アムステルダムの天才たち
12月31日。いうまでもなく大晦日である。
今までの鷲介は日本の実家で両親や祖父たちと年を越すのだが、今年はそうはならない。何故なら大晦日たる今日、パーティーに招待されていたからだ。
「ここか……」
タクシーから降りた鷲介は眼前にそびえたつホテルを見上げる。ここはホテル暁。東京でもトップクラスの高級ホテルであるという。
そして鷲介たちを招待したオランダ代表のエース、ヨハン・ニコラス・ファン・ローイが自身の誕生日パーティーのため、貸し切っているという。
「悪いな由綺。大晦日なのに。……お父さん、機嫌悪くなかったか?」
「説得した後は何も言わなかったけど眉根にはずっと皴があったかな。お母さんが何とかなだめてくれたみたい」
同じタクシーから降りてきた由綺が笑顔で言う。年が明けての日和田家訪問時、礼を言わなければなと鷲介は思う。……あと不機嫌な昭雄の機嫌も何とかしないととも。
ホテル前にいる二人だが、その姿は私服だ。何故なら招待状に『パーティ用の衣服はこちらで用意するので私服で来るように』という記載があったからだ。
「さて、行くか」
「うん」
やや緊張気味に鷲介が言い、由綺も表情を少し硬くしている。無理もない。パーティ会場にいる人間の大半はほぼ初対面だからだ。
ヨハンが日本で誕生日パーティを行うのは有名だ。何せ彼自身その様子をネットに上げているからだ。参加者は彼が所属するクラブのチームメイトにプロデビューしたアルムテルダム・アイアースンの人やオランダ代表の仲のいい人たち、それから親交がある著名人たちだという。
(アーサーとも会えるかもな)
もしかしたらチームメイトつながりで呼ばれているかもしれない。そう思いながらホテルのエントランスで受付を済ませ、持参したお土産──もちろん祖父祖母の和菓子──を渡す。
そしてエレベーターで会場である最上階へ──の一つ下の階へ上がる。パーティの衣服に着替えるため、受付の人間にそう指示されたのだ。
エレベーターから降り指示された部屋の前に到着する。長机に座るホテルマンに招待状を見せると「ようこそいらっしゃいました。こちらでお着換えください」と言われ、鷲介は正面の、由綺は右隣の部屋に誘導される。
それに従い鷲介たちは別れて部屋に入る。ホテルの大部屋のような広さのそこにはずらりと並ぶいくつもの衣服と鷲介と同じパーティーのお客だと思われる人間、彼らの着替えを手伝うホテルマンたちの姿があった。
「鷲介!」
いきなり呼ばれ驚く鷲介。声のした方を見るとそこには何故か新選組のような着物を着たロナウドの姿があった。
「久しぶりだね! 夏以来かな!」
「あ、ああ。そうだな。ところでその恰好は、なんなんだ?」
「ああ、これはねー」
「あああー! 鷲介ー!」
そう着物の端をつまみ、ロナウドがそう言った時、部屋に響く高らかな呼び声。
そしてそれに聞き覚えがある鷲介は頬を引きつらせそちらを振り向き身構える。案の定、そこにはイタリアの至宝と呼ばれるバカの姿があった。
「僕の運命の盟友! 永遠の好敵手よ! 再会するときを待ち望んでいたよー!」
早速いつもの仰々しい物言いを叫び、早足で接近してくるマリオ。彼もロナウドと同じく珍妙な──忍者のような衣装を身にまとっている。
両手を広げ抱きつこうとしてくるマリオ。当然、鷲介はそれをひらりとかわすがマリオはすぐさま体勢を整え、身を低くする。
「ふふふ。去年は行えなかった盟友同士の再会の抱擁を今度こそしようか……!」
「誰がやるか……!」
じりじりと詰め寄るマリオに同じ速度で下がる鷲介。ピッチでもないというのに二人は鋭くにらみ合い、「頑張れー」と何故か応援しているロナウドの声が聞こえる。
と、そこへ冷静な──しかしどこか呆れたような──声がかかる。
「周りの人たちが驚いてるから、少しは静かにしよう」
マリオと共に視線を向けるとそこにはロナウドたちと違う一般的な着物を身にまとうアーサーの姿があった。
「久しぶりだね柳くん。U-17W杯以来かな」
「そうだな」
マリオとの間に割って入りアーサーは言う。和装しているというのに動く様から貴公子風な雰囲気を醸し出している。
「しかしお前はともかくなんでロナウドとマリオがいるんだ?」
