友の成長
「さて、次は海外サッカーコーナーです。
まずはドイツリーグから取り扱っていきますね福原さん」
「はい加納さん。例年稀に見る大混戦状態となっているドイツリーグ。シーズン後半戦が始まってすでに二節を消化した現在、柳選手が所属するロート・バイエルンは18節は4-1、19節は3-1と見事快勝しています。先月の怪我から復帰した柳選手も出場しており1ゴールを決めています」
「ですが他の上位陣も勝ち点を稼いでいるため、順位に変動はありません。
しかし! 今日の夜行われる20節では4位のRバイエルンは2位、レヴィアー・ゲルセンキルヒェンとの直接対決があります!」
「もしRバイエルンが勝った場合 3位に浮上します。ただし負けた場合、同じ時刻に行われるもう一つの上位対決、ヴォルフFCとレーベ・ミュンヘンとの試合結果次第で5位に転落の可能性もあります」
「二つの上位対決、果たしてどうなるのでしょうか。柳選手はゴールを決めるのか、この後すぐの試合が待ち遠しいですねー!」
◆◆◆◆◆
青と白、Rゲルセンキルヒェンのメインカラーに染まったアウェーのスタジアムに試合開始の笛が鳴り響く。同時、サミュエルが触れたボールがアイマールによって敵陣深くまで下がっていく。
現在リーグ2位のRゲルセンキルヒェンは以前と変わらず好調だ。18、19節でも三点以上ゴールを決め勝利しており、エースであるサミュエルも当然得点を積み重ねてシーズン17ゴールで得点王ランキング2位の位置につけている。
もっとも調子がいいのは彼だけではない。特に前回対戦したアイマールもここまで11ゴール3アシストとスコアポイントを量産している。トルステンはゴール数こそ6ゴールと二人に比べて少ないが、アシストはチームトップの9だ。結果的に、三者のスコアポイントは大差がない。
そのせいかウインターブレイク中でのチーム内の変動は全くと言っていいほどなかった。今日出場している面々とシステムも、前回の対戦と特に変わっていない。
しかし油断は微塵もできないのは彼らの目を見ればすぐにわかる。前回見た時と同じ、敵を真っ向から叩き潰して勝利する戦士の眼だ。
(こんないい感じの相手にスタメンで出れないとは……ちょっと残念だな)
ベンチに座りながら鷲介は小さく息をつく。アウェーである今日のRバイエルンのシステムはいつもの4-3-3。スタメンは以下の通りだ。
GKはアンドレアス、DFは右からフリオ、クルト、ジェフリー、ブルーノ。FWは右からアレックス、ジーク、エリックの三人。
さて、最後に中盤だがボランチにドミニク、左SMFにアントニオ。──そして右SMFにはウインターブレイクでレンタル移籍が終了しスペインから戻ってきたミュラーがいる。
しかし驚くべきことではない。彼は途中出場した18節で1ゴール、19節では負傷退場したアレンに代わって入り、ジークの17ゴール目を見事アシストしている。練習でも動きはよく、一年前とは格段にレベルアップしている。
そのミュラーがさっそく魅せる。アレックスが競り合ったボールを胸トラップで収めた直後、左へ浮き球のパスを送る。ラモンの背後をついたそのボールに飛び出すエリック。だが少し遅れたのかペナルティエリアに入り打ったシュートは回り込んだイザークの体に跳ね返される。
相変わらずの、いや以前よりさらに正確になったパスの精度。しかもトラップして足元に落下中のボールを蹴ったパスだ。流石と言うほかない。さらにその後、ジークのポストプレーからのパスをエリア外からダイレクトでミドルシュートを放つ。グラウンダーのそれはシューマッハが横っ飛びでしっかりキャッチするが、枠内には入っていた。
「いいなミュラーの奴」
隣に座るカミロの言葉に頷く鷲介。スペインリーグの一年間のレンタルで、アタッキングの部分も成長したようだ。
