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ダッシュ!!  作者: 浮雲士
第一部
9/193

U-17,ブラジル戦1

「みなさん、こんばんは。本日はU-17W杯グループ、日本対ブラジルの試合が行われます。

 実況は西倉が、解説は元日本代表FWの原田幸俊さんです。原田さん、よろしくお願いします」

「はい。こちらこそ。さてこの試合、なかなか面白い試合になると思います」

「やはり注目するのは柳鷲介選手でしょうか」

「藤中選手や志村、細谷といったメンバー。ブラジルにもジュニーニョを初めとする実力者はいますが、やはり一番注目を集めるのは彼でしょう。

 柳選手にとっては初めての代表戦。しかも相手はサッカー王国ブラジル。予選で圧倒的な強さを見せて一位通過した南米の王者相手にどのようなプレイを見せるのか。楽しみでしょうががありません」

「そのブラジルですが、エースのロナウド選手を怪我で欠いていますね。これは日本にとって大きいと思いますが」

「はい。非常に大きいです。何せ彼はすでにA代表にも選出されている正真正銘の怪物です。

 もし彼がいれば仮に日本が万全──怪我で辞退した中神選手がいたとしても勝つのは至難と言ってよかったでしょう」

「なるほど。ではチーム力としてはロナウド選手に匹敵する柳選手がいる日本有利と言う事ですか」

「いえ、日本も中神選手がいませんから純粋なチーム力ではブラジルがやや上回っているでしょう。

 U-17とはいえブラジル。日本では柳選手、藤中選手がプロであるようにロナウド選手がいないブラジルにも三人のプロ選手を擁していますからね」

「激戦は必至、ということですね」

「はい。どちらも非常に厳しい戦いを強いられるでしょう──」






◆◆◆◆◆






「うーん。やっぱり何度見ても立派なスタジアムだなー」


 バスの窓際の席で大きな声を上げる志村。彼の視界の先には今日U-17日本代表とU-17ブラジル代表との試合が行われるスタジアムがある。


「志村うるさいぞ。静かにしろ」


 イヤホンを耳から外したテツがまなじりを上げて言うが、志村は軽い調子で「ごめんごめん」と謝罪。テツの視線が鋭くなる。


「まぁ確かに立派ではあるな。さすがフランスリーグの名門チームが所有するところなだけはある」


 テツが怒りだす前に鷲介は会話に強引に割って入る。


「だよな! うーん、いつか俺もこんなスタジアムを持つ欧州の名門クラブでプレイしたいぜ~」


 くねくねと体を動かす志村。試合前だからかいつもよりテンションが高くウザい。

 テツのまなじりが下がらないのを見て鷲介はそばにいる細谷へ視線で助けを求める。


「この大会で活躍すればその可能性も上がるだろう。特に今日の相手はブラジル。強敵だが見に来ている各国のスカウトマンの目の前で俺たちの力を見せる絶好のチャンスだ。──志村、そろそろ落ち着け」


 ため息をつきつつも鷲介の救援要請を受け取ったのか細谷が言う。代表で長いことコンビを組んでいる相棒の言葉が効いたのかそれとも昂っていたテンションが落ち着いたのかわからないが、ひとまず志村は着席した。

 U-17ワールドカップフランス大会。昨日開催されたこの大会の参加チームは24。A~Fの六つのグループステージに分かれ、上位二チームは無条件で決勝トーナメント進出。また三位も他グループの同位チームの結果次第で決勝トーナメントへ行ける可能性がある。

 日本が所属するグループはグループE。ブラジル、セネガル、イングランドがいる。

 バスを降り更衣室で着替え、若き日本代表はピッチへ足を運ぶ。広々としたフィールドや観客席を見ながら鷲介は思う。


(こんなにも早くここでサッカーすることになるとはなぁ)


 このスタジアムは昨季、EFAユースリーグの準決勝が行われたところだ。ロート・バイエルンとイタリアの名門、ユヴェントゥースユースが戦い、からくもRバイエルンの勝利で終わった。

 懐かしさを覚えつつアップをしていると、視界に観客やサポーターの姿が映る。U-17にも関わらず客席は満席に近い。


(さすがサッカー大国ってところか)


 当然と言うべきか日本人の姿は圧倒的に少なく、サポーターの陣も小さい。一方のブラジルは日本よりは大きいが巨大と言うほどではない。サポーターの対比は日本4、ブラジル6といったところか。

