太陽は輝くか、鷲は空を舞うか2
「このスコアは、驚きだね……」
「ああ。それに試合内容とこれだけかけ離れているのも珍しい」
前半が終わり、両チームの選手がロッカールームに戻った後、久司は言う。
フェルナンドの言う通り不可解なスコアと言える。あれだけバルセロナRが押していたにもかかわらず結果として3点のリードを許してしまったのだから。
「だがこうなるのも当然ではあるな。RバイエルンはバルセロナRの弱点を徹底的についてきた。
その上相手チームの3トップはアルフレッドさんたちに匹敵する面々。むしろ3点で済んだのは幸運だったかもしれない」
「ジョゼップ監督はどう対処するのかな……」
フェルナンドの問いに久司は言葉を返せない。
Rバイエルンと同様の戦法を取ってきたチームはこれまでいくつもあった。だがその大半はバルセロナRの攻撃力で逆転され、ねじ伏せられた。
だがそうなったチームは格下や戦力的に劣るチームのみだ。同等クラスの強豪の場合でも逆転劇はあったが、その時はスコアの差が1点、又は2点だった。
同格相手に1試合で3点差を逆転したことは、ない。
(バルセロナRと違ってRバイエルンにはこれと言った弱点がないからな……)
Rバイエルンは今季はやや攻撃重視になっているとはいえ、元々がバランス型のチームだ。前半見せたようにカウンターやポゼッション、様々な戦術をとることができ、それを高いレベルで実行できる。
一方、バルセロナRの監督であるジョゼップ・クレウスは生粋のバルセロナRの人間だ。選手時代はバルセロナRでプレーし代表に選ばれた彼はバルセロナRの哲学と言うべきポゼッションサッカーを神聖視している反面、他の戦術への理解や対応はCLレベルのクラブの監督に比べて高くない。
当然、後半は修正してくるだろうが、それがRバイエルンにどこまで通じるのかは不明だ。
「何暗い顔をしているんだ、二人とも」
トイレから戻ってきたダニエルが言う。
前半は試合内容に苛立った様子だったが今はいつも通り落ち着いた様子だ。
「3点差は厳しいがひっくり返すのは不可能なスコアじゃない。
過去、CLで幾度もあったことだろう」
「それはそうだが……」
「”今”のバルセロナRにそれが可能かどうか疑わしいんですよ。
何か策でもあるんですか」
「──所詮はまだトップチームの底力を知らんひよっ子か」
小さく鼻で笑うダニエル。
「策がある、無いということではない。
断言してやる。このままでは決して終わらん」
根拠も何もない言葉。妄言とも思えるもの。だがそれを聞き、久司はなぜか納得してしまう。
それはトップチームをよく知る者の言葉だからか、それとも近年のバルセロナRのバカげた攻撃力とそれによって起こした逆転劇が記憶に焼き付いているからなのか──
「バルセロナRが、世界最強の攻撃陣が、ここオルグージョで敵を無傷のまま返すなど、ありえないのだから」
◆◆◆◆◆
後半開始のホイッスルが鳴り響く。ジークが触れたボールを鷲介は後ろに入りフランツへ渡し、移動する。
「ポジションを変えたんですか」
「ああ。お前の相手は俺が一番、慣れているからな」
そう言って鷲介に前に立ちはだかったのはクリストフだ。
前半が終わり苦々しい表情をしていたかつての先輩だが、今は試合開始前と同じ自信と戦意に溢れた顔つきだ。
エドガーとのポジション変更だが、特に驚くようなことではない。二人ともSBならば右左問わずこなせる選手だからだ。
「そうですか。今度はあっさりと突破されないでくださいよ」
「わかっているさ。高い勉強料を支払ったからな」
鷲介の挑発にもクリストフは不敵に笑う。
改めてバルセロナRイレブンを見る。控室に戻るとき大半がクリストフと同じような顔をしていたが、今はクリストフと同じくやる気満々と言った風だ。
さて後半、Rバイエルンは3点と言う大きなアドバンテージがある。故に前半同様カウンター狙いの動きを取る。
そして3点差を追いかけるバルセロナRだが、後半十分まで様子を見て鷲介は眉根を潜めた。彼らもまた前半と同じサッカーを展開してきたからだ。
(ゴールを奪う必要があるとはいえ……。もしあと1点取られたら敗北は必至だぞ?)
