進む者、去る者1
「いやー、今日は本当、いい品物が手に入ったなー」
”シュテルン”のカウンターに座っているミュラーがホクホク顔で言い、隣の席においてある買い物袋を眺める。
回る風車が表示されている白のナイロン袋の中身は「ヴィントミューレ」で購入した洋服だ。ミュラーのお気に入りのブランドの一つだ。
「それにしてもゼーマンさんと知り合っていたとはびっくりだよ。それを知っていれば先月も買い物に付き合ってもらっていたのに」
「大晦日で出会ったヨハンさんやマルコの印象が強くてな。まぁあの人も大概だったが」
ミュンヘン市内にある「ヴィントミューレ」に訪れた今日、スタッフが鷲介を見るや、凄まじい勢いでやってきてはおすすめ品の紹介や購入時の金額をサービスしてくれたのだ。
「ヴィントミューレ」のデザイナーであるリヌスから話が来ていたらしく、予定していた金額をややオーバーしたものの、満足のいく品を買えた。共に来ていたミュラーもその恩恵を受け、スタッフや店長と楽しげに喋りながら多くの洋服を見ては購入した。
ベルの音が鳴り思わず振り向く鷲介。そして軽く目を見開く。
「ミュラー、後ろ」
「ん? ……あ、クルトさんに英彦さんか。
それと……」
ミュラーの言う通り店内に入ってきたのは私服姿のクルトと英彦だ。
そして二人の後にもう一人入店してくる。がっしりとした体つきの金髪の男性だ。と言うかあの人は──
「フリッツさんじゃないか。どうしてミュンヘンにいるんだ?」
「本当だ」
フリッツ・アーレ。英彦たちの同期でありクルトと同時期にトップチームデビューした人物だ。しかしクルトと違いチームに定着できなかった彼は早々とイングランドリーグへ移籍していった。
現在はレスターFCに所属しており主力として活躍中。今季リーグ戦21試合出場して8ゴール2アシストと言う結果を残している。昨季は代表デビューも果たした未来を期待されている選手の一人だ。
「確かになんで今ここにいるのか不思議だな。イングランドもシーズン真っ最中で、レスターFCは今日試合があるのに。
……もしかして監督に干されたとか?」
「いや、そういう話は聞かないよ。監督はもちろんクラブとの関係も良好だって聞くし、ファンが行ったクラブの人気投票でも上の方にいたし」
「詳しいなミュラー」
「まぁね。僕も一時期とはいえ国外でプレーしていたから、なんとなく同じような人についていろいろ調べたりしたんだよね」
三人に気づかれないよう小声で話す鷲介たち。件の三人は奥の席へ向かう。
「……どうする?」
「どうするって?」
「気にならないか、あの組み合わせ。友人たちが久しぶりに会って旧交を温めるっていう雰囲気には見えなかったぞ」
一件普通の集いに見えた三人だがクルトと英彦はどこか表情が硬い。そしてフリッツは瞳に何か真剣なものを宿していた。
「気にはなるけど重要な話だったら盗み聞きするのはよくないよ」
「……それもそうだな。ここは見て見ぬふりを」
「柳、それにミュラーじゃないか」
「何?」
「おや」
声を掛けられ振り向けば、こちらを見ているフリッツたちの姿があった。
「二人ともいたのか。久しぶりだな。俺のことは覚えているか?」
「ええ、まぁ」
「もちろんです。お久し振りですフリッツさん。イングランドでの活躍は聞いています」
頷く鷲介と笑顔で再会を喜ぶミュラー。
「お前たち二人だって凄いだろー。特に柳はあっという間に追い越されたなー」
二カっと明るい笑顔を浮かべ、フリッツは近づき肩に手を置いてくる。
久方ぶりだというのになれなれしい態度だが、それを見て鷲介はこういう人だったことを思い出す。英彦との初対面時にも彼はまだ成長前で背の低かった鷲介の頭を無造作に撫でたものだ。
「フリッツ、話があるんじゃないのか」
「そう慌てるなよクルト。久しぶりに自慢の後輩と会ったんだ。少しぐらいいいだろ。
……そうだ、お前たちも聞いてくれないか。ま、多分早ければ今日の夜か明日の朝にはニュースになると思うが、同じユース育ちの誼ってやつでな」
