた。オリヴィエに代わりアルベルト、マルセロに代わりラルフがピッチに姿を見せる。
(なんとしてもあと1点取って勝利しようってことか……!)
現在のスコアは5-3。1点奪われてもRバイエルンの勝利だ。
だがそれはこの試合だけの話。前回の試合で4-3と勝利しているバルセロナRは試合を4-5で終えた場合、勝利数と得失点で並ぶがアウェーゴールの差でバルセロナRがCLベスト4となるのだ。
そして残り試合時間は15分。そうなる可能性は十分ありうる。何せ相手は世界No1の攻撃力を持つクラブなのだから。
「一瞬たりともロナウドから目を離すな!」
フランツがそう叫びボールを持つディエゴの前に立ちはだかる。
アルゼンチン代表の10番はいつものようにドリブル突破を仕掛けてくる、と見せかけて右にパス。それに交代したばかりのラルフが走りこんできてロングシュートを放つ。
「アンドレアスさん!」
ラルフのロングシュートの軌道を見て鷲介は叫ぶ。30メートルはあろうかと言う長距離ながらも、飛んでいるボールは正確にゴール右上に向かっている。
アンドレアスは飛びつき伸ばした手でボールを弾く。だがそれをアルベルトが拾い、ゴールに叩き込んだ。
「うそ……」
だろと続けようとした時だ、主審が笛を鳴らす。
はっとした鷲介はラインズマンを見る。思った通り旗を上げている彼らを見て、アルベルトがオフサイドだったことに気づき、大きく息を吐く。
(とはいえあっさりとネットを揺らされるなんて……)
改めてバルセロナRの攻撃力に怖気が立つ。
攻めてくるバルセロナRは交代で入ったアルベルトとラルフを存分に使ってきた。最前線を動き回りサイドから来たボールを競り合い、ディエゴやアンドレスのパスをキープするアルベルト。ラルフは得意のミドル、ロングシュートを放ってはアンドレアスに止められ、又はボールがバーを叩く。
また高い位置まで上がってきたクリストフやエドガー、さらにカルロスまでロングシュートを撃ってきた。アンドレアスやDF陣が何とか防ぎ弾くが、それらは全てゴール枠内に収まっている。
アルベルトを中心にFW三人が動いてコースを作っているのもあるが、彼らは強烈なパワーシューターでもある。特にラルフはその筆頭であり、今季リーグやCLでもミドルやロングを決めている。
(くそっ、またこぼれ球を拾われた……!)
すでに時間は後半37分。この時点で5本のロング、ミドルシュートを撃っているバルセロナR。
これだけ打てばどれか一つはRバイエルンが拾いカウンターに移行するのだが、そうなりかけたのは一度だけでそれ以外は全て拾われている。
その原因もわかっている。アンドレスだ。フィールド・プレイヤーの中で唯一、フィールド・アイLV4を持つ彼が跳ねかえったボールの落下地点を予測し、味方にコーチングを行っているのだ。
前回、今日の試合でも似たようなことをしていたが今は特にその精度が高い。現在さほど動いて攻撃参加せず、パス回しのみに集中しているせいなのだろう。
それを邪魔するべくフランツやミュラーもコーチングを飛ばしているが、守備に動いている彼らのそれはアンドレスより精度が低く、また遅れている。
(やはりこのままだとやられる。
あと1点が必要だ……!)
後半39分、ロナウドの2人抜きからのラストパスがラファエルに渡り、彼のシュートに自陣のゴールネットが揺らされたのと、直後に上がったオフサイドの旗を見て鷲介は思う。
そして自身の状態を確認。2、3回程度なら全力を出せそうだ。そう思い、周囲を見渡す。
(残っているのはクリストフさんにカルロスさん。それぞれがエリックさん、アレックスさんの近くにいる……)
そして鷲介の傍にはアンドレス、その後ろにはマヌエルという状態だ。
左SBのエドガーは攻撃のため中盤の位置にいる。現在のバルセロナRは3-4-3と言ってもいい布陣だ。
(これなら俺一人でも行けるな……!)
後半、散々囮として動いていたこともあるせいか、鷲介への注意が薄れている。DF間もかなり開いておりもし突破できれば一気にゴールへ迫れる。
CKから再開される試合。終盤にも関わらず積極的にプレスをかけてくるバルセロナRにRバイエルンはなかなか前にボールを進められない。
それでもなんとか彼らのプレスをかいくぐってやってくるボール。敵陣のセンターサークルの傍で受け取った鷲介は前を向く。
距離を詰めてきたアンドレス。突破されることを想定していない深く突っ込んできた彼を見て鷲介は心中で笑みを浮かべた。
小さく息を吐き左に動く鷲介。それを予知していたかのようにアンドレスが最短の距離で体を寄せてくるが、彼の空いた股の下にボールを通し右を通り抜ける。
(これで残るはマヌエルだけ……!?)