そう思う中、バルセロナRは失点を恐れない果敢な姿勢でRバイエルンゴールに迫る。
後半7分、クリアボールを拾ったアンドレスとディエゴによる連続ワンツーで中央突破、最後は右ハーフレーンにいたアルフレッドからの横パスをロナウドがスルーし、左ハーフレーンから突っ込んできたアルベルトがダイレクトでシュートを放つがゴールバーに弾かれる。
ディエゴからドミニクがファウルすれすれの荒いタックルでボールを奪いRバイエルンのカウンターが発動した後半15分。フランツ、エリック、ジークがボールをつなぎ最後は裏に抜け出たボールに飛び出す鷲介。
しかしそれを呼んでいたクリストフが立ちはだかり、さらにカルロスが急接近して挟み込みボールを奪取。バルセロナRのショートカウンターが発動。クリストフがRバイエルンの左サイドに送ったボールをラルフが収め、彼はすぐさまブルーノの後ろにスルーパスを出す。
それをアルフレッドが飛び出しゴールラインを割るギリギリのところでボールを抑えマイナスにラストパス。最後ディエゴはシュートを放つが間一髪、間に合ったクルトのブロックでボールは弾かれる。
その直後の後半17分、アンドレス、アルベルト、ラルフ、ロナウドの四人がオルグージョのサポータを沸かせる。Rバイエルンのセンターサークルを越えようとしたボールをカットしたアンドレスは下がってきていたアルベルトにボールを渡す。
近くにいたドミニクが激しくぶつかるが、強靭な肉体による優れたキープ力を持つアルベルトは倒れずボールをキープ、寄ってきたロナウドにパス。パスを受けたロナウドはラルフとのワンツーで裏に抜け出しペナルティエリアに侵入、ダイレクトシュートを放つ。
右ハーフレーンから放たれたシュートはバナナシュートのような軌道を描きRバイエルンゴール上部右隅に向かう。だがそれを察知したアンドレアスの伸ばした手がボールを弾き、何とか守り切る。
(相変わらず激しい攻撃……! だがこの調子ならこのままいける!)
前半同様、危険なシーンやチャンスを生み出すバルセロナRだが、クルトたちDF陣の集中は切れるどころか増しており、パスやドリブル突破を防ぐ回数は増えている。またRバイエルンのカウンター攻撃も幾つか惜しいものがあった。
そして後半20分を過ぎたあたりでスタミナが無くなってきたのか、ようやくバルセロナRイレブンの攻撃スピードが落ち始める。それを見て鷲介は止めの一発を叩き込もうと意気込んだそのときだった。クリストフの元へボールがやってくる。
(チェック!)
すぐさま動き出す鷲介。しかしクリストフは即座にボールを蹴る。
誰に出したかと思い振り向く鷲介。そしてボールの飛んだ先を見てぎょっとした。今までのような近くの味方ではなくRバイエルンのゴール前に飛んだからだ。
ボールに反応するのは飛び出したロナウドと並走するブルーノ。ロナウドが先にボールに届きトラップするがその直後、ブルーノが距離を詰めた。
(奪える)
鷲介は確信する。ロナウドはトラップも鷲介より上手いが40メートル近い超ロングボールを自在に操れるレベルではない。
そんな技術の怪物はラウルだけ──。そう鷲介が思ったその時だ、眼前の光景を見て鷲介は絶句する。
右足でボールトラップしたロナウドは突っ込んできたブルーノの股間にボールを通し、自らはブルーノの後ろに回りこむ。そして慌てて動いたアンドレアスの左に右足でシュートを放ち、ゴールをネットに突き刺した。