一拍置いて二人は頷く。元々興味はあったし当人から誘われたのでは断る理由がない。
フリッツたちと共に奥の席に座る鷲介たち。何故か鷲介とミュラーはクルトを挟むような形で席に着かされた。
対面に英彦と共に座ったフリッツはサッカーや鷲介たちの話題を楽しげに話す。あきらかに本題ではないそれに英彦は微苦笑する一方、クルトは目に見えて機嫌が悪くなっていく。
「フリッツ、僕も忙しい。ぜひ聞いてほしい話があるというからいきなり帰国した君と会う時間を作った。
だがそんな話をこれ以上続けるなら帰らせてもらうぞ」
眉間に深いしわを寄せて言うクルト。口調も丁寧ながら氷のように冷たい。
「そう慌てるなよクルト。久しぶりの再会なんだからよ、ちょっとは許してくれよー」
カラカラ笑うフリッツだがクルトの表情に変化はない。英彦がやれやれと慣れた様子の一方、両隣に座る鷲介とミュラーはピリピリし続けている先輩からちょっと距離を取る。
「まったく、相変わらず真面目すぎて融通が利かない奴だな。──しょうがない、楽しい時間はこのぐらいにするか」
微苦笑するフリッツ。
「クルトがせかすから率直に言うぜ。スパイクを脱ぐことにしたんだ」
「……は?」
あまりにも何気なく告げられたその言葉に、思わず鷲介は呆けた声を出す。
だが数秒後、その言葉の意味を理解したその時、クルトが勢いよく席を立つ。
「冗談にしてはたちが悪すぎるぞフリッツ」
「話はまだ終わってねーよ。席についてくれ」
瞳を刃物のように鋭くするクルトへ、フリッツは静かに言う。
再び席を座った親友を見てフリッツは息を吐き、真面目な顔になって口を開いた。
「きっかけは前々節だったな。試合中、急に呼吸が乱れてな。チームドクターや医者の最初の診断ではストレスによる過呼吸じゃないかって言われたんだ。
まー、その時は決定機やらPKを外していたことでメディアからいろいろ叩かれていたから、それが理由だと思って納得したんだが」
苦笑いし、肩をすくめるフリッツ。その顔を見て鷲介は思わず表情を歪める。あからさまに作った表情だからだ。
現実を受け入れたくない、しかし受け入れざるを得ない。そんな思いが作らせた顔だ。
「前節の試合中、相手DFのチャージがここに衝撃を与えてな、かつてないほど呼吸が乱れた」
胸の部分──心臓あたりを指差すフリッツ。
「そして試合後チームから念のため精密検査を受けるよう言われて判明した。心臓病だってな。
それで医者や家族との話し合いの結果、引退を決めた。クラブにも伝えて了承してもらった」
そこまで言ってフリッツは大きく息を吐き出す。態度こそ平静だったが会話の最後は早口に近いものだった。
もしかして今まで普通の態度を取っていたのは、落ち着いて話すことができるようにするためだったのかもしれない。
「……早計過ぎる」
静まり返った座席で零れた言葉。非難がこもったそれはクルトのものだ。
「心臓病とわかって引退を決意するのは、いい。だが判明してまだ一月も経っていない。
もしかしたら手術で何とかできるかもしれない。そういうことは確認したのか」
「当然だ。心臓病とわかっても手術を受けて復帰した選手は少なからずいる。
クルトの言う通りその辺は詳しく聞いたら、手術すれば治る可能性はあると言われたよ」
「だったらなぜ──!」
激昂するクルト。立ち上がり胸ぐらをつかみそうな勢いの彼をミュラーと鷲介が慌てて止める。
「クルトさん、落ち着いて!」
「相手は病人だぞ!」
「クルト、二人の言う通り落ち着きなよ。フリッツの話はまだ終わっていない。
普段は冷静沈着なくせに、いざとなったら頭に血が上ってしまう。君の悪い癖だ」
厳しい顔の英彦に窘められ、眦を下げるクルト。
そのタイミングを計ったように、フリッツは口を動かす。
「俺も最初は治療をして復帰する気満々だった。だが妻と両親に病気のことを伝えたら満場一致で引退してくれって言われたよ。