だがそれ以上、前には進めなかった。先程までエリックの傍にいたはずのクリストフがこちらに突っ込んできていた。
完全な不意打ちというべき突撃を見て鷲介はまた嵌められたと確信。かわせない。突破できない。ボールを奪われる。刹那の思考でそう思った時だ、
「右へ!」
聞こえた友の声。鷲介の体はその声の通りに動き、左足を伸ばしてボールを右に蹴る。
スパイクのつま先の横が軽く掠めた弱いパス。ころころと転がるボールを後ろから飛び出してきたミュラーが拾った。
(ミュラー……!)
視線を向けるとミュラーはアイコンタクトを送ってきた。
ジュニアユース、ユース時代、彼の指示で幾度も試合に勝利してきた。鷲介は微塵も疑わずそれに従う。
横に動く鷲介と入れ違うようにクリストフがミュラーに迫る。ミュラーはアレックスにパスを出すふりをするが次の瞬間、右足でボールを浮かす。
宙に浮いたボールはクリストフの背後を走る鷲介の正面に落ちてくる。落下地点へ全速力の鷲介。だがマヌエルも落下地点に向かってきていた。
(間に合う……!)
思った通りボールを収めた鷲介。──そしてそれを狙っていたのかマヌエルは一気に距離を詰めてきた。
だがそれは鷲介も予想していた。迫るマヌエルの動き、右に重心を置いている体の向きをよく見て右にかわす。
直後、再びクリストフが右から飛び出してきた。だが、それも、鷲介には予想できていた。
(マヌエルさんにわざと右を開けさせての突撃。俺一人だったらボールを奪われていただろうな)
そう思いながら鷲介はクリストフの伸ばした足がボールに触れるより先に右斜めにパスを出す。
先程と違い意図して出した柔らかく正確なボール。それをクリストフの後ろから飛び出してきたミュラーが収め、一気にゴールへ接近。
嵌めて取られるのを前提としたパス。今まで散々苦しめられたそれに痛烈な反撃をしてやったのだ。
ペナルティエリアライン近くまでいたホセが体を広げて接近するがミュラーは左にボールを蹴る。そしてそれに鷲介は全速力で駆け寄りシュートを放つ。
ホセが体を投げ出すような態勢で手を伸ばすがボールには届かない。鷲介の蹴ったボールは見事、バルセロナRのゴールネットを揺らした。
「ごっつあんだがゴールはゴールだ!」
「この大舞台で見事なコンビネーションパスとシュートだね!」
「鷲介あってのゴールですけど、ありがとうございます!」
サポーターの喜びの声でスタジアムが揺れる中、ミュラーは鷲介、エリック、アレックスの三人に囲まれ、もみくちゃにされる。誰もが笑顔だ。
「ありがとうなミュラー。本当、助かった」
自陣に戻ろうとした時、鷲介は礼を言う。
言った通り本当に助かった。もしあそこで奪われていたら前の試合の時と同じようなことになりかねなかった。
「この間の試合は僕もベンチにいて見ていたからね。また肝心なところで君を嵌めてくるんじゃないと思っていた。
──まぁ君がそれを忘れて一人で行ったのはアレだけどね」
「なるほど。見事裏をかかれたわけか」
声に振り向けば微苦笑を浮かべたクリストフがいた。
「ミュラー、君のこともそれなりに注意はしていたが俺の想定以上だったみたいだな。
相手チームとしては悔しいが、同じクラブで育った先輩としては嬉しいという複雑な思いだ」
小さく息を吐くクリストフ。
彼は電光スクリーンを見て、言う。
「残り4分。ロスタイムを含めれば6分ぐらいか。
さてあと2点、なんとしても取らないとな」
「取れるつもりなんですか」
「もちろんだ。俺たちは皆、そのつもりだ。
──何よりあいつが全く諦めていないのだから、先輩である俺たちが白旗を上げるわけにはいかないだろう?」
そう言ってクリストフは視線を右にずらす。そしてすぐに自分のポジションに戻っていく。
「鷲介、あいつって」
「口に出すな。さっさと戻ろう」
そう言って鷲介は自陣に向けて走る。
そしてセンターラインを越える際、横目でだが見てしまった。荒く息をした疲労困憊な様子にも拘らず、瞳だけは輝かせているロナウドの姿を。
サポーターの歓喜の声が響くスタジアムに鳴り響く笛の音。3点リードされたバルセロナRはもはやGKを除く全員がRバイエルン陣内に侵入してきた。
「残りあとわずかだ! 一瞬たりとも気を抜くな!」
コーチングをしすぎたためか、ガラガラなフランツの声がピッチに響き渡る。
鷲介達FW陣も──あのエリックも──自陣に留まり、守備に専念する。
あらゆる手段でRバイエルンゴールへ迫るバルセロナR。だが鷲介たちフルメンバーの守りの前にバルセロナRはパスはつなげてもシュートは打てても防がれ、弾かれる。
そして時計の針が44分を過ぎた時だ、弾かれたボールを右ハーフレーンにいたロナウドが拾う。その彼にブルーノが距離を詰める。
ゆるりとかわし前に出るロナウド。次はドミニクが行くが、これもまた、また抜きで突破される。
しかし鷲介は慌てなかった。ペナルティアークまで接近したロナウド。だがその彼にはクルトとフランツが同時に挟み込んでいたからだ。
(普通の状態ならともかく11人全員が自陣にいるんだ。普段よりもずっと嵌めて取りやすい……!)