◆◆◆◆◆
「……!」
鷲介は総身を震わせる。1点返されたことや、今スタジアムがバルセロナRサポーターの狂喜の声に支配されていることが理由ではない。
今見たスーパープレーは確か今季の前半戦のクラシコでラウルがバルセロナRからゴールを奪ったプレーそのものだったからだ。
「何で、ロナウドがあれができるんだ……!?」
後ろから飛んできたボールの落下地点を完全に予測。さらにボールの勢いを最初のトラップで完全に殺し、迫ってきたDFの股を抜いてのシュート。
それら三つの動作がよどみなく綺麗につながって完成されたスーパーゴール。あんなプレーができるのは”ゾディアック”でもラウル一人だけ。世界中のスター選手でもいったい何人ができるだろうか。
「やれやれ。この土壇場で成功したか。
まぁロナウドらしいと言えばらしいが」
聞こえてきた声に鷲介は反射的に振り向く。クリストフが微苦笑を浮かべている。
「ロナウドの奴、クラシコの後あのプレーをモノにするってリーグ戦やCLの試合でも何度かやっていたのさ。
まぁ予測はともかくトラップとシュートの連動に苦労していたようだが」
「こんな状況で、今までできなかったプレーにチャレンジしたっていうんですか……!?」
「それがロナウドってやつだ」
ごく当たり前に言うクリストフを見て、鷲介は頬を引きつらせる。
0-3と言う状況で一度も成功したことがないプレーに挑む何て馬鹿げてる。そう言おうとしたがそれが負け惜しみでしかないことに気が付き、無言で背を向けて自陣に戻る。
そしてその最中、チームメイトたちと笑いながら戻ってきているロナウドと目が合う。相も変わらず無邪気な笑みを向けてくる彼に無性に苛立ち、視線を逸らす。
(落ち着け。まだ2点差ある。
それに俺たちがゴールを決めれば再びの3点差だ……!)
心中の動揺を鎮めようと自分に言い聞かせる中、笛の音がピッチに鳴り響く。
ようやく1点返したバルセロナRは息を吹き返したように怒涛の攻勢に出る。パスが繋がれ臙脂色のユニフォームが多く敵陣で動き回る。最終ラインも自陣センターサークルまで上がってくるという異様な高さだ。
バルセロナRの攻撃にRバイエルンは押される。敵チームの勢いが予想を超えて凄まじいのか、ホームサポーターの歓声がかつてないほど大きくスタジアムに響いているせいか。
その二つもあるだろうが、最大の理由はバルセロナRの攻撃がティキタカだけでなくなったことだ。ショートパスをつなぎつつもロナウドのゴールの時のようにロングボールを蹴ってきたり、またサイドにボールを蹴って攻撃を展開し始める。
その微細な変化にRバイエルンDF陣の対処はわずかに遅れ、その小さなずれが積み重なっては守備陣に穴をあけ、そこにバルセロナRのアタッカーたちは突っ込んでいく。
また動き回るバルセロナRイレブンの中で特に得点直後、ラルフと交代で入ったブラジル代表のマルセロ・ダ・クルスの運動量が凄まじい。22歳と言う若さでありながらクラブ、代表でも豊富な運動量を持つと言われている彼はそれを十全に発揮し、あちこちにやってきては味方にボールをつなぎ、またRバイエルンの反撃を阻害する。
しかしギリギリで耐え忍ぶRバイエルンにも反撃のチャンスがやってくる。後半25分、アルベルトから奪ったボールをフリオ、フランツ、アントニオが鷲介の元へ繋ぐ。
右ハーフレーンで相手ゴール前に振り向く鷲介。そこに立ちはだかるクリストフ。
(邪魔だ……!)