さすがに俺も一人も味方しないことに驚き、手術が成功する可能性が低くないことや、成功すれば復帰できることも伝えた」
だが、と言葉を切るフリッツ。
「三人は納得しなかった。いや考慮さえしなかった。反対以外認めない。なんとしても引退しろと。
さすがに俺も腹が立ったが両親から話を聞いて納得、受け入れた。母親の父──俺の祖父も同じ心臓病で今の俺と近い年齢で亡くなっていると」
「遺伝なのかい?」
英彦の問いにわからないと返すフリッツ。
「それに加えて一歳になったばかりの俺の子供のことも言われてはな。さすがにその意見を無視するなんて真似はできなかった。
俺自身もあいつの成長を見ずに死ぬなんて嫌だったからな」
再び静まり返る座席。誰も口を開かず、何を言ったらいいのかわからない顔になる。
(これは……しょうがないよな)
クルトを再び激昂させないよう、鷲介は心中で呟く。
先程フリッツが言った通り心臓病になった選手は少なからずおり、手術をして復帰した選手はいる。だが一方練習中や試合中に倒れ、帰らぬ人になったことがいるのも事実だ。家族、まして子供がいるのであればその可能性を重く考え、引退を決めてもしょうがない。
そう思う一方、鷲介はクルトの憤りも少しは理解できる。ジュニア時代からの付き合いがある親友が何の相談もなく引退を決めたことや短時間でスパイクを脱ぐことを決意してしまったことに対するものだ。仮に自分がミュラーや隆俊に類似のことをされれば、納得はするだろうが怒りを抑えることはできないだろう。
「……そうか。なら、しょうがないね」
ぽつりとつぶやくように言う英彦。悲しげだがその声音にはフリッツを理解、肯定する意志が感じられる。
もしかしたら英彦もあの大怪我で一度は引退を考えたことがあったのかもしれない。
英彦が手術後はどうするのかとフリッツの引退後について聞いてくる。力の抜けた顔で英彦と話すフリッツ。一方クルトは怒りと諦観が入り混じった顔で言葉を発していない。
「クルト、今週末に行われるRバイエルンの試合見に行かせてもらうぜ」
「……ああ」
「正直に言うが、シーズン前はこの試合をここまで注目することになるとは思ってなかった。
何せ次節の対戦相手のヴォルフFCは現在首位。Rバイエルンも2位で勝ち点差はたったの2。前節といい今季のドイツリーグは上位も順位変動が激しくて楽しいな」
彼の言う通り、今季の優勝争いは近年まれにみる混戦状態だ。ここ十年の間でもこの時期になると順位がある程度は固定され、連敗でもしない限り順位が変動することはなかった。
しかし現在、1位から5位の勝ち点の差はたった6しかない。そのため上位陣も一節の結果次第でころころ順位が変わっている。
22節終了時点で2位だったヴォルフFCは24節終了した現在首位となっており、23節まで首位だったRドルトムントは現在3位となっている。
フランクフルトKに痛恨の敗戦を喫したRバイエルンだがその後二連勝し、またLミュンヘン、Rゲルセンキルヒェンが躓いてくれたおかげで現在2位にいる。
「ヴォルフガングも今季は好調なようで何よりだ。先日の勢いを維持していればRバイエルン相手にだってゴールを決め、首位を堅守することさえ不可能じゃないだろう」
そう言って笑うフリッツ。妙にうれしげだなと鷲介が思ったのと同時、クルトが眦を吊り上げる。
「僕があいつに負けるって言うのかい」
「その可能性は十分にあるだろ。今のあいつはワールドクラスと言っても差し支えがない。現在のドイツリーグであいつ以上のFWなんて5人もいないんじゃないか。
本調子じゃないお前が、何とかできるのかよ」
ぎろりとクルトを睨むフリッツ。呆れたような、蔑むような顔になって彼は言う。
「最近の試合映像、見たぜ。なんだ、あの情けないプレーは。周囲に仲間がいるときはともかく、一人の時のへっぴり腰は正直見ていられないぜ。
前節の降格候補の相手に二失点したのも、お前が原因じゃねーか」
