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ダッシュ!!  作者: 浮雲士
第二部
84/196

疾風と黒鷲は空を駆ける4






「くそがっ……」


 前半が終わった控室で聞こえるブルーノの舌打ち交じりの声。鷲介は給水ボトルを飲みながらDF陣に目を向ける。


「レイの奴、調子に乗りやがって……!」

「でも彼、いい動きをしているよ。ロスタイムの時のポストプレーもジェフリーさんを背負っているのに体勢を少しも崩さなかった。

 パスは何とかクルトが防いだけど、あれが通っていたら3点目が入っていたかもしれないし」

「敵を褒めてどうするよ! つーかフリオ、お前もマルコのガキにやられまくってるだろうが!」

「やられまくるというほどじゃないけど、そうだね。特に2点目のアシストは、完全に僕が突破されたせいだ。

 一点目の時はマイケルのそばにいたから、どうしようもなかったけど」


 前回対戦した時と同じでジェフリーを中心に話し合うDF達。その表情はいつになく厳しい。

 しかし当然だ。前半だけで2点取られているのだ


「正直、あれは驚きました。あのシーンまではヴェルスを抑えていたのに……」

「おそらく意図的に抑えていたんだろう。ここぞというときに全力を放出するために。

 イングランドリーグは激しさでは世界一のリーグ。試合中や状況に応じて力の出しどころを考えるのも、あそこで生き残るコツの一つだからな」

「イングランドリーグにいたジェフリーさんが言うと、説得力ありますね」

「それを僕たち相手にやってのけるマルコはさすが。ムカつくけど」

「だから敵を褒めてどーするよ! つーか攻撃陣、前半の体たらくはなんだ!」


 そう言ってブルーノは鷲介たち攻撃陣面々を指差す。


「おいおい、ずいぶんな言い草だな。俺たちが手を抜いているように見えたのか」

「見えないからなお腹が立つんだよエリック! お前たち揃ってニコの野郎の掌に踊らされやがって! 

 特に鷲介! ことごとくチャンスを逃がしてるじゃねーか!」

「……すいません」


 頭ごなしに言われ腹は立つも鷲介は謝罪する。

 今日の試合、立ちはだかったニコによってことごとくチャンスを潰されているからだ。

 