「二人のクラブにはヨハンさんと親交のあるオランダ代表の選手がいるからね。ユヴェントゥースTFCのフランシスカさん、バルセロナ・リベルタのエドガーさんが」
「そう言えばそうだったな……」
言われて鷲介は納得する。
「ところで一つ聞きたいんだが。ロナウドたちのあの格好は何なんだ」
「ヨハンの趣味と私のコーディネートによるものだよシュウスケ・ヤナギくん!」
いきなり大声の名指しで呼ばれ鷲介は肩を揺らす。いつのまにか傍に、屈強なDFのようなガタイのいい三十代ぐらいの金髪男性がいたからだ。
そして彼もロナウドやマリオと同じくおかしな格好だ。一言で言うなら正月TVで見るバカ殿の姿に酷似している。
「初めまして。僕はリヌス・ゼーマン。ヨハンの親友でファッションデザイナーをしている! ヴィントミューレと言う名前の会社なんだが、聞いたことはあるかね?」
「え、ええ。一応は。……で、どういうことなのでしょうか」
珍妙な二人を指差して鷲介が言うと、リヌスは何故か胸を張る。
「ヨハンが親日家であることは知っているね。そして誕生日パーティーは二年に一度の割合で日本で開催することも」
頷く鷲介。
「その際、このように日本の和の文化に触れるのがヨハンの意向なのだよ。──ま、要は好きな日本の服装をしようと言うことだね!」
「それであれですか?」
再度ロナウドとマリオを指差す鷲介。それに気づいた二人──ロナウドは腰に差してある模造刀を抜いては構え、マリオは「ニンニン」と言いながら忍者が忍術を使うような恰好を取る。
「侍と忍者は我が故国でも世界でも人気だからね! 彼ら以外にも同じ格好をしている人はいるよ!」
「コスプレパーティかよ」
半目となった鷲介は日本語でつぶやく。だが日本語が理解できるのかリヌスは「まぁそのようなものだね!」と応じる。一点の曇りもない笑顔で。
「さて君を待っていたよシュウスケくん。数少ない純日本人のお客である君にはどれを着てもらおうかな……!」
「あの、目が怖いんですけど」
異様な目つきのリヌスを見て思わず後ずさる鷲介。だが突然両腕を掴まれる。
驚き両脇を見ればいつの間にか移動していたのかロナウドとマリオがいた。ラテンのノリを発揮している二人は笑顔で言う。
「心配しなくて大丈夫だよ鷲介。君に似合う衣装をリヌスさんがしっかりコーディネートしてくれるさ」
「僕と一緒の忍者の恰好が似合うと思うよ!」
「誰が着るか! ……アーサー、この二人を何とかしてくれ!」
「……。時には流れに身を任せるのもいいと思うよ」
涼やかな、しかし何か諦めたような笑みとともに告げられる言葉で鷲介は頬を引きつらせる。
そして彼ら二人にリヌスが加わり、鷲介は着替える(させられるとも言う)。
鷲介よりも三人の意見が多分の含んだ浪人風の格好──二本の模造刀を腰に差した──鏡で見て、思わずため息が零れる。
「うむ、素晴らしい! やはり侍の姿がもっともよく似合うのは日本人のようだね!」
「あ、上着に鷲の文様がありますね。鷲介の”黒鷲”にちなんだんですね」
「どことなく孤高──忍者っぽいのもいいな!」
ラテンの陽気で騒ぐ三人を見て、思わず拳をグーにする鷲介。それをなだめるようにアーサーが肩に手を置く。
彼らとともに部屋を出る鷲介。するとすぐ近くで同じようにコスプレ──もとい、日本の和服姿の由綺とアイリスを発見する。
「鷲君、その恰好」
「詳しくは聞くな。まぁ、お前も同じような目にあったのは見ればわかる。俺と違い似合っているのが救いだな」
「鷲君も似合っているよ?」
苦笑する由綺。彼女も例にもれず和装だ。打掛を身にまとったそれは時代劇などに登場する武家の姫君を連想させる。
「アイリスさんもお久しぶりだ。しかしその恰好……いいのか?」
「ふふふ、はい。昔の日本のメイドが着ていた服装と聞きました。新鮮です」
貴族の令嬢であるアイリスが身にまとっているのは明治、大正時代の女中のような服装だ。
もし彼女の両親や家族がこれを見たら卒倒するんじゃないだろうか。そう思った時、由綺たちの後ろから二人の少女が姿を見せる。
「恋人に対しての感想それだけ? 噂通り、日本人の男ってシャイなのね」
「あまりにキレイで言葉がないってこともあるんじゃないかな」
由綺たちと同年代──もしくは少し年上と思うような二人の女性。