フリッツが言う前節の試合は現在降格圏内にいるヴァイス・ツィーゲとの試合のことだ。
24節に行われたその試合は4-2と完勝したが、内容はそうではなかった。なんとしても降格しまいとするかつてのハンブルクFのような執念に満ちた相手にDF陣──特にクルトは押され、鷲介もゴールを決めた前半を2-2のイーブンで折り返したのだ。
その後も調子の上がらないクルトのところを徹底的に攻められピンチを招くも、何とかしのぎ切り、フランツのFKや鷲介と交代したアレックスのゴールで最後まで粘る相手を振り切った。
この試合1ゴール1アシストを決めた鹿島も必死の形相で最後の最後までピッチを走り回っており、そんな姿を見て鷲介はかつての自分を思い出したのは言うまでもない。
そんなクルトへの監督の罰だったのか、数日前に行われ勝利したドイツ杯準々決勝ではクルトはベンチ外となった。
「あんな状態でゲームに出るんだったらヴォルフガングはもちろん、ヴォルフFCは容赦なくそこをついてくるぜ。
あいつの好調ぶりを考慮したら、2失点は覚悟しておいたほうがいい」
「あいつが要注意人物だってことは、よくわかっているさ……!」
「ヴォルフガングだけに注意しているんじゃ2失点は確実だって言っているんだ。他の面々だって侮れないだろうに。もう少ししっかりしろよ」
「スパイクを脱ぐ君にとやかく言われる筋合いはない!」
爆発したかのようなクルトの叫び。それはまわりにあった空気をすべて吹き飛ばしてしまう。
英彦はもちろん、鷲介たちがフリッツを気遣って作った空気も、全て。
「……クルト!」
英彦が滅多に見せない激怒の顔を作る。しかしその彼の前にフリッツが手をかざす。
微苦笑を浮かべているフリッツを見た英彦は開いた口を閉じ、眉間にしわを作って腕を組む。怒るのは当人に任せたということだろうか。
一方、クルトの禁句に全く堪えた様子を見せないフリッツはクルトを見つめる。クルトも彼からの怒りを受け入れるように眉を下げる。
鷲介もフリッツから痛烈な口撃が来ると思ったが、彼は優しささえ感じさせるような穏やかな声で言う。
「なら俺が安心できるようなプレーを見せ続けてくれよクルト。今のお前は俺が満足するには程遠い状態だぞ。
まだ俺がRバイエルンから離れる時──トップチームで奮闘していた時のほうがよかったぜ」
そう言ってフリッツは心臓の当たりに手を置く。
「俺はピッチから去る。でもお前はまだいるんだろ。
じゃあ見せてくれよ。第一線で全力で戦い、走り続けるプロの姿ってやつを」
◆◆◆◆◆
控室の扉を開き、スタメンに選ばれた赤いユニフォームのイレブンが入場口に通じる廊下を歩く。
その先頭にいる──今日は偶然そうなった──鷲介は入場口までやってくると、先に並んでいた相手チームのイレブンを見る。緑と白のユニフォームを身にまとう現在首位のヴォルフFCのスタメンだ。
「よう、久しぶりだな」
エスコートキッズと手をつなぎ、並んだところで鷲介に声がかけられる。自信に満ち満ちているその声の主は鷲介の隣に並んでいるヴォルフガングだ。
「お久し振りです。最近好調ですね」
「お前に言われても嫌味にしか聞こえねぇな。──まぁ素直に誉め言葉として受け取っておくけどよ」
鷲介もスコアポイントを稼いでいるが、ヴォルフFCのエースストライカーはそれ以上の勢いだ。後半戦はほとんどの試合でゴールを決めており現時点で18ゴール、得点王ランキング4位の位置につけている。
ちなみにトップはカールとジークの21ゴール。三位はサミュエルの19ゴール。そして鷲介は16ゴールと5位の位置にいる。
「この調子を最後まで維持させてもらうぜ。そうすりゃあ俺たちが優勝だ」
「そう簡単にはいかないと思いますよ」
「そうでもねぇだろ。残る上位チームとの対戦はこの試合を含めて二つ。前節勝利したRドルトムントとの試合を含めた2つの試合で、俺たちは一つも負けがないんだぜ」