「まぁまぁブルーノ。その辺にしておくんだ。

 俺たちにも少なからず責任はあるし、ニコがあえて鷲介を潰そうとしていることもある」

「え? それってどういう意味──」


 フランツの言葉に鷲介が驚いたその時だ、控室の扉が開かれトーマスが姿を見せる。


「ふむ、やはりフランツもそう思うかね」

「ええ。似たタイプのマルコがチームにいるせいか、いつになく注視して、潰そうとしてますね」

「か、監督、フランツさん、どういうことですか」


 鷲介は困惑しながら二人に向かって言う。

 するとフランツが機嫌が悪そうな顔で口を開く。


「言葉通りだ鷲介。ニコの奴はお前さんを潰そうとしている。

 全く、やってくれるぜ」

「……。何故俺を? ジークさんならともかく」


 俺はどうなんだ? というエリックの言葉が耳に入るが、鷲介はスルーしフランツを見つめる。


「簡単な理由だ。お前さんに爆発されたくないからだよ」

「???」

「要は今日の試合でお前に底力を発揮されたくないんだ。だから意図してお前にボールが行くような守備をしているし、ニコがお前の相手をしているんだ」

「いえ、ニコさんはジークさんの近くにいますよね? というか相手の守備はゾーンですけど……」

「普段はな。だがお前とボールが自陣のゴール近くにいるときは、ニコはお前へのマンマーク気味のゾーンディフェンスになっている。

 だいだいそうでもなきゃゴール前で、お前さんとああも対峙できるかよ」


 フランツの言葉を聞き、鷲介はしばし考え込んだのち、納得する。

 よくよく思い出せばゴール前ではジークのそばにいた彼が何故か鷲介の近くにいた。とはいえジークと鷲介の中間あたりにいたから特に気にはしなかったが。

 しかしフランツの言う通り、ジークの方に寄っているはずの彼が実は鷲介の方によっていたと考えるなら、チャンスの度に姿を見せたのも納得がいく。


「それはわかりました。ですが俺にボールを集めることが俺を潰すことになるんですか?」

「なる。どんなプレーをしてもゴールに結びつけなければFWとしては肉体、精神ともにいつも以上に疲労するものだ。

 現に今日、結構疲れてないか?」

「それは……まぁ、そうですね」


 言われて今日はいつも以上疲れていることに気づく。

 そう、初めてポウルセンと対峙した後や、一昨年の欧州ユースリーグ決勝の時、ヴァレリーに完封された時のそれに似ているのだ。


「しかしお前さんを潰すのは理にかなっている。

 ジークフリートのシュートやエリックの強引なドリブルも危険だが、お前の反則的なスピードとそれに乗ったドリブルは、それこそ構築した守備を一瞬で突破し、ゴールに直結する。

 守っている側からしたら理不尽極まりないからな、あれ」


 アントニオの言葉に一斉に頷くチームメイト。特にDF陣が強く大きく、頷いている。

 褒められているのだろうが、微妙に嬉しくない鷲介である。


「それと今季チームやチームメイトが絶不調の時でもお前は活躍してた。また底力を見せてチームを勝利に導いたり、負けた試合でも輝いていた。

 それができたのはお前がプロになって日が浅いこともあるが、一番の理由は勢いに任せた相手の予測や研究を超えるプレーをやり続けたからだ。

 アシオン・マドリーのアウェー戦や前季のヴォルフFCとの試合の勝ち越しゴールがそれだ」

「俺はただ、根性を振り絞っただけですよ」


 正直あのプレーは衝動に任せたものだ。感情や試合の熱、流れに乗って生まれたスーパープレー。自分のもの(プレー)とはいいがたい。


「ブルーライオンCFCやニコはそれが怖いんだよ。計算や予測ができないから。

 もちろんジークやエリック、俺たちのそれも警戒してはいるだろうが俺たちは何年もプロとして戦っているし、その時の映像も残っている。

 だから俺たちの根性を見せたプレーがどの程度かはわかっているし、やった時も対処がしやすい」

「しかし鷲介! お前さんはさっきアントニオが言った通り違うわけだ! だから対処も遅れるし、もしそれで失点すれば怖くもなる。

 予測を超えたプレーをされてしまってはニコたちはこう思うだろう。──お前さんの底はどこにあるのかと」


 実感のこもったフランツの言葉。それを聞きジーク達数名のチームメイトは首を縦に振っている。

 何か覚えがあるのかと鷲介は思い、そう言えば彼らは”ゾディアック”と戦っており、彼らのスーパープレーを目の当たりにしたことが幾度もあると、今更思い出す。


「鷲介、お前さんのドリブルやスピードは現状でも脅威だ。しかしそれがさらに成長し、そうすることで予測もしないプレーができるようになり、されるとなれば恐怖以外の何物でもない。

 特に守備力を売りにしているチームからしたら、そんなストライカーなど悪夢以外のないものでもないだろうしな!」

「お前さんの底はまだまだ見えない。現状で成長が止まるのかそれともさらに成長するのか。──まぁピッチにいる21人全員が後者だと思っているだろう。

俺としては”ゾディアック”と言う奴らは全員そうだろうと思っている。──全員が世界の頂に上り詰める才能を持った、怪物だと」


 フランツ、アントニオがいつになく真面目な顔で鷲介たち(ゾディアック)を賛辞する。

 それが冗談ではないことを知り、鷲介は頬が熱くなるのを感じる。


「……り、理由はわかりました。でも俺はニコさんにやられっぱなしですよ」

「確かにその通りだね。──それでどうするのかな鷲介は。このまま引き下がるかね」

「監督の戦術的理由で下げるなら従いますが、そうじゃないならやられっぱなしのままで終われるはずがありません」


 相手が誰であろうと、負けっぱなしのまま終われるはずがない。

 そう鷲介が思うと同時に口から出た言葉にトーマスは微笑む。


「──頼もしいセリフだ。そうこなくてはね。

 さて、それでは後半のプランを説明する」


 そう言ってトーマスは話し始める。その内容に鷲介は大きく目を見開き、ジーク達は微かに微笑んで首を縦に振る。

 もし失敗すればこれ以上なく相手を勢いづかせる。しかし成功すればあの鉄壁の守りを激しく揺さぶれるだろう。

 

