ミュンヘン・ダービー3
「うーむ、同点か」
売店で買ってきたコーヒーとソーセージを口にしながらフランツはぼやく。
前半終了したミュンヘンダービー。ピッチに選手の姿はないがスタジアム全体には前半の試合の余熱が漂っている。
同じ街を拠点とするチーム同士のダービー特有の熱気をピッチで味わえないことを残念に思いながら、隣に座る出場停止仲間へ言葉を放つ。
「鷲介とマックス。両チームの若手が見事躍動した前半だったな。
特にレーベ・ミュンヘンの二点目は、見事だった」
「……そうだな」
苦虫をかみつぶしたような顔でブルーノは応じる。
前半終了間際のLミュンヘンの同点弾、マックスのミドルも素晴らしかったがそれ以上に彼の動き出しとポジショニングが見事だった。
短い時間で瞬く間に全員攻撃へ移行し、素早くパスをつないで相手チームの守備を大きく歪ませ穴を作り、そこへマックスやラッセたち後ろの選手が飛び込んできてはシュートやキラーパスを放ちゴール、または決定的チャンスを生み出す。
リーグやCLでも幾度とみられた光景だ。しかしそれを知っているRバイエルンがむざむざと失点してしまったのはいくつか理由がある。
「鷲介と相対して慣れている守備陣がこれだからな。まぁ俺とクルトがいないのもあるだろうが」
先日のヴォルフFC戦にて退場となったブルーノとカード累積で出場停止となっているフランツ。さらにそれに加えて今日クルトはスペインから帰還した翌日、風邪により体調を崩し今日はベンチ外。すなわちスタメン三人──それもDF二人を欠いている状態だ。
もちろん今日の試合のDFたちのまとめ役はジェフリーがしているのだろうが、彼は先程見事なアシストをしたルディのほうに意識が寄っていた。そんな彼の動きをマックスは見逃さなかった。
「俺に匹敵する視野に加えて鷲介と同レベルのスピード。一点目も彼が起点となって生まれたゴールだ」
「Rバイエルンにいた時はただ速く攻撃参加ばかりする火の玉みてーなSBだったのにな」
「ああ。問題視されていた守備面に攻守に動くタイミングも随分改善された」
複雑極まりない顔となるブルーノにそう答え、フランツは心中で思う。もし今もRバイエルンに残り今のレベルまで成長していたら、ほぼ間違いなくブルーノからスタメンの座を奪っていただろう、と。
守備面に関してはまだブルーノが若干上だが、マックスの攻撃能力は完全に彼を超えている。監督も今の彼ならスタメンに抜擢するだろう。
(まぁRバイエルンにいたとしてもLミュンヘンと同じように試合に出れた可能性は低い。
やはりLミュンヘンに移籍し、試合に出場し続けた結果が今の彼と言うべきだろう)
当時、マックスが出場できなかった一番の理由はDFにしては過剰ともいえる攻撃意識とオーバーラップが原因だ。今のレベルならともかく、当時の彼の実力ではチームバランスを大きく崩すことが多かった。
実際彼が上がった隙をつかれ失点、ピンチとなったシーンはいくつもあり、バランスを崩すということを考慮したトーマス監督が彼にスタメンを許さなかった。
監督とて彼の実力や資質を疑っていたわけではない。クルトより先にトップに上げ、試合中、練習中も細かく駄目だしや指示を出していた。出場機会がない彼のために二部の上位、また一部の下位チームへのレンタルを進めていたそうだ。
しかしマックスはそれより早く来たLミュンヘンの完全移籍の話に乗った。以前酒を飲んだ時、理由は様々あったが、特に攻撃意識を抑制しトータルに優れたDFにしようとする監督の指導が気に障っていたからだと言っていた。自分の最大の持ち味はスピードを生かした攻撃参加。それを矯正されるなど我慢ならなかったと。
(監督のやっていることもわかるがマックスの気持ちもわかる。ままならんものだなぁ)
そう思うフランツの隣でブルーノはむっつりとした顔のまま、言う。
「それにしても相変わらずコロコロシステムを変えるチームだ。特に二点目のあれなんか、カウンターを食らえば即失点だったぞ」
「3-4-3か。例年まで視られなかった奴だな。実際CLの最終節では見事カウンターを食らって失点していたな。
だがはまれば高い確率で決定機やゴールを生んでもいる」
そう言ってフランツは先程までにピッチに立っていた若々しいLミュンヘンの監督を脳裏に浮かべる。
ユリアン・アーメント。今年40歳となった彼は監督としては若造と言うべき年齢だが、監督デビューして十年は経過しており、欧州では有能と知られている監督だ。