一人はアッシュブロンドの勝気な顔立ちをしており、服装はどこの神社にもいる巫女姿だ。二人目は短い黒髪と深い緑の瞳、そしてどこか日本人に近い顔立ちだ。身にまとっているのは陰陽師が着たとされている狩衣だ。
「クラーラ・フェスタよ。よろしくね」
「僕のアモーレさ! 美人だろう! モデルなんだ!」
クラーラの肩を抱きマリオが言う。自慢げに言うだけあってクラーラは凛々しい感じの美人だ。立つ姿もピシッとしており、まさにモデルと言った感じだ。
「はじめまして。奏・アレグリアです」
「俺のナモラダだ。名前の通り日系ブラジル人でもある」
小さく頭を下げる奏。なるほど、狩衣姿にあまり違和感がないのはそのせいか。
パートナーを紹介されたので、改めて鷲介も由綺を二人に紹介する。ロナウドは陽気に「よろしく!」と言って手を握り、マリオは「僕と鷲介は血よりも濃い絆で結ばれた、終生の盟友だよ!」などとたわ言を言って鷲介、クラーラの二人に突っ込まれる。
「さて、着替えも終わったことだし会場に行くとしようか!」
鷲介たち四組のカップルを先導するようにエレベーターに乗るリヌス。
そして会場である階層に到着してエレベーターの入り口が開くと、真っ先に出ては両手を広げる。
「さ、開始時間まで少し時間があるが、楽しんでくれたまえ!」
エレベーターを出て正面の部屋は鷲介と同じパーティの客──和装の人が大半──の姿がある。そして移民大国オランダの英雄が主催するパーティなだけあってか、黒人白人など多様な人種の姿が見える。
(思ったより、堅苦しくなさそうなパーティだな)
周りをぐるりと見渡して鷲介は思う。デキる人や、どこかの会社の重役と言った感じの人も少なからずいるが、彼らも主賓のルールに従ったのか鷲介たちと同じ和装で歓談している。
それらを眺めながら鷲介は主賓の元へ向かう。場所は会場を見渡してすぐにわかった。何せ見覚えのある顔──世界レベルのオランダ代表のメンバーに囲まれているからだ。
「……おお! 来たか”サムライ・ソード”!」
こちらに気が付いた金髪の男性は、日本を感じさせる鷲介の字を呼ぶ。鷲介とほぼ変わらぬ180センチだが、存在感は周囲の誰よりも強く大きい。
世界一のウイングと称されるだけあってか、同じく世界一と呼ばれるジークに似通った空気がある。頂に君臨する王者の覇気と言うべきものが。
「初めましてだな! ヨハン・ニコラス・ファン・ローイだ」
「シュウスケ・ヤナギです。本日はお招きいただき、ありがとうとございます」
ヨハンが差し出した手を握る鷲介。パーティの主催者たる彼は大名、もしくは戦国武将が平時の時に着ているような着物だ。肩まで伸びている金髪は小さなちょんまげにしており、左腰には脇差もある。着物を着慣れているのか姿にあまり違和感はなく、時代劇に出演させても問題がないように思う。
続けてヨハンはロナウドたちとも握手や抱擁をかわす。そしてその間は鷲介にヨハンの周りにいた人たちも次々と握手を求めてくる。その中には見知っているユヴェントゥースTFCのフランシスカも含まれていた。
「しかしまさか”ゾディアック”四名が一気に勢ぞろいするとは。ならばこちらも呼ぶとしようか。──マルコ!」
大きく、はっきりとした声でヨハンが呼ぶ。するとヨハンたちのすぐ近くにいた四人の集団のうちの一人がこちらへ振り向く。
その男は鷲介よりやや小柄だ。だが顔立ちは大人のそれであり、漂う空気もロナウドたちと酷似している。鷲介と同じ侍の恰好をしているが、彼のそれは旗本が着ているような品と質がいい着物だ。
「紹介しよう。我がオランダが誇る”ゾディアック”、マルコ・ステーフェン・エヴェルスだ」
「……紹介に預かったマルコ・ステーフェン・エヴェルスだ。よろしく」
「柳鷲介だ。こちらこそ、よろしく」
マルコから差し出された手を握る鷲介。しかしその表情に笑みはない。
何故ならマルコの視線は抜いた刀のように鋭いものだったからだ。
◆◆◆◆◆
「本日は俺の誕生日パーティーに来ていただきありがとう! 皆、大いに楽しんでくれ!」
会場に設置された檀上で、挨拶をあっさりと終えるヨハン。客は皆、彼と同じようにグラスを掲げ、近くにいる人たちとぶつけ合う。
そして再び会場内で歓談が再開される。鷲介もホストであるヨハンはもちろん彼の友人であるオランダ代表にロナウドたちと、料理とドリンクを口に運びながら話す。