剣呑な目つきを向けて鷲介は動く。体を軽く揺らしクリストフが動いた直後、右に切り返す。
わずかに遅れながらも反応するクリストフ。しかし鷲介はそれを見越していた。クリストフの股間にボールを通し、その横をすり抜ける。
ロナウドのゴールのお返しだ。そう心中で呟きながらボールを足元に収めようとした時だ、左手側から姿を現したアンドレスがスライディングで先にボールに触れ、こぼれたそれをカルロスがRバイエルン陣内に蹴り上げる。
「見事な突破だ。──予測通りで助かったよ」
立ち上がりながら言うアンドレスの言葉に鷲介は嵌められたことに気が付く。
悔しがる間も惜しみ、鷲介はすぐさま自陣に視線を向ける。カルロスが蹴ったボールはRバイエルン陣内にいたディエゴが収め前を向く。
進路をふさぐドミニクにディエゴは右に切り返しドリブル突破を試みる──と見せかけて後ろを見ずに踵でバックパス。それをマルセロがドミニクの背後に浮かせ、そこに飛び出したディエゴが左ハーフレーンにダイレクトでチップパスを放つ。
ボールに反応するのは左にポジションを移動していたロナウドとジェフリーだ。ペナルティエリアギリギリ外でボールを収めゴールに向かおうとするロナウドだが、間一髪間に合ったジェフリーの巨躯が激しいショルダーチャージを食らわせる。
しかしロナウドは倒れない。まるでカールのようなフィジカルをみせた彼は、ジェフリーのチャージの勢いを利用してペナルティエリアに侵入、シュートを放つ。
だがジェフリーのチャージを完全になかったことはできなかったのかシュート態勢はやや崩れており、撃ったシュートもアンドレアスの正面に飛んで彼のグローブが弾いてしまう。
零れるボールにアルフレッドが真っ先に近寄りゴールに押し込もうとするがクルトが体で壁となってボールを弾き、ゴールから遠ざける。
だがそのボールをまたしてもバルセロナRの選手が、10番を背負うディエゴが拾ってしまう。
ドミニク、クルトが一気に挟み込もうと距離を詰めた。だがディエゴはゆったりとした動きで彼らを突破してしまう。
「……!」
決して速いわけではないディエゴのドリブル。だがミカエルのような精密なボールコントロールに加え、彼にはない独特のリズムで二人に触れさせることなく抜き去ってしまう。
そしてペナルティエリアに侵入したディエゴのシュートはアンドレアスの脇を通過し、優しくネットを揺らしてしまった。
後半31分の表示がされている電光掲示板のスコアが2-3に切り替わり、スタジアムの熱気がさらに高く、熱くなる。そしてそれを力に変えているかのようにバルセロナRイレブンは試合終盤とは思えないほど動き、正確なパスでRバイエルン陣内に攻め込む。
その苛烈な攻勢にRバイエルンの面々はとうとう反撃もままならない防戦一方となる。ボールを奪いカウンターをしようにも側にいるバルセロナRの選手たちがすぐさま寄ってくる上、それらをかわしてロングボールを蹴りこんでもクリストフやエドガー二人によってオフサイドの網に引っかかってしまう。
(敵陣に大半の選手を突っ込ませてのハイプレス……! 一度でいい、ボールが通れば俺が走るのに……!)
今しがたオフサイドにかかった鷲介は自陣に飛んでいくボールを見ながら思う。
押されているRバイエルンも劣勢を覆そうと一気に三枚替えを行う。疲労が見えてきたドミニクとフリオ、ブルーノに変わりロビンとアンドリー、ウーヴェが投入。三人は初っ端から全開でピッチを走り回る。
しかしそれでも声援に押されるバルセロナRの勢いは完全に殺せない。チームの勢いもあるが、ロビンたちがピッチに入ってすぐ、バルセロナRが新たにフィールドに送り出した二人の選手がチームの攻めをけん引しているからだ。
アルベルトと交代したフランス代表FWのオリヴィエ・ヴァラン、マヌエルと交代したスペイン代表FWのラファエル・マルティン・トーレスだ。
21歳のオリヴィエはアルベルトと同じく強靭なフィジカルを持ち、どんなプレーもこなせる万能型ストライカー。疲労が見えてきたロナウドやアルフレッドの代わりにボールキープしては味方に散らし、Rバイエルンボールになるやボールホルダーにすぐさまプレッシャーをかける。
ロナウドからスタメンを奪われサブに降格した31歳のラファエルだが中盤もこなせるテクニカルなFWで、マルセロと同じようにピッチを走り回りながらも前線や中盤のディエゴ、アンドレス達に正確なパスを供給する。
「残り五分だ! なんとしても耐えきろう!」
連続二回目のCKの時、フランツがいつにない大声を上げる。
アンドレスの正確なキックが再びRバイエルンゴール前に上がる。オリヴィエ、ラファエルが競ろうとするも必死の形相のジェフリーがわずかに先んじて頭でクリアーする。
だがボールはペナルティエリア外にいたラファエルが拾い、ダイレクトシュートを放ってきた。足でボールを弾くロビン。だがそれをロナウドが収めてしまう。
(これ以上好きにさせるか……!)