イギリス系ドイツ人である彼はドイツで監督人生をスタートさせた後しばらくしてイングランドリーグにわたり一部に昇格したチームを残留どころか中位チームに定着させた。そしてその後再びドイツに戻りLミュンヘンの監督に就任、それ以降は毎年のように優勝争いに絡むチームに変貌させてしまった。
その最大の特徴は前半で見た通りのシステムと戦術の多様な変化。今までは5-3-2と4-4-2だけだったが、CLや今日の試合で使用したところを見るに今年から3-4-3も加わったようだ。
(まったく、厄介な人がライバルクラブの監督になったものだ)
現役時代、個人能力に優れそれに頼った選手だったユリアン監督。ドイツ代表にも選ばれた優れた司令塔だったが怪我を幾度も繰り返していたため全盛期に選手生命は短かった。システムと戦術を使いこなす今の姿になったのは、自身の経験からだと噂されている。
同点に追いついたときガッツポーズをした彼の姿を思い出し、後半も激闘は必至だなと思うフランツだった。
◆◆◆◆◆
ダン、と荒々しい音を立てて空になった給水ボトルを置く鷲介。大きく息をつき、やや苛立った表情でタオルで顔をふく。
心中にあるのはゴールした喜びではなく同点に追いつかれた悔しさだけだ。警戒をしていた相手にまんまと活躍されゴールまで許した──
(なんなんだあのスピードにポジショニングの上手さ。反則だろ)
これだけDF相手に苛立ったのは鷲介自身かなり珍しい。年が近いということもあるのだろうが、これだけ癇に障った相手はあのヴァレリーぐらいだ。
いや、正直ヴァレリー以上にイラついている。”ゾディアック”最強のDFと言われる彼は常にマンマークで鷲介を抑え込んでいたが、彼の場合はヴァレリーほど厳しいマンマークではなく、圧もやや劣っている。今までマッチアップしたトップレベルのDFたち──ポウルセンやラモン、バレージ──ほどの脅威も感じない。
だが要所要所で止められ押さえられ、どうにもイライラする。
(あれだけ前に出ているくせになんで最後の最後で追いつくんだ……)
鷲介の攻撃範囲や動きを完全に読み切ってるとしか思えない。いくら試合の映像を見て研究しているとはいえマッチアップは今日が始めてだ。そんな相手のことを前半だけで読み切れるものだろうか。いや、それができるからあの年でドイツ代表に選出されレギュラーを争っているのだろうか──
「だいぶマックスに苛ついているな」
マックスのことで頭を悩ませている鷲介にそう言ったのはいつの間にか隣にいたジークだ。視線を向けると彼もどこか鬱憤がたまったような顔をしている。
「昨季のスレイマニさんも似たような感じだった。突破しても最後に追いつかれる。シュートまでいってもコースを限定されるとな。
──まぁそれでもゴールやアシストと言う結果は出してはいたが」
「スレイマニさんは、どうしていたんですか」
「マックスの行動範囲を読み切ったり、至近距離──ペナルティエリア近くでボールに絡んだりしていたな。
左サイドや後方からボールを要求し、ドリブル突破はゴール前限定だった」
「スレイマニさんがですか……?」
思わず鷲介は目を見開く。マックス相手に現時点でも世界トップレベルのドリブラーが自身の最大の武器の使う場所を限定された事実に。
「突破はできる。だが最後の最後にその労力を無駄にされる。それがわかっているからだろうな。ある意味ドリブルを武器とする選手の天敵みたいなやつだマックスは」
「それはわかっていますけど……」
「まぁ俺も俺で今日はどうもゴールに縁がない。ホルストさんに防がれているからな」
「元レヴィアー・ドルトムントの……」
鷲介のつぶやきにジークは眉根のしわを濃くする。ジークの調子は悪くなく、あの様子ならすでにゴールを決めていてもおかしくないが、それを阻んでいるのがホルストだ。
試合前に散々聞いていたことだが、ジークにとってホルストは天敵のような存在なのだという。デビューしたときから激しくやりあっており、ホルストに幾度となく決定機を防がれたのだという。
Rドルトムント時代のデータを見たが、ホルストが出場している試合は得点率が他と比べとても低い。CLの強豪との試合よりもだ。
「あの人はポジショニングに関しては今なお世界トップと言われている人だ。俺がデビューした時はあのRドルトムントでDFリーダーを務めていたほどだ」
