二年目のドイツダービー2
(っとお、危ないー)
ゴールバーを叩きラインを割ったアクセルのシュートを見てフランツは肝を冷やす。しかしすぐに不敵な笑みを浮かべるとボールを要求しながら走り出す。
アンドレアスからのゴールキックがミュンヘンの空に舞い上がる。レヴィアー・ドルトムント陣内に落ちたそれにエリックとグレゴリーが競り合い、またしてもエリックが競り勝つ。
そのボールを拾ったアントニオはドリブルで中に切れ込む。アルベールが突っ込んでくるが足首が柔らかいテクニック系ドリブラー特有の細かく繊細なボールタッチとフェイントで彼を抜き去り、オーバーラップしてきたブルーノにパスを出すと見せかけて中央にいるアレックスへパスを送る。
ボールを受けようと下がるアレックスとそれについてくるケヴィン。だがアレックスはそのボールをスルーしてしまう。そしてペナルティアークに転がったボールへ右斜めから突っ込んでくる鷲介──
「撃て鷲介!」
フランツが叫ぶと同時鷲介はダイレクトでボールを蹴る。勢いがありコーナーを狙ったそのシュートは追尾していたポウルセンが伸ばした足がわずかに掠めゴールポスト左に当たり、ラインを割った。そして主審はそれが見えていなかったのかゴールキックを指示する。
「いいシュートだ! この調子でガンガン撃って撃って撃ちまくれ」
「はい!」
悔しがるそぶりも見せず即答してきたロート・バイエルンの至宝。それを見て思わずフランツは微笑み、彼の頭をぐしゃぐしゃに撫でる。
後半が始まりすでに十五分が過ぎた現在。試合状況は特に代わってはいない。スコアは1-3とRドルトムントがリードしており、攻めるRバイエルンに対し守ってカウンターを繰り出すRドルトムントという前半と全く変わらない様子だ。
だが内容は大きく変わっている。前半ことごとく封殺されていたRバイエルンの攻撃は明らかに冴えわたっており、今現在鷲介のいる右サイドを中心とした攻めは今の鷲介のシュートを含めて三度ほど、惜しいシーンを作っていた。明らかに前半終了間際の一点が攻撃にいい影響を与えている。そしてそれは攻撃だけにとどまらない──
マークのロングキックが自陣深くに飛ぶ。カールとビクトルがボールの落下地点に来て体を激しくぶつけ合う。特にビクトルはファウルになろうかと言わんばかりの激しさで競り合っている。
それでも競り勝ちポストプレーで味方にパスを送るカールは流石と言うべきだろう。クラウス、アルベール二人がドリブルでボールを運びオーバーラップしてきたケヴィンがスペースのできた右サイドへロングパスを送る。
フリオが作ってしまったスペースに飛びだしたアクセルがボールをトラップし、サイドから中に切れ込む。しかしペナルティエリア近くまできた彼にフリオが追いつき、らしくない粘り強くしつこいDFで攻撃を遅らせる。
それでもフリオの隙をついて中にボールを上げるアクセル。そしてそれに先程のシュートの如く猛スピードで突っ込んでくるカール。”黄金の鷲”の異名のように狙った獲物を捕獲する猛禽のような勢いだ。
エリア外から放たれたシュート。正確にゴール枠内に向かうそれを必死の形相のクルトが伸ばした足が防ぐ。こぼれたボールはオリバーが拾うがすぐさまブルーノが激しくチェックしてボールを奪う。
(うんうん。ハーフタイムの発破がよく聞いているな)
ハーフタイム中のことだ、フランツは声を大にして鷲介を褒めまくった。そして同時に三失点したDF陣たちに発破もかけたのだ。
『ブルーノ、いつもの積極性がないぞ。前に出てはボールを奪い上がるのが君のスタイルだと思っていたけど。Rドルトムントの攻撃にビビったのか?』
『クルト、動きだけじゃなくて読みも鈍っていないか? これならユース時代の君の方がましじゃないか』
