新監督と新メンバー
「さて次は今最も日本が注目している海外サッカー、ドイツリーグです。福原さん、お願いします」
「はい。例年にない混戦状態のドイツリーグ。27節まで終わった現在、首位はヴォルフFC、勝ち点68。
2位は柳鷲介選手の所属するRバイエルン。勝ち点66。3位はRバイエルンと勝点は同じですが得失点差に劣っているRドルトムント
4位は勝ち点64のLミュンヘン。そして5位はRゲルセンキルヒェン。何と勝ち点59となっています」
「Rゲルセンキルヒェンは勝ち点が伸び悩んでいますね。CL決勝トーナメント1回戦後に行われた26、27節の結果も1分1敗と良くはないですね」
「はい。CL決勝トーナメントの敗退のショックもあるのでしょうが、最大の理由はドイツリーグ最強のスリートップが万全ではないことだと思われます。
アルゼンチン代表のティト選手、ドイツ代表のトルステン選手はここ最近ゴールをあまりとっていません。27節を含む5試合の合計スコアも4ゴール。非常に物足りない数字です。
二人が不調の中、得点ランキング4位のカメルーン代表サミュエル選手は奮起していましたが、26節にて得点を決めるも負傷退場。1ヵ月ほどは戦線を離脱する怪我と言う情報が流れています」
「チームの核と言うべき選手の離脱、これは非常に痛いですね。Rゲルセンキルヒェンは優勝争いから一歩後退したとみるべきでしょうか」
「ティト選手たちが調子を取り戻さなければ脱落さえありえるでしょう。首位から3位までのチームのFW陣は好調を維持していますから」
「確かにそうですね。得点王ランキングでもとうとうジークフリート選手がカール選手と並ぶ24ゴールを決めて首位に。ヴォルフFCのヴォルフガング選手も1ゴール差で追っています」
「そして我が日本代表の若きストライカー柳選手は、彼らに遅れているも19ゴールでランキング5位。残り試合数や今期の調子を考えれば逆転は十分にあり得ます」
「はい、そのとおりですね! しかし18歳と言う若さで世界のトップリーグの得点王争いに絡むなんて、末恐ろしいですね」
「全くです。その柳選手ですがリーグでの好調を世界最高峰の舞台であるCLにも維持しています」
「はい。ここからは今年も熱い戦いが繰り広げられているCLに移っていきます。
先日行われた決勝トーナメント1回戦、柳選手のRバイエルンはイングランドリーグの強豪ブルーライオンCFCと激突。ホームこそ2-1で勝ちましたがアウェーでは4-5と負けてしまいました。
合計スコアは6-6。しかしアウェーゴールの差でRバイエルンがベスト8へ進出しています!」
「アウェー戦は最後の最後まで目が離せない試合でした。特に後半終盤のゴールラッシュは凄まじい以外の言葉がなかったです」
「全くです。Rバイエルンは柳選手の最後のゴールがなければ敗退していましたからね!」
「勝ち上がったほかのチームですが、イングランドリーグからはマンチェスターFCとライヴァー・バード・リバプールの2チーム。スペインリーグからはレイ・マドリーにバルセロナ・リベルタ、アシオン・マドリーの3チーム。
イタリアリーグからはユヴェントゥースTFC、そして最後の1チームはドイツリーグのRドルトムントです」
「そして組み合わせもすでに決まっています! 柳選手のRバイエルンはなんと1回戦でRゲルセンキルヒェンを粉砕した欧州、いえ世界最強と言っても過言ではない攻撃陣を要するバルセロナRとなりました!
