ミュンヘン・ダービー1
「鷲介に行ったぞ!」
練習場に響く味方の声と同時、ブルーノはボールを収めて前を向いた鷲介の前に立ち塞がる。
振り向いた鷲介はまっすぐ自分を見つめている。はたから見ると正面しか見ていないように見えるが彼の視野は中々に広い。正面を見つつ両サイドをチェックして──いや、もう振り向く以前に首振りをしていたのでチェック済みだろう。
「鷲介ー」
ブルーノの左正面──鷲介の右手側──から上がってくるフリオ。そちらに鷲介は半身となる。
そちらへ意識を飛ばすブルーノだが、当然鷲介への警戒は怠らない。彼をおとりにして急速反転した鷲介が中に切れ込むといったことは幾度もあったからだ。
(来た!)
予想通り、フリオが鷲介を通り過ぎた瞬間、ボールを持った若き日本人は外から中に反転、こちらへの距離を一気に詰めると同時に切れ込んでくる。フリオへの意識が一段と強くなった時を狙っての動きだ。
カットインした鷲介の動きを予測してボールを奪取するべくブルーノは動く。しかし鷲介の動きはこちらの予測より速く、さらにブルーノがボールを奪おうと近づいた時には大きく左足を振り上げている。
ブルーノが前を塞ぐよりコンマ数秒早く繰り出される鷲介のミドル。すぐさま振り向けばクルトの横を通過したボールがゴール枠内に飛んでいる。アンドレアスも反応しているが、おそらくは届かない──
と思ったがボールはゴールポストに当たり跳ね返る。それをアレックスが詰めようとするが味方がクリアーしてしまった。
「あーくそっ」
安堵したブルーノの視界に頭を抱える鷲介が入る。そしてクリアーしたボールがラインを割ったところで紅白戦終了の審判の笛の音が練習場に鳴り響き、今日最後の練習が終わる。
そして練習場に見学に来ているファンへのサービスを済ませ更衣室にも戻ろうとした時だ、ジークフリートと鷲介がクラブの広報スタッフに呼ばれているのを見かける。おそらくは雑誌の取材か何かだろうか──そう思っていると横からいきなり声がかかる。
「緊急のメディア出演依頼が来たってところでしょうか」
「ジークフリートはともかく鷲介もか。……いや、スタッフの様子を見るに本命は鷲介かな」
クルト、フリオの声が横から聞こえる。そしてフリオの言う通り、スタッフは鷲介の方へ熱心に声をかけているように見える。
少々困った様子の鷲介だが隣のジークフリートが何かを言うと少し悩むような表情となり、笑顔を作ってスタッフへ頷く。するとスタッフも喜んだ顔となり、鷲介の手をつかむ。どうやら何かしらのメディア出演を了承したといったところだろうか。
「しかし最近、鷲介のああいう光景を見るようになりましたね」
「そうだね。一年前は全然だったけど」
「鷲介から聞いた話だが代理人と一緒にクラブに断るよう伝えていたそうだぞ。特に自国のメディアは極力シャットダウンしておいてくれと」
「なるほどなるほど。まー確かに日本のメディアの対応はあんまりいいとは言えないからね」
期待の若手が海外──それも四大リーグ──デヴューしたときや、実力者がビッククラブに移籍した際、どの国もメディアもある程度は騒ぐが日本は特にそうだ。
過去その騒ぎっぷりにチームの監督や移籍した当人から自重してくれと言ったコメントも出たことがある。
鷲介の時も例外ではなくトップチーム昇格が決まりリーグ戦に入るまでの間、バイエルン・アカデミーに訪れたメディアも、鷲介に対する質問も多く、そのあまりの量や関係のない質問までする日本のメディアに対し鷲介はクラブへごく一部のメディア以外の訪問を許可しないよう言ったほどだ。
「それにしても鷲介、この半年でさらに成長したね。もう一対一じゃ止めるのは難しいし、きついよ」
「他の”ゾディアック”と同様、成長スピードは並外れていましたが、特にここ最近はキレが増していますからね。
特にあのカットイン。来るとわかっていても一人ではほぼ止められない」