しかし油断はできない。レンタルに出された理由である守備への対応とトップレベルのパススピードへの適応がどの程度までになっているかだ。
ミュラーのポジションは中盤──ボランチだ。ユース時代はCBもこなしては的確なポジショニングと動きで守りを統率していた。また攻撃の際は自陣の深い位置からキラーパスを通したり、上がってきてはさっきのようなミドルでゴールを決めていた。守備よりの万能型司令塔。それがセバスティアン・ミュラーのプレースタイルだ。
鷲介がそうであったようにミュラーのストロングポイントはドイツリーグでも通用した。──しかし一部クラブの下位クラブ限定と言う一言が付く。
中位では何度か反応が遅れて致命的なミスとなり、トップクラスのチームともなると明らかに通用していなかった。昨季5位だったフランクフルトKとの試合では残り時間20分、交代で入った彼のミスで2点差を追いつかれドローとなったのだ。
トップクラス攻撃陣に対する守備と敵味方の本気のパススピードの対応が明らかに一歩遅れていたのだ。鷲介もパススピードに関しては彼とさして変わらなかったが、自前のスピードと反射神経で何とか間に合わせていた。ミュラーも鷲介より長けたポジショニング技術でそうしようとしていたが、最適なポジションを取った時にはすでに最適ではなくなっている場面がほとんどだった。
下位クラブではおそらくスタメンをとれるだろう。しかしトップクラスではまだまだ、ベンチ入りすら厳しい。前半戦でそう評価されたミュラーはパススピードと試合展開の移り変わりの速さは随一と言われるスペインリーグへ武者修行の旅に出されたのである。
時間が経つにつれて試合展開とパススピードも上がっていく。ホームな為か以前よりも攻めに傾倒するRゲルセンキルヒェンは、好調なチーム状況を表すかのように前半25分の間に二度のビックチャンスを迎える。しかしクルトやアンドレアスたち守備陣が何とかボールをゴールから遠ざける。
しかしサポーターの声援、二度のビックチャンスでさらに勢いが増すRゲルセンキルヒェンに、Rバイエルンは攻撃よりも守備に対応する時間が長くなる。
(こんな時、フランツさんがいれば……!)
今日の試合、本来ならスタメンが確実なフランツだがベンチ入りすらしていない。理由は一昨日風邪を引いたためだ。
なんでも温泉に行った際、湯冷めをしてしまったのが原因だという。今日、体調は回復してはいたが、大事を取って欠場することになったのだ。
そして肝心のミュラーは最初の方こそついていけてはいたが、時間が経つにつれて後手に回る様子も見られる。以前に比べだいぶましにはなっているのだが──
「まずい!」
カミロの隣にいるアンドリーが叫び、同時に鷲介も目を見開く。センターサークル近くにいたミュラーが下げたボールがユーリにカットされたのだ。
慌てて近くの味方が動くがそれより早くユーリはボールを蹴り、前に出ていたブルーノの裏に飛び出したトルステンが収める。
自陣深くを抉るように突き進むトルステン。ドリブル、パスコースともに塞ごうとクルトが動くがそれよりほんの早くトルステンはセンタリングを上げた。マイナスのグラウンダーセンタリングに反応するのはサミュエルとジェフリーだ。
「防いでくれ!」
鷲介が叫ぶと同時、サミュエルはボールに合わせるように大きく右足を振り上げる。明らかなシュート体勢。だがサミュエルの強靭な右足がボールに触る前、ジェフリーがシュートコースをつぶす。
それを見てこぶしを握る鷲介。だが次の瞬間、サミュエルの右足がボールをスルーしたのを見て大きく目を見開く。そしてそのスルーしたボールにはフリオを一瞬で振り切ったアイマールが走りこんでいた。
左足を上げるアイマールに後ろからフリオが近づき、サミュエルのほうを向いていたアンドレアスが間一髪反応し、体の向きを左に変える。