下がっていた鷲介が寄っていくが、それより早く彼は前に進む。
混戦状態のRバイエルンゴール前からフランツやアントニオたちが飛び出しロナウドに迫る。さらにシュートを撃たせまいとロビンが正面を塞ぐ。
ドリブルで前に進めずシュートを打っても弾かれる。そう鷲介が確信した次の瞬間だ、ロナウドはディエゴのような細やかでゆったりとしたボールタッチによるドリブルでフランツたちをかわしてしまった。
いや、鷲介の目にはディエゴと言うよりも、ミカエルのドリブルを思わせるテクニックドリブルに見えた。
(何なんだ……。何なんださっきから!
こいつは一体、誰なんだ!)
ラウルのテクニカルトラップとシュート。カールのパワーによる強引なドリブル。ミカエルの細やかなボールタッチによる突破。
まるで彼らが出現したかのようなプレーのロナウドに、鷲介は心中で絶叫する。
フランツ達を突破したロナウドはロビンが距離を詰めるより早く、斜めの浮き球を放る。それを飛び出したオリヴィエが頭で合わせるがゴールバー上部に弾かれる。
跳ね返ったボールを拾い抑えるクルト。しかしその直後にアルフレッドの右足が激突する。歯を剥きだしにしてクルトが踏ん張るが、アルフレッドは字の”赤獅子”のような形相でクルトを吹き飛ばし、強引にボールをRバイエルンゴールに蹴りこんだ。
「……! 今のファウルだろ!」
バルセロナRサポーターの大歓声を聞きながら鷲介は主審に抗議する。同じようにチームメイトたちも詰め寄るが主審は首を横に振るだけだ。
「くそがっっ!」
残り五分と言うところでの同点ゴールに鷲介は日本語で吐き捨てる。
だがRバイエルンの悪夢はまだ終わらない。なんと同点ゴールの際、アルフレッドに倒されたクルトが右足を抑えて立ち上がらないのだ。
すぐさまチームドクターがやってきて診察。幸い怪我は捻挫らしいのだが、この試合でのプレーは不可能と判断。担架にクルトを乗せてピッチから去って行ってしまう。
クルトがピッチから去った直後、監督より指示が下る。大仰な手ぶりで彼は全員下がるように命じる。
チームメイトも歯ぎしりする鷲介もそれに従う。クルトの治療でおそらくロスタイムは5分はあるだろう。現在後半40分。すなわち約十分は試合時間が残されているのだ。
そのうえで更に一人少ないこの状況。引き分けを望むことに誰が異論を唱えられようか。
(守り切る……! なんとしても!)
強くそう思いながら後半5度目のキックオフの笛の音を聞く鷲介。
Rバイエルンは全員が自陣に下がりシステムも5-4-0と言う完全なドン引き状態になる。ボール保持時はひたすらパスかキープに徹し、バルセロナRボールになった時は相手にプレッシャーをかけず、ジェフリーやフランツのコーチングを聞きながら守りを形成する。
当然バルセロナRは亀のように引きこもったRバイエルン陣内に好き勝手に動き回る。だが徹底してドン引きしたRバイエルンに対し今までのような勢いで攻めれない。
アウェーチームのあからさますぎる守りに当然オルグージョのバルセロナRサポーターは激怒、大ブーイングが沸き起こる。しかしそれを浴びながらも鷲介たちは冷静に、落ち着いてボールを回し、キープすることを徹底する。
そうしているうちに試合時間は過ぎ、6分表示されたロスタイムも大半が消費される。
そしてロスタイムが1分を切った時だ、Rバイエルン陣内中央でボールを収めたロナウドは小さく息を吐くと右腕を振り上げ、手招きする。
するとバルセロナRイレブンが前に出てくる。だがその高さに鷲介は大きく目を見開く。
すでにGKを除くバルセロナRイレブンは全員がRバイエルン陣内にいる。だがさらに前に出てきた彼らの最終ラインの位置は、Rバイエルンのセンターサークルの前だ。
(何なんだ、このラインの高さは……!?)