「アシオン・マドリー戦でレオナルド相手に決めたのがきっかけなのかな。以前に比べだいぶ成功するようになったよね。
切れ込んだ次の瞬間にはシュート体勢。日本の漫画で言う必殺技かな」
「必殺技かはともかく、まぁ強力な武器ではあるな」
フリオとクルトの会話に仏頂面でブルーノは言う。
「鷲介の奴、ますますヨハンのプレースタイルに似てきたな。
そういえばヨハンがいるマンチェスターFCもCL決勝トーナメントに進出したな。しかも珍しく二位通過。もし当たったら去年の再戦だな」
ロッカールームで練習服を脱ぎながらジェフリーは言う。
精悍な表情となるジェフリーだがブルーノとフリオは眉根を顰める。
「ジュフリーさん、嫌なこと思い出させないでくださいよ……」
「うん。あれは嫌な思い出」
昨季のCL、準々決勝でマンチェスターFCと当たったRバイエルン。一戦目アウェーで先勝したものの二戦目のホームでものの見事にやられてしまったのだ。
そしてその中心となった選手こそヨハン・ニコラス・ファン・ローイ。クラブ、そしてオランダ代表のエースであり鷲介と同じスピードドリブラー、世界一のウイングと言われる人物だ。
「だがお前たちもそう思うだろう。鷲介とヨハンのドリブルスタイルは非常に似ている。最近はオランダのメディアも”東洋のヨハン”なんてネーミングをつけているぐらいだ」
「そういえばその記事にオランダの”ゾディアック”が反応していましたね。跡を継ぎ、超えるのは自分だとか何とか」
「イングランドリーグのブルーライオンCFCにいるあいつか。確か去年のCLグループリーグで当たったな。現在の鷲介と同い年だったが、あいつほどの脅威じゃなかったな」
「でも厄介だったのは覚えてるよ。鷲介やヨハンと微妙に違うけど、彼もスピード系ドリブラーだし。
今年もイングランドリーグやCLグループリーグでもそこそこ目立っているみたいだし。所属チームも二位通過だったから、当たる可能性はあるんじゃないかな」
「CLについてはそこまでにしておこうか。目下注目するべきは明後日対戦するレーベ・ミュンヘンだ」
一足先に着替え終わったジェフリーがそう言う。
そしてブルーノたち皆が難しい顔となる。
「Lミュンヘンか……。同じミュンヘンをホームとする厄介な相手だな」
「現在5位だが4位のヴォルフFCと勝ち点は並んでいる。2位に浮上した俺たちとの差も4」
「例年通りのしぶとさは健在ってわけだ。しかもあいつら、ダービーとなると普段以上に実力を出してくるからなー」
ダービーマッチと称される試合の対戦相手はどれも厄介だが、Lミュンヘンは特にそうだ。
同じ街、そしてスタジアムをホームとする両チーム。昨年はクラブカップを含め三回対戦し二勝一分と勝ち越しているが、その勝利したリーグ戦は後半ロスタイムで勝ち越し、クラブカップにおいてはリードしながらも終盤で追いつかれ、PK戦にまでもつれ込んだのだ。
「特に注意するべきはルディさんに今季リーグアシスト王であるイングランド代表のラットフォード・ゴールドバーグ。
そしてリーグ随一と言われる両サイドバック、ラッセ・クラフトさんにリーグNo1サイドバックと言われているマックス・ハインケスですね」
ジェフリーに続いて身なりを整えたクルトが元同僚を含めた相手チームのキープレイヤーを口にする。
またサイドバック二人の名を聞きブルーノは自分の眉が自然と吊り上がるのを感じ、フリオもいつもの無表情に静かな戦意を浮かび上がらせる。
「その評価、試合結果で俺たちのものにしてやるぜ」
「彼らは手ごわい。でも僕たちも負けてない」
リーグ随一の両SB。その呼び名は三年前ではブルーノたちのものだった。
しかし彼ら──というよりもマックスが実力を示しだした現在、その呼び名は彼らのものとなっていた。
「まぁその試合、俺とブルーノは出場停止なわけだがな!」
そう言ったのは着替えを終えたフランツだ。
ぐぬ、と表情を歪めるブルーノ。そんな彼の肩にフリオが手を置き、