体力が万全ならばこれさえもかわしてしまうかもしれないが、今の彼ならば高い確率で奪える。
また抜かれたドミニクたちも周りにいるバルセロナRの選手へのパスコースを切っている。詰みだ。
ゴールまでそれを見ていた鷲介が確信したその時だ、ロナウドの右足が小さく振られた。
(え?)
ロナウドの足元から飛び出したボールはクルトの横を通過してゴールに迫る。
そしてそれはどういうわけか振りが短かった割にスピードは速い。そしてアンドレアスの反応が遅れている。
伸ばしたアンドレアスの腕がシュートコースを塞ぐより早くボールは通過し、Rバイエルンゴールのサイドネットを揺らした。
「あの野郎、この土壇場で……!」
チームメイトから祝福を受けながらもいつもほど喜んでいないロナウド。
今の彼の瞳には熱さも冷たさもない。ただ悟りを開いたような、この世の全てを見切ったような澄んだ眼差しだ。
それを見て鷲介は彼が”ゾーン”に入ったことを確信した。
◆◆◆◆◆
ロスタイム表示と同時、ピッチに試合再開の笛の音が響く。鷲介が後方にパスすると同時、バルセロナRイレブンが怒涛の勢いで自陣に侵入してくる。
残り試合時間2分。疲れもピークな彼らだが、その瞳には勝利への欲求が満ちている。無理もない。あと1点入れば総ゴール数で並びアウェーゴールでリードしているバルセロナRがCLのベスト4に進むのだから。
しかしそんなことを当然仲間たちは許すわけにはいかない。距離を詰めてくるバルセロナRイレブンに対しRバイエルンはただひたすらパスを回し続ける。
だが相手はパスに関してならば世界一のチームであり、アンドレスがピッチを俯瞰してボールの行く先を予想。それによりパスコースが潰されて行ってしまう。
体を張ってのキープや相手にボールを当ててスローインにするなどの時間稼ぎの手段を取るも、ロスタイムが残り四分の一になろうとしたところで、とうとうボールを奪われてしまう。
「この攻撃で1点取るぞ!」
「なんとしても守り切るんだ!」
ディエゴとフランツ。両チームのキャプテンが叫び、両チームの最後の攻防が開始される。
センターサークル付近でボールを奪ったラルフとアンドレスの軽快で早く正確なワンツー。再びボールを収めたラルフからRバイエルン陣内中央にいるディエゴにパスが通る。
彼がトラップした瞬間アレンとドミニクが詰めるが、ディエゴは異名通りの独特のリズムから生まれるフェイントで二人を惑わすと、その間にボールを通す。
ペナルティアークにてボールを収めるアルベルト。ジェフリーから押されるも途中出場のためか動きは鈍らず、それどころかジェフリーを押しのけて強引に前を向いてしまう。
再びたちはだかるジェフリーに横からはフリオが詰めてくる。だがアルベルトは機敏な動きで右に動きシュートを放った。
ボール一個分の隙間を通過しゴール右隅に向かうグラウンダーのシュート。アンドレアスが左手で弾くがそれを押し込もうとラファエルが迫る。だがブルーノが体を投げ出すようなスライディングでそれを防ぐ。
右サイドへ転がるボール。それを拾ったフリオは鷲介にパスを出すが、それを後ろから飛び出してきたカルロスが奪取。フリオの近くまで上がっているエドガーへパスを出す。
すぐさまフリオは距離を詰めるがエドガーはそれより早くボールをゴール前に上げた。それにラファエル、アントニオが飛びつこうとするがジェフリーたちが体を張って防ぐ。
左ハーフレーンに転がるボール。鷲介が拾おうと向かうが、それより先に足元に収めたものがいた。──ロナウドだ。
(止める……! ここでの失点は許さない。
例えカードを貰っても……!)
