太陽は輝くか、鷲は空を舞うか3
「それではここからのグレートサッカーは海外サッカー、CLの話題に移ろうと思います。
まずは柳選手が所属するRバイエルンはスペインリーグ三強の一つ、バルセロナRと対戦。
前半で3-0とリードしながらも後半怒涛の勢いで攻めてきたバルセロナRに4点を奪われ、まさかの逆転負けとなりました」
「この結果には世界中のサッカーファンも驚いています。
特にスペインとブラジルメディアは勝利の立役者であるロナウド選手を大々的に報道していますね、加納さん」
「はい。柳選手もゴールを決めるなど活躍をしましたが、彼一人に話題を持っていかれましたね福原さん」
「仕方ありません。あの試合の彼は他にいる名だたるスター選手たちが脇に追いやられるほどに素晴らしく、文句のつけようがない活躍ぶりでした。
”ゾディアック”最強、そしてあの年で世界トップの一人と言われるにも納得です。すでにサッカー史に名を残したと言っても過言ではないでしょう」
「その両チームですが先週の日曜日に行われたリーグ戦ではどちらも勝利したものの、逆転負けを喫したRバイエルンはそのショックがあったのか、降格争いをしているダルムシュタット・オリンピアに2-1の辛勝。
柳選手も後半20分から出場しましたが25分、37分の得点には関与せず。
また疲労のためか動きに精彩を欠きいつも以上にボールロストが多く、途中出場ながらチーム内採点は最下位になってしまいました」
「一方バルセロナRは現在6位、28節にアシオン・マドリーと引き分けた難敵レイ・ヴィーラFCと対戦。
Rバイエルンとの激戦に勝利したバルセロナRはその勢いを利用してかアウェーながらも攻めますが、R・ヴィーラFCは堅守とカウンターで反撃。前半はほぼ互角の展開としてスコアレスで折り返します。
しかし後半直後から投入されたロナウド選手がまたしても大活躍。後半10分、15分と立て続けにアシストを記録、また自身も後半ロスタイム、交代で入ったばかりの元U-17スペイン代表、フェルナンド・エステル選手の見事なスルーパスを受けて得点を決め、チームの勝利を確定づけました」
「いやー、ロナウド選手は本当に凄いですね。
途中出場とはいえ文句のない結果を残しました。疲労もあるでしょうに試合中の動きはそれを感じさせませんでしたよ」
「一方の柳選手はチーム最低点を与えられてもしょうがなかったですね。動きが鈍いのもありますがどうも集中力に欠けるプレーが目立ちました。
彼はまだ18歳ですが、同い年であるロナウド選手や他の”ゾディアック”たちがいる以上、厳しい評価をされてしまうのでしょう」
「さてその両チームは今週の水曜日にRバイエルンのホームスタジアム、ミュンヘン・スタディオンにて対戦します。
逆転勝利した勢いのままバルセロナRが次のステージを駆け上がるのか、それとも劣勢のドイツリーグ王者が逆襲してベスト4に至るのか。
激戦必至なこの試合、最注目です!」
◆◆◆◆◆
トントンという音が部屋のドアから響いている。机に置いてあるノートPC画面の前でぼーっとしていた鷲介はそれに気が付くとドアを開けるため立ち上がる。
「にぃにぃ。そろそろおでかけのじかんだよ」
部屋の外にはリーザの姿があった。異母妹に言われて時計を見ると、確かに彼女の言う通りの時間が間近に迫っていた。
鷲介はリーザに礼を言って頭を撫で、素早く着替えて家を出る。義母の車を使って市内にある装飾品専門店にて予約していたものを購入する。
店員より渡されたケースに入っているそれは綺麗な金色の鳥の髪飾り。近日誕生日である由綺へのプレゼントだ。
用事は済んだ。家に帰って明後日対戦するであろうバルセロナRの試合を再チェックしようと思う。
だが思考に反して鷲介はミュンヘン市内をふらふらとうろつく。いくつかの店を適当に見て渡り小腹がすいたところで近くにあった喫茶店に入る。
「なーにやってんだ俺は……」
喫茶店で注文した後、鷲介はぼそりと呟く。用事は済んだ。早く帰ってバルセロナRのチェックをしなければいけないのだが、どうにもやる気が出ない。
原因はわかっている。先日のバルセロナR戦、ロナウドに対して敵わないと確信してしまったからだ。