 テツたち日本代表を見る。若干緊張気味のメンバーはいるようだが大半は平然としており、雰囲気は悪くない。志村が言っていたが今回の代表は下世代で国際大会を経験しているメンバーが多いらしい。そのせいだろう。

 さて相手チームのブラジルはどうか──。そう思ってちらりと視線を向けて鷲介はぎょっとした。それも当然だ。何しろU-17ブラジル代表の主力メンバー全員が鷲介を見ていたからだ。

 U-17ブラジル代表の主力は全員がブラジルリーグに所属するプロ選手だ。背番号10のジュニオール。MFとしてあらゆる能力が高い、U-17代表のエースだ。

 背番号11をつけているやや小柄なFWカルロス、俊敏性とシュートに長けたFWで予選では得点王ランキング二位の選手だ。最後が背番号6、CBのオリベイラ。190以上の長身であり屈強な体を持っているブラジルDF陣のリーダーだ。


(ううう、視線が強くなりやがった)


 彼らから視線を逸らしアップを続ける鷲介だが、心中で唸る。特に二十代と言ってもいい老け顔のオリベイラからの視線がきつい。さながら獲物を逃さないハンターのようだ。

 とはいえ、それもやむなしとも思う。彼らからすれば鷲介は格上であり、彼らのチームメイトでもあったロナウドと同格なのだから。 

 アップを終えて再び更衣室へ戻り着替えると、監督から改めてブラジルの情報やゲームプラン、スタメンを告げられる。それらを終えてフィールドへ行き国際試合開始前の定番、国歌斉唱が行われる。


「き~み~が~あ~よぉ~わぁ~」


 隣で声を張り上げる志村にやや気圧されつつも鷲介も国家を口ずさむ。あまり記憶にない日本国歌だったが昨夜同室だった志村や宮野が教えてくれたことで何とか覚えた。

 試合前の握手の時もジュニオール達からはもちろん、他のブラジルメンバーからの視線がきつかったが、鷲介はそれを面に出さず笑顔で対応する。


「よし、行くぞ。勝つぞ、ニッポン!」


 写真撮影を済ませた代表は自陣にて円陣を組み、キャプテン宮野の号令で声を張り上げる。相手が強豪ブラジル相手にも全く気負っていない皆を見て鷲介は微笑み、センターサークル付近へ近づく。

 快晴の空に鳴り響く主審の笛。ブラジルボールからのキックオフだ。日本のフォーメーションは4―4―2のボックス型。

 GKは宮野(背番号1)。DFは右から近藤(背番号3)、遠藤(背番号4)、大野(背番号2)、中村(背番号14)。中盤MFボランチは右は春野(背番号5)、左はテツ(背番号10)。右SMFは宮国(背番号13)で左SMFは志村(背番号7)。FWは右に鷲介(背番号9)、左は細谷(背番号11)と言ったメンバーだ。

 対するブラジルのフォーメーションも同じ4-4-2だが、中盤がワンボランチのダイヤモンド型だ。そしてジュニオール、カルロスはは予選と同じトップ下、右FW。そしてオリベイラだけが予選と違う左CBとなっており、鷲介へ鋭い視線を送っている。


(俺対策か? まぁいいけどな)


 自陣でボールを回すブラジルを見ながら鷲介が思っていると、さっそくブラジルが仕掛けてきた。ボールをキープしているガウディーノが上がってきた右SBのフェレイラへパスを出し、そのパスをフェレイラはダイレクトで日本陣地へ蹴り込む。

 ペナルティエリア近くまで飛んだロングボールを走っていたジュニオールはトラップすると同時に反転、追いかけてきたマークの春野をあっさりかわしてラストパス。早い浮き球はペナルティエリア右、それも大野、中村、宮野の三人が出にくい場所へ出され、そこへカルロスが走り込んでいる。


(シュートが来る!)