いやー福原さん、どう思いますか」
「総合力は大差はないでしょう。しかし攻撃力はやはりバルセロナRの一日の長があります。
なにしろスリートップのうち二人は共に11ゴールで現時点のCL得点王ランキング1位。もう一人も7ゴールを決めています。
3人だけのトータルスコアは29ゴールというとんでもない数字を叩きだしています」
「一方のRバイエルンはジークフリート選手が8ゴールで4位、柳選手が9ゴールで3位。エリック選手は3ゴールの合計20ゴール。これはこれで凄い数字ですがやはりバルセロナRと比べると見劣りはしてしまいますね」
「とはいえどちらも得点力に長けているチーム。凄まじい点の取り合いが期待できます」
「さて続いては本日発表されたW杯アジア最終予選のメンバーを紹介、語りたいと思います──」
◆◆◆◆◆
「ふー満腹満腹。これだけ甘いものを食べたのは久しぶりだな。
しかしこんなに美味しいのに一つ一つがこれだけの低カロリーとは恐れ入る」
「女性や子供はもちろん、鷲君みたいに素性を隠したスポーツ選手が訪れることでも有名だからねここは」
そう言って笑みを浮かべた由綺は人差し指を伸ばし、鷲介がしているサングラスにそっと触れる。
お客が女子供が大半を占め、部屋の中央に無数に並ぶ色とりどりのケーキや洋菓子。ミュンヘン市内にある老舗の洋菓子店だ。
鷲介は実家が和菓子店なこともあり甘いものは昔から好きだが、余計な体重が増えないよう常に節制している。由綺から毎年もらっているバレンタインのチョコも糖分控えめだ。
とはいえその反動なのかたまに無性に甘いものが食べたくなる。帰国直前の今日のデート、どこか甘いものでも食べに行かないかと言ったらここに案内されたのだ。
「ありがとうな由綺。代表戦もこれで十分に頑張れそうだ」
「それは何よりだね。──残り試合、全勝できそう?」
「わからん。だが月末に行われる二試合は何とかなるだろう」
三月末に行われるW杯アジア最終予選は二試合。ホーム日本にてオマーンとシンガポールとの試合だ。
前回引き分けたオマーンだが中東の笛と言う余計な邪魔が入っての引き分けだ。シンガポールはアウェーで完勝している。何もなければ二連勝は固いだろう。
「それにしても新監督は前回W杯の代表のエースを外すなんて、思い切ったことをしてきたね」
「ああ。正直、俺も驚いた」
頷く鷲介。そう、いま日本サッカー界で最も話題になっているであろうニュースがそれだ。日本代表のエースストライカーであった堂本慶二郎が代表メンバーから落選したのだ。
これには日本のマスコミが大きく騒いでいる。何せ八年にわたり代表に選ばれ続け、エースとして認められていた男の落選だ。彼と同期や親しい選手、元代表選手からは驚きや非難に近いコメントが上がっている。
「だがまぁ監督が言う通り、あの人はクラブでもろくに結果を出せていないしな。
俺を含めて今回選出された面々が呼ばれてあの人が呼ばれないのは当然だと言えるが……」
一方ファンからは驚きつつも、落選するのも仕方ないと言う声が大半を占めている。
今季の堂本は去年に比べスタメン出場回数こそ増えたものの残した結果はほぼ変わりない。一方九条や鹿島、沢村達常連組は好調を維持しており九条はベルギーから五大リーグへの移籍話が、沢村はポルトガルリーグの強豪クラブがオファーを出したというニュースもある。
そして同じドイツリーグの鹿島はチームは変わらず降格争いを強いられているものの9ゴール8アシストとチーム内得点王アシスト王となっており、ドイツやイングランド、スペインの中堅クラブからオファーが来ていると言うニュースが複数ある状態だ。
「一部のファンやマスコミは騒いでいるみたいだね。──堂本さんを外して最終予選を勝ち抜けるのかとか、若い選手が多いとか、海外組とはいえ今まで代表に呼ばれなかった無名の選手を呼んで何を考えているのかとか、いろんなコメントがあったよ」
「擁護よりも非難、疑問視するコメントは確かに多かったな。まぁ最終予選でいきなり初招集の選手を三人を呼んだうえ堂本さんを外したのだから仕方ないと言えるが」
ともあれ最終予選に選出された日本代表メンバー23名は以下の通りだ。
GK3名。川上克人(ポルトガルリーグ、ポルティーモFC)、兵藤賢一(イタリアリーグ、ペルージャFC)、牧智久(浦和エーデルシュタイン)。