たった一試合で感じたことだ、勘違いだと他人は思うだろうが、鷲介は微塵もそうは思わない。彼ほどでないにしろ鷲介もまたサッカー選手として天才、怪物の領域にいる。
それ故に実力者の実力が他の人たちに比べて正確に察せられる。いや、ロナウドたち”ゾディアック”には特により深くわかってしまうのだ。同じ階位にいながらも、どうあっても越えられない差があるということが。
「はぁ……」
「何ため息ついてんだお前は。
そんなしょぼくれた面してると、水曜日の試合に出れないぜ」
いきなり声をかけられ鷲介はびくっと体を震わせる。
そして振り向けばそこにはサングラスをかけたエリックが立っていた。
「なんでここに……」
「ご挨拶だなー。ここは俺の近所だぜ。
むしろ俺がお前に言いたいなそれは」
そう言ってエリックはサングラスを外し鷲介の対面に座る。そして慣れた様子でウェイターに注文する。
彼の言う通り常連なのかエリックの素顔を見ても店員は特に驚いた様子はない。
一方、鷲介に気づき目を丸くするが、エリックが口チャックのジェスチャーをすると無言で頷き、去っていった。
「随分と馴染んでますね」
「ミュンヘンに引っ越してからここには週に何度か来ているからな。常連ってやつだ。
んで、何ため息なんてついてたんだ。悩み事があるなら聞くだけはしてやってもいいぞ」
「……。いえ、別に」
「そうか。それじゃあ当ててやろう。
お前、ロナウドの奴にすっかりビビってるんだろう」
「い、いきなり、何を訳の分からないことを……!」
「何言ってんだ。チームメイトのほとんどは気づいてるぞ。
お前がロナウドに格の違いを見せつけられて自信喪失しているってことにな。最近、ジークフリート達もいつもよりは優しかっただろ」
生暖かい生差しを向けてくるエリック。
彼の言葉に鷲介は反論できない。この間の試合中やその後はともかく、それ以外では彼の言う通りだからだ。
昨日の練習後はフランツがいつにないハイテンションで食事に誘ってくれたり、バルセロナR戦のすぐ後、ジーク一家が自宅を訪ねてきてくれたりもした。
「……。まぁショックを受けたのは認めますよ。
でもビビっているとか自信喪失とか、見当違いもいいところですね!」
「うわーガキっぽい強がりだなー。
でもお前はまだ18だもんな。しょうがない、そう言うことにしておいてやろう」
心底楽しそうにするエリック。鷲介は何を言っても負けのような気がするので唇をへの字にして失言が出ないようにする。
「ま、あんまり気にするな。
俺の目から見てもロナウドの奴は別格だ。何もなければ数年後には世界No1ストライカーの称号を手にしているだろうよ」
「……。随分簡単に認めるんですね。
てっきり『俺はあいつ以上に成長して追い抜くから気にしてないけどな!』ぐらいは言うと思ってました」
「認めるのは癪だがさっきも言った通りあいつは別格だ。
お前たち”ゾディアック”の中でもだが、現役でもトップクラスだ。18と言う若さにも関わらず、FWとして必要な能力を全て兼ね備えてやがる。
まぁ戦術眼やポジショニングがまだ未熟だが、それも他の点に比べての話だからな」
エリックはそう言って面白くなさそうに小さく鼻息を鳴らす。
だが直ぐに表情は冷静なそれへと変わる。
「だがサッカーはチームスポーツだ。俺個人が劣っていようとチームで勝てば何の問題もない。
そしてあいつ以上の結果を残せば俺があいつより上だと周囲も認めるだろうしな」
そう言い切ったエリックの言葉に鷲介は目を丸くする。
それに気づいたのか、彼は眉根を潜めて鷲介を見る。
「何呆けた顔してるんだ」
「いえ、試合では”俺が俺が”のエリックさんがチームスポーツなんて殊勝なことを口にしましたから痛てへへへへ!」
「生意気なことを言うのはこの口だな! この口だなぬぉお前へへへ!」
テーブルから体を上げて何故か鷲介の左頬をつまみ上げてきたエリック。しかし鷲介も反撃して同じように頬を掴む。
揉めあう両者の間に店のウェイトレスが慌てて仲裁に入ってきた。引き離される二人。
「全く”ゾディアック”ってやつらはどいつもこいつも年上への礼儀がなってねぇな!」
「普段から敬意を持たれるような様子じゃないからじゃないですかね。
というかですね、さっきも言いましたけどチームを重んじるようなびっくり発言をしたから驚いただけです」
