疾風と黒鷲は空を駆ける3
「見事な青一色だ。客側としてみると、こんな感じなのか」
ぐるりと周囲を見渡し、ヨハンは下げたサングラスを再び上げる。スタンドが青一色に染め上げられたここはブルーライオンCFCのホームスタジアム、ブルーズスタジアムだ。
「ええ。試合するときは見慣れていますけど、こうして客としてきたときはホームチームサポーターの熱がより身近に感じますね」
「俺のクラブやマンチェスターFCもあまり言えないが、ホームチームカラーが強すぎて目にくるな」
ヨハンの隣でそう言うのはチームメイトであり”ゾディアック”の一人であるアーサーと、親友でありライバルクラブ、マンチェスターアーディックのストライカーであるパトリックだ。
二人がここにいるのは、ヨハンが今から行われるCL決勝トーナメント一回戦、ブルーライオンCFC対ロート・バイエルンの試合観戦に誘ったからだ。
さて、CLともなれば当然チケットを入手するのは難しい。しかしヨハンの敏腕代理人に頼んでみたところ、三枚手に入ったのだ。
そのチケットをヨハンは譲ってもらい──もちろん後日、何らかの形で礼はすると約束した──親友のパトリックと、チームメイトでありこの試合を意識しているであろうアーサーを誘ったのだ。
「さて、この試合どうなると思うアーサー」
「そうですね……。どちらもリーグで優勝争いをしているチーム。
ですが勢いはホームのブルーライオンCFCのほうがあると思います」
現在のドイツリーグで3位のRバイエルン。しかしブルーライオンCFCは2位の位置にいる。
しかしアーサーがホームチーム優勢と言うのは順位だけではない。Rバイエルンがリーグで苦戦している一方、ブルーライオンCFCはおおむね好調だ。
特に、最近は内容結果共に文句のつけようがない。五試合連続3点以上点を取っており、二節前に負傷欠場から復帰した守備の要であるニコ・アサノヴィッチを含めた守備陣は二試合連続クリーンシートという結果を出している。
またブルーライオンCFCの堅守の凄さは、先日行われたウーリッジFCとのロンドンダービーでも遺憾なく発揮された。マルコと同じ”ゾディアック”の一人であるウルグアイ代表のアルベルトを中心とした攻撃を見事にシャットアウトし、3-0というスコアで勝利したのだ。
「やっぱりそう思うよな。正直、今のブルーライオンCFCに勝つのはマンチェスターFCや俺のクラブが万全でも簡単じゃない。
Rバイエルンは攻守ともに未だ不安定だからなー」
「そうですね。ただRバイエルンはヴォルフFC戦の後半のような守備ができれば、守りは安定すると思います。
それと攻撃陣ですがエリックさんはともかく、ジークフリートさんに柳くんは好調です。味方からのフォローがあれば二人だけでもブルーライオンCFCの守備を崩すことは不可能ではないと思います」
「ジークフリートはともかく、ヤナギの奴はそこまでの選手か?」
「パトリックさん、忘れましたか? 彼はホームとはいえブルーライオンCFCからゴールを奪っています。
それに守備で言えばブルーライオンCFCと同格と言うべきレヴィアー・ドルトムント、アシオン・マドリーからも点を取っています。
通常時はともかく、瞬間的な爆発力なら現時点でも”ゾディアック”──いえ、世界のトップに匹敵すると僕は思っています」
「ずいぶんな高評価だなアーサー。──ちなみに一つ聞くが、ヤナギの爆発力は俺を上回るか?」
小さく笑ってヨハンは言う。するとアーサーは目を丸くし、少し考えこむ。
それはさすがにないですよと否定されると思っていたヨハンはその様子を意外に思う。そして少しして顔を上げた彼は、真顔で言う。
「わかりません。ですが、並ぶとは思います」
アーサーの瞳には一切の嘘偽りがない。本当にそう思っているのだろう。
「そうか。──なら、その爆発力を楽しみに試合を見るとしようか」
元々、今日の試合を見に来たのは準々決勝で当たる可能性があるチームの様子を見に来たのと、ヨハンが要警戒しているジークフリートの調子を生で見たかったからだ。
今季のジークフリートは非常に危険だ。シーズン序盤はそうでもなかったが、年末辺りからいきなりゴールを量産し続け、例年通りドイツリーグの得点王になろうという勢いだ。CLでもその勢いは変わっておらず、ゴールランキングでは3位につけている。
アーサーももちろんジークフリートには注目しているだろう。だが彼はそれでも、ヤナギがジークに次ぐ危険人物であると口にした。
ドリブルする姿はかつての自分と言われる東洋の”ゾディアック”。正直ヨハンはアーサーほどの高評価はしていなかったが、彼があそこまで言うのであれば注目せざるを得ない。