DF7名。田仲祐希(イタリアリーグ NASミラン SB)、秋葉栄太郎(Jリーグ 横浜グランマール CB)、井口弘樹(イングランドリーグ、Cハンプトン CB)、大文字直康(ドイツリーグ ハンブルグ・フェアアイン SB)、海原一樹(Jリーグ 東京エストレヤ CB)、佐々木博人(フレッシュ広島 CB)、(初)中山ケイタ(フランスリーグ ヴィオレット・トゥールーズSC SB/CB)、
MF8名。瀬川亮太(フランスリーグ、マルセイユFC DMF/CB)、高城新(Jリーグ フォルツァ大阪 DMF/CMF)、小野勝(イングランドリーグ ウーリッジFC SMF/CMF)、南郷源十郎(ドイツリーグ ベアリーンFC SMF/DMF)、土本真二(オランダリーグ アルメロFC SMF/CMF)、中神久司(スペインリーグ バルセロナ・リベルタ2 SMF/CMF)、(初)岩永和夫(アルゼンチンリーグ ボカFC DMF/CMF)
FW5名。柳鷲介(ドイツリーグ ロート・バイエルン FW/WG/SMF)、鹿島勇司(ドイツリーグ ヴァイス・ツィーゲ FW/CMF)、九条智久(ベルギーリーグ ヘントFC FW)、沢村新之助(Jリーグ 鹿嶋ソルヴィアート FW)、(初)小清水一輝(イングランドリーグ アルビオンFC FW)
(新顔三人はどれぐらいやれるのだろうか……)
初選出の中山ケイタ、岩永和夫、小清水一輝。正直彼らについて鷲介はほとんど知らない。
簡単に調べて分かったのは岩永はフォルツァ大阪のユースに所属しており、幾度か年代別代表に選ばれつつも育ったクラブではプロにならず18歳の時、現在所属しているボカFCに移籍している。当初は期待のホープとして期待されたものの結果が出せず、そのまま忘れられてしまっていたようだ。
中山はU-15代表候補だったことと中学卒業と同時に家族の事情でフランスに引っ越したことぐらいだ。プロになったのは18歳だがフランスの三部クラブ。そこから幾つもチームを渡り歩き現在のクラブにいるようだ。
小清水は二人の経歴をごっちゃにし感じだ。中学二年の時、家庭の事情で英国に移住、イングランドリーグ三部に所属していた地元のクラブに入団。そこでプロとなり中山のように三部、二部のクラブを転々。二部での活躍が日本に知られたのか、テツと共にU-23代表本線に選出、出場。そしてオリンピックでの活躍が認められて移籍期間ぎりぎりに現在のチームに移籍したらしい。
「そう言えば鷲君、専属のフィジカルトレーナーがとうとう決まりそうだって話をお父さんから聞いたけど、本当なの?」
「ああ。ようやくな」
昭雄に言われた専属トレーナの話。マルクスや監督、クラブにジークなど親しいチームメイトからの意見やつてで年明けから探し始めていた。
しかし探すのは難航した。欧州圏内にいる高名なトレーナーは他の有名選手たちにかかりきりだし、また条件や相手の提示してきた給与額など様々な問題もあったのだ。
捜索範囲を南米、アジアまで広げたもののこれと思うような人は見つからず。さてどうするかと思い始めていた時だ、件の人物からぜひ自分に任せてもらえないかと連絡があったのだ。
「日系ブラジル人で幾人ものブラジル系ドリブラーの専属になったベテランだそうだ。
あのロナウドも短い間世話になっていたこともあるそうだ」
「ロナウド君も……」
「こちらが提示した条件は全て飲んでくれたし給与にも問題はないとのことだ。
マルクスさん曰く、何もない限りは無事契約できるだろうとのことだ」
そう言って鷲介は左足に視線を向ける。
前季は二度負傷した足もそれ以降、異常はない。まぁ今まで以上に体のメンテナンスに手間暇をかけているおかげだろう。
「今、足の方は大丈夫なんだよね」
「ああ。特に問題はない。イギリスから戻ってチームドクターや昭雄さんと綿密に対応してもらったし、ほぼ二試合丸々休んだからな」
ブルーライオンCFC戦の後に行われたドイツリーグ26、27節。鷲介は26節はベンチ外、27節はベンチスタートとなった。
そして27節、出場したのも試合が決まった後半三十分過ぎからだ。監督の言う通り調子を上げるようプレイをし、ロスタイムに相手ゴール前の混戦状態からこぼれたボールを強引に押し込んで見事得点を決めた。