「もしかしてジークさんのオフ・ザ・ボールって、あの人に対抗するために身に着けたんですか」
「理由の一つではあるな。俺のオフ・ザ・ボールの動きはデビュー当時の年代では飛びぬけていたがあの人にはまったく通用しなかった。
何とかしようと思って必死に勉強、研究したものだ」
世界最高峰ストライカー完成の一端を聞かされる鷲介。
そして、ふと気づく。
「……あのジークさん。もしかしてマックス選手も」
「お前が考えている通りだろうな。ホルストさんとラッセさん二人から徹底的に叩き込まれたんだろう。
Rバイエルンにいた時のそれとは全く別物だからな」
「そのラッセさんも厄介ですよ」
そう声をかけてきたのはアレックスだ。はぁと大きく息をつきジークの隣に腰を下ろす。
「とにかく動きやポジショニングに無駄がないんです。こちらが来てほしく無いタイミングで来たり突破したと思いきやすぐ別の選手が寄ってくる。
ヴォルフFCのような運動量にものを言わせたのとは違う。敵味方の動きやその流れを読んでいるような、まるで機械のような正確さです」
その光景を鷲介も目にしていた。なんとかアレックスがゴールに迫るもラッセは周りと連動しては無駄のない動きやポジショニングを取ってアレックスが決定的な仕事をするのをことごとく防いでいた。その様はまさに老獪というべき、ベテランにしか出せないそれだ。
「年を取ってスタミナと攻撃頻度は落ちたがそれ以外は健在か。……これが観戦している観客だったらさすがだなと感心しているところだが」
「その三人ほどではないですけどギョクハンさんにガビさんも相当です。一人ならともかく組まれたら面倒くさいことこの上ない。突破されてもいい形をすぐに作ってしまう」
「僕たちだけの攻撃じゃ突破も容易じゃありません。フランツさんのキラーパスにブルーノさんのオーバーラップ、クルトの縦パスが今のチームにはないんですから。アントニオとアレン二人だけでは……」
Rドルトムントほどの強固さはなく、レヴィアー・ゲルセンキルヒェンのような過剰な攻撃参加と積極的守備もない。ヴォルフFCよりも運動量では劣る。
そんなLミュンヘンのDFだが、それら三つに匹敵するものを持っている、きわめてバランスがいい守備のチームだ。
押し黙る三人。ふと鷲介は視線を横に向ける。その先にはロビンと並ぶエリックの姿がある。彼の突破力ならLミュンヘンのDFを突破できるのでは──
そう思った時、控室に監督が姿を見せ、いくつかの修正と後半のゲームプランを説明する。それを聞き鷲介、アレン、フリオの三人は思わず互いの顔を見て、頷く。
「この試合は負けるわけにはいかない。三人とも、頼むよ」
『はい!』
時間となりピッチへ戻る鷲介たち。そして少し遅れて戻ってきたLミュンヘンイレブンのメンバーに変更はなく、システムも前半最初と同じだ。
鳴り響く後半開始の笛。自陣に下がっていくボールを見ながら鷲介はまわりを見て、そして後ろにいるフリオのコーチングを耳にしながらゆっくりと動く。
「おや、ポジションを変えたのかい」
「はい。見ての通りです」
開始早々Rバイエルンの中盤まで上がってきたマックスに鷲介は言う。何も変わっていないLミュンヘンに対しRバイエルンは鷲介とアレンのポジションを変えていた。すなわち鷲介が右SMFへアレンが右ウイングの位置に。
「僕対策かな? 君のスピードなら僕についていけるとでも考えたのかい」
「さて、どうでしょうね」
落ち着いた表情で言葉をかわしあう二人。マックスは微調整しながらも少しずつ前に行き、鷲介も一定の距離を保ちつつ、それについていく。
その間にボールはLミュンヘンゴール前まで飛ぶがホルストのヘディングで跳ね返され、それをゾランが拾う。
それを鷲介が見たのと同時、視界にいたマックスの姿が消える。フリオの「裏!」と言う声に振り向けば鷲介の背後へ走っているマックスの姿があった。
ゾランからのロングパスを一点目の起点の時のようにライン際で収めるマックス。胸トラップした彼へ鷲介は突っ込むが、マックスはあの超スピードで左に動き、あっさりとこちらのチェックをかわしてしまう。
「守備のやり方を一から学びなおしたほうがいいよ!」
鷲介へそう言ってマックスはパスを出す。ゴール間にいるルディへ飛んだ速く鋭いボール。しかしそれをスライディング体勢のフリオがカットする。
(よし! 早速成功した!)