『慌てると本能で動く悪い癖が出ているぞフリオ。そんなんじゃセルヒオから代表のレギュラーを取り返すなんて夢のまた夢だな』
『ビクトルさんはブルーノと真逆で動きすぎです。あんなに無駄走りをしていたら最後までスタミナが持ちません。ベテランらしく味のある動きでをしてください』
言った後、何故か四人からは無言で睨まれ、鷲介に「煽ってどうするんですか!」と怒られた。そんな気は毛頭ないのだが。
ともあれ発破は見事聞いたらしく、一点返した勢いもあるのか前半はどこか引き気味──悪く言えばビビり気味だったDF人たちは失点なんのそのと言った感じで積極的に前に出ては動き、カールたちと激しくやり合っている。結果、シュートこそ打たれつつも決定的な得点チャンスは生まれていない。
(とはいえそろそろなんとかしたいな)
エリックがボールを収め、しかし後ろからチェックを仕掛けたグレゴリーの伸びた足がボール、そしてエリックの足に当たってラインを割るのを見ながらフランツは思う。
点差こそあれど試合状況はほぼ互角、一進一退の試合状況。だが互角止まりで時間が過ぎれば待っているのは敗北の二文字だけだ。勝つためには三点、必要なのだ。どこかであの『鉄壁』を三度、打ち破らなければならない。
(最高難易度のミッションだな。とはいえ遣り甲斐はあるし方法はいくつかある──)
カールにやってきたボールを読んでいたクルトがインターセプトする。その彼へ手招きするとRドルトムント陣内のセンターサークルの外にいたフランツへロングボールが飛んでくる。
「やらせないぜ!」
「止める」
背後から聞こえるウラディミル、クラウスの声。だがフランツは飛んでくるボールに向かって走り彼らを引きはがすとダイレクトで斜め左──右サイドから上がってきたフリオへパスを出す。
「鷲介に出せ!」
そうコーチングすると同時、すぐさま反転して上がるフランツ。予想通りフリオから出たRドルトムントの縦パスを鷲介が収めており、そこへポウルセンが襲いかかろうとしていた。
「鷲介!」
叫ぶフランツの声が聞こえたのかこちらの動きが見えていたのか、鷲介はサイドを突破すると見せかけて反転し、ボールを返してきた。
エリア正面に走ってきたフランツの足元に転がってくるボール。ゴールからは遠いがコースはある。ミドルシュートを撃つことはできる。
(ま、撃たないけどな!)
明らかにミドルを撃たせようと言う敵チームの誘いであることはゴール正面を見てすぐに分かった。GKのマークの視線はこちらを向いて構えているし、アレックスのマークに付いているケヴィンも視線をちらちらとフランツへ向けている。フランツがミドル以外の対処をしたときの備えているのだろう。
ボールを収め──後ろから追ってきたウラディミルにボールを奪われないために──すぐさまフランツはパスを出す。ボールの行く先はケヴィンを背にしたアレックスだ。
若きスウェーデン代表FWへフランツはパスを出した直後、右を指差す。その意図を感じたのかアレックスはダイレクトでボール左──右サイドへ流し、そこへ猛スピードで鷲介が飛び込んできた。
だがボールと鷲介の動きを予知していたのか、ポウルセンがしっかりとマークに付いている。マーク、ケヴィンの視線もそちらに注視しているのを見てフランツは心中でほくそ笑み、叫ぶ。
「ボールを返せ!」
指示通り鷲介がダイレクトでボールをフランツに返してくる。しかも一瞬中に突っ込むようなそぶりを見せると言うフェイントを入れてだ。
(ナイスフェイントだ!)
心中で鷲介を褒め称えると同時、フランツは帰ってきたボールを蹴り込む。
左に曲り、ケヴィンの頭を超えたボールはRドルトムントのペナルティリア内の左側に落ち、それにグレゴリーを引きはがしてエリックが突っ込んでくる。
(狙い通り……!)