ワールドクラスまで上り詰めた彼とてそんなことは心身ともにわかっているだろう。だが表立って言うことはなかった。だから驚いた。
再びにらみ合う両者。しかしまたしてもウェイターが姿を見せ、鷲介たちが注文した品々を持ってくる。
テーブルに並べられた空腹を刺激する品々。二人は視線で休戦協定を結び、それに手を付ける。
「さっきの続きだがな──俺は別にチームを蔑ろにしていたわけじゃねぇ。必要なときはチーププレイに徹するときもあったぞ。
まぁここ最近はその頻度は上がっているけどな」
「……そういえばエリックさん、最近は妙にパスや前線からの守備──チームへ貢献するプレーが増えましたね」
「気づくのが遅えよ」
半眼で言うエリック。
ゴール前でのラストパス、前線からのプレッシャー。以前から言われていたエリックに欠けていた部分だ。
よくよく思い返せば確かに彼の言う通り、以前に比べてそれの回数は増えている。バルセロナR戦での2点目もエリックのパスによるものだ。
そしてそれを始めたことが影響しているのか、最近は出場試合が増え、ゴールも上げている。
「いったいどういう心境の変化です?」
「理由はいろいろあるが大きいのはお前とクルトの奴だな」
「クルトさんはわかりますが、俺ですか?」
「やっぱり自覚ねぇのな。まぁいいけど」
コーヒーに口をつけるエリック。
空になったカップを置き、彼は視線を鋭くする。
「単純な話だ。プロになって二年にも満たないガキに叱咤され、追い抜かれそうになるのは屈辱以外の何物でもない。
ロナウドたち”ゾディアック”のストライカーやジークフリートと同じく、お前も俺のライバル。それを認めて、お前たちに負けないようにするにはどうすればいいのか悩んだり考えたりした結果が、今の俺になったわけだ」
少し面白くなさそうに彼は言う。
「今季はジークフリートの奴からPKとエースストライカーの座は奪えないだろう。だが来年はわからねぇ。
何せジークフリートにお前がそばにいるんだ。負けまいと試行錯誤していれば否が応でも成長するだろうさ」
「エリックさん、それは──」
つまりチームに残留するということか。そう言おうとした鷲介にエリックは口元に指をあてる。
「まだ決めつけるなよ。今のところはそのつもりってだけだ。もっといいオファーが来たら可能性はなくもない。
そうだな、例えばバルセロナRから話が来たら問題がない限り受けるだろうな。
──何せあのチームにはロナウドが、世界最強の攻撃陣と言われるディエゴやアルフレッドもいるからな」
挑発的な笑みを浮かべてエリックは言う。
鷲介は大きく目を見開き、気づく。同格のクラブであり同じ”ゾディアック”のいるチーム。ならより強い、優れたほうがいるチームにいたほうがより高みに登れる。目の前の同僚がそう言っていることに。
「いい面を見せるじゃねぇか。──少しは覇気が戻ったか?」
鷲介は答えず、目の前の同僚に鋭い眼差しを向ける。
先程の億劫な気分は欠片もない。心中にあるのは侮られた、比べられているという屈辱と怒りだ。
自分の事だけではない。エリックのそれはRバイエルン自体を侮るような発言だ。生え抜きとしてこれは看過できない。
だが言葉でどれだけ言っても彼にはわからないだろうし理解もしないだろう。──彼に納得させるには結果を見せるしかない。
「解っているとは思うが、今のお前は明らかにあいつに劣っている。
ご自慢のスピードとドリブルも互角がそれ以上。それ以外の面では太刀打ちできないしな。
だがさっきも言った通りサッカーは個人競技じゃねぇ。チームスポーツだ。全員で勝てばいいのさ。
そのためにお前ができる全力を尽くす。そのことを忘れずに試合に挑むんだな」
「もちろんです。次の試合は俺たち全員の力で必ず勝ちます」
状況は明らかにRバイエルンに不利だ。だが勝てないわけではない。面子だってバルセロナRに引けを取っていないのだから。
鷲介が駄目でもジークやフランツ、クルトなど力ある選手は幾人もいる。目の前のエリックだってその一人だ。
(そうだ、何ショックを受けているんだ俺は。
俺が今いる場所は、ロナウドみたいな怪物が幾人もいるところだ。
たかが一度完敗したくらいで落ち込んでいる場合か……!)
