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ダッシュ!!  作者: 浮雲士
第二部
61/191

二年目のドイツダービー1






ムラシ<みんな、集まってるかー?>

ホソ<いるぞ>

エンマメ<自分も>

ベルベル<以下同文>


 ある程度片付いた自室にて真吾がノートパソコンに表示されているチャット画面に文字を打つと反応が返ってくる。

 予想していたとはいえ、以前に比べ明らかに少ない来場者。しばし待つが深夜三時前と言う時間帯のためか彼ら以外のコメントは打ち込まれない。


ムラシ<他の面々は応答がないな>

ホソ<ミーヤは明日試合だからさすがにこの時間に起きているのは無理だろう。テツは昨日の夜試合があったから、疲労回復のため今ぐっすり眠っているだろうな>

ベルベル<今深夜三時前だしね。

 ──そう言えば改めて、ムラシ、ホソ、二人ともおめでとう>

ホソ<ありがとう。ま、お前に遅れてのデビューだがすぐに追いつくぞ>

ムラシ<おうさ! ワッフルたらふく食ってベルギーでも奮起するぜ!>


 鈴村からの謝辞に細谷、志村がコメントを返す。そう細谷はJリーグ一部、鹿児島ユナイティッドフォーコからスカウトを受けプロとなった。

 そして志村も同じくプロ選手となった。しかし志村の場合は日本ではなくベルギー。チームはリーグでも強豪のヘントFCだ。


ムラシ<九条さんと言う先達もいるし言葉の方もあまり問題にはならないしな! とりあえず今季はトップチーム定着を目指すぜ!>


 実は志村、英語が大の得意である。イングランドリーグに憧れていた志村は小学生の時から自ら英会話や英語の勉強に取りかかっていた。そのため現在では日本語に近いレベルで英語が話せるのだ。


ムラシ<さーてドイツダービー、ロート・バイエルン対レヴィアー・ドルトムントの試合が始まるわけだが、どうなるかな>

ホソ<主力が怪我で離脱した上絶不調のRバイエルンに対し怪我人もなく今季無敗で絶好調、そして首位のRドルトムント。最近の試合の様子を見比べるとRドルトムントが大勝しそうな感じすらあるな>

ベルベル<Rドルトムントは相変わらずカール・アドラーが好調を維持。移籍してきた今日のスタメンにも入っている二人も好調だしね>


 その二人とはセルビア代表、ウラディミル・オシムとベルギー代表のアクセル・ランボーのことだ。

 ウラディミルはCB、ボランチ二つのポジションをこなす有能な選手だ。運動量が多く足も結構速い。そしてボールを奪取した時、前線に向けて放たれるパス精度もかなりのレベルだ。

 ベルギー代表FWのアクセル・ランボーは昨季イングランドリーグの中位クラブ、ウェストハム・アイアンFCに所属。コートジボワールをルーツに持つ彼はアフリカ出身選手特有の強靭さに柔らかさ、バネにスピードを保持した体、そして欧州の正確な技術を持っておりFWとしてならどのポジションやプレーもこなせるオールラウンダー。

 昨季は自己最多となる公式戦23ゴールを挙げチームの上位浮上に貢献。EUROでも代表の中心の一人としてチームを引っ張り三得点一アシスト。複数の強豪クラブから誘われ、ドイツ有数の強豪であるRドルトムントに移籍してきた。

 そしてプレシーズンマッチでもEUROと昨季の好調しており、スタメンだったベテランのラモン・クルスよりレギュラーを奪取。9節終了時点で4ゴール2アシストと言う見事な成績を残している。また初出場となったCLカンピオーネリーグでもゴールを決めており要注意プレイヤーと言えるだろう。


ホソ<一方のRバイエルン。前節のリーグ戦でもまだ守備が不安定だったな。カップ戦では二部の相手によもやという試合だったし、今日もあの調子だと大量失点するかもしれない>