 鷲介が心の中で叫んだ直後、カルロスが小柄な体を跳躍──ばねのように沈ませ、離したようなジャンプ力を見せてジュニオールからのボールをヘディングする。

 ゴール右隅へ向かうボール。だが宮野が反応しており何とかパンチングでコーナーへ逃れた。


(早速やってくれるな)


 開幕速攻の先制点を免れ、鷲介は安堵の息をつく。ブラジルの攻撃は主に二つ。一つはボールポゼッションを高めたまま敵陣へ進攻するのと、もう一つが今のような少ないパスで敵陣へ強襲する攻め方だ。

 この二つはフル代表でもよくみられるもので、ブラジルの伝統的な攻め方はどうやらU-17という若手にもしっかり浸透しているようだ。


(それじゃあこっちもやるとしましょうか)


 ブラジルサポーターからの歓声を受けてより気迫が増すセレソンを見て鷲介は思い、ブラジルの最終ラインすぐそばまで近づく。

 ジュニオールの正確なCKはテツがヘディングで跳ね返す。こぼれ球を拾われるが幾度かのボールの奪い合いの後、志村が足元に収める。


「こい!」


 走り出す鷲介へ志村からのロングパスが向かってくる。ワントラップで足元に収めたところへオリベイラと右SBのエジウソンが同時にボールを奪いにやってきた。 

 それを鷲介は横目で確認すると二人に向かって突撃。よもやまっすぐ向かってくると思っていなかったのか一瞬固まるオリベイラたち。鷲介はそれにかまわず左右に体を振り右に抜け出すと同時に加速する。

 鷲介の動きにオリベイラだけはすぐ反応していたが、エジウソンはワンテンポ遅れて鷲介を見る。その一瞬でトップスピードに移行した鷲介は右サイドを爆走する。


『逃さん! ●●●●●●●●●●●●──!』 


 こちらを追いつつも何か指示を出すオリベイラ。少しはポルトガル語が分かる鷲介だが相手が早口なので詳細までは分からない。

 ペナルティリア横まで突き進んだ鷲介だが、再びオリベイラたち二人に囲まれる。彼らを見つつゆっくりとボールをキープする。


(なるほど。俺のことをよく知っているようだ)


 囲みつつも飛び込んでこないのを見て鷲介は思う。もしどちらかが下手にボールを奪いに来てくれればそれをかわし、もう一人もちょんちょんにしてフリーになるのだが。

 とはいえ鷲介としてはブラジルの守備が固まるまで待つことは当然しない。サイドラインぎりぎりまで近づくと右に体を揺らす。その動きに二人が反応し、両者の間が開いたのを見て、ボールをその間に通す。

 鷲介からのボールを受け取った宮国。彼はしばしボールをキープすると左へパス。転がったボールの先には志村がいるが彼はそれをスルー、上がってきたSBの中村が足元に収め、左サイドにいた細谷へダイレクトでパスを出す。

 日本の攻撃もブラジルと同じポゼッションサッカーだ。アジア予選ではテツや志村、そして中神らを中心にした多彩なパス回しと動きで相手チームを破ってきた。


「こっちだ!」


 ゆっくりとペナルティエリア中央に移動していた鷲介は細谷がフェレイラをかわすと同時に加速、ペナルティエリア左へ侵入する。

 こちらの声が聞こえたのか練習の成果か、細谷は希望通りセンタリングを鷲介に向かってあげた。やや精度の欠いたボールが来るが鷲介はそれをトラップし、ゴールを向く。

 ペナルティエリアはオリベイラたちブラジルDFたちが大勢おり大混雑していた。そしてすぐ正面からカリストがボールを奪いにやってきている。


(遅せぇよ)


 鷲介は嘲笑うと右に加速する。鷲介の最高速にまったく反応できていないブラジルDF陣を見つつ、空いているゴール右へシュートを打つ。

 グラウンダー製のシュートは一度地面に当たりさらに加速し、狙い通りゴールの右サイドネットを揺らした。






◆◆◆◆◆






「かっ開幕いきなりの先制ゴーーーーール! 日本としても柳選手としてもファーストシュートで早速ゴールを奪いました!

 まだ時間は前半五分を経過したばかりですっ……!」

「トップスピードを維持した上でのあのシュート。文句なしの満点です」

「ですがひとつわからないことがあります原田さん。柳選手はなぜああもあっさりとシュートすることができたのでしょうか。

 確かにゴールが決まった右側にコースはありましたがブラジル代表の選手たちはGKを含めて四人も前に居ました。あれだけいればシュートを打つ前にコースを消すことも、またシュートを打っても跳ね返すこともできると思うのですが」