”ゾーン”に入ったロナウドを止めるとしたらカード覚悟のディフェンスをするしかない。それでも突破される可能性が高いが少しでも可能性を上げるため、彼の正面を塞いだ鷲介は腹をくくる。
その時だ、ふと全身が軽くなる。そして感覚が鋭敏になり、視界がいつも以上に大きく開けた。
何をしても上手くいくと思えるような全能感を感じ、鷲介は悟る。──自分も”ゾーン”に入ったのだと。
(あいつに触発されたのか? いや、理由はどうでもいい。
これなら食い下がることも)
できると思ったその時、ロナウドは動いた。左への切込み。かつてないほど速く鋭い。
それに対し鷲介も考えるより早く反応。切れ込んだロナウドの斜め右へ移動しボールに足を伸ばす。
弾くと確信する鷲介。しかし自分の足がボールに向かうのを見ていた時だ、ロナウドの左足が前に飛び出し、ボールを左から右に弾いた。
(超高速のダブルタッチ……!)
自分の超高速の切込みとミカエルの技術が融合したようなそれを見ながら、鷲介は己の左側を通過するロナウドの方へ振り向く。
ペナルティエリアに侵入しようとしているロナウドの前に立ちはだかるのはクルトだ。先程まで右ハーフレーンにいたはずの彼がいることに鷲介は驚くも、彼の瞳がロナウドのそれと同じであるのを見て納得する。
一瞬ののち、クルトは鋭く距離を詰める。かつてないほど速く正確で、しかも体重を乗せた強烈なタックルがロナウドの足元にあるボールに向かう。
しかしロナウドはディエゴのような不可思議なリズムによる体とボールさばきでクルトのタックルを紙一重でかわしてしまい、エリアに侵入する。
だがまだRバイエルンゴールに立ちはだかるものがいた。両手を広げて飛び出してきたアンドレアスだ。なんと彼もクルトやロナウドと同じ微塵の迷いも躊躇もない目をしている。
彼もまた“ゾーン”状態。今度こそ止められる。そう確信する鷲介。だが、だが、ロナウドはそれにさえも反応してしまう。
”ゾディアック”最強はアンドレアスの飛び出しを予期していたかのような絶妙なタイミングでループシュートを放つ。ふわりと優しく浮いたボールはアンドレアスの体を飛び越えた。
(”ゾーン”状態の俺たち三人でも、止められないなんて……!)
この間の試合に感じた、どうしようもない絶望感が鷲介の胸を満たす。
ロナウドのループシュートはゴール左横に向かっている。点が入るのはもはや避けられない。
敗北。そう鷲介が思ったその時だ、ボールの方へ誰かが──いや、親友が走ってきた。
「おおおっっ!」
叫びながらも視線はどこまでも冷静だ。鷲介はミュラーも自分と同じく”ゾーン”になっていることに気付く。
今まさにゴールラインを越えてネットを揺らしそうなボールに対し、ミュラーはオーバーヘッドを繰り出す。伸びた彼の右足はボールに触れ、蹴り上げる。
舞い上がったボールはゴールバー上部を掠めるも勢いを失わず空高く舞いあがり、それを飛び上がったエリックがエドガーと競り合い、鬼のような形相でクリアーした。
サイドラインを割ったボール。そしてその次の瞬間、主審の笛の音が周囲に響き渡る。
ピッチの熱気に冷水を浴びせるような、鋭く有無を言わせない強く高らかな笛の音が二度響く。──試合終了を知らせる意味の音だ。
6-4の勝利。前回の試合では3-4の逆転負けだったが、トータルスコアは9-8。
紙一重でRバイエルンはベスト4進出を決めたのだった。
◆◆◆◆◆
「勝った……」
そう呟くのと同時、鷲介はピッチにへたり込む。試合終了間近に”ゾーン”に入ったせいか、いつも以上に体が重い。
「鷲介」
呼びかけられ顔を上げる。すると目の前には自分と同じような疲労困憊の顔をしたロナウドがいた。
「ベスト4進出おめでとう。そして素晴らしいゲームをありがとう。
ここまで愉しくて、熱くなった試合は久しぶりだったよ」
そう言って彼はユニフォームを脱ぐと、こちらに差し出してきた。それを見て鷲介が目を丸くする。
「駄目かな」
「いや、別に構わないが。何故今なんだ?」
前回でも交換はできたはずだ。そう思いながら鷲介がユニフォームを脱いで差し出すと、ロナウドは受け取った後、笑顔で言う。