「最後に鷲介。後半は先ほどアントニオが言った試合の時のような気持ちでプレーするんだ。もしこちらのプランが発動する前に君が点を取っていたら、より有利になるからね」

「はい」


 あの時がどんな気持ちだったか、鷲介ははっきりとは覚えていない。だが必死で、全力で、自分ができることはすべてやろうとしていた。

 そしてそれはいつもやっていること。後半はより集中してやるだけだ。


「鷲介、ニコさんに完封されていることだが、あまり気にすることはない。

 あの人も相当なプレッシャーがあり、消耗している」


 傍にやってきたクルトが言う。

 表情は平静ながら瞳には熱いものを宿して彼は続ける。


「君にゴールこそ許さなかったけど、防いだシーンはどれもギリギリだった。

 まぁ当然だ。ジークさんと君の両方に気を使っていたんだ。度重なるアタックはボディブローのように効いているだろう。

 だからめげずくじけず、挑み続けるんだ」

「はい。──クルトさんも負けないでくださいね」


 滅多に聞かない──決して仲が良くない先輩からの励ましに鷲介は微笑む。

 鷲介の返事にクルトもまた微笑し、控室を出て行ってしまう。それを皮切りに他のチームメイトもまだ時間があるのにロッカールームから次々と出ていく。


「やれやれ、当然だが皆やる気十分だな。──ま、俺もだが」

「ジークさん」

「頃合いだと思ったら合図を送る。またお前が気づけばすぐに知らせろ。

 ──勝つぞ」

「はい!」


 力強く頷き、ジークと共に鷲介も控室から出る。

 そして同じタイミングで姿を見せた青のイレブン──ニコとこちらを見て不敵に微笑んだマルコを見て、心中に負けん気を燃え上がらせる。


(このまま終わってなるものかよ)


 ポウルセンたちと並び称される実力の評判に偽りはなかった。だからといって何もできないまま終われない。皆の期待や信頼を、裏切れるものか。

 戦意の熱が鷲介の体に充満する中、後半開始の笛がピッチに鳴り響く。

 監督の予想通りというべきか、ブルーライオンCFCは後半、思い切り陣形を下げてきた。いつもは前がかりな両SMFもいつでも5バックになれるような位置に下がっている。

 となると必然的にRバイエルンがボールをキープする時間が長くなる。とはいえ効果的な攻撃ができるかと言えばそうではない。

 ブルーライオンCFCは前回同様、後半開始からダミアンを投入してきた。そして彼とニコの2人を中心としたコーチングが、元々強固なブルーライオンCFCの守備をさらに固くしてしまう。そしてその守備がフランツやクルトから放たれる危険なパスや発生するチャンスを摘んでしまう。

 鷲介もクルトや監督に言われた通り、いつも以上に積極的に仕掛けるも、強化されたブルーライオンCFCの守備を突き破れない。ニコや下がってきたマルコがいいところで邪魔をする。

 そしてブルーライオンCFCの攻撃はカウンターがメインとなるが、それらもナイフのように切れ味が鋭く危険な攻撃だ。

 後半7分、ジークのエリックへのパスをインターセプトしたニコが前に飛び出し、Rバイエルンの右サイドへロングパス。それを収めたマルコがフリオに食い下がれながらもセンタリングを上げ、飛び込んできたディディエがゴール右隅に強烈なヘディングを放ち、アンドレアスのパンチングで難を逃れる。

 追い込まれたエリックがフランツに出したボールをダミアンがカットした後半13分。拾ったヨンが動き出していたゲルトへパスを送り、彼はディディエ、マイケルたちとのパス交換でボールは一気にゴール前に。最後に放たれたレイのダイレクトシュートにアンドレアスは動けなかったが、ゴールのそばにいたクルトが顔面ブロックで防ぎ、決定的な三点目を防いだ。


(強い……!)