「単純な話です。そうさせる前に柳選手が動いたのと、それができないほど柳選手が速い。それだけのことですよ」

「なるほど。確かに柳選手の速さはドイツリーグでも有名ですね。出場した試合でも一部の選手を幾人もそのスピードで振り切っていましたし」

「いえ単純な速さと言う意味だけではありません。彼は全てにおいて速いんです。プレイはもちろん思考や判断といった思考が」

「思考、ですか?』

「はい。スペインリーグやイングランドリーグといった世界トップリーグの選手のプレイスピードが速いとされるのは日本人選手より基礎がしっかりしていることや、ただ単純に速く動いたりボールを回したりしているだけではなく、速く動くために考えや判断力も高速化しているためなんです。

 今の日本の技術は世界とさほど差はありませんが、それでも日本のその技術が世界の強豪に通用しない理由の一つはそこにあります。いくら素晴らしいテクニックやパスワークを持っていてもそれが遅ければ、また来るとわかっていれば対処は容易ですからね」

「なるほど。では柳選手のその速さはやはりドイツリーグで培われたものだと言う事でしょうか」

「それがそうでもないんです。柳選手が出場したドイツユースリーグや欧州ユースリーグの試合をいくつか見ましたが、一年ほど前の試合でも今のようなプレイをときどき見せていました。現在のようになったのは半年ぐらい前の試合ですね。

 何がきっかけかまではわかりませんでしたが、ただ今言えるのは柳選手の思考速度はドイツリーグを始めとする欧州のトップリーグの水準以上と言っても過言ではないでしょう。これにはさしものU-17ブラジル代表も手を焼くでしょう」

「なるほど。それでは柳選手が再びゴールを決めるのを期待しながら試合を見るとしましょうか──」






◆◆◆◆◆





「ナイスゴールだ、柳」

「おう!」


 志村たちにもみくちゃにされ、戻ってきたヤナギに鉄一は声をかける。彼が掲げた手を止む無くたたく。


「さてそろそろ落ち着けよ。まだまだ時間はあるし、何よりブラジルのイレブンを見てみろ。凄い顔をしてるぞ」


 鉄一の言葉にはしゃいでいた志村たちが敵陣の方を見る。こちらを見ている若きカナリア軍団は憤怒の形相となっている。

 まぁ無理もない。U-17代表とはいえ彼らはこの大会では幾度も優勝候補に数えられ、制覇した経験もある。一方の日本はいいところまでは行くが最高成績はベスト8どまり。いわば格下だ。

 いくら”ゾディアック”たるヤナギがいたとしても早々点は取られないと高をくくっていたのだろう。それがいざ試合となればこれである。おそらくは日本よりも、油断した自分たちへの怒りで胸がいっぱいなのだろう。

 ブラジルのキックオフで再開すると、やはりと言うべきか、ブラジルは前に出てくる。日本と同じポゼッションサッカーで攻めてくるブラジルだが、日本が走力とパス回しで展開するのに対して、彼らは軽快なパス回しと個人技で攻め入ってくる。そしてその中核というべき選手は10番のジュニオールと9番のカルロスだ。

 ボールを足元へ収めたジュニオールへ鉄一はボールを奪うべく迫る。彼は前を向くとリズムあるフェイントで体を左右に振るい、左に抜け出そうとする。


(させるか!)


 それを見て鉄一はすぐさま彼の方へショルダーチャージをくらわす。姿勢を崩したジュニオールを見てボールに足を延ばす鉄一。

 だが鉄一の脚がボールに届く前に、近くにあったジュニオールの脚が動き、ボールを蹴った。ボールは鉄一の両足の間を転がり、そして斜めに体勢を崩していたジュニオールもその体勢から180度反転し、再びボールをキープする。


(また抜き……!)


 再びジュニオールへ追い縋ろうとする鉄一だが、それより早く若きセレソンの10番はパスを出す。速く強いパスを受け取ったのは右SMFのビダウだ。

 彼は軽快な動きで日本陣内を突き進み大野、中村がつめてくると内に切れ込むと見せかけて二人の間を抜くパスを出す。それを受け取ったのは彼をいつの間にか追い越していたSBフェレイラだ。

 

「ゴール前、集中しろ!」


 鉄一が戻る中、フェレイラはさらに陣深く切れ込み、追ってきた中村をかわしてセンタリングを上げる。グラウンダー製のボールに飛び込んだのはまたしても9番、エースストライカーのカルロスだ。