だがアンドレアスがシュートをはじく光景は見られなかった。何故ならアイマールはトルステンのセンタリングをダイレクトで中に返したからだ。
「……!」
絶句する鷲介の視界にアイマールのパスに反応するサミュエルの姿が映った。Rゲルセンキルヒェンのエースストライカーは今度こそ右足でシュートを放ち、ボールはRバイエルンのネットに突き刺さった。
沸きあがるRゲルセンキルヒェンサポーターの歓声。鷲介は思わず奥歯を噛み、ピッチでチームメイトたちに囲まれている親友の姿を見る。
(この後、大丈夫だろうか……)
昨季のフランクフルトKの失点の時も似たような場面だった。あれからミュラーは様子がおかしくなり二失点目の切っ掛けも生んでしまったのだ。
前半31分の先制弾でさらに攻撃的になるRゲルセンキルヒェン。ラモン達CBも高い位置を取ってはより激しく、攻撃的なプレスをかけている。それによりジーク達もじりじりとポジションが下げられて行ってしまう。
自分かアレンがいたら、ドリブルや裏抜けでプレスをかいくぐれるのだが──。そう思いながら時間がロスタイムに入った時だ、サミュエルの放ったシュートがクルトの体に当たり、跳ね返る。
そのボールをイヴォビが拾い、そこへアントニオがチェックに行くが結構な足の速さを持つナイジェリア代表はそのスピードで強引に振り切ってしまう。
だが次の瞬間、彼は足元からボールをこぼした。その理由は彼が躱した直後、死角から迫ったミュラーのスライディングだ。
(ミュラー!)
見事なスライディングに鷲介は笑みを浮かべる。斜め後ろからのボールだけ狙ったステイディングは狙い通りにボールだけに触れた。
こぼれたボールをアントニオが拾い前に出る。一番近くにいたデニスが距離を詰めてくるがアントニオはすぐにパスを出し、先程のスライディングからすぐに起き上がっていたミュラーが受け取る。
前衛三人のボールを貰おうとする動きとミュラーのプレイスタイルを知っているためか、ラモン達は距離を詰めずパスを警戒する。そしてミュラーはそう思っているところを突いたかのようにドリブルを開始した。
驚き、一瞬固まるラモン達だが、即座に対応。ミュラーにボールを運ばせつつ、ジーク達を警戒し、さらにはミュラーがパスを出した場合に対応できるようなポジショニングをしている。
しかしミュラーはまたしても彼らの意表を突く。なんとゴールから25メートルはあろうかという距離からロングシュートを放ったのだ。
「おお!?」
鷲介は思わず目を丸くし、ベンチの誰かが驚きの声を上げる。しかし当然だ。ジークやエリック、フランツならばともかくミュラーが今のようなロングシュートをRバイエルンで放ったことはないからだ。
ジークのようなスピードと威力はないミュラーのロング。しかしそれなりのパワーとスピードがこめられ、精度があるそれはゴール右に向かっている。
慌てた様子のシューマッハが横っ飛びで左手を伸ばしボールをはじく。ボールはポストに当たりゴール正面へ跳ね返る。
そこへ真っ先に駆け寄るのはジークとラモンだ。しかし初動が早かったジークがラモンより早くボールに近づく。
ラモンは体を投げ出すようなスライディングを放つがジークのシュートは止められなかった。Rバイエルンの10番のシュートは起き上がったシューマッハの頭の上を通過し、ゴールネットを揺らした。
「よしっっ!」
「同点だ!」
「見事自分のミスを挽回したな、ミュラーの奴!」
ピッチの仲間たちと同じく騒ぐベンチメンバー。鷲介も立ち上がり、ジークと抱き合うミュラーを見て円満の笑みを浮かべる。
直後、前半終了の笛が鳴り響き、ベンチに引き上げるミュラーと目が合う。微笑む彼に鷲介はサムズアップをする。
(スペインリーグでの修行の成果をしっかり見せたな!)