ムラシ<チーム力は大差ないけどなー……。ま、とにかく。今は今季初めてのドイツダービー。昨季のような柳のゴールを期待しながら試合を見るとしようぜ>






◆◆◆◆◆






「さぁ今季初めてのドイツダービー。相手は首位で絶好調のRドルトムント。

 間違いなく強敵で苦戦は必至だが昨季のドイツ王者として、また今季も再び王者となるために負けられない試合だ。最近色々あるがそれら一切合財吹き飛ばすような勝利を得るぞー!」

『おう!』


 ロッカールームでのフランツの言葉に選手はもちろん、コーチたちも声をそろえる。そして勢いよく扉をあけて出ていくフランツに鷲介たちは続く。

 入場口にやってくると先にRドルトムントのイレブンの姿があった。ポウルセンやカール、ウラディミルと視線は合うもののさすがにダービー直前ということもあって両チームメンバーの間に会話は無い。フランツでさえ親友のクラウスと話していない。

 時間となりエスコートキッズと共に入場する両チーム。セレモニー、そして審判と対戦チームとの握手を交わす。

 その際ウラディミルは不敵な笑顔を向けられ、ポウルセンと握手した手は少ししびれた。そしてカールとは共に鋭い視線を向け合った。

 ピッチに散っていく両チーム。9節終了時点で全勝のRドルトムントのシステムは従来通り3-4-3。スタメンは昨季対戦した時とほとんど変わっていない。

 GKはウェールズ代表のマーク・ラッシュ。『鉄壁』と称される三人のCBも変わらず右からフランス代表のグレゴリー・アノ、ドイツ代表のケヴィン・ランカー、デンマーク代表のキャプテンを務め世界最高峰のCBの一人と言われるピーター・ポウルセン。

 四人の中盤、右DMFには新規加入してきたセルビア代表のウラディミル・オシム、左はEUROは怪我で出場こそしなかったが今は好調のイタリア代表の若きレジスタ、ステファノ・フェラーラ。右SMFには全盛期ほどの快速は無いがそれでもリーグ上位の速さを誇るカメルーン代表のアルベール・オレンベ。左SMFはフランツと共にクラブ、代表の攻撃のタクトを振るっているクラウス・アーベル。

 最後に3トップ。右はウラディミルと同じく新規加入で着実な結果を残しているベルギー代表のアクラル・ランボー。Rバイエルンに加入したエリックと同じくパワースピードを兼ね備えた万能型FWだ。左は今季リーグでは未だ1ゴールしかしていないが逆にカップ戦やCLではゴール、アシストをしているドイツ代表のオリバー・ブライトナー。

 そして中央、18歳という若さでありながら自他ともに認めるRドルトムントの絶対的エース。今季リーグ9ゴール、出場したCLグループリーグでも得点を重ねている”黄金の鷲ゴルド・アドラー”ことカール・アドラーだ。


(以前にもまして圧が凄いな……)


 スタジアムのほとんどを埋め尽くしたRバイエルンサポーターの大声援が響いていると言うのに、黒と黄色の縞模様ユニフォームを着たアウェーチームが放つ圧は微塵も揺らがない。昨季と同様、いやもしかしたらそれ以上かもしれない。


「あいつがカール・アドラーか。ピッチで対面するのは初めてだが、年齢にそぐわないふてぶてしい顔をしているな」


 そう言ったのは鷲介と共にセンターサークルに入っているエリックだ。どこか面白くなさそうな顔をしているのはリーグ得点王争いで彼がすぐ下に来ているせいだろう多分。

 ちなみに得点王ランキングは現在エリックが10ゴールでトップ、それにカールが9ゴールでジーク、サミュエルが8ゴール。ちなみに鷲介も8ゴールとジークたちに並んでいる。