「大丈夫。僕一人でその称号を獲得してくるから」
つかみ合いになるブルーノとフリオ。ジェフリーたちが慌てて──なぜかフランツは笑って──引き離す。
「お疲れー」
ブルーノがフランツに羽交い絞めにされたその時だ、背後のフランツが誰かに声をかける。
そちらに視線を向ければ着替え終わりバックを抱えたエリックの姿があった。だが挨拶された彼は返事を返さず、無言で立ち去っていく。
「挨拶なしかよ……。相変わらず腹が立つ奴だな」
「と言うか最近しかめっ面をしているのが多いよね。調子が悪くベンチスタートになるのが多いのが不満なのかな」
「また自分の代わりにスタメンとなっているアレックスが活躍しているから二重に面白くないのかもな。
ククク、高い移籍金でやってきたっていうプレッシャーもあるのかね」
チームメイトとしては頼りになるが、人としては嫌いだ。それがブルーノのエリックに対する評価だ。
FWとはどこかエゴイスト的な一面を持っているが、彼の場合はそれが強すぎるように思える。試合中の無駄な一対一や移籍したばかりでのPKキッカー要求などだ。またジークフリートが怪我でいなかった時のエース気取りの態度も気に入らなかった。
「ブルーノ、チームメイトの苦境を笑うな。彼の力もCLを制覇するには必要不可欠だ」
「そういえばエリックと言えば……」
「何だフリオ」
ブルーノは何やら思い出したような顔となるフリオに視線を向ける。
が、彼はしばし沈黙したのち、首を横に振る。
「ううん、なんでもない」
「とにかく優勝するためにも勝ち点3は欲しいな。これ以上首位のRドルトムントとの差を広げたくはないしな」
「全くです」
同意しながらも心の片隅で、どこかでRドルトムントたち上位チームが勝ち点を取りこぼさないかとブルーノは思うのだった。
◆◆◆◆◆
「すいませーん。注文をお願いします」
近くを通りかかった店員を鷲介は呼び止める。席にやってきた白人の店員は席に座っている自分とジークに気づき目を丸くするが、すぐに微笑み注文を聞いてくる。
「カツドン、テンプラソバ──」
相席のジークがメニュー表を指し示しながら、たどたどしい日本語で注文を言う。
談笑しながら待つことしばし、やってくる日本料理。手元に置かれたかつ丼は見た目は日本のそれに似ているが味はどうだろうか。
鷲介は少々警戒しながら箸でカツとご飯を同時に口に放り込み、咀嚼する。そして飲み込んで一言、
「……あ、美味い。これはかつ丼だ」
父や自分が日本にいた時作ったそれと似た味を感じ、鷲介は箸を動かす。ジークも注文した天ぷらそばを美味しそうに咀嚼している。
「それにしてもミュンヘンにこんな本格的な日本料理店があるとは知りませんでした。
なんちゃって日本料理店のいくつかは知っていましたが」
「昨年開店した新しい店だと俺も聞いたな。この間友達とやってきて美味かったから誘ったが、日本人のお前が言うならこの店は当たりなんだろうな」
緑茶に粗糖を入れながらジークは言う。普通の日本人から見て驚くべき所業だがドイツでは珍しくない光景だ。もちろん鷲介は普通の緑茶を口にしているが。
ぐるりと鷲介はまわりに視線を向ける。和風を強く感じさせる店内にいる人たちは皆、和気あいあいとしながら日本料理に舌鼓を打っている。ジークの言う通りのここは当たりのようだ。
空腹だったこともあり鷲介が持つどんぶりの中身はあっという間に空となる。冷めて程よい温度になった緑茶を飲み、小さく息をつく。
「ふー、今日のインタビューはいつも以上に長くかかりましたね」
「前季ももう終わりだからな。いろいろ聞くこと、聞きたいことがたくさんあったんだろうな」
「まぁそれはいいんですけど。……それにしてもプロの記者でもメディアに踊らされることがあるんですね。
レイ・マドリーにバルセロナ・リベルタ、ユヴェントゥースTFCが俺にオファーを出したがどうするのかって言われた時、驚きましたよ」
「マルクスさんから話は来ていないのか」