「そりゃあ、今日の素晴らしいゲームと、それに負けた敗北を忘れないためさ。
これがあれば、君たちがいることを忘れて、驕るようなこともないからね」
交換したユニフォームを大事そうに触れるロナウド。
(なるほど。こいつがなぜ“ゾディアック”最強であるか、少しわかった気がする)
実力、才能、そして勝利だけではない。彼は敗北さえも正面から受け止め受け入れ、糧とする男なのだ。
敗北を糧にして成長するということはあるが、それでも大舞台であればあるほど、誰であっても事実を受け入れるには時間がかかるのが普通だ。
だがロナウドは、敗北を平然と受け入れている。おそらく彼にとって勝利も敗北も、自分を成長させる糧であり、サッカーを楽しむ一因でしかないのだろう。
「改めて言うけど今日の試合は最高だったよ。君を含め”ゾーン”に入った三人の選手相手にあれほどのプレーができたからね。
負けたのは悔しいけど俺はもっと上手く、強くなれる。そう思ったよ」
「俺としては今以上になられるのは困るんだけどな」
思わず本音が零れる鷲介。しかしロナウドも笑って言う。
「俺だってそうだよ。今でさえ厄介な君が成長すれば将来、あのヨハンさんと同等かそれ以上になる可能性だってある。
そうなったら君と戦う試合は毎回、こんな大量得点が必要になるからね」
「その言葉、そのままそっくり返すぜ」
トータルスコア9-8。二試合合計とはいえこんな点が入る試合がそうそうあってほしくはない。
入れられることも堪えるが、入れる方も疲れてしょうがない。
「他の試合も決着がついた頃だね。
残ったのはカールかミカエルかアーサーかマリオかラウルか。
ま、どのチームも難敵で、愉しい試合ができるだろうね」
そう言って大きなため息をつくロナウド。”ゾディアック”と戦えないことが心底、残念でならない様子だ。
「次のCL準決勝、応援するよ。だから俺のサッカー脳を刺激するようなスペクタクルな試合を頼むね」
「スペクタクルかはわからないが、全力を尽くすとは約束するぜ」
「なら大丈夫だね。君が全力を出した試合は決まってそう言うゲームだから。──それじゃあ、またね!」
握手をかわし、ロナウドは背を向けて去っていく。
立ち去る彼の背中を見ていると声をかけられる。振り向けば疲れ切った様子のミュラーがいた。
「何を話していたんだい?」
「愉しいゲームをありがとう。次の試合も頑張れってさ」
「愉しい、ゲームね……。今の試合をそう思えるなんてやっぱり彼は凄いね」
「ああ。後ろ姿も負けたチームの選手のそれじゃない」
遠ざかるロナウドの後ろ姿は少しも項垂れておらず、足取りも力強い。美しい敗北者と言う言葉を体現するかのような姿だ。
また彼はピッチで肩を落としている、へたり込んでいる年上のチームメイトたちに声をかけて慰めている。一番年下だというのにその姿はチームキャプテンのようにも見える。
「あいつは多分俺たちの世代で最強だ。そしてそれが変わることは多分、無い」
でも、といったん言葉を切って、鷲介は言う。
「最強であっても無敵じゃない。そして俺たちは11人で戦い、今日勝った。今後もそうしていくんだ」
「それはそうだよ。と言うか何当たり前のことをいまさら言っているんだい?」
「気にするなよミュラー。調子に乗っていたガキがやるべきことを思い出したってだけだ」
笑いを含んだ声でそう言うのはいつの間にか傍にいたエリックだ。
「独りよがりが少しは治ったようで何よりだな。──今のお前がいるならこのチームに残る価値はありそうだな」
「エリックさんには負けますよ。──ああ、最近はマシにはなりましたね。まぁ、ちょっとだけですが」
鷲介、エリックはお互いに口撃を放ち、睨みあう。
だがそれも数秒。両者は相好を崩す。
「生意気言うじゃねーか。大体後半8分のお前はな──」
「そう言うエリックさんも前半、独りよがりなプレーでビックチャンスの芽をつぶして──」
そして今日の試合について話しながら、鷲介とエリックは肩を並べて歩き出すのだった。
リーグ戦 21試合 22ゴール8アシスト
カップ戦 2試合 1ゴール2アシスト
CL 8試合 11ゴール3アシスト
代表戦(二年目)7試合 13ゴール3アシスト