 またしてもニコにドリブルを止められ、ボールがラインを割ったのを見て、鷲介は眼前に立ちはだかるニコを睨む。

 ポウルセンやバレージと同じ世界最高峰と称されるDF。単純にDFとしてなら、あの二人よりは下だろう。

 しかし選手の総合力ならば互角だ。特にアタッカーの行動を把握し、思考を先読みした守備は厄介すぎる。自分一人だけではなく、周囲の仲間たちに指示を飛ばしてこちらの邪魔をしてくるのだ。


(自分が突破されても大丈夫なような守備を構築するとか……。全く、とんでもない人だ)


 そして攻撃面でも彼は貢献している。前半見せた意図的なディフレクションパス、前線に正確なロングパスを届けたり、インターセプトした直後に近くにいた味方がボールを奪おうとするも、その巨体に見合わない柔らかなボールさばきによるまた抜きでかわして、ドリブルをしたりもした。後半二度目のCKではジェフリーのようなパワーヘディングを放ったりもした。

 本人たちには決して言えないが、完全にクルトやドミニク、ケヴィンの上位互換だ。


(だけど……!)


 後半15分を過ぎた今の時間で、ジークやフランツより送られてくる合図。どうやら青の守備陣は、こちらの攻撃や動きに完全に慣れて(・・・)しまった(・・・)ようだ。

 フランツ、アントニオがつなげたボールが鷲介の足元にやってくる。前を向き突き進む鷲介だが、目の前にはニコが立ち塞がっている。

 飛び出そうとしているエリックにはトレヴァーとヨンが近くにおり、ジークはキースが前を向かせまいと、構えている。

 それを見て鷲介はいつも通り前に出る。緩急の利いたフェイントでニコの右手側を開け、そこにパスを出す。

 ペナルティエリアすぐ前にいるジークの元に向かうボールを見ながら鷲介はワンツーを受ける動きで走る。──しかし、左手側からニコが追尾してきていた。

 鷲介にパスを出せばニコがカットする。かといってジークの背中にはキースが張り付いており前を向けない。

 結果、ジークは後ろに下げるしかできない。──そう思い込んでいるだろう、ニコたちは。


(今です!)


 鷲介が思うと同時、ボールを足元に収めたジークは微かにキースに体を寄せ、力任せに右へ切り返す。しかし即座に、その動きに見事についてくるキース。前を塞がれる。

 だがジークの動きはそこで止まらない。彼はボールをキースの股間に通し、自身も左に抜け出てペナルティラインを超えた。そして左足で放ったシュートは見事、相手のゴールに突き刺さった。


(よし、よし!!)


 ホームサポーターの悲嘆の声を聞きながら、点をもぎ取ったエースストライカーへ鷲介は駆け寄り、抱擁する。


「ジークさん! 本当に凄いです流石です!」

「お前に注力しすぎて俺の存在を過小評価していたからなあいつらは。いい気味だ」


 にやりと人の悪い笑みを浮かべるジーク。鷲介や駆け寄ってきたチームメイトも似たような顔となり、相手を見る。

 怒り、そして困惑が見える彼らの表情。しかし無理もない。ジークがこのような器用な突破をすることなど、想定していなかっただろう。


「さすがジークフリートだ。──これで一気に動きやすくなるぞ」

「はい……!」


 フランツに頷き、鷲介は軽い足取りで自陣に戻る。

 一点返されたブルーライオンCFCは一転して攻勢に出る。このまま試合が終われば延長戦に入るが、それが自チームにとって不利になることだと知っているからだ。

 運動量と正確なポジショニングで硬い守備を構築するブルーライオンCFC。しかし試合時間が長引けば長引くほどスタミナは消費されていくもの。つまり彼らが本来の守備強度を保つ時間には制限があるのだ。

 そしてもう一つ、ハーフタイム時に告げられた致命的な敵の弱点。──それは今日のブルーライオンの守備陣は、ニコやダミアンのコーチングに従いすぎているという事と、無駄がなさすぎるというところだ。