フリオの足に触れたボールをロビンが拾うのを見て、鷲介は右ハーフレーンに入りロビンからのボールを収める。前を向いたところにバスコが寄ってくるが左へ大きく切り返しパスを出し、アントニオの足元へボールが転がる。
RバイエルンのLミュンヘンへのカウンター返し。結果、カウンターのため前に出ていたLミュンヘンのDFたちと戻ろうとしていたRバイエルンの前線メンバーの距離が近い。
ホルストに接近されたアントニオは中に逃げるがホルストを背負った直後、外──左サイドへ振り向きパスを出す。
ボールは上がってきていたウーヴェが収め駆け上がる。ラッセが立ち塞がるが彼はそれに全く構わずボールを中へ蹴りこむ。
ゴール前にいるジーク達FWではなくペナルティアーク数メートル手前に飛んだボール。それを確保しようと飛び込むのは鷲介だ。当然近くにいたゾランたちも寄ってくるがわずかに鷲介のほうが速い。
ミドルを警戒しているのかコースを潰すLミュンヘンのDF陣。それを見て鷲介は前線にいる味方へアイコンタクトをかわし、左足を振り上げる。
(アレックスさん!)
ウーヴェからのパスを振り上げた左足で再び宙に浮かす鷲介。ダイレクトパスはDFの頭上を越えてエリアに入り、それを飛び出したアレックスがダイビングヘッドで合わせた。
ゴール右へ飛んだそれにヨルグは手を伸ばすので精いっぱいだ。ボールはピッチを一度跳ね、サイドネットに突き刺さった。
「よっしゃ! ゴー……」
ルと鷲介が言おうとしたとき、笛の音がピッチに響く。まさかと思い周りを見れば線審が旗を上げていた。どうやらアレックスの飛び出しがオフサイドとなったようだ。
「くっそー。ラインへの注意が不十分だったかー……」
頭を抱えながらも鷲介の声は明るい。いきなり監督の狙い通りに行ったからだ。ジーク達三人もこちらに向けて笑顔でサムズアップをしている。
いきなりゴールネットが揺らされて──ノーゴールとなったが──始まった後半は前半同様、Rバイエルンが押し込みLミュンヘンは堅守による高速カウンターと言う展開となった。しかし前半と違うのはLミュンヘンのカウンターが抑え込まれているところだ。
「鷲介、時間を稼いで!」
「はい!」
ワンツーでRバイエルンの右サイドを駆け上がってくるマックス。フリオからの指示を受けて鷲介はボールを持ったマックスに近づきつつも一定の距離を保つ。
マックスは機敏な動作でフェイントを入れ、ラインぎりぎりに飛び出そうと動く。しかし鷲介が前を塞いだのと同時、中に反転してパスを出す。バスコの足元へボールが転がるがそこへロビンが突っ込み、零れたボールをフリオが拾う。
(また奪えた)
鷲介が後半からアレンとポジションを変えたのには二つの理由がある。一つは今のようにマックスを自由にさせないことだ。
カウンター時、スピードに乗ったマックスをアレンやフリオが止めるのは難しい。また同じスピードを持つが守備に難がある鷲介に彼を封じ込めることも同様だとトーマスは言った。
しかしスピードに乗ったマックスに追いつけるのは鷲介だけであり、その機敏な動きに反応できるのも鷲介だけ。そこで鷲介はマックスが上がってきたら基本受け身で対応し、後方のフリオや周囲の味方のコーチングに従い──当然周囲の状況を見て自分で判断したりもする──マックスの動きを停滞させることを指示されたのだ。
Lミュンヘンの高速カウンターのほとんどはマックスがからむ。攻撃に転じた彼の足を止めてしまえばカウンターの威力は十分に発揮されない。
(ドリブル技術があれば、こうも易々と止められないんだろうけどな)
マックスはスピードこそ鷲介と同レベルだが、反面ドリブル技術に関しては大きな差がある。上手いと言えるレベルだが、Rバイエルンレベルの守備陣を単独で突破できるほどのものではない。
