太陽は輝き、星々はきらめく3
「ミカエルが”ゾーン”に入っているだと!?」
「確証はあるのかよ」
「ないです。でもここ数分のプレーのキレや今のFKを見たらそうじゃない限り説明がつきません」
Aマドリーサポーターの歓声が響く中、鷲介は近くにいたジークとアントニオに言う。
怪訝な様子の二人に対し、鷲介は口調を強くして、言う。
「ミカエルが現時点で世界トップレベルのドリブラーであるのは間違いありません。それでもジェフリーさんたちワールドクラスのDF三人をああもあっさりかわすのは至難の業です」
「……まぁ確かに。その通りだな」
「しかしそれが本当だとすると厄介極まりないぞ。今のミカエルはたった一人でRバイエルンの守備を破壊しかねないということだ」
ジークの言葉を聞き、鷲介は眉間にしわを寄せる。
と、そこへフリオが走ってきて、フランツから聞いた監督からの作戦を伝える。
「相手が攻めてくるなら全員で守勢に回ってカウンター、守りに入るならミカエルを警戒しつつ攻めろ、か」
苦渋の表情のアントニオ。同じ南米出身でありブラジルの最大のライバルであるアルゼンチンの”ゾディアック”にそこまで注視することが心底気に入らない様子だ。
とはいえ今のミカエルの脅威をわかっているのか、不承不承ながらも納得した顔となる。
「しかし”ゾーン”に入ったのか……。一昨年を思い出すな」
「一昨年?」
「一昨年のCL準決勝、覚えていないか」
センターサークルに向かう途中、ジークが言った言葉に鷲介はハッとする。一昨年のCL決勝トーナメント準決勝の相手はバルセロナRだった。
1stレグのホームにて先勝していたRバイエルン。一方のバルセロナRは当時世界最強のスリートップと言われたうちの二人を怪我とカード累積で欠いておりRバイエルン優勢と見られていた。
そして始まった試合、予想通りRバイエルン優勢となった。試合開始直後ジークのゴールで先制し、さらに前半終了間際再びジークによる追加点が決まったのだ。1-0で勝利した1stレグのスコアを合わせて3-0(アウェーゴールを計算すれば5-0)の大差。後半に入りバルセロナRは二度ゴールネットを揺らすがPKとオウンゴールというRバイエルンの守備を完全に崩したゴールではなく、流れの中ではあと一歩及んでいなかった。
そんな試合時間が70分まで続き、ほとんどの人間がRバイエルンの決勝進出を予想しただろう。だがそこからロナウドがピッチにいる21名の輝きをかき消すような輝きを放った。なんと残り試合時間の間に四ゴール──しかもたった十分間の間でハットトリックをも達成した。結果、二戦トータル6-5という奇跡の大逆転でバルセロナR準決勝進出、Rバイエルンはまさかの敗退となった──
「あの時のロナウドは神がかっているとは思いましたが……。なるほど”ゾーン”状態なら納得です」
「今のミカエルはあの時のロナウドに匹敵すると想定するべきだろうな。……なんにせよジェフリーさんたちもだが、俺たちも気張らなくてはならないぞ」
「はい……!」
勝つためには最低2ゴールは必要。残り時間、あのAマドリーからそれを行うのはかなり難しいがストライカーである自分たちはそうもいっていられない。
後半三度目のキックオフの笛が吹かれ試合が再開される。移動しながら相手の様子を見ているとAマドリーイレブンは先程と同じように前に出てきている。
カウンターに備えて高くなったAマドリーの最終ライン付近をうろつく鷲介。しかしなかなかボールはやってこない。チーム全体が高い位置を取っているAマドリーの積極的な攻守が効いているのもあるが、やはり最大の原因は”ゾーン”に入ったミカエルだ。
「ち、惜しいな」
アンドレアスの手に当たりボールがゴールラインを割ったのを見て、近くにいるレオナルドが言う。そして鷲介は今の絶体絶命の状況を潜り抜けたことに安堵していた。
わかってはいたことだが”ゾーン”に入った今のミカエルは凄まじい。ボールが来ても余裕でキープ、パスをしてしまう。一度死角からブルーノがボールを奪うべく迫ったが、それも事前に察していたかのようにあっさりとかわしてしまった。
今もDF陣が今まで以上に警戒して対処しようとしたにもかかわらずブルーノ、ジェフリーの二人を翻弄、突破しては一人でシュートまで持っていったのだ。
(なんとかしないと……!)