今の自分はロナウドには及ばない。敵わない。それはおそらく正しい。
だがそれは今の話だ。一年後か二年後、五年後、十年後はどうなっているのか神ならぬ鷲介にわかるはずもない。
そしてそれが本当だったとしても、勝利を目指さない理由にはならない。勝てない理由にはならない。
サッカーは11人で行うチームスポーツ。一人で勝つのではなく、ピッチ上の11人で勝利をつかむのだから。
そしてエリックが今言ったように、まだまだ自分も成長できる。すぐそばに世界一のストライカーを始めとする素晴らしい選手たちに囲まれているのだから。
「そうか。なら次戦、期待させてもらうぜ」
「エリックさんも。ずいぶんな大言を吐いていましたからね。それに見合った活躍をしてくださいよ。
情けないプレーを見せたら今日のこと、皆に伝えますからね」
にやりと笑みを浮かべて言うエリックへ鷲介も強い口調で言い返す。
そして運ばれてきた昼食を鷲介は手早く食べ終えすぐに家に戻り、バルセロナRのビデオチェックを再開するのだった。
◆◆◆◆◆
「にぃにぃ、ゴール決めるかなー」
「きっと決めるよー。パパも決めるからね」
期待に瞳を輝かせているリーザとセヴェリナ。その二人を鷲介の家族とアレン選手の家族たちが囲んでいる。
無邪気で可愛らしい少女二人を見て由綺は微笑み、ピッチに視線を向ける。
綺麗に整備されている芝生の上で試合を行うRバイエルンとバルセロナRのメンバーの練習風景がある。
由綺が見つめるのは当然、鷲介だ。表情はハッキリ見えないが、練習時の動きはいつも通りに見える。
バルセロナR戦の後、鷲介はどこか覇気を無くしたような様子に見えた。由綺は何とか元気づけようと色々したが効果はあまりなかった。
しかし一昨日、家に訪れたらいつもの彼に戻っていた。何があったのかは気になったが大事な試合の前、彼の集中を乱さぬよう口をつぐんだ。
「鷲介さん、調子がもどったみたいでよかったですね」
「そうだね」
ジークフリートの息子であるヴィンフリートの言葉に由綺は微笑む。
ただ由綺個人としては彼が悩んでいるとき力になれなかったことは情けないと思う。
勉強はしているが兄やイザベラたちのようにサッカーについて詳細に語れるほど詳しくはない。ならばせめて彼のモチベーションを維持することは自分の役目だと思っていたからだ。
(もっとしっかり鷲君を見ていないとね……)
次、同じような事態があれば、今度こそ彼女として彼を支え、励ますために。
由綺がそう思う中、揶揄するような顔で修一が言う。
「ただ今日スタメンかどうかは怪しいけどな。
メディアには先日のリーグ戦のこともあるしベンチスタートとも言われていたな」
「兄さん」
修一の言葉に由綺は眉をひそめて、窘める。
そして隣を見るが距離があったせいかリーザたちは気づいておらず、友達と楽しそうに話をしている。
「それはどうかしら。今季の鷲介は幾度も素晴らしい活躍を見せているわ。
たった一試合でベンチ行きなんて考えられないと思うけど」
「いや、後半45分に集中させるためにあえてベンチになることもあるよ。
鷲介のスピードやドリブルはRバイエルンの立派な武器だし、エリック選手や先日のリーグ戦でゴールを決めたアレン選手、決勝アシストのアレックス選手などFW陣は軒並み好調だしね」
兄の意見を否定するイザベラ。冷静な批評のグスタフ。
友人たちの熱い議論を耳にしていると、ミュンヘン・スタディオンの電光スクリーンに今日のスタメンが表示される。
まずホームチームのRバイエルン。システムはいつも通りの4-3-3。
GKアンドレアス、DFラインは右からフリオ、ジェフリー、クルト、ブルーノの前回の試合と同じベストメンバー。
中盤三人のボランチはロビン、右SMFはフランツ、左SMFはリーグ戦29節で途中出場ながらも1ゴール1アシストと言う結果で苦しむチームを勝利に導いたアレン。
FW三人の右はアレックス、中央はジークフリート、左はエリックの三人。
「予想通り鷲介はベンチか」
「まぁ他の選手が好調だし結果を残しましたからしょうがないですけど」
「出番はあるでしょ。
というよりもしなくて負けたりしたらサポーターの非難がすごいことになるわよ」
「確かに。今季幾度もチームの危機を救ってきた救世主だからな。よほどの状況にならない限りはあるだろう。
しかし俺はロビン選手がスタメンなのは少しびっくりしたな。あの人もエリックと同じで移籍の噂があるんだろう?」