高速カウンターを抑えられたLミュンヘンはラッセの右サイドアタックや中央突破、システムを変更など対応してくる。しかしRバイエルンを単独で崩せるだけの個人能力を持った選手がいないLミュンヘンイレブンは、ジェフリーたちが守る鉄壁の守りを崩しかけるも崩せない。
そして鷲介がポジションを変えた二つ目の理由。それは攻撃力向上──点を取るためだ。
「前へ!」
味方のボール奪取を見て一気に前に走り出す鷲介。センターラインに来たところで左サイドからボールがやってくるが、すぐに前方にいるジークへパスを出し、右サイドを進む。そしてアレンが少し下がっていく。
ボールはジーク、アレンを経由して鷲介が走りこむ右サイドへ転がってくる。敵陣の深い位置でボールを抑えた鷲介。だが安堵はしていられない。正面にマックスが立ち塞がっていたからだ。
腰を落とし、いつになく真剣な表情でこちらを見据えているマックス。鷲介はシザースを繰り出し距離を詰め左に切れ込む。普通の選手なら突破できるその動きにやはりと言うべきか、マックスはついてきてはボールに足を伸ばしてくる。
しかしそれは予測できた動き。マックスの足にボールをさらわれる直前、つま先でボールを蹴る。勢いがついたそのボールを収めるのはペナルティエリア前にいたアレンだ。
敵ゴールへ向かうアレンに立ちはだかるギョクハン。スレイマニの後継者と見込まれたクロアチアの若きFWは、偉大なる先達を彷彿とさせる柔らかく流麗な動きとボールさばきでギョクハンをかわしエリアへ侵入、右足を振り上げる。
だがアレンの放ったシュートはギリギリのタイミングで前を塞いだマックスの足に当たり弾かれる。それにいの一番で駆け寄り押し込もうとするジークだが、ホルストの巨躯がそれを許さない。
「クリアーしろ!」
ホルストの声が響くと同時、ペナルティアーク正面に転がったボールを抑えたのは鷲介だ。アレンにパスを出した後二つの可能性──こぼれ球を拾うことと相手のカウンターを遅らせるため──を考慮して下がっていたのだ。
鷲介が足元にボールを収めたのを見てマックスたちが一瞬動きを止める。今までなら鷲介のミドルを防ぐため前を塞ぐところだが、後半は今までと違いこのような場面ではパスばかり出していたからだ。
パスか、シュートか。LミュンヘンDF陣の間に走った刹那の迷い。それを鷲介は見逃さず、左足を振り上げる。
「前に出ろ!」
誰かの声が響き一番近くにいたガビが動く。それを見て鷲介は小さく笑むとシュートフェイントでボールを右へ切り返し、前に出る。
一歩でトップスピードに乗った鷲介はその勢いでガビの横をスピードに任せて通過し今度こそ利き足の右足を振り上げる。しかし右足がボールに触れる寸前ジークを散々苦しめていたLミュンヘンの守りの要が立ち塞がった。
「撃たせん!」
ホルストの位置は実に見事なものだ。190の長身はゴール前に立ち塞がっており股間にもボールを通す隙間もない。両手も後ろに固めておりハンドによるPKの可能性もない。
鷲介は目の前に立ち塞がった古強者をそう賞賛し、しかしにやりと笑みを浮かべて右足でボールを蹴った。
「……何!?」
後ろから聞こえるガビの驚きの声。正面のホルストが大きく目を見開いた姿が視界に映る。
鷲介の右足が繰り出したのはシュートではなくパスだ。先ほどアレンに出したパスと同じトゥーキックパスはホルストの左を通りペナルティエリアへ転がっていく。それに反応しているのはホルストが動いたことによりフリーとなったジークだ。
いつものパスより速いトゥーキックパス。しかしジークはスライディング体勢で前に伸ばした左足でボールを捕らえる。そしてボールはビリヤードのスティックにつかれたように勢いを増し、Lミュンヘンのゴールネットに突き刺さった。
「よしっっ!!」
後半二十分近く、ようやく奪えた勝ち越し弾に鷲介はガッツポーズをし、チームメイトはエースの元へ駆け寄っていく。スタジアムにいる赤色のレプリカユニフォームを着たサポーターも歓声を上げるのだった。
◆◆◆◆◆
(トーマスさんの狙い通りだ……!)