「そういえばシュウスケの実家は和菓子屋だそうだな」
「正確に言えば祖父母や叔父が経営しているんですけどね。今日もお土産で持ってきました。お口に合うといいんですけど」
「この揚げパンみたいなのなんですか、フランシスカさん」
「オリボーレンだ。オランダの大晦日でよく出る一品だな。ちなみに俺と妻の手作りでもある」
「鷲介! どうして僕のワインを奪うんだい!?」
「日本では20歳未満は飲酒禁止だ。警察にしょっぴかれてヨハンさんに迷惑をかけるな。
……ってロナウドも! 飲むなって! アーサー、止めろ!」
「どうだいシュウスケくんこの服装! 来年売りに出そうと思っているんだ!」
「ごく一部の趣味の人にしか受けないと思うので、もうちょっと抑えめのデザインにしてはどうでしょうか」
他にも初対面の人や著名人と談笑したり、ヨハンたちの家族から写真撮影やサインなどを求められる。由綺もクラーラや奏たち楽しそうに歓談している。
そして初めて顔を合わせたオランダの”ゾディアック”、マルコとは──
「お前と会うのはCLのピッチの上だと思っていたがな」
「それについては同感だ」
「しかし一回戦で当たるとは都合がいい。ゾディアックNo1ウイング、ヨハンさんの後継者と言われている世間の間違いをこんなに早く正せるんだからな」
敵愾心バリバリのマルコの言葉。久しく感じていなかった同世代からのそれを受けて鷲介が不敵に微笑んだその時だ、
「いや前者はともかく後者は間違っていないだろ。プレースタイル的にも」
そう言って会話に入り込むのは戦国武将が着る甲冑を身にまとう金髪黒人だ。
彼はパトリック・ニースケンス。オランダ代表でありポジションはFW。ヨハンの親友であり同期の一人でイングランドリーグの強豪、マンチェスター・アーディックに所属している。
やや酔っているのか彼はニヤつきながらマルコの肩に腕を回し、言葉を続ける。
「映像で見ただけだがあの超加速に緩急のきいたドリブルは、まさに若いころのヨハンに生き写しだぜ。
対戦したフランシスカもそう言っていたしな」
「と、当時のヨハンさんほどのパス精度やセンス、FKはないでしょう。それなら自分のほうが優れていますし似ています」
「ま、確かにそうだが共通項が多いのは柳くんの方だと私も思うよ。マルコのパスセンスにFK+柳くんのスピードとドリブルを合体したら君たちと同世代だった時のヨハンになるかな」
「その通りだね! ジュニアからの付き合いの僕も完璧に同意するよ」
リヌスと共に姿を見せたのは公家のような衣装を着る黒髪の男性だ。パーティーだというのに落ち着いた表情を浮かべている。
彼はエドガー・レップ。パトリックと同じくヨハンの盟友でありオランダ代表選手。CB、SBどちらもこなせる器用なDFであり代表、所属するバルセロナRでもスタメンを張る実力者だ。
そしてエドガーはヨハン、パトリックと同時期にアムステルダムAにてプロデビューし、三者がいた時見せた活躍から母国のファンから”アムステルダム・トリオ”と言われている。
「ちなみにアムステルダムAサポータ内で行われた『どちらがヨハンに似ているか』アンケートによると、シュウスケくんが票数7割を獲得していたね!」
「なるほど。じゃあ決まりかな」
「アムステルダムAユースで育ったマルコを見ているサポーターが言うから、そうかもなぁ。
──ま、運がなかったなマルコ」
ぐぬぬと表情を歪ませるマルコの肩や頭に手を置くパトリック達。
地元の先輩に弄られる後輩の図を見て、鷲介が心中で同情した時、さらに乱入者がやってくる。
「いーや、まだ足りないな。鷲介と同等の得点力もあったぜ。
ミドルにヘディングなんでもござれ。まさにパーフェクトなFWだぜ」
そう言って姿を見せたのは話題となっているヨハンだ。酔っぱらっているのか顔は真っ赤だ。
しかし上機嫌な主賓に盟友たちが即座に突っ込む。
「いや完璧と言うほどではないね。怪我も多かったけどそれ以上にファウルやカードも多かったし」
「デビューの年で2度退場したんだったな。今はそこそこ落ち着いたがイエローは相変わらずよく貰うし今季も累積で一度出場停止食らってたよな」
「昨季はレッド四枚貰って1シーズンのレッド累積記録を更新したな! というか退場多すぎだ! ユースのころからそうだったけど!」