これまでアーサーが注意、又は危険と言った選手のほとんどが強敵、難敵だったからだ。
(”疾風”のホームでどこまで飛べるか、楽しみに観させてもらうぜ、”黒鷲)
そう思いながらヨハンはサポータの熱が漂っているピッチに目を向けるのだった。
◆◆◆◆◆
「やあ。一月ぶりだな」
「ああ」
入場ゲートにて、対面に並ぶマルコが話しかけてくる。
前回負けているというのにホームだからか、彼は余裕の空気を漂わせている。
「相変わらず好調をキープしているようだ。チームと共に調子を落としてくれたらこちらは大助かりなんだけどな」
「そっちもいい感じじゃないか。先日のロンドンダービーの試合、見たぜ。
小野さんやアルベルトたち相手に無失点とは、さすがの守備と言っておく」
「ニコさんが復帰したからな。それに俺たちのホームゲームでもあった。
知っているとは思うけど今季、俺たちはホームで負けはない。──今日もそうなると思っているぜ」
「そうか。だったらその記録をしっかり打ち破って、ベスト8に進出させてもらうぜ」
鷲介とマルコ。ともに不敵な笑みを浮かべているが、瞳は剣のように鋭い。
音もなく火花を散らしながら、平静を装い言葉をかわす。
「それじゃあ、試合で決着をつけるとしようか」
「そうだな」
そして同時に視線を逸らす。前方ではレイとジェフリー、ブルーノたちが話している姿が視界に映る。
心中に熱を蓄積させていると入場時間となり、エスコートキッズたちと共にピッチに入場する。試合開始前のセレモニーを行い、対戦相手と握手──マルコには特に強く握って──をかわして、緑の芝生に赤と青のイレブンが散っていく。
少し離れたところにいるマルコを見るのと同時、試合開始の笛が鳴り響く。ホームサポーターの声援が一際大きくなるのを鷲介は耳にしながら、下がっていくボールと相手チームに視線を向ける。
ブルーライオンCFC陣形は前回と同じで、スタメンはGKコリン、3バックは右からトレヴァー、ニコ、キース。中盤ダブルボランチはラグナルとヨン、両ウイングの右はゲルトで左はマルコ、トップ下はディディエ。そしてツートップはレイ、マイケルという、一人を除いて前回対戦した時と同じメンバーが顔をそろえている。
そしてアウェーのRバイエルンもシステムはいつもと同じ4-3-3のワンボランチ。GKはアンドレアス、DFラインは右からフリオ、クルト、ジェフリー、ブルーノ。
ワンボランチは最近、すっかりスタメン出場が多くなったドミニク、両サイドハーフはフランツとアントニオ。
スリートップは好調の鷲介にジーク、そして前回のヴォルフFCで久しぶりのゴールを決めたエリックだ。
(あの人が、ニコ・アサノヴィッチ……)
冷静沈着と言った感じの男性を見て、鷲介は心中で呟く。
ハミルトンに代わって出場しているニコ・アサノヴィッチ。彼はアレンと同じクロアチア代表で、クラブでも代表でも守備の要である人物だ。
そしてイングランドリーグNo1DFと言われており、またあのポウルセンやバレージと同格と評されている選手でもある。
(前回と同じゾーン型の守備。でも以前に比べより守備の強度が上がっている)
前線の味方にボールが入った瞬間、動き出した相手の守備網を見て鷲介は思う。
互いにコーチングしながら構築されていく守備。その速さや精度が前回の試合よりもさらに早く、正確だ。ニコが出場している影響なのだろう。
そのニコが、パスを受けたジークと激突。しっかりと後ろを抑えており、前を向かせない。
すかさず鷲介がフォローに来るが、ジークがパスを出そうとしたその時、ニコがそちら側へ足を伸ばしジークのパスをカット、こぼれ球をキースが拾い大きく蹴り上げる。
「!」
キースのロングパスを振り返り見れば、ボールは鷲介の後方にいるマルコに渡る。軽やかにボールをトラップしたマルコはすぐさまRバイエルンの右サイドを突き進む。
そのマルコにすぐさまフリオが立ち塞がるが次の瞬間、マルコはあっさりとボールをゴール前に放る。ジェフリーたちがしっかりと固めたゴール中央の手前に、猛スピードで突っ込んできたマイケルの姿があった。
ジェフリーに背を向けたマイケルはボールを胸トラップ。そして素早く切り返しシュートを放つが、当然立ちはだかっているジェフリーの体に当たり、ボールは弾かれる。
だがブルーライオンCFCの攻撃は終わらない。弾かれてペナルティエリア外に転がったボールにディディエが猛スピードで走ってきてはダイレクトシュートを放つ。スピード、体重の乗った強烈なシュートをクルトの体が弾くが、ボールは軌道を変えてゴール枠内に飛ぶ。
(いいっ!?)