スタジアム内にこだまするサポーターの声を聞きながら鷲介は微笑む。
二つ目の理由である攻撃力向上。それは中盤まで下がった鷲介がそのスピードを持って前線まで駆け上がり、得点機を生み出すといったものだ。これによりRバイエルンの前線は一時的ではあるがフォートップとなる。
そう、マックスがやっているスピードとポジショニングによるSBらしからぬ攻撃参加を鷲介的にアレンジしたのだ。
(しかしこのやり方、疲れるなぁ)
先程肩を叩き戻っていくフリオの背を見つめながら、鷲介は大きく息をつく。この戦法の唯一の弱点は鷲介自身でもある。
なにせ攻守ともにいつも以上に走る必要がある。それも全力疾走だ。スタミナにポジショニングが特段優れていない鷲介ではこの戦い方をフルタイム維持するのは不可能だ。監督が後半からこれを指示した理由もそこにあるのだろう。
「ナイスアシストだ鷲介。今後は上がるのを控えなさい」
こちらの疲れ具合を察したのか、トーマスはそう言ってくる。鷲介は頷き自分のポジションに戻る途中、ベンチの方を見る。
アンドリーにビクトル、カミロがアップを続けている。おそらく近々、彼らの誰かと交代するのだろう。
キックオフの笛の音を聞き鷲介はピッチに視線を戻す。そしてLミュンヘンに変化があったことに気が付く。
(システムは4-4-2のダイヤモンド型に。ゾラン選手と交代したのは、ええっと確か今季からトップチームに昇格した……)
Lミュンヘンの交代選手は負けん気が強そうな童顔の少年だ。どこかで見たことがあるような気がするのだが名前が出てこない。
その少年は右SMFにおり、ゾランがいなくなったDMFには右SBだったラッセが入っている。
点を取られたことで攻めに転じるLミュンヘン。マックスが今まで以上に上がる回数が増え、鷲介は守備に奔走する。フリオを始めとする皆の協力とゾランと交代で入った少年のぎこちないプレーで何とかピンチになる前に攻撃の芽を摘んでいく。
一方、Rバイエルンには幾度か決定的チャンスが訪れるもネットを揺らせない。Lミュンヘンの守備ブロックは大崩れはしておらず攻撃に力を注いでいるマックスもピンチの時はしっかりと自陣に戻ってきている。アレックスの飛び出しやポストもラッセたちが阻み、ジークのロングシュートや動き出しも天敵のホルストが潰す。アレンのドリブルもギョクハンとマックスがあと一歩のところで止めてしまう。
(点が、入りそうで入らない……!)
コーナーキックから放たれたジークのヘディングをホルストが体を張って防ぎ、こぼれ球をアントニオが押し込もうとするがガビの伸ばした足がボールを跳ね上げ、それをアレックスが頭で合わせるがヨルグが両手で見事キャッチしたのを見て思わず鷲介は天を仰ぐ。
Rバイエルンの怒涛と言うべき連続攻撃をギリギリのところで防ぐLミュンヘン。一歩間違えていれば入っていたそれを防ぎきってしまう守りに言葉もない。これがダービーマッチ。同じ街を本拠とするチーム同士のぶつかり合いなのか。
「そろそろ限界かな?」
「……!」
サイドチェンジのボールをトラップしたマックスに肩で息をしながら寄せた鷲介に、マックスは言う。
先程のキックオフの後、鷲介は攻撃的になったマックスのほうに力を注いだ結果前線にはほとんど上がれず、また残り少なかったスタミナがあっという間に消費されていった。一方警戒しているマックスは鷲介ほど疲れている様子は見せず、幾度か鷲介を振り切っていた。
まだまだ元気といった感じの彼に鷲介は歯噛みするもいら立ちを抑え、対峙する。
センターラインが目前にある場所で対峙する二人。マックスは右に上がってきた仲間のほうを見るが次の瞬間、左に切れ込む。
もちろんそれに反応する鷲介。だが疲労のため出足が遅く、またしても鷲介を振り切ってしまう。
(……もう、限界か!)