「フ、ファウルについてはいいだろ! 言うべきことはそれではなくてFWとしてだな!」
「ウイングとしてはともかく世界一のFWってほどではないな。それならまさにRバイエルンのジークフリートやバルセロナRのアルフレッドたちがそれだよな」
「彼らに比べると得点率や数は高くないな! 得点王になったことも一度もないし!」
「ジークフリートはリーグで四季連続、CLでは三期連続得点王になっているし。アルフレッドもスペインリーグで五度得点王、今季のCLでも現在トップだしね。
うん、やっぱり世界一のFWと言うにはちょっと無理があるかな」
「しゅ、主賓を持ち上げるというパーティーマナーを知らないのかお前たちー!」
眼前で騒ぐヨハンたちを見て鷲介が仲がいいなと思う一方、オランダのウイングは弄られキャラなのだろうかとも思う。
が、そんな楽しげな賑わいを鋭い声が吹き飛ばす。
「何を言っているんですか皆さん! ヨハンさんは完璧な、当代最高のFWですよ!
確かに得点王こそありませんが17歳でデビューして現在までの12年間で10度、二桁得点を記録しています。アシスト王も六度獲得しているじゃないですか!」
鼻息荒く言うのはマルコだ。興奮しきったその様は、今にもつかみかからんばかりだ。
先程の大人しい様子から一転したマルコに鷲介があっけにとられる。
「それに重要な試合では必ずゴールを決めています! 昨季のCLでは激闘だったRバイエルン戦や大会ベストマッチの一つに選ばれたRマドリー戦でも勝負を決めるゴールを。リーグでは優勝が懸かったマンチェスター・ダービーでも見事なハットトリックをしましたよ!
あれほど完成されたFWは今の時代、いや過去にだっていやしませんよ!」
「あ、ああ。そうだな。わかったから落ち着こう」
微苦笑してマルコをなだめる先輩たち。賞賛されたヨハンも少々恥ずかしげだ。
ともあれパーティの楽しい時間は続く。そして結構な時間が経過し、会場内の熱による体の火照を覚ますため、鷲介は会場を出る。由綺も誘おうとしたが、彼女は今なお楽しげにお喋りをしていたのでやめておいた。
通路にある小さな休憩スペースのソファーに腰を下ろしていると、そこへヨハンが姿を見せる。
「ここにいたのか。──彼女、一人にしていいのか?」
「新しい友人たちと楽しそうに話していましたので。それにヨハンさんの子供たちが妙になついていましたから、問題はないでしょう」
「あー彼女、少し音葉に似ているからだろうな。我が子たちは甘えん坊でな、父親としてはもうちょっと母離れをしてもらいたいと思っているところだ」
音葉都はヨハンの奥さんだ。そして鷲介と同じ日本人でもある。
結婚した経緯は何でもヨハンがアムステルダムAでトップチームデビューした試合、偶然観戦に来ていたのを見たヨハンが一目ぼれしたのだという。
そしてヨハンがRNSミランに移籍する直前結婚。現在は双子の母としてヨハンを支えているという。
「ヨハンさん、一つお尋ねしたいんですが」
「なんだ」
「今日、なぜ俺をパーティに呼んだんですか」
「俺がお前に会いたかったからだ」
即座に返された答えに鷲介は言葉に詰まる。
ヨハンはにやりと笑みを浮かべ、続ける。
「お前さんについては去年から少し知っていた。あのマルコと同じ”ゾディアック”だからな。
だが本格的に気になり始めたのは、CLでRバイエルンを下した後、あのジークフリートやフランツから”お前がいたら、結果は別のものになっていた”と負け惜しみを聞いてからだな」
ヨハンの言葉に思わず鷲介は目を丸くする。全く聞いたことがない話だ。
「ストライカーとしては当代で随一と言われる男にそこまでの評価をされている。興味を惹かれてお前の出場した試合を見た。
ハンブルク・フェアアインに日本代表。そして今季のRバイエルンでの試合。あの活躍ぶりと成長速度を見ていち選手として興味がわかないはずがない。
とはいえさすがにいきなり会おうと声をかけるような真似はできなくてな。こうして誕生日に招待したわけだ」
何かの祝い事だったら、断りにくいだろう。そう言ってヨハンは小さく笑う。
「試合映像で何度も見ていたが、やはり顔を会わせるとよくわかった。あのマルコと同等以上と言われるのもファンやメディアのお世辞でないことも。
会えてよかったよ。──ピッチで相まみえる時、微塵も油断しないで済むからな」