誰もいないゴール右に飛んだボールを見て鷲介が冷や汗をかいたその時だ、ブルーノがゴール右に駆け寄り、体を盾にしてボールを止めた。
残念そうな声が観客席より響くのを聞きながら、鷲介は安堵する。ディフレクションによる不運な一点になるところだった。
(しかしブルーライオンCFC、いきなり来たな。まぁ今日の試合は何が何でも勝たなくちゃいけないわけだから当然だが)
前回Rバイエルンのホームで1-2の敗戦を喫したブルーライオンCFC。CL準々決勝に勝ち上がるためには勝利したうえでなるべくこちらの得点を抑える必要がある。
仮に1-0でブルーライオンCFCが勝った場合は総得点数は同じだが、アウェーゴールの数で次のラウンドへ進める。しかし1-1の引き分けだった時は前回勝利しているRバイエルンが準々決勝進出だ。
また鷲介たちがゴールを決めるたび、マルコ達はより多くの点数を取って勝たなければならない。試合前、最近のリーグ状況からブルーライオンCFC有利と言われているこの試合だが、勝ちあがる条件は鷲介たちより厳しいのだ。
(俺たちは最悪、引き分けに持ち込めばいい。でもそんな気はさらさらないけどな!)
ホームの声援を受けて、前がかりになって攻めてくるブルーライオンCFC。もっともそれはこちらも予期していたことであり、ジェフリーたちを中心に猛攻を耐え忍ぶ。
そして前半15分、ディディエからボールを奪ったクルトがロングパスを放つ。空高く飛んだボールは中盤を超えて左のエリックに届き、ジークを経由して鷲介の元へやってくる。
右サイドでボールを受けた鷲介はジーク達が遠く離れていることと、敵ゴール前に人数がそろっていないのを見て、単独で突き進む。ペナルティエリア数メートル前でキースが立ちはだかるが、緩急を利かせたフェイントでかわす。
しかしペナルティエリアに入ろうとした直前、ニコが立ち塞がる。灰色の髪と瞳の巨漢は落ち着いた表情で待ち構えている。
(あの二人と、違うな)
ニコを見て脳裏に浮かぶポウルセンとバレージ。ポウルセンは常に壁のような圧力を放っており、バレージは不気味な余裕のようなもの──おそらくは嵌めるための誘い──を見せていた。
とはいえ相対した時に感じる圧はやはりほかのDFたちとは違う。小さく喉を鳴らし、鷲介はニコへ突撃。彼がこちらに反応した瞬間を見計らってダブルタッチを発動して、ペナルティエリアに侵入する。
しかしシュートは打てなかった。鷲介の足元に相手GKが腕を伸ばしており、ボールを抑えたからだ。シュートを中断した鷲介は、小さくジャンプして激突するのを避けた。
(タイミングが良すぎる。嵌められたのか?)