鷲介がそう思ったのは、先程のミュラーのドリブルやロングシュートのことだ。彼はレンタル以前は今のように一人でボールを運ぶ場面やロングシュートを撃つところはほとんど見られなかった。
ミュラーは中盤の底で味方との連携やパスでチャンスを生み出す欧州──特にドイツ、イングランドに多い典型的なパサータイプだった。ドリブルが下手と言うわけではない。ただせざるを得ない状況以外ではまずパスを選ぶ選手だった。しかし個で仕掛ける気風が強いスペインの空気に触れて新たな境地を見出したようだ。
そして守備面でも変化があった。先程のスライディングだ。ボールに行っているとはいえ一歩間違えればカードを貰うような、ミュラーがするにしては中々リスキーなプレーだった。スペインに行く前では見られなかった泥臭いプレーだ。
前半で見事レベルアップぶりを証明したミュラーは後半も攻守に躍動。Rゲルセンキルヒェンに負けじとピッチを走り回り、チームのピンチを救ってはチャンスを作り出す。もちろんミスもしてしまうが、それは頼れる先輩たちがフォローしてくれる。
一方のRゲルセンキルヒェンは同点に追いついたRバイエルンに対し前半ほどの攻勢は見せれなくなっていた。もちろん攻めてはいるがミュラーの頑張りと結果に触発されたRバイエルンイレブンはリーグ随一の攻撃陣をギリギリのところでシャットアウトし、ゴールまであと一歩と迫る。
前回と同じ攻守が激しく移り変わる試合。だがどちらもあと一歩のところでネットを揺らせない戦況の互角。そしてそんな展開が続く後半20分近くになり、監督から鷲介に声がかかった。
◆◆◆◆◆
「エリックさん、お疲れ様です」
「ああ……」
どこかすっきりしない顔のエリックと軽く抱擁して鷲介はピッチに入る。
移動中、目があったミュラーに笑みを向け──彼もこちらを見て微笑んだ──ポジションにつく。エリックと同じLWの位置に。
そのため、鷲介とマッチアップするのは南米屈指のDFとなる。
「俺のところに来たか」
「ええ。よろしくお願いしますね」
鷲介の言葉にラモンは不敵な笑みを見せる。
Rバイエルン陣内のスローインで再開される試合。ボールを収めたアントニオから、左サイドサイドラインを背にしていた鷲介へいきなりボールがやってくる。
ボールをトラップし前を見る鷲介。すると先程まで近くにいたラモンはこちらから一定の距離を置いている。今までと違い、詰めてこない。
「……」
それを確認しながらサイドを突き進む鷲介。ペナルティエリアが間近に迫ってもラモンは相変わらず一定の距離を保ちつつ鷲介を追尾している。
(こっちの作戦を看破してやがる)
明らかな”待ち”の体勢を取るラモンを見て鷲介は悟る。
本来RWに入る鷲介が逆のポジションに入った一番の理由は監督よりカットインからのミドルをするよう指示を受けたためだ。
もちろん対峙するラモン相手にそれは簡単ではない。だが試合時間が70分近く経過しエリックの相手をして消耗している彼ならばいつもより容易だろうと監督は言っていた。
だがそれをラモンは見破っていた。そして彼だけではなくイザークたちもポジションを左寄りにしており、鷲介を警戒している。もちろんジーク達への注意を怠っていないうえでだ。
(だが、それならそれでやりようはある)
自分と同時にピッチに入ってきたアムールがラモンと挟み込むように向かってきているのを見て、鷲介は一度ボールを下げる。
このアルジェリア代表のボランチは技術的には未熟だがスピードとスタミナはラモンに匹敵する。疲れの見えたチームの活性化と鷲介対策のため、投入されたのだろう。
鷲介からボールを受け取ったブルーノは大きくサイドチェンジ。同じく上がってきたフリオにボールが渡る。そしてそのフリオから再び左サイド──鷲介の前方へパスが来る。
(ちょ……フリオさん! せっかちだな!)