そう言って視線を細くするヨハン。その瞳は先程までの酔っていた眼差しではなく、正気のそれだ。
それを見て、鷲介の真顔となり見つめ返す。だがヨハンはすぐに鋭くなっていた瞳を緩める。
「もっとも理由はほかにもある。音葉や子供たちがお前に会いたがっていたことや、お前さんの実家の和菓子も興味があったからな。
マンジュウ、センベイ、ヨウカン。どれも故国オランダはもちろん、ヨーロッパにはない独特な、美味な菓子だ。先ほどいただいたお土産のマンジュウも美味かったよ」
ご機嫌な様子でヨハンは話し出す。和菓子に始まり今まで訪れた日本の名所、そしてこの後訪れる予定の場所まで。
「親日家だと話には聞いていましたけど、思った以上ですね。……むしろ俺より日本に詳しいんじゃないですか」
ヨハンが話す内容はよく調べ学んだ人のそれだ。マニアと言ってもいいかもしれない
「俺が親日家であることは、お前さんも知っているだろう? そのきっかけは妻の音葉にユースとアムステルダムA時代、世話になった聡さん──日本人トレーナーだ。
彼らがいたから、今の俺があるといっても過言じゃない」
そう言ってどこか遠くを見る眼差しをするヨハン。トレーナーと言う単語に鷲介はかすかに目を見開く。
「あの、ヨハンさんは個人的にフィジカルトレーナーを雇ったりはしているんですか」
「もちろんだ。そうでなければ世界一激しいリーグであるイングランドリーグであそこまでの活躍はできないさ。
トレーナーがいてこその俺だ。今日も来ているが、あとで会うか?」
23歳から現在までの六年間、三度リーグ年間最優秀選手とアシスト王を獲得した世界一のウイングは胸を張って言う。
「ところでだ。マンチェスターFCへの移籍、断ったんだってな」
「……ロドルフさんからですか」
まあなと頷くヨハン。
「俺としてはちょっと残念ではあったな。敵として相まみえるのも悪くはないが、味方にいればそれはそれで面白そうだったし。
アーサーと二人の”ゾディアック”コンビがどんな化学反応を見せるのか、見てみたくはあったな。
さすがのマンチェスターFCも”ゾディアック”を三人要するってのは厳しいだろうし」
「俺以外のゾディアック”がマンチェスターFCに来るんですか」
「必ず、とは言わんが複数所持するようクラブは動いているな。
もっともそれはマンチェスターFCだけじゃない。名だたるビッククラブはサッカー史のレジェンドに届きうるお前たちを自分のものにしようと、一年前からすでに動いているぜ」
ま、オファーが来てもほとんど断られていて、ロドルフさんたち代理人を落胆させているみたいだけどな。そう言ってヨハンは小さく笑う。
彼の言うとおりだ。”ゾディアック”の面々はそう呼称されてから今まで、ほとんどが所属していたクラブから離れていない。
ロドルフが言っていた通り、サッカー第一と思っているものが多いということなのだろう。
「そしてそれはRバイエルンも例外じゃないだろ。それらしい記事は目にしたんじゃないか」
「……まぁ、そうですね。カールにヴァレリー、リカルドにオファーを出したとか」
「若きドイツの至宝に”ゾディアック”最強、最優DFにオファーか。ま、今季の守備陣の問題解決にドイツ代表を集めまくる特徴があるRバイエルンらしい記事だ。
ま、マンチェスターFCもお前にマンチェスター・アーディックの若きパトリック、レイ・マドリーのラウルに声をかけたらしいけどな」
ヨハンの言葉を聞き、無謀なオファーを出したものだと鷲介は思う。マンチェスター・アーディックはマンチェスターFCと共にイングランド屈指の大都市マンチェスターをホームとするチームであり、長年のライバルクラブだ。
数々の因縁がある両クラブにおいては移籍することはクラブへの裏切りと思われているらしく、過去移籍した選手はフーリガンによって自宅を襲撃されたり、ダービーマッチの時罵詈雑言が飛び交ったのだという。
カメルーンの”ゾディアック”もそれを考慮して頷かなかったのだろう。クラブでスタメンを確保している現在、わざわざ自身の身を危険にさらす必要もないだろうし。
そしてラウルは自分と同等か、それ以上にクラブへの愛が強い男だ。インタビューで幾度も「レイ・マドリー以外でサッカーをする気はない。もしクラブが自分を必要としなくなった時、その時はスパイクを脱ぐ時だ」と公言している男なのだ。