この状態が続けば追加点が入るのも時間の問題だ。強くそう思うと同時、右コーナーからペドロがボールを蹴る。ゴール中央に飛んだボールをジェフリーの頭が外へはじき返す。
それを拾うモデストはボールを要求するミカエルにパスを出す。しかしそれを横から飛び出したロビンがカットした。
(チャンス!)
そう思って鷲介が反応するのと同時、ジーク達も動き出す。Aマドリーのプレスを何とかかいくぐったボールが右サイド深く飛ぶ。
普通なら追いつけないそれに鷲介は全力で走りラインぎりぎりで何とか押さえる。すぐさま体を起こし──味方がまだ追いついていないのを見ると、相手ゴールを見据えて突撃する。
しかしペナルティエリア直前で立ちはだかるフリストとレオナルドの二人。それを見て近くにいるジークかエリックへパスを出そうか思ったがやめる。ジークのすぐそばにはフランシスコが追尾しており、エリックにはモデストがマークについている。
(一人で行くしかない……!)
そう思い一歩ゴールに近づいた鷲介の前に立ちはだかるのはフリストだ。レオナルドの陰に隠れがちな彼だがAマドリー、そしてブルガリア代表不動のCBである彼もまた世界基準の実力者だ。今日の試合、エリックと互角──いや、やや優勢に勝負していたのは見ている。
しかしそれは挑まない理由にはならない。腰を低くして待ち構える彼に向かって鷲介はシザースを繰り出して近づき、相手の間合いに入ったのと同時、一気に右に加速する。
完全ではないとはいえ鷲介の動きに見事ついてくるフリスト。しかしそれを見て鷲介は心中で微笑む。彼がこちらに移動する間、鷲介の右足は左に動いており、そしてボールと体もそれに従う。
(お返しのエラシコだ!)
フリストの右手側を通り抜ける鷲介。そこへレオナルドがすぐさま距離を詰めてくる。鷲介のスピードに対応した位置取りであり間合いの詰め方。──しかし、
(それじゃあ全速力の俺のスピードへは対応できないぜ!)
90%に抑えていたスピードを一気に全開する。それにより足を伸ばしてきたレオナルドをスピードで振り切ってしまった。
(よし! これであとはシュートを)
ペナルティアークへボールと足が入ったのを見てそう思ったその時だ、少し足から離れたボールの元へゴール方向から誰かの足が伸びてきている。
いや、誰かなど考えるまでもなく、一人しかいない──。そう思うと同時、視界に映ったのはスライディングでボールをはじいたハビエルの姿だ。
「お前といいミカエルといい、俺を舐めすぎだな!」
「優れたドリブラーによくありがちだが俺たちをかわせば点が入ったと思い込んでいる。──ピッチにはフィールドプレイヤーがGKを含めて十一人いるんだぜ」
ハビエル、そして零れたボールを拾ったレオナルドから揶揄するような口調の言葉が鷲介に放たれる。
鷲介は奥歯をかみしめレオナルドへ向かっていくが、彼はロングキックでボールをRバイエルン陣内へ送ってしまう。
ボールを競り合うイグナシオとクルト。しかしまたしてもイグナシオが競り勝ち、そのこぼれたボールをペドロが拾う。
ミカエルのいるほう振り向くペドロ。すぐさまパスコースを消そうと動くクルトたちだが、彼はすぐに反転してはサイドに流れているサウロへボールを出す。
そのサウロへ距離を詰めるフリオ。前を向いたサウロは前に進みフリオと勝負をするように思われた。だが彼は一瞬だけかわすそぶりを見せたかと思うと中にパス。
ペドロへのリターンかと思われたそのボールだがペドロはスルーし、彼の裏から飛び出してきたフランシスコが納める。そしてフランシスコはフライパスをブルーノの背後に送り、それにミカエルが飛び出している。
反転してボールを追ってくるブルーノをミカエルは右足のトラップでボールを右から左──ブルーノの背後へ落とし、自身も突撃してきたウルグアイ代表DFの背後に回り込んでエリア中央──ゴールへ向かう。
曲芸じみたミカエルの動き。しかしその動きの迷いの無さ、滑らかさ。素晴らしい以外の言葉がない。
突き進んでくるミカエルをジェフリーたちは当然警戒するが、イグナシオやサウロ、ペドロたちもゴール前に走ってはRバイエルンの守備陣形をかき乱す。
そしてミカエルがペナルティエリア目前まで迫ったところで待ち構えていたジェフリーが一気に前に出る。鋭い、だが今のミカエルに対してはやや無鉄砲と言わざるを得ない。
(ジェフリーさん!?)