 主審の笛とサポーターの大歓声がピッチに響き渡り、今季初めてのドイツダービーが始まる。ボールを後ろに下げて上がってきながら鷲介は自チームのスタメンを反芻する。

 システムは従来と同じ4-3-3。GKはアンドレアス、DFは右からフリオ、ビクトル、クルト、ブルーノ。中盤ボランチはロビン、右SMFには怪我を直しスタメン復帰したフランツ、左SMFはアントニオ。3トップの左はエリック、中央はアレックス、そして右は鷲介だ。


「あなたが俺のマークに付くんですか」


 眼前にやってきた彼に鷲介は驚きを感じる。バレージと並び世界最高峰のDFと称されているポウルセンは微かに口の端を曲げる。


「絶不調ともいえるRバイエルンの中でもっとも脅威なのはお前だからな。昨年のようにやられないため、俺が最初からマークに付く」

「それは流石に過大評価じゃないですか?」


 ゴール量産中のエリックに復帰したフランツもいる。そう思い鷲介が言うと彼は呆気にとられたような顔をする。

「……まぁいい。お前がどう思っていようが俺やチームはそう判断した。それだけのことだ」


 以前と同じ壁があるような圧迫感を放つポウルセン。微塵も油断する気配がない彼に気圧されつつも、鷲介は表情に力を込めて動く。

 ホーム、そして相手がRドルトムントと言うこともあってサポーターの声援がいつになく大きい。それを受けながらRバイエルンは積極的に前に出るがさすが欧州トップクラスの守備力を誇るチーム、ホームチームの勢いに押されつつも致命的ミスはなく、守備の綻びも見えない。

 前半十分近く、エリックとの競り合いに勝ったグレゴリーが落したボールをケヴィンが拾うと縦パス一本が飛ぶ。Rバイエルン陣内深くに飛んだそれはブルーノの裏に飛び、それをアクセルが追いかける。


(俺ほどじゃないけど、あの人思った以上に速いな)


 ゴールラインを割ろうかというボールにギリギリ追いついたアクセル。だがそこへ戻ってきたブルーノが距離をつめた。かわしてセンタリングを上げたアクセルだが、ブルーノはその動きに反応しており彼が伸ばした足がボールに当たりラインを割る。CKだ。

 Rバイエルンゴール前に集まる両チームイレブン。エリックを残して鷲介も戻り守備に参加する。


(誰を狙ってくるか。カール、ケヴィンさん、ポウルセンさん、アクセルさん。……ターゲットが多すぎるな)


 長身かつセットプレーでヘディングすることが多い面子を思い浮かべ、鷲介は渋面となる。Rドルトムントはセットプレーからの得点率もリーグでは上位だ。

 彼ら一人にマンマークがついていることを確認し、鷲介は飛び込んでくる、こぼれ球を押し込みそうな面々にも気を配る。そうしているうちに主審の笛が吹かれステファノがボールをゴール前に蹴り上げる。

 右に弧を描く、キーパーから逃げるようなボールが上がる。それに全員が反応しては動くが、誰よりも速く反応したのはアクセルだ。

 マークに付いていたビクトルを加速して置き去りにし彼は跳躍、そのボールを頭に合わせる。体重と加速したスピードが合わさった勢いのあるヘディングシュートはアンドレアスの手をかわし、Rバイエルンゴール左に突き刺さった。


「な――!?」


 ステファノと抱き合い喜ぶアクセルを見ながら鷲介は驚きの余り固まってしまう。これがRドルトムントの今日のファーストシュートだ。そしてそれがゴールとなってしまった。

 マークを引きはがされフリーとしたビクトルにも責任はあるが、それ以上に驚いたのはアクセルの動きだ。全てが見事連動しており凄まじい勢いのヘディングだった。


(あの人確か身長は190あったよな。それであの体のバネや加速は反則じゃないか……?)