鷲介が自身のふがいなさを嘆く間にもマックスはRバイエルンの右サイドを進む。鷲介を突破した彼にすぐさまフリオが立ちはだかるが、なんとマックスは彼をも抜き去ってしまった。
「まずい……!」
フリーで一気に突き進むマックスを見て、鷲介は疲労にかまわず走ろうとしたその時だ。突然左足に痛みが走り、動かなくなる。
突然起こった予期せぬ事態に声を上げる間もなく、鷲介は走ろうとした姿勢でピッチに倒れてしまう。
「ぐっ……!」
倒れた痛みをこらえ顔を上げる。すると視界に映ったのは自陣のペナルティエリア近くまで上がり、チェックに来たドミニクをかわしたマックスの姿だ。
ゴール方向へカットインしたマックスより放たれたボールはペナルティエリアを斜めに飛ぶ。そしてそれにルディが飛びつきヘディングを放つが、ジェフリーの伸ばした足がゴールに向かっていたボールをはじく。
そのこぼれ球を今度はブラッドフォードがダイレクトシュートを放つが、アンドレアスの伸ばした手にボールが当たりシュートはゴールネットではなくポスト命中し、再びピッチに跳ね返る。
三度ボールを拾うLミュンヘン。ペナルティエリアに出たボールを今度は交代で入った少年が収める。そこへロビンが突っ込むが、ボールを奪取される寸前、少年はボールを左に出す。
「マックスだ!」
体を起こすと同時、鷲介は叫ぶ。言葉通り少年のボールへマックスが突っ込んできていた。まるで前半終了間際のようなシーンの再現だ。
しかしその動きを呼んでいたのかマックスの前にはフリオが立ち塞がった。しっかりとシュートコースを消している。
それにかまわずマックスは右足でボールを蹴る。フリオのどこかに当たり、跳ね返ると思われたボール。しかしシュートと思われたそれはパスであり、シュートと思い身構え硬直したフリオの左手側を通過する。
そしてそのボールの向かう先にはルディの姿がある。ボールを足元に収めた彼は次の瞬間、鋭く左反転し右足を振りかぶる。
ジェフリー、アンドレアス二人が反応しているにもかかわらず右足を振り切るルディ。ジェフリーの足とアンドレアスの手にボールが当たりシュートの進路は変化する。
だがそれでもボールはゴールポストを叩き、ゴール内側に跳ね返ってゴールラインを割ってしまった。
「く、そおっ……!」
相手サポータの歓喜の声を聞きながら、思わず鷲介はピッチに拳を叩きつける。
そして怒りのまま立ち上がろうとしたとき、左足が言うことを聞かず再び体勢が崩れる。それで自分の左足に異常が起こったことを鷲介は思い出す。
「この感じ……。左足はつったのか」
座った体勢で硬くなっている左太ももを抑える鷲介。そこへ慌てた様子のチームトレーナーや仲間たちが寄ってくる。
そして間を置かずRバイエルンの交代ボードが掲げられる。自分とカミロの交代に鷲介は思わず目を見開く。
「なんで……」
「何でも何ももう限界だろうお前。スピードも体のキレも無くなってきている」
ズバリ言うアントニオ。鷲介は思わず見下ろしている彼を睨みつけるが、その事実にすぐに俯く。
(こんな形で交代するなんて……!)