『もらった!』


 身長165と言うサッカー選手にしては非常に小柄なカルロスだがスピードと俊敏性はかなりのものだ。マークである遠藤を振り切っている。

 ダイレクトでシュートを放つカルロス。前を塞いだ大野が体を張ってシュートを防ぐが、そのこぼれ球をペナルティエリアのギリギリ外まできていたジュニーニョが拾うと迷うことなく右足を振り切った。

 ボールは空いているゴール左上に飛ぶ。だが宮野が伸ばした手にボールが当たり、こぼれたボールを遠藤が拾い、中村につないで、大きく前へボールが飛ぶ。


「細谷、頼む!」


 クリアされたボールに駆け寄っていく細谷とブラジルのCBカリスト。ボール落下地点で両者は同時に跳躍した。

 僅かに高かった細谷はヘディングでボールを後ろに戻す。そのボールを志村が抑えるが、すぐさまブラジルのボランチ、ガウディーノが距離を詰めてきた。

 奪おうとするガウディーノに対して志村はいつもの緊張感のない顔で向かって行くと、先程鉄一がジュニーニョにやられたときのように、あっさりとガウディーノをかわして前に出る。

 志村は現在のU-17日本代表の中で柳を除けば個人技に最も優れた選手だ。一対一となれば鉄一でも簡単には止められない。


「いっくぞーヤナ!」


 志村が柳のあだ名を呼んで敵陣の右深くにパスを出す。ボールの行く先には柳、そしてブラジルDF陣の中核、守りの要であるオリベイラとSBのエジウソンの姿がある。

 動き出す三人。だが当然と言うべきか柳が真っ先にボールに触り、ブラジルゴールの方へ振り向く。そこでオリベイラとエジウソンが迫るが、柳は合宿や練習試合、そして先程見せた加速とそれの勢いを乗せたドリブルでエジウソンをあっさりかわしてしまう。


(U-17とはいえ仮にもブラジル代表。それがああも相手にならないとはな)


 改めてヤナギの段違いの技量に驚く鉄一。オリベイラは距離を詰めてくるがエジウソンの二の舞にならないよう注意しているのか、ボールを奪おうとせず一定の距離を保ち、同時に柳をラインの方向へ誘導している。


「柳、ボールを戻せ!」


 近くまで上がってきた鉄一がそう叫ぶと再びエジウソンとオリベイラに囲まれつつあった柳はこちらを見る。彼は頷かずにっこりほほ笑むと、自らオリベイラとの距離を詰めた。


「馬鹿! いくらなんでも」


 無謀、と言う言葉は続かなかった。なぜならば柳は一瞬で加速するとオリベイラ、そして戻ってきたエジソンをかわして前に出たからだ。


「……!」


 その光景にさすがに鉄一は言葉を失ってしまう。凄まじく速い動きとキレ、そしてそれを殺さないドリブル。まさしくワールドクラスのプレイだ。

 二人をかわしてペナルティエリアに近づく柳。横からカストロが迫っているのを見た鉄一はその後ろに走り込んでいた細谷を見て、柳に声を掛けようとする。

 だがその前に彼はペナルティエリア外からミドルシュートを放った。勢いがあるシュートはゴール左へ向かうが、ブラジルGKアベルがパンチングで弾き、何とかコーナーへ逃れた。


「まったく……大した奴だ」


 細谷と会話する柳を見て鉄一は賞賛と呆れが入り混じったため息を漏らすのだった。







◆◆◆◆◆






 落下してくるボールに駆け寄る日本とブラジルの選手。競り合いの後ブラジルのCMFセルジオがボールをキープするが、それを日本のプロ選手であるフジナカが激しい当たりで奪い返す。

 ドリブルしてくる彼へジュニーニョはボールを奪い返そうと距離を詰めるがフジナカは左サイドへパスをだす。それを足元に収めた背番号八番、脳天気そうな顔をした日本の選手はゆっくりではあるがブラジルゴールへ近づいてくる。

 その選手へフェレイラとカリストが近づく。距離を詰められた日本の選手は外に向かっていた動きを中に反転、斜め前にいるヤナギの方を向く。

 それをみてマークについているオリベイラを初めブラジルDFたちの間に緊張が走る。パスを出す八番。だがそのボールはフェレイラの頭上を越え、そこに15番の日本のSBが走り込んできた。

 裏を取られた形に慌ててフェレイラが戻っていく。その間にペナルティエリアに近づくフジナカ。ペナルティエリアに入るヤナギ。日本の選手も動き回ってはブラジルゴール前をかき乱す。