「鷲介、行ったぞ!」


 仲間の声と同時、鷲介はラインから飛び出し、後方から飛んできたボールを追いかける。

 右サイドで追いつきゴールへ向かう最中、素早く構築される守備陣形。こちらの得意な攻撃や動きを封じる、又は嵌めて取るそれを見て、鷲介は心中でほくそ笑む。


(なるほど。落ち着いてみたら確かに、よくわかる)


 こちらの動きに変化しているその様も予測した通りだ。──となれば、それを把握したうえで動けばいい。

 立ちはだかる──左側を少し開けた──ニコへ鷲介はシザースフェイントを繰り出し、左に切れ込む。直後、左側からダミアンが迫ってきていた。

 こちらが突破するのを誘導しての守備。しかしそれが来ると予測していた鷲介は敵の伸ばした足がボールに触れるより早く、左足でボールを蹴っていた。

 右ハーフレーンから左ハーフレーンに向かう浮き球のパス。それをジークが頭で合わせようと飛び込む。キースがそばにいるもヘディングを放てるであろう彼はあえてボールをスルー。そしてラインを割ろうかというボールに左外から突撃してきたエリックが駆け寄る。


「うおりゃあああっっ!」


 叫びながらエリックはピッチに着地しようとしていたボールを右足で思い切り蹴る。しっかりとミートされたボールはネットに突き破らんばかりの威力で突き刺さった。


「同点、だぜー!!」


 飛び上がり喜ぶエリック。わずか五分で同点に追いつかれたことによる、ホームサポーターの驚愕と悲鳴の声がスタジアムを揺るがす。


「ナイスゴールだエリック!」

「さすが自分勝手な男!」

「ですが同点に追いついたのでOKです!」

「はっはっは。一部褒められているような気はしないが、もっと褒めろ。称えろ! この俺をー!」


 笑いながら彼と共に応援に来ているチームサポーターの元へ走っていく。

 エリックのゴールパフォーマンスを済ませ戻る中、ニコたちを見る。誰もが唖然とした表情だ。


(今まで上手くいきすぎていたことに気が付かなかった、DF陣(あんた達)の失策だよ)


 十分な知識を持って事に当たりあらゆるリスクを想定、最小の動きで最大の効率を得る。サッカーのみならずあらゆる事で良しとされることだ。ブルーライオンCFCの守備はまさにその極致と言っていいだろう。

 しかしそれには大きな欠点がある。予想、予測から大きく外れた出来事や想定外の事態に弱いという点だ。そしてそれは普段が完璧な分だけ、そういう事態に陥った時のダメージは大きい。

 ブルーライオンCFCに似たチームがドイツリーグにも存在している。先日戦ったヴォルフFCだ。ブルーライオンCFCも彼らも運動量にものを言わせ、試合中に相手の情報を精査しながら強固な守備陣形を築く。

 しかし両チームで大きく違うのは前者は無駄に走りすぎていることと、全員が誰かに頼りすぎることがないこと。後者──ブルーライオンCFCはその真逆、無駄のない最善の走りをし、ニコやダミアンと言ったDFリーダーの指示に素直に従っていることだ。

 ヴォルフFCの守備の仕方には欠点もあるが長所もある。それは個々が常に考えて動き、仲間たちを動かしているため、瞬間瞬間で最善に近い守備を構築することだ。結果、失点するギリギリまで追い詰められても、かろうじて防いでしまう。

 一方のブルーライオンCFCはニコやダミアンの指示通り、最善の守りを作っている。綿密な情報により作られたそれは固く、並大抵の攻撃では崩れない。特にそれは時間が経てば経つほど強くなる。

 だが一方で柔軟性に欠ける。予想外の攻撃をされた時、彼らの動きはヴォルフFCに比べて、半歩だけだが遅れている。修正される速度も、遅い。

 そして予想外の攻撃をされ続け──しかも失点すれば相手の守備に迷いや隙が生まれる。もちろんニコたちが引き締めるのだろうが、その緩みはそう簡単には収まはしないだろう。今までが上手くいきすぎていたから、猶更。