ヴォルフFCの後半戦の戦績は7勝1敗。しかしその敗北は降格争いの相手にいくらか主力を欠いた状態で不覚を取ったものだ。それ以外と優勝争いをしているLミュンヘンとRドルトムントとの試合は見事勝利しているのだ。
激しい点の取り合いとなったLミュンヘン戦は3-2で競り勝ち、先週行われた首位攻防戦ではなんとヴォルフガングの2ゴールによる2-0で完勝している。カールたちスタメンが出場したRドルトムント相手にだ。
「前節のRドルトムントのように、お前たちも倒す。そうすればこの混戦状態も少しはましになるだろうさ」
「俺たちだって首位奪還のチャンスですからね。それにここは俺たちのホーム、悪いですけど白星はいただきます」
勝利するのが既定路線のような口調のヴォルフガングへ鷲介も挑発じみた言葉を返す。
ここまで言われて黙っておけるほど温厚ではないし、今日は引退する先輩が見に来ているのだ。そう簡単に負けてやれるものか。
(そういえばこの人はフリッツさんが今日ここにいること、知っているのだろうか)
あの後英彦から聞いた話だが、ジュニアユース時代ヴォルフガングとフリッツは共にAチームのレギュラーで、そこそこ仲が良かったそうだ。
あの大らかな性格で犬猿の仲であるクルトたちとヴォルフガングやその取り巻き立ちとの橋渡しをしていたという。
「そういやぁ、フリッツの野郎が引退するみたいだな」
鷲介の思考を読むようなタイミングでヴォルフガングは元同僚のことを口にする。
「ええ。今日試合を見に来ていますよ」
「そうか。まぁそれはどうでもいい。
しかしあとから英国に来た分際であれだけ俺に偉そうに説教しておきながらこんな早く引退するとは。──情けねぇやつだ」
「事情もよく知らないのに、相変わらず勝手な言い草だね」
嘲笑するヴォルフガングに鷲介がかっとなったその時だ、つららのような冷たい声が耳朶に響く。
振り返れば列の後方にいたはずのクルトが真後ろに立っていた。
「君とまともに付き合っていた数少ない友人に対してそんなことしか言えないのかい」
「友人? はっ、そう思ったことは一度もねぇよ。俺やお前らとの間でフラフラしていた蝙蝠野郎だろうがよ」
一瞬で今にも殴り掛かりそうな剣呑な雰囲気となる二人。それを感じたのか周囲のエスコートキッズたちが怯えた顔になる。
それを見て鷲介が肝を冷やしたその時だ、彼らの後ろにいたフランツとエクトルが声をかけた。
「ヴォルフガング、そこまでだ。言いたいことはサッカーで示せ」
「クルト~、熱くなるのはいいが暴走はしたら駄目だろう。試合前にカード貰って退場なんて前代未聞だぞ?」
年長者二人に引き離されるクルトたち。それを見て両チームの選手が怯えたエスコートキッズを気遣う。
エクトルとフランツは互いに謝罪し、言う。
「うちの若いのが悪かったな。だが今日の試合とそれは別。勝たせてもらう」
「それはこちらも同じことだ! 首位に返り咲かせてもらうぜ」
両者とも不敵な笑みを浮かべる。そしてその直後、入場するよう声がかかり、両チームの選手はピッチへ向かっていく。
写真撮影と握手──クルトとヴォルフガングの時は皆に見られながら──が終わり散っていく両チーム。コイントスが行われ、キックオフはRバイエルンとなる。
ジークと共にセンターサークルに入る鷲介。正面にいる不敵な笑みを浮かべているヴォルフガングを見ながらボールを動かし、試合開始の笛の音が高らかに鳴り響いた。
(前節のRドルトムント戦、そして前回対戦した時とメンバーはほぼ変わっていない。システムも同じ4-3-3──)
移動しながら相手チームを見る一方、自チームのスタメンも視界に入る。
システムはいつもの通りの4-3-3のワンボランチ。GKはアンドレアス、DFラインもいつもの通りフリオ、ジェフリー、クルト、ブルーノと言った面子だ。
ボランチは最近スタメンが多く好調なドミニク、SMFは左にアントニオ、右にフランツ。