 コーナ前でフェレイラのフォローに回ったカリストと日本の15番が一対一となった。相手もなかなかやるが対人能力では定評のあるカリスト。前へは行かさずパスも出させない。

 悔しげな表情で横にパスを出す日本の15番。そこへ日本の八番とフェレイラが駆け寄ってきた。先に触る日本の八番からボールを奪おうとするフェレイラだが八番は即座に右へパス。

 ペナルティエリアの正面、やや左側に流れたボールへ駆け寄ってきた人物を見てジュニーニョは血の気が引いた。ヤナギだ。


「ヤナギだっ!」


 誰かが焦った声を上げる。ヤナギは足元にボールを収めるとぱっと前を向き、ドリブルを仕掛ける。だが今日の試合、何度も相手をしているオリベイラの彼のスピードに慣れたのかすぐさま前を塞ぎ距離を詰める。

 だがヤナギは強引にドリブル突破すると思っていたジュニーニョの予想とは違うプレイを選択した。左に動いた直後、左足で右にパスを出す。ぽっかり空いたそのスペースへフジナカが走り込んできた。


「アベルっ!」


 ジュニーニョがGKの名を叫ぶと同時に、フジナカがシュートを放った。勢いよくブラジルゴール──枠内へ迫るボール。だが軌道は逸れてゴールポスト上部に直撃、ラインを割る。

 悔しげな素振りを見せるフジナカとそれを励ますヤナギ。一方でオリベイラたちは安堵の息をついている。前半二十分が経過した現在、スコアは1-0。日本のリードのままだ。


(まさか、僕たちブラジルが日本に押し込まれているなんてね)


 心中で唸るジュニーニョ。日本の先制点の後、当然のことながらブラジルは攻勢に出た。だがその時間は長く続かなかった。理由はただ一つ、ヤナギだ。

 ずば抜けたスピードとそれを殺さないドリブル。そして判断力の速さにて繰り出されるパス──連携不足なのか、合わないものが多いが──や動きだしによって上がるはずの両サイドバックやガウディーノ達ボランチは釘付けとなってしまったのだ。

 何より先制点直後に見た彼のプレイ。あれがジュニーニョはもちろん他のメンバーにも焼き付いているのだろう。もし両サイドバックやボランチの上りを許していればそこの穴をヤナギが突き、追加点を喰らってしまうと想像しているのだろう。


(”ゾディアック”──。あのロナウドやミカエルと同格なのは伊達じゃないってことか)


 ブラジル、アルゼンチンが誇る神童二人と並び称されるヤナギ。改めて恐ろしい敵だと思う。

 だが、このまま終わるほどブラジルは──ジュニーニョたちは弱くはないし脆くもない。何より自分たちはヤナギたちゾディアックの恐ろしさを身近で、そして南米予選で嫌と言うほど知っている。

 彼ら二人に比べれば、ヤナギはまだなんとかなる。そして反撃の状況はすでに整っている。日本自身が整えてくれた。

 アベルからのゴールキックが空に舞い敵陣深くへ飛ぶ。ブラジルの長身FWジルマールと彼とさほど変わらない背番号5のCB──確かエンドウ──が競り合う。

 競り勝つジルマール。こぼれたボールをビダウが拾い、左サイドのジュニーニョへパスを出す。

 ボールが来る中、ジュニーニョは接近してくる日本のDFはもちろん、日本の陣形、敵陣にいる味方を確認。仕掛けることを決める。


「ボールヲヨコセ!」


 ボール何とかと言いながら近づいてきた敵DFの動きを見てジュニーニョは半歩前に出て、少しジャンプする。狙い通りビダウからのボールが胸元に収まると同時に敵DFをかわしたジュニーニョは前に出る。

 左サイドを駆け上がるジュニーニョを追ってきたのはフジナカだ。難敵の登場にジュニーニョは一瞬眉根をひそめるが、全く慌てず軽く体を左右に揺らしてタイミングをずらすと横にパスし、そのボールを上がってきたガウディーノがダイレクトで敵陣深くの右サイドへ蹴り込む。

 ボールの元へ走るのは先程ジュニーニョにパスを出したビダウだ。彼もチーム内ではなかなか足が速い。日本DFも近づいてくるがビダウがDFよりも速くボールを足元に収めると、近づいてきたDFをスピードに乗ったドリブルでかわす。