十五分もない短い出場時間だったが、鷲介は自分がすっかり回復しているという手ごたえを感じた。
「そう、それならよかった。調子が悪くてアジア最終予選に行ったらどうなるか心配だったから」
由綺の危惧はもっともだ。
近年マシになってきているとはいえ日本などW杯出場クラス以外の国々は欧州では一発レッドになるようなプレイをしてくることがある。
過去、そんなラフプレーで代表の中核だった選手が壊され、復帰後も元の輝きを取り戻せず引退したというエピソードもある。
本調子ならば鷲介も、そんな荒いプレーをとっさにかわし受け身を取れたりもするが、不調の時はその限りではない。
「ま、アジア相手にはいつも注意しているけど、今回も気を張っておくさ。
さすがに三度目の怪我は勘弁したいからな。──あ、でも由綺のナース姿が見れたりするのならほんのちょっとは入院してもいいかもな」
「……鷲君」
ジト目の恋人に対しておどける鷲介。
そんな調子で恋人との逢瀬を鷲介は愉しみ、苛烈であろう代表戦に備えるのだった。
◆◆◆◆◆
「久しぶりだな柳。活躍しているようで何よりだ。羨ましくて悔しいぜ」
「相変わらず本音を隠さない奴だな。そっちもセカンドチームで活躍しているのは聞いている。
スペインリーグ一部や五大リーグからオファーの話もあるみたいだな」
「後季は怪我も無くて何よりだ。前季のこともあるから鷹野の奴が気にしていたぞ」
「そうなんですか? この間会った時はそんなこと言っていませんでしたけど。あとで少し電話してみましょうかね……」
「この間のCL、見事な勝ち上がりだったよ。
でも少しアップダウンが激しいゲームだったね。僕と一緒にTVの前にいたウーリッジのイレブンはテレビの前で馬鹿みたいに騒いでしまったよ」
「あーそれは申し訳ないです。まぁ正直当人の俺も変わりすぎる展開についていけなかったです」
代表戦用合宿場、フットボールセンターのミーティングルームで中神や大文字、小野など親しい代表のチームメイトたちと話をする鷲介。
メールや電話などで連絡は取りあっているが、やはりじかに顔を会わせると自然と話や言葉が沸いてくる。互いのクラブの話にプライベートな話題などなど。
そうしているうちに時間になり監督とコーチ、そして新顔三人が姿を見せる。
「四か月ぶりだ代表の諸君。そして対面したことがない人達へは初めましてと言っておこう。
現日本代表監督、ヨアヒム・マイヤーだ」
にこやかに微笑むヨアヒム。最初会った時のようなどこにでもいるような初老のようだ。
「君らも知っての通り、今の日本代表は危機的状況だ。
W杯アジア最終予選の半分を消化してまさかの四位。予選敗退も十分考えられる」
のんびり、ゆっくりと話すヨアヒム。雰囲気や口調はとても代表を率いる監督のものとは思えない。
「しかし私は周囲ほど危機感を抱いてはいない。何故なら現日本代表は史上最強と言っても過言ではないメンバーだからだ。
君たちのポテンシャルが発揮されれば私が初めての記者会見で言った通り、残り試合全勝することも十分可能だろう。いや、そうなると確信すらしている」
しかしヨアヒムの話を鷲介は、他の選手たちも黙って聞いている。彼の言葉、話はすんなりと体に入ってくるのだ。
そして信じたくなる、信じさせるような何かがある。カリスマ的人間とはこういう人物のことを言うのだろうか。
「何故なら君たちは世界の頂点に立てるだけのポテンシャルを秘めたチームだからだ。
だから諸君、それを君たち自身で証明していってほしい。私もそうできるよう最大限力と知恵を尽くすことを、この場で誓おう」
そう言って頭を下げるヨアヒム。丁寧なその所作に鷲介は思わず拍手をし、他の面々もそれに続く。
「私からの話はこれぐらいにしておこう。──続いて、今回初招集となった新メンバーの自己紹介といこう」
そう言って監督は横に並んでいる三人の新顔を呼ぶ。
真っ先に発言したのは一番左にいる小柄──公式では身長171センチ──で童顔な男性だ。
「小清水一輝です。イングランドリーグ、アルビオンFCに所属しているっす。
チビなんでヘディングや競り合いは苦手ですがボールキープと飛び出しは得意なので、パサーの方々は絶妙なボールを送ってください!」
はきはきとした口調で言う小清水。コミュニケーション能力は高そうだ。