スリートップは右に鷲介、中央にジーク、そして左は久しぶりにエリックが入っている。
「鷲介ー」
開始五分弱、フリオからやってくるボールを収める鷲介。しかし側にいたトビアスが即座に迫ってきては、ヴォルフFCのイレブンも機敏に動き守備ブロックを形成する。
(相変わらず獣みたいな反応だなー)
そう思いながら鷲介はフォローに来たフランツとのワンツーでトビアスをかわし、同時にピッチ中央へ移動する。
それに応じて変化するヴォルフFCのDFラインを見ながら、鷲介はパスを出す。蹴ったボールは左のハーフライン──ペナルティエリア近くだ。そしてそのボールに最も近いのはヒースと、飛び出したエリックだ。
「ボールを!」
「こっちに!」
ペナルティエリア前でヒースと対峙するエリックへまずジークが声を出し動く。そして直後、鷲介は加速して一気にゴール前へ向かい、ボールを要求する。
だがエリックは──予想通りに鷲介たちにパスを出さず、一人で切れ込む。ジーク達の声に反応し、一瞬集中のきれたヒースの左を突破し、一気にエリアへ侵入、シュートを放った。
(よし、先制──げっ!)
ファストの伸ばした左手をかわしネットに向かっていたエリックのシュートを、ジークのマークを外したジョバンニが体を張って受け止めた。ジョバンニの胸からこぼれたボールにジークが詰め寄るが、それより先にコンラートが駆け付け、クリアーする。
高く空に上がったボールは一気にセンターサークルまで飛び、ヴォルフガングとドミニクが競り合う。共に屈強、長身な二人の競り合いはヴォルフガングに軍配が上がり、落としたボールをアルドフィトが収める。
そのアルドフィトにブルーノが素早く接近、ボールを奪おうとする。奇襲と言うべきそれにアルドフィトは慌て逃げようとするが現役のウルグアイ代表SBは彼を逃がさない。しつこく、そして激しく体をぶつけてはボールを奪おうとし、またコースをつぶして前へ進ませまいとする。
そこへフォローにやってくるローマン。ボールを受け取った彼はダイレクトで中にいるエクトルへパスを出すが、それを後方からアントニオのスライディングが阻みフランツが拾う。そしてキャプテンはすぐさま反転しこちらを見たのと同時、ロングパスを放ってきた。
(よし!)
パスが出ると同時、敵DFラインを抜け出す鷲介。このまま一気にゴール前──と思ったその時だ、なんと鷲介のすぐそばにいたコンラートが反転してジャンプ、オーバーヘッドでフランツのパスを蹴り返してしまった。
そしてそれをすぐさま拾ったのはジョバンニ。ジークがチェックに行くより早く彼はボールを正面、Rバイエルン陣内の真ん中にいるエクトルへ蹴る。
強く速いジョバンニのパスをエクトルは右足の内側であっさりと収め、そしてその勢いを利用したかのような鋭い反転をして前を向く。そして鷲介がその流れるような一連の動作に大きく目を見開いた直後、彼からブルーノの背後を狙ったパスが飛び出す。
「ブルーノ、時間を稼げ!」
「レナトとヴォルフガングが中に来ている! 注意してください!」
互いにコーチングしながら指示を出し合い守備の綻びを修正していくDFラインの面々。ブルーノに時間を稼がれたアルドフィトはそれでも中にボールを上げてくる。
中央にいたヴォルフガングを通り過ぎたボールにレナトが斜めから突っ込んでくるが、彼についていたフリオの伸ばした足がボールを蹴りだす。高く空に飛んだボールをドミニクが頭でフランツに渡す。
だがそこで反撃、とはいかなかった。フランツがボールを収めたその時、トビアスが突っ込んできたのだ。それでもフランツはさすがは年の功と言うべき動きで彼の突進をかわす。
しかしそこへ今度はエクトルが背後から近づいていた。かわした直後というタイミングでのチェックにさすがにフランツも対処できずボールを奪われる。
「野郎……!」
悪態をつきながらも敵ながら見事と心中で思う鷲介。そしてボールを奪取したエクトルはすぐ前を向きドリブルを始める。すぐさま一番近くにいたドミニクが接近するも、エクトルはまた抜きであっさりとかわしてしまう。