後半が始まってから右サイド──鷲介にボールを集めていたのは鷲介がゴールを決めて調子に乗ってきたのもあるが、Rドルトムントの守備意識を右サイドに集中させ、アレックスやエリックへの注意を少しでも逸らす意図もあった。
二人が優秀なFW──特にエリックが世界トップレベルのストライカーであることはよくわかっている。だが『鉄壁』はそのレベルの選手でも単独で切り崩すのは難しい。現に今日の前半、エリックはグレゴリーにアレックスはケヴィンにことごとく押さえられており、チャンスこそ作れど決定的シーンは皆無だった。
正直なところ、ポウルセン達との一対一に彼らが勝つのはかなり厳しい。それ故に鷲介がいる右サイドへボールを集めていたのだ。調子に乗っている、またこの試合で成長し続けている鷲介ならばあの『鉄壁』すらも単独で突破できる可能性があると思ったからだ。現に前半一度だけとはいえあのポウルセンをを単独で突破している。
(ま、二人が抑えられているのは何も実力ってことだけじゃないんだがな)
フランツはエリックたちを責める気は毛頭ない。そもそも彼らの動きが鈍いのはクラブ、代表戦ともに出場している時間が長いからだ。蓄積した疲労で体のコンディションは低下し、その低下はRドルトムントと言う世界最硬と言うべき堅守のチームに押さえられるのはしょうがない。
とはいえ年下である鷲介の活躍に刺激を受けたのか、後半に入ってから二人は疲労がどうしたと言わんばかりの顔つきとなってピッチを走っている。特にエリックは前半負け続きだったグレゴリーとの競り合いにも勝てるようになり、相手ゴールに迫っていた。おそらくカールにゴールランキングを逆転された悔しさと、そのカールのライバルと目される鷲介がゴールを決めたことでストライカーが持つ負けん気が一気に爆発したのだろう。
「おおおっ!」
フランツのパスを頭で合わせるエリック。だが確実な一点物のそのシュートはマークが伸ばした左手が弾いてしまう。これにはさすがのフランツも大きく目を見開く。
(そこでスーパーセーブをするかー!)
そう思いながらボールに駆け寄るフランツ。マークが弾いたボールはポストに当たっては跳ね返り詰め寄っていた鷲介の足元に収まる。
だがその目の前に立ちふさがっているのは『氷壁』の異名を持つポウルセンだ。
「し」
鷲介、後ろに下げろとフランツが言おうと口を開いた時だ。鷲介はヒールでボールを後ろに返した。
そしてそのボールは真後ろから走ってきていたフランツの元へ向かってきている。それを見てフランツは笑みを浮かべ、言う。
「ナイスパスだ鷲介ー!」
ペナルティエリアライン上にくると同時、フランツはダイレクトでシュートを放つ。走ってきた勢いと感情を乗せたシュートは真っ直ぐ飛び、Rドルトムントのゴールネットに突き刺さった。
「二点目ー!」
サポータの前に走っていき手を広げるフランツ。そこへ鷲介たちも集まり互いの肩を抱いては体を叩きあう。
「ナイスゴールですフランツさん!」
「ええ、復帰戦なのに見事なシュートでした」
「さっき俺に出したパスもタイミングばっちりだったしな」
前線三人の賞賛に声にフランツは抱擁で答える。
「ありがとうな。だが鷲介のあのパスが来なければ生まれていなかったゴールだ」
「本当、ナイスパスだったよ鷲介。後ろに目がついているんじゃないかってぐらい、正確なボールだった」
「ああ。全くだな。後ろにフランツさんがいるのがわかっていたのか」
自陣に戻る中、興奮した様子で言うアレックスとエリック。
問われた鷲介は困ったような表情となり、言う。
「いえ。でも誰かがなんとなく来てくれんじゃないかとは思っていたので。まぁ、まぐれと偶然ですね」
「……なんにせよナイスアシストだ。これで一点差! さぁどしどし行くぞ!」
「はい!」
「もちろんです」
「次こそは俺がゴールを決めてやる!」