「全くありません。まぁ仮にそのチームから話が来たとしても軽く接触する程度じゃないですかね。
その三チームは俺が必要な陣容と言うわけでもありませんし」
その三チームに所属するワールドクラスのFWたちを思い、掌をひらひらする鷲介。
オファーを出した三チームは自分と同じスピードタイプの選手はおり、彼らと競えないとは思わない。だが彼らはチームに対し見事に溶け込んでいる。そんな彼らを押しのけてポジションを奪うのは今以上に苦労するだろう。
(というか、レンタルから帰ってきて半年で移籍するとかないわー)
まだ自分はRバイエルンで何も成していない。いや、それどころか1シーズンも過ごしていない。
そんな状態だというのに他のチームに移籍するなど、まさしくチームへの裏切り行為以外の何物でもない。
「ま、俺が最近調子が良くて、”ゾディアック”だから注目されているだけでしょう。カールたちも結果を残していますしそのうち興味はあちらに移るでしょう」
「それはどうかな? 前々から君のインタビューや記事を見て思っていたけど、君はどうも自己評価が低すぎるように思えるね」
唐突に声を掛けられ視線を左に向ける。するとそこにはサングラスをかけた若い金髪の男性が立っている。
「あの……どちら様で?」
少し引き気味に鷲介は尋ねる。サングラスの若者は中々の美形であり体つきも細身ながらしっかりと締まっている。
しかしこちらに向ける不敵──というより無駄に大きい自信を形にしたような微笑みは知り合いのバカを連想させる。気安そうに声をかけてきた様子がさらにそれに拍車をかける。
と鷲介が思っているとジークが謎の人物へ声をかける。
「久しぶりだなマックス。それにしても偶然だな」
「はいジークフリートさん。この店は口コミでも評判が良くて、来店予定のお店を全部回ってようやく今日やってきたんです。
ここの日本料理は美味しいっていう評判が大半。フフフ、楽しみでしょうがありませんよ」
「ジークさん、知り合いですか」
「おや、”サムライドソード”くんは僕が誰なのか気づかないようだね。それでは──」
男がサングラスに手をかけたその時だ、同じようにサングラスをかけた少々大柄な男が後ろにやってきては彼の手をつかむ、低い声で言う。
「何をやっているんだお前は。先ほど店に入った時、声をかけずさっさと食事を済ませるといったのをもう忘れたのか」
「ラ、ラッセさん。すみません。ですけどちょっと自分が見えてない若者に先輩として説教を──」
「ジークの奴がいるのにわざわざお前が言う必要はないだろう全く……。
すまないな柳くん。連れが迷惑をかけた」
「いえ……。と言うか日本語、お上手ですね」
男性の言葉がいきなりドイツ語から日本語に切り替わったのも驚いたが、その流暢さにも鷲介は目を丸くする。
「子供のころ、短い間だが日本に住んでいたからな。会話程度ならこなせるんだ。
……と、すまない。名前も名乗らず失礼したな」
そう言って男性は自分と男性のサングラスを外す。
「はじめまして。Lミュンヘン所属、ラッセ・クラフトだ。試合前だというのに不用意に対戦相手に声をかけたこの馬鹿はマックス・ハインケス」
「よ、よろしく」
「さて、馬鹿が迷惑をかけたついでだ。時間があるなら少し話さないか。
見る限りそちらはメインを食べ終えた様子。デザートを注文するなら迷惑料としておごらせてもらうが」
「俺はかまいません。鷲介もいいよな?」
「あ、はい」
ジークに反射的に返事を返す鷲介。
ラッセの言う通りメインの料理を食べ終えていた鷲介とジークは隣に並び、対面にラッセたちが座る。
注文を受けた店員が去っていくと、ラッセがジークに向けて口を開く。
「こうして試合以外で顔を会わせるのは八月、オフシーズン以来だなジーク。同じ街に住んでいるのになかなか会わないものだ」
「ラッセさんは最近大学に入ったと聞きましたがそのせいじゃないですか。勤勉で真面目なあなたのことだ、休みの日も勉強ばかりしているんじゃないんですか」