一瞬、ニコの背中を見ながら鷲介は思う。
試合はブルーライオンCFC優勢で続く。サポーターの声援を受けた彼らは以前よりも激しく走っては動き、ボールがどこにあってもプレスをかけてくる。
またゲルトやディディエ、マルコ達が隙あらば強烈なミドルシュートをRバイエルンゴールに放つ。特にゲルトのミドルは正確無比で、彼が放った2本のシュートは枠内に飛んではアンドレアスの手が弾き、2つのCKとなった。
とはいえRバイエルンも無抵抗にやられているわけではなく、カウンターで反撃している。シュートが弾かれたボールを拾い、パスをインターセプトしてはサイドや裏抜けのロングボールを放っている。
特に目覚ましい働きを見せているのがクルトだ。25節のヴォルフFCの時のようにドミニクと頻繁にポジションを変えては攻守にわたり躍動、正確無比なパスを抜け出そうとしているジークやサイドにいる鷲介に放っている。
(いい感じだ、クルトさん!)
以前と違い、前に出てマルコのパスをカットしたクルトを見て鷲介は小さく笑う。そしてクルトは敵陣センターサークル内にいるフランツへパスを送る。
そのフランツへラグナルとヨンの2人が近づく。しかしフランツは凄まじい速さで首振りをし、ボールが足元に来た瞬間、ダイレクトで鷲介の前方へパスを出す。
(ナイスパスです!)
ブルーライオンCFCの守備網が再構築されるより早く出されたパスに、鷲介は心中で賞賛を送りながら走りボールを足元に収める。
結果、一気にペナルティエリア手前に到達した鷲介。しかしそれと同時、左からニコが姿を現す。
先程の嵌められたような守備を思い出し、鷲介は即座に動く。全力加速で前に出て、強引にニコの横を突破する。
(GKとの距離はあるしコースも見えてる! もらった!)
そう思い右足でシュートを放ったその時だ、シュートコースにニコが伸ばした足が飛び出してきて、ボールを弾いた。
「くっ……」
歯ぎしりしながら鷲介は跳ね返されたボールに目を向ける。ニコの足に当たったボールはフリーとなっているヨンが胸トラップで収める。
「右!」
響くニコの声。ヨンはすぐさま反転するや、声のとおりRバイエルン左サイドにロングパスを放つ。それがゲルトに収まり、彼は一気に駆け上がる。
そのゲルトへブルーノが距離を詰めるが、ドイツ代表の俊英はディディエとのワンツーでブルーノをかわし、Rバイエルンの左サイドを突き進む。
クルトたちが守備を構築したのと同時、ゲルトはセンタリングを上げる。味方のレイやジェフリーたちの頭上を超えたボールは右から左へ飛ぶ。
そしてそのボールに最初のチャンスの時のようにマイケルが突っ込んできた。しかもゲルトのボールは彼の動きや飛び込んでくる位置をぴったりと予測したかのように正確だ。
走ってきた勢いのまま、マイケルはヘディングを放つ。しかしそのヘディングはゴールではなくマイナス方向に飛ぶ。そしてそのボールへマルコが突っ込んできていた。
(大丈夫! 防げる……!)