「な……!」
人と人がすれ違うようなごく自然なエクトルの突破を見て、思わず鷲介は目を見開く。元々足元の技術が高い選手だったが、以前よりもさらに洗練されているように思える。
スピードに乗り一気にゴール前に向かうエクトル。ペナルティエリア前でやってきた彼の前にジェフリーが立ち塞がる。
しかしエクトルが持っていたボールは再びRバイエルン選手の股を抜いた。彼の蹴ったボールは飛び出したジェフリーの股間を抜け、彼が前に出たことでできたペナルティエリア正面のスペースに転がる。
そしてそのスペースへ左から走りこんできたヴォルフガング。右側にいたクルトも動きゴール前を塞いだが、それにかまわずシュートを放つ。
ヴォルフFCのエースが放ったシュートはクルトの左側をかすめ、ゴールへ向かう。アンドレアスが手を伸ばしボールに触れるが、勢いの弱まったボールは横に跳ね返りポストに直撃。そしてゴール内側に跳ね返った。
「おらぁー!!」
跳躍し絶叫するヴォルフガング。開始十分も経過していない先制点にスタジアムから驚き、悲嘆の声が響く。そしてヴォルフガングはそれを心地よさそうに聞きながら、チームメイトと共にサポーターの前へ走っていく。
(いきなりか……!)
表情を強く引き締め、動揺を面に出さず鷲介は心中で叫ぶ。敵ながら見事な、文句の付けようがないゴールだった。
二度目のキックオフからすぐ前に出るRバイエルン。しかしヴォルフFCも同じく前がかりになる。
両チームの半数近くが敵陣に入り込み、最終ラインがミドルサード付近まで来る、超コンパクトな陣形。結果両チームとも激しくパスを回し、ボールを奪い合う。
速いパスやダイレクトパス、裏抜けパスでゴールに迫るRバイエルンに対し、ヴォルフFCは特徴である運動量とオフ・ザ・ボールの動きでそれらを防ぐ。そしてカウンターを放ってくるヴォルフFCにRバイエルンはクルトやジェフリー、フランツのコーチングによるプレスや囲い込みで相手のチャンスをつぶしていく。
そんな状況において、鷲介は抜け出しとパスに徹する。ミカエルのようなテクニック系ドリブラーでない鷲介では一人抜いてもすぐに距離を詰められロストしてしまう可能性が高いからだ。
前半20分ごろになると密集していた両チーム全体が間延びし、試合開始時の状態に戻る。どちらもスタミナを考慮してだろう。
そしてそれを狙ったかのようにフランツから、鷲介の前方のスペースへパスが来る。相手の虚を突いたパスにヴォルフFCの最終ラインの面々は反応が遅れるが、鷲介はギリギリ反応して抜け出す。
(フランツさんならやると思っていたけど……!)
ボールを収め一気にゴールまで向かう鷲介。しかし左側からコンラートが姿を見せて、立ち塞がる。U-23ドイツ代表はすぐに寄ってこず、一定の間合いを保つ。
(飛び込んできてくれたらよかったんだけど)
そう思いながら鷲介は前に進む。そしてペナルティエリアラインがあと数メートルとなったところでコンラートが飛び込んできた。
速く鋭いそれを鷲介はそれ以上の俊敏な動きでかわし中に切れ込む。しかしさらにそこへザシャが突進してきた。
明らかに鷲介をはめて取る動き。だがそれも鷲介の予想の範疇だ。ザシャの足がボールに伸びた瞬間、鷲介は左足でパスを出し、ボールはペナルティエリア内にいたエリックへ届く。
ボールを収めたエリックと相対するジョバンニ。両者がにらみ合ったのは一瞬、現役オランダ代表の若きストライカーは右に鋭く動き、シュートを放つ。
だがベテランであり元オランダ代表のジョバンニも完敗と言うわけではない。エリックよりわずかに遅れるも動いており、足を伸ばして彼のシュートコースを塞いでいた。
結果、エリックのシュートはジョバンニの足に跳ね返される。そのこぼれたボールをトビアスが拾ったその時だ、彼の背後からジークが迫りボールを奪取する。
(よっし! 成功!)