「人を勉強バカのような言い方をするな。しっかりと休憩や休息の時間は取っている。ただ将来を考えて学ぶことが多いだけだ」
リラックスした様子の二人。明後日対戦するチームの、それも同じホームを拠点とするクラブ同士の選手とは思えない。
「お二人とも、仲がいいんですね」
「そういえば鷲介は知らなかったか。ラッセさんは五年前までRバイエルンに所属していたんだ。
年齢は俺の七つ上。俺がプロになった時から移籍するまで、クラブ、代表ともにいろいろと世話になった人でもある」
自分とジークに似た関係だろうかと鷲介は思う。
「元ドイツ代表、ですか」
「ああ。代表は前回のW杯が終わった後、引退したがな。ま、今年のEURO制覇といい我がマンシャフトは相変わらずの強さを誇っているようで何よりだ。
次のW杯は当然、優勝を期待させてもらうぞ?」
ラッセの言葉にジークは苦笑しながらも頷く。
なんというか、その姿に鷲介はフランツ達に無茶難題を吹っ掛けられた自分の姿を連想してしまう。
「でも五年前に移籍って……その時はまだ二十七歳ですよね。
全盛期真っ盛りの時期に、それが地元のライバルチームに移籍って、大丈夫だったんですか」
「もちろん大丈夫じゃない。Lミュンヘンに移籍した後Rバイエルンとの試合の時は必ずと言っていいほどブーイングが起こる。
だがスペインやイタリアほどじゃないな。それにLミュンヘンへRバイエルンの選手が移籍するのは珍しくない。マックスもユース時代、RバイエルンからLミュンヘンに移っているしな」
ラッセの言葉に鷲介は軽く目をしばたかせる。
欧州ではユース時代での移籍は珍しくない。とはいえ同じ地元の、ライバルクラブに移籍するとは──
「ちなみに移籍したのは今の君と同じ年だった。あいつはその頃はトップ昇格はしていたけどベンチやベンチ外が多くてユースと行ったり来たりの状態だった。そんな時に移籍の話が来たそうだ。
LミュンヘンはRバイエルンよりも年俸もよかったしトップチームでの出場機会の増加など、要望もほとんど飲んでくれたから、移籍を決意するのに多くの時間はかかからなかったそうだ」
「マックスさんも大丈夫なんですか」
「コアサポーターなどRバイエルン愛がひときわ強い一部のサポーターからは反発されている程度だな。
ともあれLミュンヘンに移籍して数ヵ月でレギュラーとなりその後も順調に成長し現在ではドイツ代表に選出。代表でも近いうちレギュラーを奪取するかもしれないといわれている。……今はあんなんだがな」
ラッセはため息をつき視線を横にする。
それを追うとマックスがキラキラと瞳を輝かせながら手にしたメニュー表を見つめている。
恋する乙女のような顔は、はっきり言って気持ち悪い。顔が整っているぶん、余計にだ。
「どうしたんですか、あれ」
「あいつの趣味が日本料理の研究や創作、食べ歩きでな。自身のブログでそれらを発表したりしている。
引退後は日本に住んで日本料理の勉強をしようとまで考えているらしい」
「そ、そうですか」
「今日あいつとここに来た俺もだが、あいつは頻繁にチームメイトをこう言った日本料理店に誘っている。
以前理由を聞いたら『日本料理の素晴らしさを一人でも多くに伝えたい!』とか言っていた。あの様子で日本料理に熱く語す姿はまぁ、引くぐらい凄くてな。正直、病気じゃないかと思っている」
「……」
心底同意する鷲介だが、さすがに初対面の、それも明後日戦う相手に言うわけにもいかず沈黙せざるを得ない。
ジークに目線を向けると彼もそっぽを向いている。どうやらマックスの奇行──異様な日本料理好きについて知っているようだ。
「と、まぁ雑談はこの辺にして先程の話の続きをしようか。──マックス、いい加減戻ってこい」
「痛っ!? ってなんだラッセさんですが、もう料理が来ましたか?」
「違う馬鹿。さっきの話の続きだ」
「続き? ……ああ! 納豆の起源についてでしたね!