ラインを割ろうかと言う勢いのボールに鷲介は血相変えて走り、広げた左手がゴールラインを超えるようなギリギリの位置でボールを収める。
角度はないとはいえゴール近くでボールを受けた鷲介の耳に、相手チームサポーターが発した悲鳴交じりの声が響く。そして同時にラモンとアムールがこちらへ距離を詰めてきたのを見て、鷲介は動く。
「来い!」
ペナルティエリアラインで待ち構えるラモン。鷲介はスピードに乗った動きで右に動くが、当然ラモンはそちらに反応しており、アムールも一気に詰めよってきた。
だがそれは鷲介の予想通り。そして次の行動もイメージした通りに体が動く。ピッチに踏みこんだ右足が鞭のようにしなりボールを右から左に移動させ、鷲介の体もゴールライン側へ切れ込む。
(ライン際でのエラシコ、何とか成功――!)
体勢を大きく崩したラモンを横切りながら鷲介は心の中で喝采の声を上げる。ミカエルのようなボールコントロール技術を持たない鷲介にとって狭いスペースでのエラシコは駆けの要素が強かった。
それでも実行したのはできるできないという思いが五分五分であったことと、初見なら疲労したラモンの虚をつき、突破できると思ったからだ。事実、そうなった。
(中に切れ込めないなら、外からってな!)
鷲介がペナルティエリアに侵入と同時、こちらに飛び出してきたシューマッハ。だがすでに鷲介は右足を動かし、トゥキックを放っていた。
短い脚の振りながらつま先で蹴るため勢いがつくトゥキック。相手のタイミングを外せることでも有名なシュートは、予想通りシューマッハの左を通過して、狙った場所──ゴール右隅に向かう。
しかし精度、安定性に欠けるという欠点があるトゥキック。鷲介のシュートでもそれが現れる。ゴール右隅に狙ったボールはポストに当たり跳ね返ってしまった。
それを見て思わず、んがっと口を開けてしまう鷲介。しかし直後、そのボールにジークのスライディングで伸ばした右足が当たり、ボールはゴールラインを割った。
「……。よく押し込んでくれましたジークさん。逆転です!」
一瞬、間を開けて鷲介はゴールを決めたチームのエースの肩を叩く。
とうとう勝ち越したRバイエルン。しかし対峙するホームチームからは殺気に似た圧が感じられる。
キックオフの笛と同時に前に出てくるRゲルセンキルヒェン。しかし逆転して勢いがあるRバイエルンイレブンは相手チームの攻撃を真っ向から受け止めては、はじき返し、反撃する。
「鷲介!」
アムールの荒いチェックを受けながらもミュラーがキラーパスを鷲介に送る。アタッキングサードとミドルサードの境目でボールを収める鷲介だが、そこへラモンが突撃してくる。
鷲介はシザースをしながら彼との距離を詰める。そしてラモンの体勢がわずかに左に傾いたその時、左へ切れ込む。
それに見事反応しているラモン。時間帯的に疲れもピークに達するころだろうに、たいしたものだ。しかし鷲介はすぐに右に切り返すと駆け寄ってきたジークへパスを出し、中途半端な位置にいるラモンの横を取りぬける。
「こっちへ!」
言うと同時、ジークからボールがダイレクトでやってくる。オフサイドに引っかからず裏に抜け出した鷲介。だがそこへ必死の形相のラモンが追いかけてくる。
さらにイザークもジークから離れ、距離を詰めてくる。シューマッハもそれをフォローするような動きとポジショニングをする。
(シュートは無理、どこを撃っても弾かれる。
ジークさんへリターンも……無理か!)