鷲介がそう思ったのはゴール前を固めていたクルトがマルコの正面に立ち塞がったからだ。マイケルからのヘディングをペナルティエリアライン上でマルコが収めようとしたのと同時、クルトが一気に距離を詰める。
あのタイミングで詰められればシュートは打てないだろうし、ボールを奪えなくてもクルトならそう易々とかわせない。そう鷲介が思った次の瞬間だ、何とマルコはトラップミスをしてしまった。──いや、違う。
「……!」
息を呑む鷲介。マルコの右横に足に当たったボールは転がり、マルコもそちらへ動く。その動きでマルコは距離を詰めていたクルトをかわしてしまった。トラップミスに見えたそれはコントロールされたトラップだった。
クルトをかわすと同時、ペナルティエリアに侵入したマルコ。ジェフリーたちが動くより早く、彼は左足を振るう。至近距離の、それも体重の乗ったグラウンダーシュートはRバイエルンのゴールに突き刺さった。
先制点に沸くスタジアム。マルコと共にディディエ達がサポーターの前へ行き喜びをあらわにする。
「やられたな」
「ええ。ですけど、ああもあっさりとクルトさんをかわすなんて」
ジークと共に自陣に歩きながら鷲介は言う。
マルコの技術の高さは知っているが、見た限りの試合映像ではあのようなプレーはなかった。似たような状況の場合、味方へのパスかダイレクトシュートの選択を取っていたのだが──
「おそらくあれは先日の試合でのクルトの変化を予測したうえでの選択だろう。
今までのクルトならあそこまで詰めずシュートコースを塞ぐことを優先した。しかし今のクルトは以前より前に出るようになった。そこを狙われた」
「マジですか……」
「確証はないが、そうでないとあの一連の動きは説明ができない。
マルコはテクニックに長けた選手だが、マイケルからのシュートに近いパスをあのようにコントロールできるほどじゃない。
今の一連のプレーを初見で行える”ゾディアック”はレイ・マドリーのラウルだけだろう」
ジークの言葉に鷲介は無言で頷く。あのプレーをラウルがしたのであればここまで驚きはしなかった。”ゾディアック”No1のバランス感覚とトラップ技術を持つ、あの天才なら。
「しかしまんまとしてやられたな鷲介」
「え? 何がです?」
「さっきのニコのプレーのことだ。跳ね返ったボールがフリーのヨンに渡っただろう。あれはおそらく偶然じゃない」
ジークの言葉を聞き、鷲介はぽかんとなる。
しかしその意味を理解し、頬が引きつってしまう。
「……まさか、狙ってやったんですか」
「CLのRドルトムント戦でも似たようなプレーをしていたからな。ブルーライオンCFCが勝った試合の得点シーン、覚えているか?」
頷き、鷲介は思い出す。あれは前半開始直後のことだ。
ステファノからのスルーパスを受けて抜け出したカールの前にニコが立ち塞がり、彼のシュートを右足で弾いたのだ。
大きく跳ね返ったボールは自陣のセンターサークル近くにいたゲルトに収まり、彼からの超ロングパスにマルコが飛び出してはボールに追いつき、一気にゴール前へ。立ちはだかったグレゴリーを抜いてゴールを決めたのだ。
跳ね返ったボールが運悪く敵に拾われたため発生した、少し運がない失点だと思っていた。しかし改めて考えれば先程のシーンと非常に似ている。
「敵の蹴ったボールをコントロールするなんて、話以上ですよ……」
アレンの忠告に試合前の控室でのミーティング、試合の記録映像から、ニコがその巨体に見合わない高い技術を持った選手であることは知っていた。
とはいえまさかシュート性のボールをコントロールするほどとは、さすがに予想の範疇を超えた芸当だ。
「ニコは本職はCBだがボランチを始めとした中盤もこなせるマルチプレイヤーだからな。パスも上手く視野も広い。
リーグ戦でもロングボールやロングスルーパスでアシストをいくつか決めている」
「なんか、クルトさんやドミニクさんみたいですね」
「似た選手ではある。あいつらと明確に違う点はアレンも言っていたボールコントロール技術だろうな。
敵のシュートを狙った場所に弾く。レベルの差がある相手なら可能な芸当だが、それでも難しいプレーだ。それをお前やカール相手にやったんだ。
FWやMF顔負けのテクニックを持つDFは過去にも現在にもいるが、彼はおそらくそれを含めても、最高位のDFだろうな」
鷲介は思わず頷く。そんな人間離れをしたことができるともなればレジェンド級の選手にも引けを取らないだろう。
「しかしニコはそれともう一つ、厄介な点がある。覚えているか?」
「中盤、攻撃ポジションを経験している彼は俺たちの意図を読み、それを利用、または逆手に取った守備をしてくるんでしたよね。