案の定、ミカエルにかわされてしまうジェフリー。だがかわしたミカエルの元へこれ以上ないタイミングでクルトが詰めていた。先程、鷲介がハビエルにボールを奪われた時のような。
いかな”ゾーン”状態とはいえ完全無欠ではない。ボール奪取、もしくは後方にいる味方に下げざるを得ない。そう鷲介が思った時だ、ミカエルの足元からボールが消えた。
「え?」
思わず自陣に走っていた足を止めてしまう。そして大きく目を見開く。ミカエルの足元から消えたボールはクルトの背後から飛び出したイグナシオの足元にあったからだ。
そして鷲介が驚いた状態のままイグナシオはボールを蹴り、Rバイエルンゴールにボールが突き刺さった。
「なんで……あそこにボールがあるんだ」
もはや歓声というより地鳴りのようなサポーターの声が響く中、鷲介はかすれた声を出す。
鷲介の疑問に答えるようにゴール裏のバックスクリーンに今のゴールシーンが表示される。そしてイグナシオへボールが渡ったのはミカエルが向かってきたクルトの股の下にボールを通したからだとわかった。
だが理解できない。クルトの詰めるタイミングは完璧だった。いくら股の下が開いていたとはいえ、それもほんの一瞬という時間だ。そのコンマ秒の時間開いたところにどうやったらパスを出せるのか──
(どうしようもない……)
まざまざと見せつけられる格の違いに鷲介は絶望する。自分は”ゾーン”に入っていないからというのは言い訳だ。”ゾーン”状態はその選手が可能なプレーの成功率を飛躍的に高めるだけ。裏を返せば”ゾーン”状態でできるプレーは”ゾーン”に入っていなくてもできるということだ。
そして自分が”ゾーン”状態になったとしても今のようなことはできない。おそらくボールを奪われるか、強引にスピードで突破するぐらいだろう。
ミカエル・アルマンド・レオン。”ゾディアック”No1ドリブラーというのは誇張ではない。事実だ。まぎれもなく自分よりも格上だ。
(……だが、それがどうした!)
両手で頬を叩く鷲介。近くにいたチームメイトが驚く気配が感じられるがそんなことはどうでもいい。冷静になって考えれば実績からしてミカエルは鷲介よりも上なのだ。彼と自分を互角に見るなど思い上がり以外の何物でもない。
ショックを受けていたのは今季それなりにやれていたという自負があったからだ。だがそれはあくまでドイツリーグでの話。世界最高峰の舞台であるCLにおいて鷲介は新米、ひよっ子だ。
(俺はミカエルに劣る。だがチームはそうじゃない──)
驚きながらもどう声をかけようか迷っているチームメイトの姿が視界に入る。そして彼らの士気が消沈しているのを見て、鷲介は言う。
「残り時間俺にできる限りパスをください。何とかゴールまで突き進みますから」
「ずいぶんな気合の入りようだな」
そういうのはエリックだ。揶揄するような、諦めたような笑みを浮かべている彼を見て、鷲介は視線を鋭くする。
「当然です。俺たちは勝つためにここにいるんですから。──それともエリックさんはもう諦めましたか」
「何だと!?」
「諦めたんでしたらさっさと交代してください。勝つ気のない人がいるとそれだけで邪魔なんだよ」
エリックから視線を外し周囲をぐるりと見渡す。時間帯ということもあって皆疲労の色が濃く、そしてエリックほどではないがいくらか敗北を受け入れているような顔をしている。
鷲介は発破をかけるため、あえて不敵な顔となって、言う。
「皆さんも元気がないですね。二点差、残り時間十五分。ま、普通に考えれば敗北が頭によぎっているでしょう。
俺もそうです。負けるかもしれないと思っています。──でもそれ以上に勝つ気満々ですし、最後の最後まであきらめるつもりはありません。
俺は100メートル10秒台で走れますし、何十回もピッチを往復できます。つまり俺にボールが集まればそれだけのチャンスが生まれるわけです」