「岩永哲夫だ。アルゼンチンリーグ、ボカFCに在籍している。
もしボールを奪われそうになったら俺に預けろ。アジアレベル程度なら余裕でキープしてさばいてやる」
続いて自己紹介した岩永は不敵な笑みを浮かべている。南米出身の選手のように言葉の端々に強い自負と荒々しさがある。
「中山ケイタ。所属クラブはフランスリーグ、ヴィオレット・トゥールーズSCです。
運動量とスピードは自身があります。出場したら最後まで全力で走りますので、よろしくお願いします」
最後の中山は褐色の肌色を持つ、アフリカ人と思うような容姿だ。しかしそれは当然だ。彼は日本人とガーナ人とのハーフなのだから。
新メンバー紹介の後、合宿のスケジュールなどを説明。それが終わり監督が解散を命じたその時だ、
「監督、一つお聞きします。何故堂本さんを代表から外したのですか」
席から立って高城は言う。睨みつけるような眼差しを監督へ向けている。
「彼については先日の会見で言った通りだが。それでは納得いかなかったかね」
「はい。あの人は前回の最終予選とW杯本選の経験者であり代表のエースストライカーです。多少不調でもいるだけでチームの力になったはずです。
そしてここぞというときの底力は必ずチームを助けます。それなのに──」
「ごちゃごちゃうるせぇな。堂本が外れたのはあいつがしょっぱい結果しか出してないからだろうが」
高城の話を遮る荒い言葉。声の主は新顔の一人、岩永だ。
「大体なんで今まで代表にいたんだか不思議でならないぜ。俺のクラブだったらあんな醜態さらしまくっていたらユースチームまで落とされるわ。
あいつが呼ばれなかったのは単に実力と結果不足なだけだろ。そんなこともわからねぇのかお前は」
「岩永……!」
眦を上げる高城。しかし岩永はさらに挑発的な態度をとる。
「大体エースストライカーって、もう過去の話だろ。
我が日本代表には柳っていう若干18歳のワールドクラスのストライカーがいるじゃねぇか。五大リーグ、そして欧州最高峰の舞台CLでの活躍を見ていれば、柳こそが日本代表不動のエースストライカーだって素人目にだってわかるもんだ。
そんなわかりきったことをわざわざ監督に問い詰めるんじゃねーよ。時間の無駄だ」
「テメェ!」
激昂する高城。今にも殴り掛かりそうな顔で立ち上がるが、そんな彼を周囲の皆が慌てて止める。
「ちょ、ちょっと岩永さん。いくらなんでもズバリはっきり言いすぎですよ……!」
「意見はともかく暴力はよくない……」
「ハッ、これぐらい向こうじゃ特に珍しくもない意見の言い合いだ。それで発生する物理的説得もな」
小清水と中山が苦言を呈するが、岩永は聞く様子もなく拳を鳴らし怒りで顔を真っ赤にしている高城を睨みつける。
いきなり始まった喧嘩寸前の状況に鷲介は目を白黒させる。
「離せやコラァ!」
「離してやれよ。久しぶりに肉体言語で解らせてやるからよぉ!」
叫ぶ両者。しかしその時パンという甲高い音が部屋に響く。
全員の視線を集めた音の発生源はヨアヒムだった。彼は合わせていた両手を開き、
「二人ともそのぐらいにしておこう。その有り余る元気は試合にぶつけてくれたまえ」
殺伐とした空気の中、ヨアヒムは先程と同じく微笑だ。
「高城君、君は監督が変わったことで堂本君や他の面々が呼ばれなくなることを危惧しているのだろうけど、それは全くの杞憂だ。
私は今の代表に相応しいパフォーマンスをしている面々を選んだ。君や岩永君はそうであったし、今の堂本君は、そして今回落選した面々はそうでなかっただけのことだよ」
怒りと苛立ちの眼差しをする高城へヨアヒムは静かに語る。
「だが彼らが本領を発揮すれば代表になるだけの実力を持っていることは、私も認めている。仮にもし、堂本君が本来のポテンシャルを発揮できていたのなら当然代表には招集していた。
実力と経験がある選手はいればいるほどいいからね」
ヨアヒムの言葉が続くにつれて高城の顔から怒りの色が薄くなっていく。
堂本が代表に必要であると明言されたこともあるのだろうが、彼の声音には嘘や偽りと言ったものが感じられない。信じられる何かがある。
また高城に向けている眼差しは静かだが真剣だ。あんな瞳で見つめ返されれば一方的に怒れなくなる。
「私への不信や不満を無くせとは言わない。今すぐそんなことはできないだろうからね。