いくら攻勢に出ているとはいえ。いくら逆転弾が欲しいとはいえ。いくら残り時間が短いとはいえ。
あまりにも常軌を逸したバルセロナRの前進を見て、鷲介は思わず一歩引いてしまう。──そしてそれと同時に、ロナウドがドリブルを始める。
すぐさまロビンが立ちはだかるがロナウドは鷲介がよくやる緩急の利いたフェイントで彼を抜き去り、続くアントニオはスピードで強引にかわしてしまう。
ロナウドのドリブル突破にチームメイトたちはすぐに動けない。彼のドリブルと同時、周囲にいたバルセロナRイレブンが一斉に前に走り出したからだ。
迂闊に飛び込めば他の選手にボールが渡ってしまい、下手をしたらシュートか決定的なパスを出される。皆そう思っているから二の足を踏んでしまう。
そんな仲間の判断に鷲介は何も言わず、自陣ゴール前に向かって走る。ロナウドがこのまま一人で行くと直感したからだ。
そして予想通りロナウドは後手に回ったRバイエルンイレブンを三人、四人抜き去る。サポーターの歓声を浴びながら右ハーフレーンからペナルティエリアに到達しようとしたロナウドの横から鷲介が突撃する。
(いくらお前でもかわせないだろ……!)
残りの力全てを振り絞っての鷲介の全力突撃。運が良ければボールだけ綺麗に奪え、悪ければ倒してファウルになるだろうが、そうなっても今の場所的にFKになる。
カードも覚悟して鷲介はロナウドに迫る。息苦しそうな彼の息遣いが聞こえる距離まで近づき、防いだと確信する。
しかし次の瞬間だ、なんとロナウドは動きを止めた。いや、下がっている。
(な……!?)
心の中で何故、と呟こうとした鷲介の目にロナウドの動きが映る。
彼は突っ込んできた鷲介とすれ違うように後ろへ後退する。いやその途中、体の軌道が弧を描く。
180度回転しながら動くロナウド。右ハーフレーンからセンターレーンに移動する。これは、この動きは──
(俺がブルーライオンCFC戦でやった、ルーレット……!)
突撃をかわされ、ピッチに倒れる中、鷲介は見る。ロナウドの姿が一瞬、自分にかぶったのを。
ルーレット終了と同時、ペナルティエリアに侵入したロナウド。アンドレアスが飛び出してきてはいたが、それと同時に彼が打ったシュートはアンドレアスの脇を抜け、ゴールネットを揺らした。
「……」
ボールがゴール内にあるのを見て、鷲介はただただ目を見開くだけだ。スタジアムを揺らすような大歓声も、バルセロナRイレブンの大喜びの姿も、頭を抱える仲間の様子にも反応しない。
ただ、ゴール内にあるボールを唖然と見つめていた。
◆◆◆◆◆
大歓声が響くエスタディオ・オルグージョに笛の音が二つ、鳴り響く。バルセロナRの大逆転ゴールと、試合終了を知らせる音だ。
「負けた……」
ピッチに倒れこんだ状態で鷲介は力なく呟く。
疲労ではない。今まで感じたことがない虚無感が体を支配しているのだ。
(負けた何で3点差から逆転負け20分で4失点アルフレッドのあれはファウルだ)
呆然としながら脳裏を言葉が無軌道に泳ぐ。
そうしていると突然、肩を強く叩かれる。
「どうしたんだい鷲介。怪我でもしたのかい?」
視線を向けると心配そうな顔を向けているロナウドの姿がある。
「鷲介? 鷲介! 大丈夫かい!?」
「……。ああ、平気だ」
ゆっくりと立ち上がり言葉を返す鷲介。
「いやー、凄い試合だったね。最後の最後まで、息一つもできないぐらい緊迫したゲームだったよ」
「そうだな……」
「俺のゴールがきっかけとはいえ、もしあれが決まっていなければ0-3のまま終わる可能性もあったわけだ。
やっぱり君やRバイエルンは強いね」
「ああ……」
「次はそっちのホームでの試合。今日のようなスペクタクルな試合になるだろうけど、次も勝たせてもらうよ!」