スリートップの気合の入った言葉にフランツは笑みを浮かべる。
鷲介はまぐれと偶然と言ったが、チームメイトを信頼した上でのだ。そしてそんなプレイをまぐれとも偶然とも言わない。
フランツが言った通り着実に結果を出している背番号17を頼もしく思うフランツだった。
◆◆◆◆◆
ムラシ<柳アシストキタ━━━━ヽ(゜∀゜ )ノ━━━━!!!!>
ベルベル<1ゴール1アシストキタ━━━ヽ(∀゜ )人(゜∀゜)人( ゜∀)ノ━━━!!>
真吾か書き込んだのと同時、チャットの画面に表示される鈴村のコメント。
普段おとなしい彼がコメントとはいえこの喜びよう。もしかしたらパソコンの前でガッツポーズしているんじゃないだろうかと思う。
エンマメ<昨年に続いて1ゴール1アシスト。一年前も凄まじかったが今はもう考えることさえしたくないな……>
ホソ<全く、どこまで高みに上がるつもりなんだか。底知れない奴だ本当に>
呆れ、そして畏怖さえ感じているような遠藤。真純はおそらく乾いた笑みを浮かべながらメッセージを打っているのだろう。
後半二十分前、あと一点差まで迫ったRバイエルン。Rドルトムントは疲れの見えてきたオリバーに代わりラモンを投入してくる。おそらく攻勢に出て相手の攻撃の勢いを削ぐつもりなのだろう。
そしてその策は見事的中する。入った直後にボールをもらったラモンはいきなり二人を抜いてカールへラストパスを送る。また途中交代のためか全力で動いてはボールをもらいドリブルを仕掛け、また中盤まで下がってきてはフランツたちにチェックをし、またパサーのようにボールをさばいたりもする。
これにより一点差に詰め寄られやや動揺していた感のあったRドルトムントは冷静さを取り戻し、Rバイエルンは先程までの勢い任せの攻撃ができなくなる。
だが再びRバイエルンの攻撃が活性化し始めたのはそれから五分を過ぎた辺りだ。活性化させた選手はRバイエルンの背番号17番──
ホソ<惜しい。エリック選手のシュートが右に外れた>
ベルベル<でもその前の鷲介のプレイ、凄かったね。ウラディミル選手をあっさりかわしてからポウルセン選手が来る直前でのキラーパス。後半三十分という時間帯なのに動きはキレキレだ>
ムラシ<さすがに疲れは見えているけどその通りだ。これは監督も代えづらいな>
鈴村、そして真吾が指摘する通り柳の動きはキレている。ここまで好調だったこともあるのだろうが、1ゴール1アシストした勢いも加わっているのか疲れているにもかかわらず動きの質は落ちるどころかさらに高まっているようにさえ思える。
再び柳にボールが渡る。アレックス選手といつの間にか入れ替わっていたのか中央にいた柳へ今度はケヴィン選手が立ち塞がる。
左のエリック選手がボールを要求し後ろからはフランツ、ロビン、フリオ選手がフォローに走ってきている。
腰を落とし待ち構えるケヴィン選手。柳は鋭く反転してボールをキープする。そしてフランツ選手にパスを出そうして再び前を向くとドリブルを始めた。
てっきりパスを出すものと思い込んでいたのか、ケヴィンは慌ててドリブルをしている鷲介の前に立ちふさがる。そこで鷲介はスピードダウンして左のフランツの目に向ける。
その動きを見て詰めていたケヴィンの動きがわずかに遅れ、鷲介はその一瞬の隙を見逃さない。次の瞬間、一気にトップスピードに以降するとケヴィンの横を強引に突破してペナルティエリアに侵入、シュートを放つ。ゴール右に飛んだボール。だが狙い過ぎたのか疲れのせいか、ボールはゴールポストを叩きラインを割ってしまった。
エンマメ<惜しい! あとちょっと左に寄っていたらゴールに入っていたよ!>
遠藤の言うとおりだ。今画面でリプレイが表示されているが右ポストに当たったボールはポストのど真ん中に命中している。左側に当たっていれば角度的に曲がってゴールネットに収まっていても不思議ではなかった。柳の全力加速からのシュートにGKもケヴィン選手も明らかに遅れていた。