イザークが動いたことで可能かと思われたが、ジークのすぐ後ろにはあのイヴォビの姿があった。先程まで上がっていたのにもうゴール前まで戻ってきているとは。さすがのスピードとスタミナだ。
ならば鷲介は瞬時にパスを出す相手を切り替えてセンタリングを上げる。ボールはRゲルセンキルヒェンのペナルティエリアを横切り、そのボールにアレックスとヨーゼフが走ってくる。
必死の形相で駆け寄るスウェーデンとドイツの代表選手。両者のスピードは同じぐらいだが、初動のタイミングが違ったのか、わずかにアレックスのほうが早い。
「おおおおっ!」
一度ピッチを跳ねたボールに駆け寄り、叫び声を上げながらアレックスはボレーシュートを放つ。だがそれと同時に飛び蹴りのように跳躍したヨーゼフの足が彼のシュートを弾き、ゴールラインを割る。
CKとなり、右コーナーへボールをセットするアントニオ。彼の左足が蹴ったボールは弧を描いて、跳躍したジェフリーとラモンの間へ飛ぶ。
巨漢DF二人の空中戦はラモンに軍配が上がる。跳ね返ったボールはゴール正面に飛び、それを鷲介が見送ると、そのボールに近づく選手の姿を視界にとらえる。
(ミュラー!)
同点弾の切っ掛けとなったようなロングシュートが再び放たれる。CK直前にもかかわらず両チームの選手にボールが当たることなくゴール枠内へ向かう。
しかしボールの軌道は甘い。シューマッハに防がれる。そう鷲介が思ったその時だ、ボールをはじくため反応していたシューマッハの前にイヴォビの伸ばした足が突き出てきた。ミュラーのシュートは彼の足に当たり軌道が大きく変更、移動していたシューマッハの逆へボールは飛び、ゴールネットを揺らした。
「ナイスゴールだ、ミュラー!」
「半分運に助けられたようなものだけどね!」
意外な形だが追加点に喜ぶ鷲介とミュラー。他のイレブンも貴重な一点を取った若手を祝福する。
後半30分の3失点目に、さすがのRゲルセンキルヒェンイレブンも表情に落胆の色を隠せない。先程と同じくキックオフと同時に前に出てくる彼らだが、明らかに勢いは落ちている。
そんな彼らの攻撃を勝ち越した後、ドミニクと交代で入ったビクトルが懸命に走り回っては、ベテランの経験がなせる老獪な守備で抑えては潰す。そしてそのボールはミュラー、アントニオを経由して再び鷲介へ届く。
(もうロスタイムに入る時間。ここでとどめの一撃を決めて試合を決定づける。俺もゴールを決める絶対決める!)
チームと個人目的を同時に思い、鷲介は突き進む。攻撃していた直後のカウンターのため、鷲介の前にいるのはラモンとイザークの二人だけだ。
近くにいたイザークを鷲介は緩急のついた動きであっさりかわす。直後、ラモンが突っ込んでくるが鷲介は迷わずバックパス。後ろに下がったボールを上がってきたジークが前に蹴りだす。
運動会のかけっこよろしくそのボールへ走り出す鷲介とラモン。しかし元々のスピードに加え途中出場の鷲介とフルタイム出場しているラモン。どちらが先に追いつくかは火を見るより明らかだった。
「これで止めだ!」
ペナルティエリアライン上まで飛び出してきたシューマッハの動きを見て鷲介はシュートを放つ。GKの頭上を越えた、やや浮き上がったシュートだが枠内に向かっているのを見てゴールを確信する。
だがボールがゴールバー上部に当たり跳ね返る──さらにピッチを跳ねてこちらへ戻ってくるようにゴールから遠ざかる──のを見て鷲介は愕然とし、固まってしまう。
(何であれが入らない!?)