……もしかして今までジークさんやエリックさんたちはパッとしないのは、それが理由ですか」
実のところ今日の試合、ジークとエリックは決定的チャンスに巡りあっていない。
ボールは彼らの元にやってきてはいる。しかし囲まれたり前を向けない場合が多く、互いにシュートは一本放っているが、弾かれたりボールが枠外に飛んで行ってしまっていた。
「話には聞いていましたけど、ジークさんたちがここまで抑え込まれるなんて……」
「まったく、あいつと対峙しているとケヴィンの奴を思い出す」
嫌そうな顔になって言うジーク。かのドイツ代表DFも同じような真似をしていることは鷲介も知っている。
しかしジークの表情からするとニコのそれはケヴィンと同じか、それ以上なのだろう。
そして彼と共にセンターサークル中央でボールに触れ、試合は再開される。
ブルーライオンCFCは先制した勢いに乗ってさらに攻めてくる。一方ゴールが必要になったRバイエルンも攻勢に出るが、先程以上の青のイレブンが放つ攻守と圧に劣勢を強いられる。
とはいえRバイエルンにもチャンスは生まれる。25分、ジークのポストを受けたフランツのスルーパスにエリックが体を投げ出すようなスライディングシュートを放つが、つま先がしっかりミートせず、ころころ転がったボールをコリンに容易に抑えられてしまう。
レイのシュートがバーを叩いてボールがラインを割った直後の29分、ラグナルをドリブルで抜いたアントニオが右サイド裏に飛び出した鷲介にパス、それを鷲介がダイレクトでセンタリングを上げジークがランニングボレーシュートを放つが、先程の鷲介の時のように立ちはだかったニコが体で防ぎ、そのこぼれ球をキースに拾われてしまった。
オーバーラップしてきたブルーノがセンタリングを上げた34分、ペナルティエリア前でジャンプしたジークがスルー。そのボールを鷲介が収め、一気にエリアへ侵入しようとした時だ、ニコからポウルセンのような強烈なショルダーチャージを受けて、ボールを失ってしまう。
(さすがイングランドリーグNo1DFと言われるだけあって、フィジカルも強い……!)
倒されるもすぐに起き上がり、ボールの行方を追う鷲介。
鷲介たちRバイエルンの動きは悪くない。防がれているものも、あと少しで得点できる気配はある。
だがゴールという結果に結びつかないことや、こちらの攻勢に全く怯まない相手。何よりこのまま試合が終了すれば敗退するというプレッシャーのせいか、小さいミスが出始める。
「ドミニクさん、後ろ!」
前半40分になろうとした時間、アントニオがドミニクの方にボールを下げる。
しかしそのパスは彼らしからぬ勢いも精度もないミスパスだ。とっさに動いたドミニクが何とか収めるも、直後彼の後ろからチェックをかけたディディエの足がボールを弾いてしまう。
転がるボールを拾ったのは近くにいたマルコだ。彼はいったん横にいたヨンにボールを渡し、上がっていく。
ボーを受け取ったヨンはドミニクから離れたディディエにパス。Rバイエルン陣内中央でボールを受けた彼はドリブルでゴールへ迫る。
ディディエの前に立ち塞がるクルト。流石に不用意に飛び込まず、以前のような冷静さでドリブル、シュートコースを塞ぎながら相手を遅らせる。
しかし”レ・ゼレファンの王”の異名を持つディディエはそれを気にすることなく正面から突き進む。その姿は字通りの、地上最大の動物である象を束ねる王の行進だ。
そしてディディエは右足を振り上げるが、それはシュートではなくパス。ボールは左に転がり、マルコの足元に。
左サイドを駆け上がろうとするマルコの前に立ちはだかるフリオ。しかし”ゾディアック”最高のウイングは鷲介にはない柔の動きとボールコントロールを生かしたドリブルでフリオを突破、左サイドを抉りボールを上げる。
ロングシュートと見間違うような強烈なセンタリングに反応したのはジェフリーとレイだ。競り合う両者、元Rバイエルンと現Rバイエルンとの勝負の軍配は、前者に軍配が上がる。
「おおおおっ!」
そう叫ぶような、鬼気迫る表情でジェフリーに競り勝ったレイは、その勢いのまま突き出した額をボールにぶつける。
放たれるパワーが乗ったヘディングシュートに手を伸ばすアンドレアス。しかしボールに触れたのは指先だけ。少し軌道が変わったものの、ボールはネットに突き刺さってしまった。
「……!」
熱狂するブルーライオンCFCのサポーターの声を聞きながら、鷲介は愕然とする。
2-0。まだ前半も終わっていないのに、さらにリードを許してしまった。
リーグ戦 18試合 18ゴール6アシスト
カップ戦 2試合 1ゴール2アシスト
CL 5試合 7ゴール1アシスト
代表戦(二年目)5試合 9ゴール2アシスト