ただ代表としてここにいる以上、少しでも私を、他のチームメイトを信じて、力を尽くしてほしい。そうすればこの困難な道のりを進んでいけるだろうし、今ここにいない堂本君たちと共にW杯本戦の舞台に立つことも可能だろう。
代表は今まで彼に引っ張ってもらっていた。ならば今度は引っ張ってもらっていた君たちが彼の舞台を用意するべきだと、私は思うよ」
そう言って微笑むヨアヒム。上手い言い方だと鷲介は思う。
堂本が必要だと言って高城の気持ちを宥め、またW杯本戦に堂本を選ぶような言い方と、最終予選を勝ち抜くことが高城たちが堂本への恩返しのように言っている。
(さすがクラブ、代表の監督として頂点を極めた人と言うべきか)
年の功と言うのもあるのだろうが、先程の自己紹介もそうだが選手のモチベーションを上げるやり方が抜群に上手い。
いつの間にかミーティングルームを支配していた剣呑だった空気は霧散しており、高城はヨアヒムに向けて頭を下げる。
「……文句を言って、すみませんでした」
「かまわないよ。言いたいことがあるのなら言い合うべきだ。それがチームを強くするのだから。
しかし殴り合はできる限り勘弁してほしいものだね。岩永君も」
名前を呼ばれた岩永も少しばつが悪そうにヨアヒムへ頭を下げる。そして高城の元へ行き、手を差し出す。
「少し言い過ぎたな。まぁ撤回はしないけどよ」
岩永の言葉に高城は眉を引くつかせる。しかしこれ以上揉める気はないのか彼の手を取る。
「ようこそ代表へ。先輩として色々教えてやるよ」
「そいつは何よりだ。学ぶことがあればいいけどな」
噴火しない活火山のような両者に鷲介が安堵し、今度こそヨアヒムやコーチたちスタッフがミーティングルームから出ていく。
鷲介たち代表選手らもあとに続き、ひとまず部屋に戻ろうとエレベーター前に立った時だ、誰かに背中をつつかれる。
振り向けばそこにいたのは笑顔を浮かべた小清水と無表情の中山だ。
「初めまして柳君。藤中からいろいろ話は聞いているよ。
代表では先輩でいろいろ世話になると思うけど、よろしくな!」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「お互いバンバンゴールを決めて勝ちまくろうな!」
小清水の差し出だしてきた手を握る鷲介。笑顔で彼は握り返すと、隣に立っている中山の左腕を叩く。
「中山ケイタだ。よろしくな」
「あ、ああ」
「ケイター、顔が固いって。笑顔笑顔!」
「ぬ……。こうか」
小清水に腕を叩かれ、ケイタは表情を変える。
それを見て鷲介は少し頬を引くつかせる。あからさまに作った笑みでありしかもぎこちないからだ。
「ケイタはまぁあんまり感情が出ない奴ですが、悪い奴じゃないんで!」
「は、はい。ところでお二人は仲が良いようですが友人ですか」
「ああ。一緒に飛行機に乗って友達になった!」
無邪気に笑う小清水。中山を見ると少し困ったような表情で頷く。
おそらく二人の様子から見るに小清水が積極的に接しまくったのだろう。どうやら鷲介の思った以上にコミュニケーション能力が高そうだ。
「柳は百メートル、どれくらいだ?」
「え? えーと……確か10秒50ぐらいだったかと」
「そうか。ちなみに俺は10秒48だ」
「そ、そうですか」
どこか自慢げな様子の彼に鷲介は頬を引くつかせる。
そして彼は表情を変えず、手を差し出してくる。
「ガンガン上がってパスを出すから、よろしく頼む」
そう言って中山は入口の方へ向かっていき、小清水も「周りを見てまわってくるから!」と元気よく言って彼についていく。
「あの二人、なかなか面白そうなやつらだな」
そう言って寄ってきたのは中神だ。お前も似たようなものだと鷲介は心中で呟く。
彼も部屋に戻るらしく共にエレベーターに乗る。そして扉が閉まり始めたときだ、
「おーい、ちょっと待ってくれ。乗る!」
声が聞こえ、とっさに開のボタンを押す鷲介。空いた扉にやってきたのは岩永だ。
「待ってくれてありがとうな。実はすごく眠くて、一刻も早く部屋に帰りたかったのよ」
エレベータに乗り岩永は礼を言い、右手を差し出してくる。
鷲介も右手を差し出し岩永の手を握り、思う。硬いと。
開いて見た岩永の手は、荒波にさらされ削られた岩盤のような無骨さと頑強さが感じられる掌だ。