「それで、お前は何でオファーを断ったんだ。他に行きたいクラブでもあるのか」
訪ねてくるヨハン。話したくなければ話さなくてもいいと言ったような温和な物言いに、鷲介は自然と口が開く。
自身の思いを話し終えると、ヨハンは何度も頷く。
「その気持ち、よくわかるぜ。RNSミランから来たオファーの年俸提示額を見た時、思わず二度見したからな。
しかしいくら”ゾディアック”とはいえ18の若造にその額の年俸か。昔と違い金額バブルはいくぶんか収まったが、それを踏まえても凄い額だ。
──ま、今季の前の活躍ぶりを見て是非欲しいと思うなら、それぐらいは捻出して当然だと思うが」
「同じ経験をした先駆者から言わせてもらうが、肝心なのは自分がどうしたいかだな。周囲に流されまくると碌なことにならない。
その上で周囲──特に所属するクラブとのことを考えるといい。将来はともかく今は自分のいるクラブにいたいのであれば、できる限り仲良くしてたほうがいいだろう?」
頷く鷲介。
「手っ取り早い手段としては提示された三倍の年俸を素直に受け取っておくとかかね。他には違約金を設定しないとかオファーが来ても拒否し続けるとか……。
ま、要は自分の意志を持ちつつ、クラブ関係者とじっくり話し合うことだ。長く付き合うつもりなら、お互いのことを理解しておいたほうがいいだろうしな」
実感がこもっているヨハンの言葉が鷲介の胸のすとんと入ってくる。よく考えれば当たり前のことだが、移籍や年俸の上昇に気を取られすぎて気が付かなかった。
胸中にあったもやもやした気持ちが晴れ、鷲介はヨハンに頭を下げる。
「ありがとうございます。それと、すみません。せっかくの誕生日なのに、わざわざ自分の悩みを聞いていただいて……」
「気にするな。招待客を気遣うのも主賓の務めだ。
それにこういうことはかつて俺もしたことだ。今度はお前が悩んでいる誰かの力になってやればいい。そうやって世間は回っているもんだ」
それとと付け加えて、ヨハンは笑みを変える。悩める後輩を導く先輩のそれから、難敵に向けるものに。
「もし今季、CLで対戦するのであれば、互いに万全でやりあいたい。
”ゾディアック”がいなかったから勝てた。そんな雑音を吹き飛ばすような勝利を得たいからな」
「それはこちらも同じです。もし戦うのであれば、昨季の借りはきっちりと返させてもらいます」
鷲介の言葉にヨハンは嬉しそうな顔になる。どうやらこの人も根っからのガチンコ好きのようだ。
と、そこへ声がかかる。
「ヨハンさん、ここにいたんですか。リヌスさんたちが呼んでますよ」
「ああ。わかった。それじゃあ先に戻るな」
マルコに言われ、ヨハンは会場の方へ戻っていく。
てっきりマルコもその後についていくと思ったのだが、彼はこちらを見つめている。
「二人で何を話していたんだ?」
「俺のちょっとした悩み相談だよ」
「……そうか」
鷲介がおどけて言うと、なぜかマルコはジト目を向けてくる。
責めるようなその視線に戸惑う鷲介だが、よく見ると瞳からはそれ以上の羨み、妬みも感じられる。
(コイツ、もしかして……)
鷲介の脳裏に浮かぶのは弄られていたヨハンを過剰に賞賛するマルコの姿だ。
よくよく考えるとヨハンとそれ以外の面々に対する対応も違う。つまり、そういうことなのか──
「さっきの様子といいお前、ヨハンさんのこと、尊敬しているんだな」
「当然だ。尊敬しない理由がないだろう」
「だがリスペクトのし過ぎのようにも思えたけどな。選手というより、一般人の口ぶりのように感じたな」
実力者──それも母国代表のエース──をリスペクトするのに何ら不思議はない。しかし彼のそれはプロ選手がするものとは明らかに一線を越えている。
そんな思いを持っていて全力で相対できるのか。そう鷲介が思った時だ、マルコはこちらの心中を射抜くかのような鋭い眼差しを向けてくる。
「”尊敬しすぎて力が発揮できない”。お前もそんな勘違いをする輩か。
ふざけた話だ。俺がそんな失礼極まりないことをヨハンさんにするわけがないだろう。
そんなことをしたら俺に敗北したヨハンさんの姿が見れないだろうが」
「……は?」
予想もしない返答に鷲介は思わずあっけにとられた。今、コイツ、何と言った?