「いやさすがにそれは無理だよ」
突っ込んでくるフリオ。確かに、理論上可能とはいえ現実には不可能だということはわかる。
だが今必要なのは現実的な話ではない。勝つ気を失いつつある仲間たちを奮い立たせるための言葉だ。
「無理かどうかじゃないです。やるんです。勝つために。
この試合は監督が言っていた通り必ず勝つ必要はありません。ここで負けても決勝トーナメントには進めますから。
だけど同格の相手には負けられないという、意地の張り合いみたいなものでしょう。Aマドリーの試合の進め方を見ても、それがわかるでしょう」
今日の試合、いつになく攻撃的な動きをするAマドリー。このような姿はリーグ、CLにおいてはここぞというときにしか見せていない。
それが今日の試合は長い時間続いている。いつもなら逆転した後は本来の守備を基本とするサッカーに戻っていたというのに。
「今までの試合展開でAマドリーに”俺たちのほうが上だ”とまで見せつけられているんです。悔しくないんですか。それともそれを認めてしまうんですか。
俺は悔しいし認められない。Rバイエルンは世界で最高のチームだと思っていますから。
だから俺は最後の最後まで走りますしゴールを諦めません。後悔するのは負けた後でもできるんですから」
と、そこまで言ったとき、鷲介の頭に手が置かれる。視線を向ければ苦笑しているジークの姿がある。
「鷲介の言う通りだな。時間はまだある。
全力を尽くすべきだ、勝つために」
力のこもったジークの言葉に他の皆も頷き、そして士気が高まる。
「年下にあそこまでいわれたらな! やるしかないな!」
「わかったよ、ボールを集める。ガンガン集めるから」
「ああまで言うとはずいぶん偉くなったな。──けどまぁ良い刺激にはなった。守備は任せておけ」
そういって散っていくフランツ、フリオ、ジェフリー。他の面々も似たり寄ったりの言葉をつぶやき、ピッチに散っていく。
「ありがとうな鷲介。気合が入った」
「ジークさん……」
「それと一つ言っておく。俺にボールをくれ。ゴールは、俺が決める」
そう言うジークを見て、鷲介は少し背筋が凍る。
戦意が満ちた彼の横顔。しかしそこからはそれ以外の強い情念も感じられたからだ。
試合再開の笛とともに鷲介は早速敵陣へ入っていく。チームメイトも力ある顔つきでボールを回し、相手ゴールのほうへ向かっていく。
「この時間帯、二点リードされてまだ前に出てくるか。いい根性だな」
「それじゃああと一点取って完全に勝負を決めるとしようか!」
レオナルド、フランシスコの余裕のある言葉を鷲介は聞き流し、必死に首振りをしながら動き続ける。彼らにかまけている暇はない。そんな余力があるならば勝利するために全力を尽くすべきだ。
終盤という時間帯で前に出てきたRバイエルンにAマドリーは少しの間戸惑ったものの、フランシスコやレオナルドの指揮やコーチングの元すぐさま冷静さを取り戻し、守備ブロックを構築する。そしてチーム全体もさすがに二点リードしたうえ残り時間を考慮したのか、従来の戦術──堅守からのカウンター狙いへと変わっている。
その切り替えの早さに鷲介が舌打ちしたその時だ、上がってきたクルトが前にボールを蹴り、そのボールをフランツとペドロが競りあおうとする。だがお互い体をぶつけあったためか双方とも落下地点より少し手前で競り合ってしまい、ボールは体勢を崩しピッチに転んだ二人の後ろに落ちる。
そしてそのボールを走りこんできたジークが拾う。しかし当然だが正面はレオナルドたちが立ちふさがっている。
鷲介がすぐさまフォローに向かおうとしたその時だ、ジークは右足を大きく振るう。アッパーのような下から突き上げる軌道で動く右足の行く先はピッチを一度跳ね落下しているボールだ。
(まさか!?)