「お前さんの活躍は遠い南米にも伝わってるぜ。
特に昨年の十二月は大いに話題になったもんだ。かの”若獅子”と同等に渡り合った日本人選手がいるってことでな」
その時期はCLグループステージ最終節、アシオン・マドリーとの試合の時期だ。アルゼンチンの至宝たるミカエルの試合は向こうでも見ている人は多かったようだ。
「俺としては誇らしかったぜ。そして新たな夢もできた。感謝しているぜ」
「新たな夢?」
「おうよ。各大陸のクラブ王者が集まり世界一のクラブを決めるWCCS。そこでお前とお前のクラブを倒し、世界一になるっつー夢だ」
WCCS。正式名称はWorld Club Championship。アジア(オセアニア含む)、アフリカ、北米、南米、そして欧州のチャンピオンズリーグから3チームと前回優勝チームを含めた16チームによる世界一決定戦だ。過去は名称も違い各大陸のチャンピオンズリーグから王者のみが選出されていたが、いろいろあって現在はこのような形に落ち着いた。
「日本人が所属するチーム同士での初めての世界一を決める。燃えるだろう?」
「そうですね。そうなったら、楽しいでしょうね」
獰猛な笑みを浮かべる岩永に鷲介もそう返す。彼の言う通り実現すれば、実に面白いだろう。と、そう思ったその時、エレベーターが停止し、扉が開く。
「お、もう着いたのか。
まぁ、これからよろしくな」
岩永は鷲介の左腕を叩くと早足でエレベーターから出ていってしまう。
そして再び静かに上り始めたエレベーターの中で、中神がぽつりとつぶやく。
「新顔の人たち、本当に個性的な人たちだ。
特に岩永さん、あの人とは気が合いそうだ」
「確かにそうかもな。だけど二人で無用なもめ事は起すなよ」
「そんなことはしないから大丈夫だ。──ふざけた発言さえ無ければな」
そんな発言をする中神に半目を向ける鷲介。それに気づかず中神は楽しげな表情で言う。
「まぁなんにせよ、前の代表よりは楽しくなりそうだ」
◆◆◆◆◆
「では、始めるよー」
元気なミシェル・木崎の声がピッチに響き、試合開始の笛の音が鳴る。
鷲介はピッチの外で飛ぶボールと走り回る代表選手を見つめている。
「さてさて、毎日恒例の9対9のミニゲームも今日が最後か。
新顔三人は今日はどんなプレイを見せてくれるかね」
「言っておくけどお前も代表の中では新顔の部類だぞ?」
隣に座る中神へ鷲介は突っ込むが聞いている様子はなく、彼の視線はピッチにいる新顔三人に向けられている。
ビブスを着たチームには中山が。そして着ていない無地チームには小清水と岩永の2人がいる。
「それにしても合宿の午後は報道陣をシャットアウトして、試合形式のミニゲームを毎日行うなんて思いませんでしたよ」
「一日でも早くチームの練度を上げたいんだろうね」
ため息をついた鷲介にそう言うのは後ろに座っている小野だ。
ちなみに今日、鷲介や小野、中神を含めた数名は参加しない。前日までのミニゲームに参加していたからだ。
「特に初招集の三人が上手くチームに溶け込めるよう、日々いろいろなアドバイスをしているようだし」
「ええ、とはいえ半分は勉強会のようになっているそうですけど」
「ああ……監督の日本語の」
苦笑する小野。
時折だがヨアヒム監督は日本語で話しかけてくる。もっとも挨拶を始めとする短い言葉や単語をつなげた短い話だけだ。
日本語の勉強は続けているそうだが長い話や難しい言葉はできず、またたまに頓珍漢な日本語を使うときもある。
ちなみに鷲介も昨日面談した際、簡単な質問は日本語で問われた。こちらの問いを聞くのと自身の日本語力アップの訓練なのだろう。同様のことが面談した他の選手たちでも行われたらしい。
「お、中山にボールが渡ったぞ」
中神が言った通り左サイドを上がってきた中山がボールを収め、前に進む。
そこへ敵チームの選手が詰め寄り彼は減速、味方にパスを出すふりをした次の瞬間、加速して強引にサイドを突破する。
抜かれた相手も邪魔しようとするが、日本人離れした彼の体と邪魔されることを想定した腕によるガードに阻まれてしまう。
(速い)
中山のスピード任せの突破を見て鷲介は思う。一瞬のスピードだけならおそらく自分と大差ない。
初めて言葉をかわした時言っていた通り、彼の一番の長所はスピードによる突破だ。しかも身体能力に長けたアフリカ系選手が使う体の使い方が抜群に上手い。