「出場機会が減ったことが不満っていう理由らしいですね。
ただ具体的なクラブ名はほとんど出ていませんね。古巣のアルステルダム・アイアースぐらいでしょうか」
ホームサポーターの歓声が続く中、アウェーチームのスタメンが発表される。
システムはRバイエルンと同じ4-3-3。GKはホセ、4バックは右からクリストフ、マヌエル、カルロス、エドガー。こちらもここまではRバイエルンと同じくベストメンバーだ。
中盤の底、DMFはいつものワンボランチではなく二人だ。右にアンドレス、左にマルセロ。そしてCMFはディエゴ。
しかし一番驚いたのはFWの陣容だ。右にオリヴィエ、中央はアルフレッド、ロナウドだろうと思っていた左には彼にポジションを奪われたラファエルだ。
「これは予想外だな。鷲介はともかくロナウドまでベンチスタートとは。
しかもツーボランチとは非常に珍しいな。というか、今季初めてじゃないのか?」
「バルセロナRがやるにしては非常に珍しい布陣ではあります。でも現状を考えると理にはかなっています。
先勝したとはいえその差は1点差。仮にバルセロナRが1-0で負けてしまった場合、アウェーゴール差で敗退が決まってしまいますからね。
ダブルボランチで守備を安定させるのは悪い戦略ではありませんよ。3トップの面々も三人だけでゴールを奪える実力者ですし」
「でもバルセロナRよ。単なるダブルボランチによる守備の安定なんて安易な手法に走るかしら。
点を取られたらそれ以上の攻撃で取り返すっていうチームよ」
「……もしかしたら、両チームとも勝負は後半にかけているのかも」
なんとなく、ぽつりと呟く由綺。
すると兄たちが一斉に視線を向けてきた。
「ほう由綺。どうしてそう思うんだ」
「由綺がサッカーについて口にするなんて珍しいわ。ぜひ聞かせて」
「そうだね。由綺さん、さぁ教えてください」
「え、ええっと……。負けているRバイエルンは多分攻勢に出るだろうし、勝っているバルセロナRもチームの性格上、大人しく守勢に回るとは思えない。前回と展開は違うだろうけど、激しい点の奪い合いになる可能性が高いと思う。
ともに激しく攻守で動けば疲弊も早くなるし後半、疲れたチームの起爆剤的な役目でどちらも投入されるんじゃないかなって。二人は短い時間でもゴールに直結するプレーができるから。……と、思うんだけど」
三人に凝視され、しどろもどろになりながらも由綺は自分の考えを述べる。
それに三者はそれぞれ、異なった反応を見せる。
「起爆剤、我が親友ながら面白い表現ね!」
「でもベンチにした二人を有効活用できる展開ではありますね」
「ま、何はともあれ。試合を楽しもうじゃないか」
そう修一が言うのと同時、大歓声と主審の笛がスタジアムに響きわたるのだった。
◆◆◆◆◆
自陣でボールが回されているのを見た後、鷲介は敵陣に視線を向ける。
(4-3-3のダブルボランチ……。これはいったい何が狙いなのだろう)
正直なところ、バルセロナRの布陣は鷲介たちにとって虚を突かれたに等しい。
何せ今期の、いや現監督になってからのバルセロナRは伝統である4-3-3のワンボランチと言うフォーメーションがほとんどだ。試合中変わることはあれど試合前に変更することはほとんどないと言ってもいい。
バルセロナR以外のチームならアウェー故失点を恐れての守備的布陣と思うのだが、あの攻撃攻撃、そしてまた攻撃のバルセロナRだ。それだけとは思えない。
そう思いながら試合の状況をじっと見つめている鷲介。前回負けているRバイエルンは当然ながら攻めに力を割いているがバルセロナRの相変わらずのハイラインとプレッシング、さらに以前ほど陣形が前がかりになっておらず守備ブロックの形も崩さない。
ジーク達は今日も攻勢に来るであろう相手のスキを突いた攻めとカウンターで得点を奪おうと目論んでいただけに中々攻めきれない。攻撃だけに注力されているバルセロナRだが守備力とてCLの決勝トーナメントに残るチームのため低くはなく、そう易々と崩れるものではない。
右に開いていたアレックスから敵陣センターサークルにいるフランツに戻されるボール。両チームが右に偏っているため、フランツが左サイドへのサイドチェンジを行うかと鷲介が思ったその時だ、彼は前方に浮き球のパスを出す。
そのボールに駆け寄るのはバルセロナRの最終ラインからするりと抜け出したジークだ。だがすぐそばにはマヌエルとカルロス、両CBが挟み込もうとしている。
(ボールを奪われるか……!)