 同点に追いつかれ前半のような攻勢に出るブルーライオンCFC。しかしそれは監督はもちろん鷲介たちピッチで戦っている選手たちでも予想できる事態だ。

 アントニオとドミニクを下げミュラー、ロビンを投入。中盤はフランツをトップ下としたダブルボランチの、守備的な形に代わる。

 しかしそれは守りを固めることだけが狙いではない。交代で入った二人は疲れているほかの面々に代わって全力で動き、敵の攻撃を阻害。そしてすぐさまボールを前に送るカウンターの起点ともなる。

 

「こっちだ!」


 鷲介が手招きすると同時、ディディエからまたボールを奪ったロビンがボールを送ってくる。

 センターサークルでそれを受け取った鷲介が振り返ると鬼のような形相をしたダミアンが迫っていた。それを冷静に見ながら鷲介はまた抜きで彼をかわして前に出る。


(ようやく個々で動くようになったか)


 今までなら今のようなシーン、ある程度は運ばせてチームメイトと共に嵌めて取るようなことをしていた。だから今の突撃は正直予想外であり驚きはした。

 しかしプレー精度が乱れるほど、動揺はしていない。相手の状況を考えたら誰かがあのような行動をとるのは十分、予測できることだからだ。

 前に進みながら鷲介は相手の守備陣を見る。鷲介たちの想定外の動きにやられたことが効いているのだろう、選手たちは失点前のような絶対の自信が顔からは消え失せ、守備の形もこちらへの寄せも甘い。

 だが、選手たちの目には炎のような輝きがある。選手たちの技量、気迫が戦術を凌駕している。


(だったらこっちも気迫で勝負するだけだ)


 後ろから来たフランツにパスを出し鷲介はゴール前へ向かう。左サイドに向かったボールを収めたエリックはドリブルで切り込もうとするが、体を投げ出すようなトレヴァーのスライディングがボールを弾く。

 転がったボールを拾うジーク。すぐに前を向き右足を振り上げるが、そこにキースが立ちはだかり、シュートコースを塞ぐ。

 しかしジークはシュートフェイントで右に切り返し右足を振るった。放たれる弾丸シュートだが、それをニコの右足が受け止め、跳ね返す。

 ニコがジークのシュートブロックをしようとするのを見た瞬間、鷲介はジャンプする。そして高く上がったボールを額で跳ね返し、ピッチに叩き落す。


(そう何度もカウンターパスを出させるものかよ)


 こぼれたボールにジークが突撃する。半歩遅れてニコが動き出すが、わずかに遅い。


(逆転だ!)


 ペナルティエリアに侵入したジークが左足を振り上げたのを見て、鷲介が思ったその時だ、何とジークは右にパスを出す。鷲介の方に。


(え……)


 万が一こぼれ球を押し込むべく追走していた鷲介もこれには驚き一瞬固まる。しかし次の瞬間、考えるより先に体が動く。ボールに駆け寄り、無人のゴールにスライディングでボールを叩き込む。