(本当……とんでもない奴だよ)
同じ年だと言うのに自分とはレベルの違う動き、キレ。全く才能とは、世の中とは、残酷で不公平だ。
ヤナギのキレのあるプレーに触発され、押されていたRバイエルンが再び押し返し始める。だが相手も今季好調で首位を走っているチーム。そして欧州トップクラスの守備力を誇るクラブ。あと一歩、惜しいシーンでも踏ん張って失点を許さない。
後半三十七分、柳のパスをエリック選手がダイレクトでシュートするもGKのファインセーブで弾かれる。直後のCKで外に弾かれたボールを上がってきていたブルーノ選手がミドルシュートを放つ。黒と黄色の壁に阻まれるがそのこぼれ球をアレックス選手が押し込もうとする。だがゴール前まで戻ってきていたカール・アドラーが間一髪大きく蹴りだしてボールはラインを割り、同点は許さない。
さすがと言うべきRドルトムントの堅守。しかし後半四十分になった時だ、フリオ選手が放った縦パスに飛びだした鷲介が後ろからのボールをダイレクトシュートし、そのボールがGKマーク選手の伸ばした手をすり抜けてゴールネットに収まった。
ベルベル<同点キタ━━( ´∀`)゜∀゜)*゜ー゜)・ω・) ゜Д゜)´ー`)・∀・) ̄ー ̄)´_ゝ`)`Д´)´Д`)丶`∀´>━━!!>
鈴村の先程以上の喜びように真吾は思わずコメントする手を止めてしまう。
そして鈴村に続こうとしたその時だ、二つの出来事から思わず画面を凝視してしまう。
一つはヤナギの飛び出しがギリギリオフサイドであり先程のゴールがノーゴールであること。二つ目はゴールを決めた柳がピッチで左足を押さえていることだ。
<どうしたんだ柳のやつ。足でも痛めたのか>
真純がそうコメントしたのと同時、そばに立って様子を窺っていたフランツ選手が両腕を交差させバツ印を作る。これを見てRバイエルンベンチはラインに立っていたアレン選手を投入、柳を下がらせる。
残り五分弱での投入でアレン選手は奮起した。だがRバイエルンの勢いの中心と言っても良かった柳が下がったことでチームの勢いはそがれ、そのまま試合は終了。2-3。Rバイエルンは首位に浮上する絶好のチャンスを逃すこととなった。
◆◆◆◆◆
「左足の肉離れ。全治四週間と言ったところだろう」
「四週間ですか……」
診察室で対面する昭雄の言葉に鷲介は肩を落とす。負傷交代した後、チームドクターからも軽い肉離れ──三週間程度──と診断されていた。
「まぁこうなるのも当然だろう。昨日の試合の君のスプリント回数はいつもに比べて多かった。
またリーグの出場のみならずCLや代表戦、それに伴う長距離移動。まだ18と言う若さでそれらをすべてこなしていた君が今季、怪我らしい怪我をしなかったのは正直運がいい、いや奇跡としか言いようがない。
正直私としてはいつ君がやってきてもおかしくないと思っていたし──」
「お父さん」
説教、小言のような昭雄の言葉を止めたのは付き添ってくれた由綺だ。
隣に座る彼女に半目で見られ昭雄は小さく咳をすると、デスクに置いてあるカルテに目を通しながら言う。
「……とにかく、だ。歩けるレベルの軽傷とはいえ完治を早めたいのであれば絶対安静だ。痛みが無くなったからと言って勝手に体を動かさないこと。
いい機会だ。この間に体をゆっくり休めて溜めこんでいる疲労も怪我と一緒に発散させるといい」
そう言って診察を締めくくる昭雄。
「四週間か。来週のCL4節と代表戦直前と直後のリーグ戦、CL5節の欠場は確実。
下手をすればその次もか。……はぁ」
「鷲くん」
「わかっている無理はしない。だが今のチーム状況で離脱するのは正直心苦しいものを感じてな。順位もCL出場権内ギリギリの4位とはいえ5位のレーベ・ミュンヘンとは勝ち点1しかリードしていないからな」