とはいえ彼の突破をビブスを着ていない田仲がスライディングで止める。しかも足を当てたボールを中山の体に当ててラインを割らせマイボールにしてしまう。流石代表常連、年長者と言うべき味のあるプレーだ。
「柳と違って中山のドリブルはボールと足元が離れすぎてるな」
「今のも足元から離れすぎたボールを田仲が中山に当ててマイボールにしたんだろう」
「サイドの、一対一ならともかく連続して突破するってのは期待できそうにないですね」
中神たちのコメントを耳にしながら鷲介はミニゲームを見るのに集中する。
ピッチに入るボール。ビブスを着ていないチームがボールを回すがビブス組の高城のインターセプトで再びボールはビブス組のものとなる。
ボールを奪った高城はすぐさま最前線にいる九条へパスを出す。しかし九条がボールを収めようとしたのと同時、横から突撃してきた岩永がミニゲームとは思えない激しいチャージを九条に食らわす。
九条も倒れはしなかったが大きくバランスを崩し、ボールコントロールを乱す。そしてその隙を岩永は見逃さすボールを奪い、一気にロングパスを出す。
「相変わらず本番のようなチャージだな。ミニゲームってこと解ってるのかあいつは」
ラフプレーギリギリ手前のような激しいチャージやタックル、そしてそれらをどの時間帯でも行えるスタミナが岩永の長所だ。
鷲介も彼からのチャージを何度か受けたが、その激しさに思わずレヴィアー・ゲルセンキルヒェンのラモンを思い出した。もっとも彼のように洗練されてはおらず、ドイツでなら笛が鳴りイエローがでるようなチャージだったが。
岩永のパスが相手DFからギリギリのタイミングで飛び出した小清水に向かう。彼は見事なコントロールトラップで前を向くが、そこにはイングランドリーグの先達である井口が回り込んできた。
171センチの小清水に185センチの井口が距離を詰める。小清水はドリブルで抜こうとするが、井口に侵攻方向に先回りされて、慌てて止まる。
さらにそこへ挟み込むような南郷が迫る。パスコースもないうえ二対一。ボールを奪取されるかと思ったが、彼は二人に背を向けてライン際までゆっくりと逃げていく。しかも二人からのチェイシングにも体勢を崩さず、ボールコントロールを狂わせない。
小清水に井口たちがてこずっていると、フォローにやってきた大文字に小清水はパスを出して危機を脱した。
「粘り強いいいプレーだ。最前線でボールを失わないというのは非常に助かる」
「でも前にさっぱりいけないってのは問題じゃないですかね?」
「確かに、中山君のようにスピードなど身体能力に長けているわけではなくドリブルの技術も上手いとはいいがたい。
しかし先程の飛び出しは絶妙だった。あれをペナルティエリア近くで常にやれれば、ゴールを量産することも夢じゃないだろうね」
小野と中神、従兄弟同士の会話が聞こえ、鷲介は小野の意見に心中で賛成する。
自分や中山のようなドリブルや身体能力ごり押しの突破は強力な武器だがそれ故に相手に警戒されやすい。しかし飛び出しは違う。
飛び出しは誰にでもできることだ。そして警戒していても優れた選手の飛び出しを止めるのは至難の業だ。ジークなどがいい例だろう。
そして小清水の飛び出すタイミングやトラップした時のコントロールと、それの直後のゴール方向に向く体の動きは鷲介でさえ見習うところがあると感じるほどだ。
「三人とも、この調子で代表戦に行けたらいいですね」
彼らはちょっとした欠点もあり鷲介や中神のような実力、インパクトはない。しかし代表としての十分な戦力になれるし、今回招集されなかった面々と比べても遜色はない。
また常連の面々も彼らに負けまいと見事な動きを見せている。そしてゲームは3-3の引き分けで終了した。
「合宿の最後に相応しい見事なゲームだった。
さて、それでは十分休憩の後、いつもの奴で練習を締めよう」
拍手をしている監督がそう言うと、鷲介はもちろん代表選手全員の顔色がうげっとしたものに変わる。
しかしヨアヒムは一人、にこにこと微笑むのだった。
リーグ戦 18試合 18ゴール6アシスト
カップ戦 2試合 1ゴール2アシスト
CL 6試合 9ゴール2アシスト
代表戦(二年目)5試合 9ゴール2アシスト