にこやかに言ってロナウドは背を向けて去っていく。そして彼は先程と同じ様子でジーク達に声をかけている。
「怖いだろう? ロナウドは」
声をかけられ振り向くと、困ったような顔をしたクリストフの姿があった。
「クリストフさん……」
「言っていることは挑発みたいだが、当の本人には微塵も悪気がない。
俺がRバイエルンにいた時に対戦した時と、変わっていない」
言われて鷲介は思い出す。一昨年のCL決勝トーナメント準決勝でもバルセロナRと対戦し、ロナウドの覚醒で逆転敗退させられたこと。
そして当時Rバイエルンのメンバーだったクリストフは、その当事者の一人であったことを。
「だがあれがあいつの強さだ。相手を認め賞賛しながらも、自分が勝つと疑わない。悪意なき傲慢。
本当に、怖い奴だよ」
賞賛するクリストフだが、その言葉に畏怖もある。
近い将来、W杯で戦う時のことを思い浮かべたのだろうか。
「クリストフさん、あいつはなんなんですか」
「どういう意味だ?」
「1点目が入った後、ゴール前にいるあいつの姿がカールやミカエル、俺の姿に見えました。
いや1点目のスーパーゴール、あれはラウルそのものと言ってもいい」
今日のロナウドは神懸かっていたとしかいいようがない。”ゾーン”に入った様子もなく同格とみられるカールたちのようなプレーを見せたのだ。
ロナウドがストライカーとして万能であることは知っている。だが少なくともストロングポイントにおいては彼らに若干、劣る選手だったはずだ。
”ゾーン”に入っていない状態で、今日のようなプレーをしたのは今まではなかった。
「何なんですか、あいつは……!」
あまりの理不尽さに鷲介は思わず食ってかかるような言い方になる。
クリストフは平静な表情で即答する。
「ロナウドだよ。あいつは。ロナウド・ジ・ソウザ・アシス・リベイロ。
バルセロナR所属のFWでお前と同じ”ゾディアック”だ。
ただあいつはお前を始めとする”ゾディアック”のアタッカーやストライカーたちと同等のストロングポイントを兼ね備えているだけだ。
いや、正確に言えば兼ね備え始めたというべきか。とにかく近い将来、そうなるだろうな」
「……そんなの、反則じゃないですか」
現時点でも世界トップレベルにある”ゾディアック”のアタッカー達。彼らが持つ長所を一人ですべて保持するなど。
いや、反則と言う言葉すら生ぬるい。理不尽としかいいようがない。
「俺もそう思うよ。だがそれが”ゾディアック”不動のNo1プレイヤーと言われる所以だろうな。
正直俺もその評価は過大評価だと思っていたが、そうでないことを認識させられた」
クリストフの言葉に鷲介は何も言えない。彼の言う通りだからだ。
”ゾディアック”|不動のNo1プレイヤー。そう、不動だ。たとえこの先自分がどれだけ成長しても、おそらく彼も同じかそれ以上に進化し続ける──
「次は久方ぶりにミュンヘン・スタディオンへの帰還だ。
それまでにその覇気の無い顔を何とかしておけよ」
そう言ってクリストフは去っていく。
今まで何十人もの凄い選手と相対した。だがどの選手にも今はかなわない。だが未来ではわからないという思いがあった。カールにミカエル、マルコたち”ゾディアック”でもだ。
だが今日、初めて、どうあっても敵わないと感じた。追いつけない、届かない、並ぶことさえ、できないと。
「勝てない……」
ぽつりとこぼした言葉。そこには絶望しかなかった。
リーグ戦 20試合 22ゴール8アシスト
カップ戦 2試合 1ゴール2アシスト
CL 7試合 10ゴール2アシスト
代表戦(二年目)7試合 13ゴール3アシスト