「マズイ!」


 ペナルティエリアに侵入したビダウを見て日本代表の面々は顔色を青ざめさせる。ビダウへ慌てて寄って切る日本のDFだが、遅すぎる。そして前がかりになっていたためか守備の人数も少ない。こちらの速攻に対応しきれていない。

 ビダウはDFが距離を詰める前に左のマイナスへグラウンダーのパスを出し、そのボールをセルジオがダイレクトで日本のペナルティエリアへ蹴り込む。そのスルーパスに真っ先に駆け寄ってくるのは”山猫”の異名を持つチーム一のスピードと俊敏さを持つカルロスだ。

 背番号6を背負う日本のDFも近づいてくるがやはりカルロスの方が速く、彼は利き足の右足を思い切り振りきる。ゴール右へ飛んだボールに日本のGKも反応していたがそれもむなしく、ボールはネットに突き刺さった。

  

「やったぁぁ!」


 ジャンプして喜ぶカルロスにビダウたちが寄ってくる。ジュニーニョも最後に彼の背中を優しくたたく。

 1-1。同点だ。さて日本はどうしてくるか。そう思いながら日本のキックオフとまだ前がかりになっている陣形を修正していないのを見て、ジュニーニョはほくそ笑む。


(南米予選で戦ったアルゼンチンはすぐに修正してきたんだけどな)


 前線に強力な選手がおりそれを軸に攻撃をしていると、どうしてもチームは自然と前がかりになってしまう。今の日本の状態がそれであり、先程の同点弾の時、ブラジルがああもあっさりとゴールを奪えたのもそれが理由だ。

 いま日本のメンバーはこう思っている。先程以上に攻めに転じれば先制点のようにあっさりとブラジルから得点を奪えるだろうと。その証拠にアンカーであるフジナカでさえやや前がかりな位置にいる。

 攻めの意識が強く出ている日本は自然とボール回しが単調になり、しかもヤナギにボールを集める回数が多くなった。彼へ集めたらゴールへ直結する確率が上がるのだから当然といえば当然だが。

 彼らの認識は正しい。だがそのことをジュニーニョたちが把握していれば、話は別だ。そしてそれを見ぬいているオリベイラたちブラジルのDF陣はヤナギへのパスを悉くカットする。

 単調な攻めで攻めきれず、ヤナギにボールが回らない状況が続き、さらに日本は前に出る。それを見たオリベイラは奪ったボールを大きく蹴りだす。

 攻撃のために上がった右SBの裏をついたロングフィード。それをカルロスが収め絶好のカウンターとなった。彼の前にいるDFは三人。カルロスは細かいフェイントで一人をかわし、さらに前に出る。


「カルロス! こっちだ」


 そんなカルロスへジュニーニョは声をかける。彼もオリベイラのロンフィードと同時にカウンターのため走っていたため、ペナルティエリア近くまで来ていたのだ。

 二人目を十分に引き付けたカルロスは反転してジュニーニョへパスを出す。それをペナルティエリア正面で収めたジュニーニョ。だがエリアへ侵入しようとしたその時、最後のDFエンドウが横から体を当ててきた。


「くっ……」


 オリベイラほどではないがプロに引けを取らない強靭な肉体に押され、ジュニーニョは転ぶ。倒された痛みを覚えると同時にせっかくのカウンターチャンスを無駄にしてしまったという無念が胸によぎったその時、主審の笛が鳴る。

 近づいてきた主審はジュニーニョが倒れたところを指差す。どうやら日本のファウルを取ったようだ。

 起き上がる横で日本代表の幾人が抗議をするが、当然判定は覆らない。数分の時間を要して日本代表はゴール前に青色の壁を作った。

 残り時間、おそらく五分程度。終了間際、ペナルティエリア正面からのFKにジュニーニョは小さな笑みを浮かべるとボールをセット。数回深呼吸をして置かれているボールへ駆け寄っていく。


(決めるっ!)


 子供のころから練習、試合で何百、何千回と振り切った右足。右足を振り切ると同時に確かな手ごたえを感じる。

 ボールは壁を越え、沈むような弧を描く。日本GKの伸ばした手を悠々とかわしてボールはゴールに吸い込まれた。

 沸き立つサポーター。狂喜するチームメイト。それらを見ながらジュニーニョも空へ向かって両手を広げた。






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