 そう鷲介が思っている仲、二度目のキックオフの音がピッチに響く。

 まだ前半の残り時間が三分の二も残っている時間での失点。浮足立ったチームはしかし、フランツの呼びかけや監督の細かい指示で何とか落ち着きを取り戻す。

 だが試合の状況は変わらない。Rドルトムントは落ち着いた──余裕すら感じられる──様子で攻勢にるRバイエルンの攻撃をことごとくシャットダウンしてはカウンターを仕掛けてくる。

 エリックはグレゴリー相手に苦戦し、一度は強引なドリブルで突破したもののケヴィンのカバーで止められてしまう。復帰したばかりのフランツのパスは本調子時に比べ幾分か精度を欠いておりウラディミル達にインターセプトされる。そして鷲介もポウルセン達『鉄壁』を突き破ろうとパスを出しドリブルを仕掛けるが、どうしてもあと一歩と言う所で防がれてしまう。

 そして繰り出されるRドルトムントのカウンターのたびにスタジアムからは悲鳴が上がる。クラウスが運び、ステファノが前線に送ったボールをカール、アクセルがことごとく収めてはキープ、またはポストしてボールを繋ぎゴールに迫るのだ。クルトたち、そしてアンドレアスが奮起して何とか失点は防いでいるもののどれもギリギリのところで凌いでおり、いつその守りが決壊してもおかしくない様子だ。


「鷲介!」


 クラウス、ウラディミル達からのチェックを受けつつもそれをかいくぐったフランツからパスがやってくる。

 アタッキングサードギリギリ外で収め前を向く鷲介。だが目の前にポウルセンの巨体が立ち塞がる。


(仕掛ける!)


 アレックスは近くにおらずエリックはグレゴリーたちが近くにいるためパスは出せない。ポウルセンの放つプレッシャーに気圧されつつも鷲介は前に進む。

 待ち構えるポウルセンに対し鷲介はシザースを繰り出す。それに反応して右に寄ったポウルセンを見た次の瞬間、左へ鋭く切り返す。

 だがそれから一歩先に進もうとしたその時、一瞬で体勢を立て直したポウルセンが再び前を塞ぐ。──だがポウルセンならそれぐらいの反応をすると見通していた鷲介はポウルセンが前を塞いたのと同時、開いた彼の股間にボールを通し全力の加速で右を通り抜ける。


(よし! 突破し)

「行かせねぇよ!」


 たと鷲介が心の中で口にしたのと同時、ポウルセンの後ろから飛び出してきたケヴィンがスラィディングを放ってきた。彼の伸ばした足は正確無比にボールを弾き、横にこぼれる。


(大抵のチームならこれで一気にゴール前まで行けるのに……!)


 さすが名高いRドルトムントの『鉄壁』と言うべきか。インターナショナルカップで対戦したユヴェントゥースTFCを凌ぐものを感じさせる。

 すぐに鷲介はボールを追い足元に収めるが、その時には再びポウルセンが立ち塞がりRドルトムントの守備網が構築されてしまっていた。


「先程の突破、見事だった。やはりお前は侮れない……!」


 さらに放つ圧を強めるポウルセン。ポウルセンと彼らが作りだした守備網に穴がないのを見て鷲介はフォローに来たフリオにボールを戻す。

 そのフリオから一気に左へサイドチェンジする。ボールはアントニオが収め、チェックに来たアルベールをアレックスとのワンツーでかわし左サイドに流れる。

 サイドを突き進むアントニオを見ながら鷲介も敵ゴール前に向かっていく。そして鷲介がペナルティアーツまでやってきたとき、左サイド深くでグレゴリーのからマークされていたアントニオは前に出ると見せかけて後ろに反転しパスを出す。そしてそれをオーバーラップしてきたブルーノがダイレクトで中へ蹴り込む。

 弾丸のような勢いのパスを収めたのはエリア中央に来たフランツだ。すぐさまウラディミル達が前を塞ごうとするがそれより一歩速くフランツはこれまた速く鋭いスルーパスを放つ。ケヴィンの左を通過したボールに反応したのはつい先ほどまでケヴィンがマークに付いていたエリックだ。オフ・ザ・ボールの動きでマークを振り切ったのだ。


(よしっ!)