 後半25分、とうとう逆転する。それにチームメイトはおろか監督やベンチメンバーも立ち上がって狂喜する。


「よくやった!」

「はい。しかしあの場面でパスを出すなんて驚きましたよ」

「お前なら走ってきていると思っていたからな。狙い通りってわけだ。

 それに敵を欺くには味方からと、日本の諺があるだろう」


 してやったりの顔のジーク。こちらの頭を乱雑に撫でてくる。


「しかし立て続けにこうも点が入るなんて……。まぁ時々ありうることですが、頂点と言うべきCLでも起こるものなんですね」

「そりゃそうだ。むしろCLみたいなハイレベルの試合の方が起こる頻度は高いぞ。

 どちらもトップクラスのチームだから、少しでもチームの弱点が露呈すれば容赦なくついてくるし、ポンポン点が入る。

 決勝トーナメントでも隙を見せた前回優勝チームが3-0で負けることも珍しくない」


 そう言って少し暗い顔になるジーク。過去に、似たようなことがあったのだろうか。


「──とにかく、勝ち越した。

 残り試合時間は20分。まだ時間はあるが、油断さえしなければ今のブルーライオンCFCに勝ち越されることはないだろう」


 ジークの言葉に鷲介は頷く。まさかの逆転を食らったブルーライオンCFCの面々の顔色は酷い。特にDF陣は皆、顔面蒼白だ。

 あのマルコさえも呆気にとられた表情だ。


「残り時間、油断せず最後まで走るぞ」

「はい」


 そう言ってジークと離れる鷲介。

 試合再開の笛が鳴り響き、Rバイエルンイレブンは未だショックを引きずっているブルーライオンCFCへ猛然と襲い掛かる。

 追い込まれた青のイレブンは気迫で圧倒されながらも、後方より攻撃陣へパスを飛ばす。がくんと士気が落ちたブルーライオンCFCだが、ディディエにレイ、マルコは必死の形相で走りボールを回し、敵陣に切り込もうとしていた。

 彼らに負けじと、ミュラーやロビンを含むRバイエルン守備陣が動き回ってはチャージでボールを奪い、ゴール前へのボールをインターセプトする。そしてカウンターのボールを鷲介たちに送り、一度決定的チャンスを迎えるもニコの体を張ったDFにギリギリ凌がれてしまう。

 そして後半35分になろうかという時間、自陣にてマルコが倒されファウルの笛が吹かれる。すぐに起きあがらないマルコにホームサポーターからは倒したフリオに強烈なブーイングを向ける。 

 少ししてゆっくりと起き上がるマルコ。FKを蹴ろうとしていたゲルトと言葉をかわし、キッカーが彼になる。


(なんだ……?)


 鷲介はマルコの様子がおかしいことに気が付く。遠目から見えた彼の顔だが、先程まであった必死さが無くなっている。まるで寝起きのような、ぼうっとしているような顔に見えるのだ。

 とても負けているチームの選手が浮かべる顔ではない。また動きも鈍く、ボールから離れる動きも遅い。

 妙な胸騒ぎがする中、マルコはゆっくりと駆け寄りボールをRバイエルンゴール前に放る。それにディディエやレイがジェフリーたちと競り合うが、赤い鉄壁はボールを弾き返す。

 右サイドにこぼれたボールをミュラーが拾い、鷲介にパスを出したその時だ、マルコがすっと間に入ってインターセプトし、ドリブルを開始。すぐに距離を詰めてきたミュラーの股を抜いてかわす。


「……!?」


 マルコのあまりにも無駄がなく滑らかな動きに鷲介は目を見開く。Rバイエルンゴール前には多くの味方がおり、守備ブロックを形成している。もちろんディディエ達もいるが、中はしっかりと固めているのだ。

 ペナルティライン近くに近づいたマルコにフリオが近づく。一定速度で近づくマルコにフリオはしばし下がるも、数秒して一気に距離を詰める。

 フリオの絶妙なタックルを、マルコは微かに体を右に傾けてかわす。そしてやはり速度を上げずゴールへ向かう。


(……まさか!)


 鷲介の脳裏に浮かんだのはマルコと同じ”ゾディアック”のミカエルだ。CLグループリーグ最終戦でたった一人でRバイエルンDFを翻弄したドリブルの申し子、アルゼンチンの若獅子。