そう鷲介が思いバルセロナRのCBたちがジークを挟み込もうとしたその時だ、何とジークはやってきたボールに対してダイレクトシュートを放った。
後ろから来たボールに加え両脇には敵選手がいる状況。にも拘らずジークの動きには一連の迷いもない。
そしてシュートを放った当人のようにボールもまた真っすぐゴールへ向かう。ゴールから約30メートルと言う長距離から放たれたシュートは弾丸の如く真っすぐ飛び、相手ゴールに突き刺さった。
「──」
その一瞬、応援の声で満ちていたスタジアムは静まり返る。そして次の瞬間、爆発したような歓声が周囲に轟く。
「ジークフリートさん、さすがだね!」
「ああ! いきなり我がチームのエースストライカーがやってくれた!」
攻めあぐねていた状況を一変させる先制弾に鷲介と隣にいたミュラーは思わず抱き合って喜ぶ。
さすがジーク。流石は世界一と言われるスーパーストライカー。チームメイトと喜び合う背番号10番に鷲介はただただ賞賛の眼差しを向ける。
ジークのスーパーシュートで先制したRバイエルンに対し、バルセロナRはキックオフと同時に前に出てくる。
攻勢に転じるバルセロナRだがそれはRバイエルンの、トーマス監督が想定した展開だ。チームメイトたちは高い位置を維持しながら守備ブロックを形成、相手のミスや隙をついてボールを奪い反撃に出る。
しかしなかなか二点目は入らず、相手に幾度か危険なシーンを作られそうになる。前回の試合に比べて守備的であるにもかかわらず。
(あのダブルボランチは守備の安定化とお得意のポゼッションサッカーに対するポジティブトランジションへの切り替えを早くするためか……!)
前半二十分まで試合を見続けて相手の陣形の意味を鷲介は悟る。
どちらもチームのトランジション──攻守の切り替えは──同レベルだが、今日に限って言えばバルセロナRの方が早い。それはRバイエルンが攻撃に傾倒しているのに対してバルセロナRはあえてそれを受け止めているからだ。
ジークの先制点が入るまでもそうだった。守備ブロックを崩さずボールを奪っては素早くボールを回してあっという間にRバイエルン陣内に攻め込んでいたのだ。特にバルセロナRは攻撃的チームであり攻撃へ移行するスピード、ボールを回すパス精度や速さは他のチームよりも若干上だ。
現在、先制点を奪われ前がかりになってはいるがバルセロナRはそれを続けている。──だが、それも徐々に無くなりつつある。ほかならぬバルセロナRイレブンたちの手によって。
「バルセロナRのトランジションのスピードが落ちたな」
「あえて落としているんだろうね。滅多にしないカウンターではなくお得意のポゼッションサッカーでゴールを奪うために」
冷たく、呆れた様子でミュラーは言う。鷲介は彼の心情がよくわかる。
正直、バルセロナRが今ポゼッションにこだわるのは悪手だ。彼らがボールをキープしている間にRバイエルンは守備を整えられる時間ができるからだ。
同点に追い付くにはそのままカウンターを続けていたほうがよかっただろう。とはいえバルセロナRがポゼッションに移行しようとしている理由も、なんとなくわかる。
(自分たちの根幹となっているサッカーで勝ちたい。
いや勝てるという自負がそうさせているんだ)
バルセロナRがそう思うのは無理もない。彼らは長年、ポゼッションサッカーで幾多の強敵を打ち倒し、死闘を制してきた。追い詰められたものが頼るのは己の矜持となっているものだ。
そう、バルセロナRは追い詰められている。正確に言えば追い詰められようとしている。前回の試合で大逆転勝利したバルセロナRだが、実のところ余裕はほとんどない。
何故ならRバイエルンに3点ものアウェーゴールを許してしまっているからだ。
(現在1-0。このまま試合が終わればスコアこそ並ぶがアウェーゴール差で俺たちがベスト4に進出する……!)