トレーナーのマッサージを受けながら鷲介は歯噛みする。
と、その時、視線を感じ目を向ける。チームメイトの檻の向こうからマックスがこちらを見つめていた。
その顔は微苦笑だ。残念なようなこちらを気遣うような感情が入り混じっている。
「時間も残り少ないし足の調子も気になる。チームと君自身のためにも、早くピッチから出よう。
歩けるかい?」
チームトレーナーの言葉に鷲介は自身の足の感覚を確かめ、頷く。時間経過とトレーナーのマッサージでとりあえず歩ける程度は回復したようだ。
皆を不安にさせないよう、敵を勢いづかせないよう、鷲介はゆっくりと起き上がり平気な様子でピッチから離れる。そして交代するカミロを手を合わせてピッチから出て、すぐに寄ってきたトーマスと握手をかわす。
「お疲れさま。あとは皆に任せよう。
あと足の様子は引き続き控室で診てもらいなさい」
「はい……」
正直ピッチで試合の様子を見たかったが、そんな我儘を言うわけにもいかない。
サポーターの声援に鷲介は手を振りながら下がり控室へ向かう。そして最後に一度振り返るとマックスの背中を見つめる。
(俺の負けか)
特に勝負をしていたわけではないが鷲介は思う。
ポジションは違えど同じスピード系の選手でありマッチアップしていた相手。普通に交代していれば引き分けと思っていただろうが、胸中にあるのは紛れもない敗北感。
簡単に飲み込めそうにないそれを抱えながら、鷲介はゆっくりとした足取りで控室へ向かうのだった。
◆◆◆◆◆
ピッチに漂う選手たちの熱気を払うかのような清冽な笛の音が響き渡る。試合終了の笛の音を聞き、修一は大きく息をつく。
(引き分けか……)
鷲介が交代した後、スコアは動かず。ミュンヘンダービーは3-3の引き分けと言う結果になっていた。
後半三十分に同点に追いついたLミュンヘンはその勢いのまま攻めてきたが、一方のRバイエルンもそれに負けじと攻勢に出た。そのため試合終了までの十五分+ロスタイム四分は両チームのサポーターを興奮させまくるような展開だった。
両チームとも決定的なチャンスを二度迎え、どちらも一度はゴールネットを揺らしたが、ジークフリートのヘディングゴールはマークについていたホルストへのファウルで取り消され、飛び出したオリバーのリーグ初ゴールはオフサイドでノーゴールだった。
(オリバー・リーゼンフェルト、か)
ジークフリートが三点目を決めた後に入ったLミュンヘン期待の若手だ。17歳と言う鷲介の一つ下であり、年代別ドイツ代表に選ばれている俊英だ。
今季トップチームデビューをした彼は今日のように途中出場が多く、最初のほうはミスが目立った。だが時間経過とともにドイツリーグのサッカースピードに順応し、プロになるにふさわしい実力を垣間見せた。
特にスピードは目を見張るものがあり、幻のゴールとなった時の飛び出しも見事だった。次に戦うときの成長具合ではRバイエルンの脅威になるかもしれない。
(これで上位陣との試合は終了。一勝一分二敗か……)
正直芳しくない成績だ。ここ五年、上位五チームと当たっても二勝はしていた。
しかし今年は稼げた勝ち点はたったの四。他のチームが調子を崩さない限り、優勝争いは厳しくなるだろう。
(ウインターブレイクの間どう動くかが、今季の行く末を左右するな)
カップ戦やCLもある過密日程。それを踏まえたうえでRバイエルンはどうするのか。新たな選手を獲得するのか、セカンドやユースから有望な選手を上げるのか。レンタルで出ており戻ってくる選手たちを戦力として見込むのか。
そう修一が思っていると、横から元気のない声が聞こえてくる。
「にぃにぃ。へいきかな……」
明らかに悲しそうな顔をするリーザ。しかしこれでもだいぶ落ち着いている。
鷲介が倒れ、治療を受けてピッチを去るまでは今にも飛び出しそうなほど騒いでいた。修一たちが必死に説得したものだ。
「さっきも言ったけど大丈夫よ。自分で歩けていたし」
「それに由綺や修一さんのお父さんがしっかりと診て、直してくれるよ」
何度目かになるかわからない励ましをするイザベラとグスタフ。由綺も笑顔を浮かべ、励ますようにリーザの頭をやさしく撫でている。
由綺の空元気の笑顔を見て修一は小さくため息をつき、再び思考する。
(それにしても鷲介の奴、また左足か……)
先月Rドルトムント戦の負傷も左足だった。一ヵ月足らずでまた同じ場所、もしかして癖になっているのではないか。
いつも通りの顔をして、修一は不安に思うのだった。
リーグ戦 11試合 12ゴール5アシスト
カップ戦 1試合 1ゴール1アシスト
CL 4試合 6ゴール0アシスト
代表戦(二年目)5試合 9ゴール2アシスト