それを見て鷲介は一気に中へ突っ込む。直後ジークはこちらのタイミングとばっちりあったパスを出し、鷲介はそれをダイレクトで蹴りこんでボールを相手ゴールネットに突き刺した。
「ナイスゴールだ鷲介!」
「ジークさんも見事なパスです! 上手くいきましたね!」
サポーターの大歓声を聞きながら鷲介はジークと抱擁をかわす。今のゴールまでの一連の動きはジークと鷲介二人が仕掛けた結果だ。
ヴォルフFCのメンバーはリーグ随一の運動量に加え、オフ・ザ・ボールの動きに長けている。それ故にこぼれ球を拾う回数もリーグ有数だ。
だからそれを逆手に取った。本来なら今のボールはジークが間に合ったが、もし先に拾っていたらトビアスがすぐに距離を詰めていただろう。だからわざと先に拾わせ、その直後に奪ったのだ。
同点に追いついたことでサポータからの声援に一層の熱が籠る。それを受けてRバイエルンはさらに攻勢に出て、ヴォルフFCを圧倒する。
当然だがヴォルフFCも黙っていたわけではない。イレブンの誰もが失点のショックも見せずピッチを走り回ってはRバイエルンの攻撃を防ぎ、カウンターを仕掛けようとする。
だがクルトとジェフリー、そしてフランツの三名によるコーチングや味方の機敏かつ正確なポジショニングがヴォルフFCの特徴を徐々に弱めていく。前回対戦した時は予想を超える運動量や動きに驚き対処もなかなかできなかったが、二度目の対戦ともなると話は違ってくる。
それに加えて同点になったことでRバイエルン攻撃陣は波に乗る。ゴールを決めた鷲介はもちろんジークやエリック、アントニオも敵陣深く切れ込み惜しいシュートを放つ。
そして同点に追いついてから五分後のことだ、フランツとジーク、そしてアントニオ三名のハイプレスがローマンからボールを奪取し、前方に飛び出したアントニオにボールが渡る。ショートカウンターだ。
ペナルティエリアまで一気に近づいたアントニオにヒースが接近するが、アントニオはセンタリングを上げると見せかけたシュートフェイントで左から右に切り返しグラウンダーセンタリングを上げる。
それを中央にいたエリックがダイレクトで合わせたが、ゴール右に飛んだボールはファストがパンチングで弾いてしまう。
(押し込む……!)
ファストに弾かれたボールはポストに当たり、ペナルティエリアラインにいた鷲介の目の前に転がってきた。強引に押し込むべく鷲介は全力でボールを蹴ったが、シュートと同時、正面に飛び込んできたザシャの体がシュートブロックしてしまう。
弾かれたボールはちょうどエリックと鷲介の中間を転がり跳ねる。敵に拾われると鷲介が思ったその時だ、そのボールをジョバンニに追われるような形のジークが拾い、全力疾走の勢いのまま、右足を振るった。
”竜殺し”の異名を持つストライカーの利き足のシュートはゴール上部にまっすぐ飛ぶ。当然それにファストは両手を伸ばしボールは弾かれる。
だがファストの両手が後ろに弾き飛び、弾かれたボールも軌道が上に逸れたもののゴールのネット上部に突き刺さった。
「ジークさん、流石です!」
逆転ゴールを決めたエースに賞賛の言葉を送りながら、先程と同じように鷲介はジークへ抱きつくのだった。
リーグ戦 17試合 16ゴール6アシスト
カップ戦 2試合 1ゴール2アシスト
CL 5試合 7ゴール1アシスト
代表戦(二年目)5試合 9ゴール2アシスト