「マルコを止めろ!」


 鷲介は泡立ち、味方に叫ぶ。同時に横からロビンがマルコに突撃する。

 ペナルティエリアの外でマルコがロビンにボールを奪われようとしたその時だ、マルコはボールを蹴った。

 再びRバイエルンゴール前に浮き上がるボール。それをレイが頭で合わせようとするが、ボールはその上を通過する。

 ラインを割る──。そう鷲介が思ったその時だ、ボールは左に曲がる。さらにガクンと落ちる。

 そしてボールはゴールのネットを優しく揺らした。


「……!」


 スタジアムに響く歓喜の声を耳にしながら、鷲介はチームメイトたちにもみくちゃにされているマルコを凝視している。

 穏やかな顔つきに平静な瞳。しかし瞳の奥に見える闘志は誰よりも激しく燃え盛っている。冷静さと熱さが均等に同居しているあの瞳、あの顔。──間違いない。


「ジークさん、マルコが」

「この状況でゾーンに入ったか」


 眉間にしわを寄せてジークは言う。そして鷲介は彼と共にDF達に駆け寄り、マルコについて忠告する。


「あの動きからそうじゃないかと思っていたけど。やれやれ、本当”ゾディアック”という連中は楽をさせてくれない」

「しかしマルコ一人なら、どうにでもなる。というかどうにかしないとな。

 これ以上好き放題にやられてたまるかよ」


 フリオ、ブルーノ両SBがため息交じりに言い、クルトたちと話し合うのを見ながら鷲介たちはセンターサークルへ戻る。

 同点に追いつき勢いを取り戻したのか、前に出てくるブルーライオンCFC。青のイレブンも”ゾーン”に入ったマルコをきっかけに打開しようと、ボールを奪ったらすぐにRバイエルンの左サイドへボールを出す。

 よどみない動きでボールをトラップし、すぐ前を向いてドリブルを始めるマルコ。邪魔をするフリオを上体のフェイントだけで翻弄し突破する。──しかし直後、横から体を投げ出すようなスライディングを放ったロビンにボールを奪われる。


(”ゾーン”はその当人の100%の実力を発揮する状態。しかし決して無敵ではない──)


 今までのマルコのプレーの質が向上するだけであって、選手の癖やタイミングまで劇的に変わりはしない。今フリオがかわされたように見えたのもマルコがかわすよう誘導してロビンに奪わせたのだ。相手のお株を奪うように、嵌めて取ったのだ。

 ジークにわたるボールがインターセプトされ、再びマルコに渡る。だが今度はミュラーとクルトの2人が彼をはめてボールを奪う。


(よし、相手は前がかりになりすぎている。今だ!)


 鷲介が思うと同時、クルトからロングボールが来る。一気に相手DFの裏──しかも鷲介の方──に向かってくるボールへ飛び出そうとしたその時だ、鷲介のそばにいたニコの姿が消える。


「え……」


 いや、消えたのではない。彼はジャンプしていた。

 ただし普通のジャンプではない。鷲介に背を向けた188センチの長身はなんとオーバーヘッドの体勢となっており、クルトから放たれたボールを弾き返した。


「……!」


 ニコの驚くべき動きに鷲介は思わず足を止めてしまう。

 一瞬後、ボールの行方を追おうと、跳ね返されたボールはRバイエルンのセンターサークル内にいた──先程ヨンと交代した──ハミルトンが拾っており、右にパスを出す。

 そのボールを収めたゲルト。しかし彼は何を思ったのか少し前に進むと、すぐゴール前にボールを上げる。

 この時間でも正確無比なボールがRバイエルンのゴール前に飛ぶが、鷲介は安心していた。反応していたツートップにはジェフリーたちが見事に対応している。ボールが届いても味方が築いた守備陣形は崩せない。飛び込んでくるであろうマルコもフリオがしっかりとマークについている。

 ボールを奪ってからのカウンターに鷲介が備えたその時だ、ボールはトラップすると思っていたレイを通過する。そしてそのボールには凄まじい勢いで走ってきたディディエが合わせた。

 ペナルティエリアライン上から放たれたボレーシュート。しかも全力疾走と言っても過言ではない勢いで合わせたにもかかわらず、ボールはディディエのパワーとスピードを完全に乗せて弾丸の如く飛ぶ。

 そしてジェフリーたちDF網の隙間を通過し、Rバイエルンのゴールに突き刺さった。


「……なんだ、そりゃ」


 再び狂喜する青のイレブンたち。スタジアムにあるスコアボードが3-3から4-3に切り替わる。

 そんな眼前の光景が信じられず、鷲介は唖然と呟くのだった。







リーグ戦 18試合 18ゴール6アシスト

カップ戦 2試合 1ゴール2アシスト

CL 5試合 7ゴール1アシスト

代表戦(二年目)5試合 9ゴール2アシスト

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最高ですって!本当にええ作品。すばらしい作品を生み出してくれてありがとう。最近一話から読み始めて最新話まで来ました。これからも楽しみに更新待ってます。ヒロインも主人公も魅力的! [気になる…
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