そう言って病院のタクシー乗り場に向かっている時だ。つい先ほど電源をオンにした携帯から着信音が鳴り響く。
「はいもしもし」
『鷲介か。俺だフランツだ。怪我はどうだった?』
診察結果を伝えるとフランツはなるほどといつもの様子で頷き、言葉を続ける。
『お前さんが戻ってくるのは月末か来月頭辺りか。うんうん日和田先生の言うとおりいい休養期間だと思って体を休めると言い』
「はい……」
『元気がないなー。さてはチームの心配か。
ま、気にするのは当然だがそこまで心配する必要はないと思うぞ。水曜日のCLにはジークも復帰するし昨日の試合の敗戦はスタメン──特にDF陣に今の自分たちがどんなものか理解させるには十分だっただろうからな。
──と口で言ってもここ一月あまりの状況を間近で見てきたお前としては安心できないだろうが、まぁ水曜日のCL戦を見ていろ。多分、俺の言葉通りになっているはずだ』
軽い調子──だが何かを確信した様子で言うフランツ。
鷲介は首を傾げるも言われたとおり数日後、CLグループリーグ第四戦、オリンピアFCのアウェーゲームを見ることにする。
そして試合が終わった後、フランツの言葉の意味を理解する。
「うむ。アウェーのオリンピアFCに3-0の快勝。アビアシオン・マドリーも見事勝利したらしくこれでともに勝ち点10。決勝トーナメント進出はほぼ確定だな」
「そうだな」
隣に座る空也の言葉に鷲介は頷き、笑みを浮かべる。
笑ってしまうのは勝利したからだけではない。復帰したジークが思っていた以上に調子が良かったことと、そしてDFラインの安定感が格段に増したのがよくわかったからだ。
もちろん万全ではないものの十月の代表ウィーク終了からここまでの試合の中では間違いない一番よかった状態だ。ホームチームに幾度かチャンスを作られたがそのことごとくを見事防ぎ切った。もしここ最近の状態なら間違いなく1ゴールは許していただろう。DFラインの様子がスコアレスと言う結果にも表れている。
試合後、自室のPCで録画していたオリンピアFCのアウェーゲームを見直しているとフランツから電話がかかってくる。
『鷲介、試合見たか?』
「はい。しっかりと。何があったのか知りませんけどDFが見事に安定していましたね」
『はははそうだろ。Rドルトムント戦の後やその後の練習でもビクトルさんたちは今までにない真剣さで動いたり、互いの動きについてなど細かく話し合っていたからな。
まだまだ万全とは言えないが大分マシにはなっただろう?』
肯定する鷲介。それを聞きフランツは電話の向こうで再び笑う。
『ま、あとは試合をこなしジェフリーさんやお前が戻ってくれば万全となる。
12月はリーグではRミュンヘンにヴォルフFC、CLはアシオン・マドリーとのアウェーゲームと厳しい試合もある。だからお前もしっかり、確実に怪我を直して戻ってくるんだぞ』
「はい」
頷き携帯を切る鷲介。椅子から立ち上がり背伸びをし、小さく微笑む。
Rゲルセンキルヒェン戦から少しずつおかしくなっていたDF陣だが、ようやく復調の兆しが見えてきた。そしてジークの復帰、ジェフリーさんも鷲介と同時期に戻ってくる──
安堵する鷲介だがすぐに思い出す。その前に代表ウィークがあることに。そしてその間、他の面々が怪我をしないとも限らないことに。
CLのアシオン・マドリー戦もだがリーグ優勝するためには12月のリーグ戦はどれも一つとして落とせない。特に三位のヴォルフFCに五位のRミュンヘン、どちらも難敵だが勝利は必須だ。
(来月、来月こそフルメンバーで試合ができますように)
こと優しく自分の左足をさすりながら鷲介は強く思うのだった。
今話からあとがきに鷲介のゴール、アシスト数を乗せます。
リーグ戦 8試合 8ゴール3アシスト
カップ戦 1試合 1ゴール1アシスト
CL 3試合 4ゴール0アシスト
代表戦(二年目)5試合 9ゴール2アシスト