中国、韓国と所説はいろいろありますがやはり僕としては日本を押したいところで──」
「違う馬鹿! 柳くんについてだ! お前が話しかけたんだろうが」
再びラッセに頭をはたかれるマックス。二、三度首を傾げ、思い出したのか掌を拳で叩く。
「そういえばそうでした。ええっと……そう、柳くん。君はとてもスペシャルだ。才能だけならマグロの王様、クロマグロのようにね」
たとえに半目になる鷲介だが、それに気づかずマックスは続ける。
「そしてFWとしての実力も現時点で五大リーグの中でも上位に入るといっても過言じゃない。昨年の成長や活躍も凄かったけど、この半年はその比じゃない。
Rドルトムントを始めとするドイツリーグの強豪たちとも対等以上に渡り合い、CLにおいてはあのアシオン・マドリーのメンバーにも引けを取っていなかった。
正直、成長スピードやここ一番の活躍っぷりは”ゾディアック”の中でも一、二を争うと僕は見ているよ」
マックスの言葉に頷くラッセ。そして鷲介に向けている彼の視線が鋭く、警戒を帯びたものとなる。試合の最中、鷲介を警戒してきたDFたちの目だ。
「そんな君をRマドリーを始めとする欧州各国のメガクラブが欲しがらないわけはない。チーム力アップはもちろん、それ以上のいろんな面でクラブのプラスになると考えて、君を狙っているのさ。
極端な話、オファーを出したという話だけでもオファーを出したクラブもRバイエルンも益になるからね」
「どういうことです?」
首をかしげる鷲介へマックスは少し得意げな様子で話を続ける。
「昔も今も日本人観光客って言うのはミーハーでお金を落としやすいってことさ。
現在、君にRマドリーがオファーを出したと噂が立っているだろう? それを聞いた日本人はもちろん、世界中のサッカーファン、それもスペインリーグ好きは君とRバイエルン、Rマドリーに注目する。
そしてその中でも特に熱狂的なファンは先走った行動に出るかもしれない。例えばRバイエルン、Rマドリーの試合を見に来る。またそれらの試合が見れる有料チャンネルと契約する、とかね。
それが数百、数千となるだけで莫大な利益が発生する。選手やクラブに関連するグッズなども買ってもらえば猶更ね」
「俺一人にそんな動きが発生するのは……」
「するよ。間違いなく。
君は次代のサッカー界を担う新星。僕の言った通りにはならなくても、それに近い動きは確実に発生する。いや、もうしているかもしれないね」
マックスの刃を突き付けるような勢いの断言に、鷲介は思わず息を呑む。
「もし正式なオファーが来るとしたら凄い金額になると思うよ? Rバイエルンもそろそろ君に簡単に出て行かれないよう、今とは比較にならない給与で契約更新するんじゃないかな」
「契約更新って……六月にしたばかりですよ? さすがに速すぎる気がしますけど」
「君と言う逸材を他の強豪──それもCLを争うライバルに奪われるのはRバイエルンとしても避けたいだろうからね。オファーが来るまでは許容してもその先までは進ませないよう、クラブは様々な手を打ってくるだろう。
その中で最も単純なのが年俸アップさ。高い年俸=世間やクラブの評価って言うのはさすがに君もわかっているだろう?」
頷く鷲介。
「──そして、明後日の試合でそんな君を僕が上回る活躍をしたら、僕の評価もより一層上がると思わないかな?」
鷲介は目を見張る。マックスの陽気な表情が、獲物を目の前にした肉食獣のようなそれに一転したからだ。
「昨シーズン終了後、Rバイエルンが僕にオファーを出したのは知っているよね? それを断ったのも」
「……ええ」
「Rバイエルンが素晴らしいクラブであることに異論はないよ。ユースの時までいたしね。
ドイツリーグの絶対王者でありCLも幾度も制覇している。でも僕が狙っているクラブはそこじゃないんだ」
マックスの鷲介に向けている眼差しが輝きだす。強い我欲の光が見える。