メディアはバルセロナR有利とする記事が多かったが、さすがバルセロナRの監督はそのことがよくわかっているのか試合前の会見では余裕の発言は一つもなく、表情も厳しいものだった。だからこそ滅多にしないダブルボランチとカウンターという奇策を用いて勝とうとしていた。
だがジークがその目論見をあっさりと覆した。もちろんRバイエルンからゴールを奪えば再び狙い通りのサッカーをすることはできるだろうが、それは簡単ではないと鷲介は考える。
「ナイスインターセプトです、ロビンさん!」
ディエゴのパスを防いだロビンを見て今日ベンチにいるドミニクが声を上げる。
今日攻勢に出ているRバイエルンだが、守備の方にも同じぐらいの力を入れている。そのために今日のボランチはロビンとなったのだ。
長年Rバイエルンのレギュラーだったロビン。彼の長所は豊富な運動量がよく上げられるが、攻守のバランスを取る力もそれに並ぶ。
ボランチとしての能力だけを言えば現在のロビンとドミニクはわずかにドミニクが上だ。しかしチーム全体を見る目、攻守の切り替えやかじ取りはドミニクはロビンにまだまだ及ばない。若いということもあるがチームやチームメイトへの理解に圧倒的な差があるためだ。
攻撃に傾倒しつつも守備を怠らない。今日のサッカーを監督が望むレベルで実行できるボランチはロビンただ一人。故に今日の試合、スタメンに抜擢されたのだ。
そして前半25分になった時、ロビンがアンドレスからオリヴィエに渡ろうというパスをカット、それをアレンが拾い逆サイドにロングパス。
センターラインに重なるようなロングパスを収めたのはオーバーラップしてきたフリオだ。駆け上がるフリオにエドガーが寄っていくがアレックスとのワンツーでサイドを突破、さらにアレックスのパスをダイレクトでセンタリングを上げる。
ダイレクトながらも速く正確なセンタリングにジークとカルロスが寄っていく。だがジークはそれをスルーしボールとバルセロナRゴール前に飛び込んできたのはエリックだ。
側にいたマヌエルが立ちはだかろうとするがそれより早くエリックはジャンピングボレーを放つ。左のインサイドで合わせたシュートはスピードこそないもののGKの伸ばした手を抜けてゴール右隅へ向かう。
だがボールはゴールバーに跳ね返されネットを揺らせない。それを見て鷲介は舌打ちする。
しかし跳ね返ったボールはカルロスの股間を通過し、彼のすぐそばにいたジークの元へ。当然その期を逃すはずもなく、ジークはボールをバルセロナRゴールへねじ込んだ。
(2点目ー!)
スコアが2-0に切り替わるのを見て鷲介は拳を握り締める。バルセロナRをさらに追い詰めるこの1点は大きい。
2点差となり、もはや完全に本来の攻撃的サッカーに移行するバルセロナR。だがRバイエルンもリードしている現実とホームサポーターの声援を力にして相手チームを迎え撃つ。
アンドレスの針の穴を通すような正確無比なキラーパスにディエゴの2人抜きもあったがアンドレアスにクルトたちが防ぎ凌ぐ。攻撃でもエリックの単独突破やアレックスの飛び出しであと一歩と言う場面がみられる。
このまま優勢のまま前半終了してくれ。そう鷲介が思った前半41分、クルトがヘディングで跳ね返したボールをアルフレッドがペナルティエリアギリギリ外で拾う。
だがシュートには持ち込めない。すぐそばにジェフリーとロビンの姿があるからだ。
後ろにパスすべく反転するアルフレッド。その横をディエゴが走るがすぐにクルトがマークにつく。
防げる。鷲介がそう思ったその時だ、アルフレッドは一呼吸置いたのち、右に鋭く反転すると右足を振りぬいた。
「!?」
振り向きざまのシュート。だがそれを見て鷲介は大きく目を見開く。地を這うグラウンダーのボールだが威力や速さは普通のそれとはまるで違う。
そしてそのシュートはRバイエルンのゴール右隅に突き刺さった。
「なっ……!」
思わず立ち上がるミュラー。その表情は驚愕そのものだ。
だが彼の反応も無理はない。反転してゴールを決めるのはわかる。だが放った場所にそのシュートの威力や精度は信じがたい。鷲介とてそう思うのだ。
1点返したことでさらに攻勢を強めるバルセロナR。だがRバイエルンの守備陣に動揺は見られず前半のロスタイムに入る。
そしてその直後、Rバイエルンのカウンターが炸裂。ボールを奪ったブルーノが逆サイドに大きなロングパス。サイドラインを割ろうとするボールをアレックスが走ってそれを収め右サイドを疾走、エドガーをフェイントで惑わしグラウンダーのセンタリングを上げる。
それに走ってくるのはジークだ。すぐ後ろにカルロスの姿もあるがジークの方がボールに近い。
(3点目―!)