鷲介が大きく目を見開いたのと同時、ジークの右足がボールを捕らえる。三十メートル近い遠距離から放たれたボレーシュートはレオナルドたちの頭を超え、さらに前に出ていたハビエルを超えてしまう。
ボールの高さからかゴールポストを超えるかと思われたシュートだが、ゴール手前でドライブがかかる。そしてゴールポスト上部をかすめてゴールネットを揺らした。
「……!?」
敵と味方、そして両チームのサポーターに審判さえも、突然飛び出したスーパーゴールに止まってしまう。
そしてコンマ数秒ののち、Aマドリーサポーターの驚愕の叫びと主審のゴールインの笛の音がピッチに響き渡る。
「ジークさん! すごいゴールで」
「まだ負けている。喜ぶのはあと二点叩き込んだ後だ」
駆け寄った鷲介にそう言い放ち、ジークは相手ゴールへと走りボールを拾う。そしてこちら──センターサークルのほうへ投げてくる。
いつもとまるで違う淡々とした姿に面食らう鷲介だが、ほかの面々が何も言わずそれに従っているのを見て、慌てて自陣へ戻る。
(ジークさん、なんだか人が変わったような……)
フランツ共に行ったゴールセレブレーションもどこか控えめだった。いったいどうしたのだろうか。
エースの豹変に鷲介が戸惑う中、Aマドリーのキックオフでボールが動き出す。
一点差に詰め寄られたAマドリーだが、戦い方に変更はない。しっかりとした守備の形を作りカウンターを狙っている様子がうかがえる。
そのAマドリーへ鷲介たちはボールを奪うべく走る。そしてミカエルへのボールをブルーノがインターセプトすると、挑発的な視線がこちらに向く。
(来る!)
ブルーノが左足を振り上げたのを見て、鷲介は動き出す。予想した通りRバイエルンの左サイドからAマドリー陣内の左サイドへボールが飛ぶ。
アタッキングサードまで飛んだボールを必死に追いかける鷲介。後半終盤ということもあって明らかにいつもよりスピードが落ちており疲れも感じているが、根性と意地、そして負けん気を燃料にして走り、ボールがラインを割ろうとしたところでスライディングでギリギリボールを抑える。
だがいつものようにすぐに起き上がって相手ゴールに向かう力はほとんど残っていない。そしてそんな鷲介にイゴールがすぐ近くまで近づいてきていた。どうするかと思い周りに視線を向けると、戻るAマドリーの選手たちにやや遅れた形でジーク達も走ってきていた。
鬼気とした表情のジーク達を見て鷲介は笑みを浮かべ、疲労で重くなった体を起こし相手ゴールへ向かう。
「ドラードに出せ!」
前はレオナルド、後ろはイゴールに挟まれた鷲介に向かってエリックが怒鳴り声でコーチングするのと同時、鷲介は後ろを振り返り上がってきているフリオへボールを渡す。
鷲介からボールを渡されたフリオはダイレクトでセンタリングを上げる。鷲介に近づきレオナルドが空けた──ペナルティエリアに発生した──スペースに飛んだボールへエリックが侵入してヘディングを放つ。だが回り込んでいたフリストがそのボールをはじき返す。
ペナルティエリアラインへ落下するボール。それに両チームの選手が駆け寄っていくが一番速いのはジークだ。──そしてその次にジークをすぐ傍で追尾しているフランシスコ。
(また先読みしやがったか!)
フランシスコの厄介な目に鷲介が心中で舌打ちしたその時だ、ボールに向かっていたジークの体勢が傾き、右足が宙に上がる。
そしてジークは走ってきた勢いを殺さないまま──フランシスコの邪魔が入る前に──ボレーシュートを放つ。片足一本という不安定な姿勢にもかかわらず、宙に上がった右足がとらえたボールは弾丸のような勢いでDFの間を抜けてゴールに突き刺さった。
「──」
ネットに突き刺さったボールが緑の大地に落ちるのと同時、驚愕、そして悲嘆の叫びがスタジアム内に響く。サポーターの前にいるジークに駆け寄る中、鷲介は思う。
(何で宙に浮いたボールを的確にミートできて、しかもあの威力なんだ!?)
先程に次ぐジークのスーパーなゴールに鷲介は喜びよりも驚きが勝る。
そしてふと思う。後半終盤のこの時間でのあの動き。──まさか、
「ジークさん」
「ん? どうした」
呼びかけて振り向いたジークの表情は二点目を決めた時のような無表情ではなく、いつものゴールを決めた時に見せる喜びと高揚が入り混じった笑みを浮かべている。視線もこちらを見ている。”ゾーン”ではないようだ。
だが、なぜかそれに鷲介は圧倒される。いや、その顔にではない。表情の裏にある、言い知れぬ”何か”にだ。
「あ、いえ。ナイスゴールです。これで、同点ですね」
「ああ。あと一点だ。さっさと決めよう」
まるで確定したかのような口調でジークは言う。そんな彼を鷲介は頼もしく思う一方、少しだけ産毛が逆立つのを感じた。
リーグ戦 10試合 11ゴール4アシスト
カップ戦 1試合 1ゴール1アシスト
CL 3試合 4ゴール0アシスト
代表戦(二年目)5試合 9ゴール2アシスト