「世界一の攻撃サッカーリーグ、スペインリーグ。その二大巨頭であるバルセロナR。またはRマドリー。今のところは、そのどちらかに移籍するのが僕の夢の一つだ。
僕の本職はSB。DFだ。でも僕は守備より攻撃が好きなんだ。そして僕の真価が発揮できるビッククラブは現時点でこの二チームしかないからね。
だから言っておくよ。明後日の試合、君にもRバイエルンにも勝って僕のステップアップの材料になってもらうと。
CLは残念ながらグループリーグで敗退してしまったからね。ELに出れるとはいえRバイエルンのような強豪相手に活躍するのが、僕の願いをかなえる一番の近道だからさ」
堂々たる宣戦布告。それを聞き鷲介のうちに戦意が沸き上がる。
「……年俸やら移籍やらの話は分かりました。だから俺も言っておきます。
俺はどこかに移籍するなんて考えたこともありませんし、少なくとも今は考えません。まだ1シーズンもチームで過ごしていない18のガキが移籍なんて、おこがましいことですから」
鷲介は胸の内を正直に語る。
そして彼に、いやマックス以外の二人の先達に向けて、鷲介は言う。
「今の俺はRバイエルンで活躍してレギュラーとなる。そしてリーグ、CL制覇をするのが最優先目標です。
そのために明後日、あなたたちを全力で打ち負かします……!」
「言うな。だがそれはこちらも同じことだ。同じホームを拠点とするチームとして、何よりリーグ制覇のためにお前たちに勝つ」
「うん、それでいいよ。そういう君を、本気のRバイエルンを倒してこそ僕の評価が上がるからね。ぜひとも全力で来てくれ」
つばぜり合いのような四者の視線のぶつかり合い。試合開始直前の入場ゲートに漂う、ピリピリとした空気が漂う。
が、唐突にマックスは緊張感の抜けた、陽気な顔となる。
「──と、まぁ難しい話はこの辺にして、美味しい日本料理を堪能するとしよう!」
そう言って視線を横に向けるマックス。それを追うとこちらへ料理を運んでいるウェイターの姿がある。
マックスの予想通り彼が運んでいたそれは先程注文した品だ。周りを一行に気にせず浮かれた様子でそれに手を付ける彼に、漂っていた緊迫した空気は霧散。鷲介たちもそれに手を伸ばす。
それからは終始和やかな空気で食事と会話をし、マックスたちと別れる。
二人の背中が見えなくなり、鷲介は小さく息をついて言う。
「なんというか、凄く自己──ステップアップへの意識が強い人でしたね」
「マックスのことか。確かにな。陽気で明るい性格をしているが言うことはハッキリ言う奴でな。
移籍する数ヵ月前も監督に出場機会がないことを問い詰めていたりもしたな」
「それは……凄いですね」
移籍したのが今の自分と同い年のはずだ。それで監督に直談判するとは、よほど自分の実力に自信があったということなのか。
「ああ。昔から『自分は世界一のSBになって世界一の攻撃クラブで活躍する』と言ってはばからない奴だった。
そして今ではA代表スタメンになりかけており、ドイツリーグNo1のSBと言われるまでに成長した。本当に、大した奴だよ」
ジークの視線が鋭くなる。危険な選手を語るときのそれとなる。
鷲介もLミュンヘンの試合映像を見て要注意人物であると思っていたが、彼の様子を見て注意度を上げたほうがよさそうだ。
「難敵、ですか」
「強敵だ。Lミュンヘンは俺たち相手だと気合が入るが、あいつは極めつけに注意する選手だ。
鷲介、ポジション的にお前がもっともマッチアップ機会が多い。注意しておくんだぞ」
「もちろんです」
ドイツリーグNo1サイドバックと言われ、ジークがここまで警戒する相手。油断するはずもない。
そして家族はもちろん由綺たち友人も見に来るこの試合。絶対に負けられない。
(初めてのミュンヘン・ダービー。絶対に勝つ!)
リーグ戦 10試合 11ゴール4アシスト
カップ戦 1試合 1ゴール1アシスト
CL 4試合 6ゴール0アシスト
代表戦(二年目)5試合 9ゴール2アシスト