鷲介がそれを想像し笑みを浮かべた時だ、ボールとジークに寄ってくる影がある。バルセロナRのGKホセだ。
ジークがシュートを撃った瞬間、両手を前に出すホセ。次の瞬間、ボールは弾かれ、ジークとホセが交差し、ジークがホセの体を乗り上げるようにしてピッチに倒れる。
「笛は!」
ウーヴェが言うがホイッスルは鳴らない。ピッチ上の仲間たちも笛が鳴ると思ったのか皆、動きを止めている。
その隙をバルセロナRは見逃がさない。ボールを拾ったカルロスはロングパスを敵陣に送り、Rバイエルンの右サイドにいたオリヴィエに届く。
切れ込もうとするオリヴィエの前をすぐさまブルーノが塞ぐ。だが若きフランス代表は中に切れ込むと見せかけブルーノの股を抜き突破、一気にスピードに乗って右サイドを突き進む。
速い。ロナウドや鷲介には及ばないが彼の足も速い部類に入る。
「ゴール前! ディエゴとアルフレッドが来てる!」
思わず立ち上がり鷲介は叫ぶ。同時にクルトに追いつかれたオリヴィエがセンタリングを上げた。
低空のグラウンダーセンタリングに飛び込んできたディエゴがダイレクトボレーで合わせる。ゴール左へ向かうシュートだがジェフリーの顔面がそれを弾く。
宙を浮いたボールはマイナス方向へ向かう。だがそれに真っ先に反応したのはアルフレッドだ。
彼はボールが弾かれたのを見た瞬間体を反転させ、そして跳ね返ってくるボールに合わせるようにジャンプ。右足を振り上げ落下してくるボールに合わせた。
(バイシクルシュート!?)
鷲介が心中で叫ぶのと同時、アルフレッドのシュートはRバイエルンゴールへ向かう。
アンドレアスの伸ばした手──指先がボールに触れるがボールの進む先はわずかにしか変わらない。少し横にそれたボールはゴールポストに跳ね返りゴールラインを割った。割ってしまった。
「……!」
「そんな……!」
無情にも電光スクリーンのスコアが2-1から2-2に切り替わるのを見て鷲介は絶句、ミュラーは悲鳴じみた声を上げる。
(これがアルフレッド・オマール・ケンペス。赤獅子と言われる選手……!)
ジークと並び称されるアルフレッド。しかし鷲介は正直、ジークと同格とは見ていなかった。
世界五大リーグの一つ、スペインリーグで得点王を五度獲得。だがそれはジークがいなかったからであり、もしいればそのような結果は得られなかっただろう。そう思っていた。
だがそれが誤りであると、今実感した。前半見せられたスーパーゴール。あのようなプレーがCLと言う大舞台で同格相手にできるのであれば、例えジークが同じリーグ内にいたとしても、同じ結果を得られていたかもしれない。そう思わせるだけのプレーだった。
「鷲介、ジークさんの様子がおかしい」
「何!?」
顔面蒼白のミュラーの声を聞き、鷲介は慌ててジークを見る。
するとチームのエースは右足を抑えたままピッチから立ち上がらない。
(まさか怪我か? こんな時に!?)
チームドクターとタンカがピッチに入るのを見るのと同時、前半終了を知らせる主審の笛の音がピッチに鳴り響くのだった。