思わず心中で叫ぶ鷲介。しかしすぐに正気になり、跳ね返ったボールを押し込もうと鷲介が動こうとしたその時、後ろから飛び出してきたジークが先にボールに駆け寄り、ジャンピングボレーシュートを放つ。右足のインサイドキックのループ気味のシュートは、無人のゴールをやさしく揺らした。
「……俺のゴール……」
鷲介は唖然としながら、ハットトリックを決めたジークと彼に駆け寄る味方の方へ歩いていくのだった。
◆◆◆◆◆
試合終了の笛の音がピッチに響き、仲間たちが喜び、互いをたたえるのを鷲介は見る。
いつも以上に喜ぶジーク達。まぁ一昨年ぶりの勝利ともなればしょうがないのかもしれないが。
(とはいえ最後の最後で食らいつかれるとは……)
スクリーンに映る4-2というスコアを見て鷲介は思う。Rゲルセンキルヒェンの2点目はつい先ほどのことだ。
ロスタイムが過ぎ試合も終わろうとしたときに行われたCKで、上がってきたラモンのヘディングがネットを揺らしたのだ。そのあと彼はネットのそばに転がるボールに駆け寄って拾い上げ、味方にすぐ自陣へ戻るよう腕を振っていた。
やっぱり油断はできない相手だと鷲介が思っていると、そのラモンがこちらにやってくる。
「これでRバイエルンは3位に浮上。俺たちは4位転落か」
「ええ。──その割にはあまり悔しそうじゃありませんね」
「何言ってやがる、悔しいに決まってるだろうが。
俺は大人だから、お前みたいに面に出さないだけだぜ」
そういうラモンだが、口元が少し引くついている。まだまだ優勝争いをする相手に対しての強がりと言うことか。
「それに俺とお前の勝負は俺の勝ちだしな」
「勝負をしていた覚えはありませんけど……?」
「俺1ゴール。お前0ゴール。ホラ、俺の勝ちだろ?
あの二度のビックチャンスを決めれないとは、まだまだだな」
一方的な勝敗を決めるラモンに鷲介は半目を向ける。しかしラモンは悪びれることなく「顔に感情がもろに出てるぞー」と楽しそうに言い、背中を向ける。
こちらに手を振って仲間とともに去っていくラモンを見つめていると、インタビューを終えたミュラーがこちらに寄ってくる。
「お疲れミュラー。今日は大活躍だったな」
「ありがとう。鷲介も途中出場の短い時間で二得点に絡んで、相変わらず凄かったよ」
疲れ切った顔でミュラーは言う。しかしその顔には嬉しさと充実感も満ちている。そんな友人の様子を見て鷲介は小さく笑む。
「ねぇ鷲介。エリックさんなんだけど、あの人調子を落としてないかな」
喜びから一転して深刻な顔となるミュラー。
だがそう言う理由もわかる。エリックはリーグ通算13ゴールだが、16節を最後にゴールを決めていない。そしてシーズン開始時に見せていたダイナミックかつ軽快な動きがあまり見られていないのだ。
今日の試合もゴールを決めるチャンスはあった。だがラモン達にあと一歩のところで防がれてしまっていた。
とはいえ攻撃陣は決して調子が悪いということはない。アシオン・マドリー戦から何か吹っ切れたかのようにゴールを量産するジークに、調子を落としているエリックとは対照的に好調を維持してゴールを地味に積み重ねているアレックス。
さらに公式のアンケートでチームの前半MVPを獲得した鷲介。よくよく考えればシーズン開始時と並ぶぐらい、いい感じではないだろうか。
「大丈夫かな……」
とはいえ純粋に心配している親友に対してそんなことを口にはしない。ただエリック、アレンが完全に復調すれば世界最高峰の攻撃陣と言ってもいいとは思うが。
鷲介は周囲を見渡しエリックを見つける。今日は出場しなかったロビンに肩を抱かれている姿を見る。
その姿はまるで、苛立っているのを宥められているような姿だった。
リーグ戦 14試合 13ゴール5アシスト
カップ戦 1試合 1ゴール1アシスト
CL 4試合 6ゴール0アシスト
代表戦(二年目)5試合 9ゴール2アシスト