「確かに俺はあの人のファンだ。尊敬しているし、あの人の出場した試合を全て媒体に記録保存しようともしている。
この想いがプロとしては明らかに逸脱していることもわかっている。──だが、しょうがないだろう。俺は、あの人の、サッカー選手としての全てが見たいんだ。
勝利した姿も敗北した姿も、判定に不満げな姿も審判に食ってかかる姿も。チームメイトと喜び合い、相手チーム選手と乱闘する姿も見てきた。だが、未だ見れていないのは、あの人が俺に敗北する姿だ」
鷲介に向ける鋭い眼に熱がこもる。緑の瞳に、明らかに一般的なものではない、異様ともいえる輝きがきらめく。
「俺に負けた時、あの人はどんな顔をするのか。そしてどんな思いを抱きながら俺と対峙するのか……! 俺の今の一番の目的は、それを見ることだ」
そう言って笑うマルコ。自身の欲求で作られたその歪んだ笑みを見て、鷲介は頬を引きつらせる。
(こいつ、こんなにヤバい人間だったのか……!)
マリオと違い、一見まともに見えていた分、衝撃も大きい。
この男、尊敬と言う思いが別方向に行っている。もはや病んでいるとさえ言ってもいいかもしれない。
「シュウスケ・ヤナギ。お前は俺がヨハンさんを打ち倒すためのリハーサルにすぎない。
だから年俸なんてくだらないことに悩まず、本気で来い。お前を負かして今季こそ、ヨハンさんが俺に屈する姿を見るんだからな……!」
こちらの相談事を盗み聞きしていたことと、あからさまにこちらを見下す言い分に鷲介はカチンとくる。
だが、そうくるならこちらとしても返す言葉は簡単だ。
「……いろいろ言いたいこと、突っ込みたいところはあるが俺としても一言、言わせてもらうぜ。
俺を、Rバイエルンを舐めるなよ。リハーサルなんて考えているうちは、お前は決して本番にはたどり着けないぜ」
にらみ合う両雄。試合中のような緊迫した空気が漂う。
だがその空気も会場の方から聞こえた呼び声が打ち消す。視線を向ければすっかり出来上がった様子のパトリックたちの姿がある。
「……今日は、このぐらいにしておこうか。続きは2月にな。
ああそれと、怪我で欠場なんて不戦敗みたいな真似はするなよ」
「そっちもな」
鷲介はそう言って腰を上げる。
新たに出会ったオランダの”ソディアック”とは良好な関係にはなれそうもない。そう思いながら会場の方へ足を向けるのだった。
◆◆◆◆◆
「藤中、何を見ているんだ。……ああ”カルチョ”か。内容は」
「柳の奴、年俸がさらに跳ね上がったようです。クラブと年俸630万ユーロ──7憶5千万円──の4年契約を新たに結んだとか」
「さすが我が日本のエース。やはり同い年としては気になるか」
「ならないというほうが嘘になります兵藤さん。……でも、意識はしませんよ。
欧州での実績ゼロの、イタリアリーグ二部に移籍したばかりの自分がそうするなんて、おこがましいにもほどがありますから」
「そう言いつつ複雑そうな顔してるな」
「兵藤さんもですよ」
「……」
「……」
「……とりあえず俺たちは、クラブの一部昇格に全力を尽くすか」
「ええ。そうしましょう。目の前の目標を片付けていけば、いずれあいつに追いつくでしょうから。
──そのために俺はまず、レギュラー定着を目指します」
リーグ戦 11試合 12ゴール5アシスト
カップ戦 1試合 1ゴール1アシスト
CL 4試合 6ゴール0アシスト
代表戦(二年目)5試合 9ゴール2アシスト