 針の穴を通すようなフランツのパスに鷲介は心中で喝采の声を上げる。だが喜んでばかりもいられない。

 フランツのボールを受けたエリックはペナルティエリア内にいるが、そのすぐそばには体を広げたマークがおり直接シュートを撃っても防がれる可能性が高い。またマークを外されたケヴィンもさるもの、すぐさま反転しては距離をつめようとしている。


「ボールを!」


 叫びながら鷲介は加速してポウルセンのマークを振り切り、ペナルティエリア正面に侵入しながらボールを要求する。マーク、ケヴィン共々エリックの方に気を取られているためか、鷲介に気が付いていない。そしてさすがのポウルセンも世界有数と言われる鷲介の全力加速にはついてこれない。

 訪れた絶好の同点チャンス。エリックの視線がこちらに向き、鷲介はボールが来ることを確信する。

 が、次の瞬間、その確信はあっけなく覆る。何とエリックはワンフェイントを入れてシュートを放ったのだ。さらにゴール側に近づき放ったそのシュートは勢いこそあったがマークが伸ばした手に当たり、こぼれたボールをケヴィンが大きく蹴りだしてサイドラインを割ってしまう。


「嘘だろ!?」


 思わず叫ぶ鷲介。サポーターからもため息が混じる悲嘆の声が聞こえてくる。

 頭を抱えるエリックに鷲介は肩を怒らせて近づく。だがそれより早くアントニオがスローインでボールをピッチに入れてしまう。

 絶好のチャンスを迎え、その勢いのまま行こうと言う意図があったのかと思う様な早いリスタート。だがブルーノがボールをトラップした時にはすでにRドルトムントの守りは構築されてしまっていた。ポウルセン達ワールドクラス三名のCBのコーチングによって。

 やむ得ず組み立て直すためブルーノは後方にボールを下げる。だがクルトまで行ったそのボールに近くにいたアクセルが強襲。慌ててボールをビクトルに出そうとするクルトからボールを奪取するとそのままRバイエルン陣内を突き進む。


「ヤバい!」


 血の気が引き、鷲介は叫ぶ。

 突き進むアクセル。だがこのまま独走させるほどRバイエルンのDFは間抜けではない。まずフリオが前を塞いでは遅らせ、その間にビクトルがアクセルの右側からボールを奪おうと仕掛ける。

 ビクトルからのチェックにアクセルはドリブルをやめる。だが突っ込んできたビクトルの股間の間にボールを通す。──そのパスを収めたのはビクトルの後ろから走ってきたカールだ。


「……!」


 鷲介はカールの横顔を見て怖気立つ。射殺すような彼の視線がRバイエルンゴールに向けられていたからだ。

 自分のポジションも忘れ、鷲介は全速力でカールの所へ走る。理屈ではない。彼を止めなければ不味いことになると本能で察した故の行動だ。

 単独フリー、ドリブルで駆け上がるカール。だが鷲介やアクセルのようなスピード系選手でない彼。ビクトル、フリオが先程のアクセルのように彼に近づき、クルトたち他のメンバーもパスが出されても対処できるように動く。

 そしてアタッキングサード手前でとうとうフリオに前を塞がれるカール。そこへビクトル、ロビンが挟み込む。

 

(近くにいるアクセルたちへのパスコースはクルトさんたちが切っている。これはいくらカールでも)


 そう鷲介が思い安堵したその時だ、カールは左に切れ込み左足を振り上げる。

 その一瞬の踏み込みの速さ、そしてロングシュートを撃とうとする事実に思わず鷲介はぎょっとする。


(あいつ、瞬発力はあんなに速かったか)


 そう思いながらも鷲介はすぐ安心する。振り切られたフリオだがすぐさま反応しておりカールが左足を振り下ろし始めた時には再び前を塞いだからだ。

 が、またしても鷲介は大きく目を見開く。左足のロングシュートと思ったそれはなんとシュートフェイント。カールは右に切り返すと同時に前に出て完全にフリオをかわしてしまった。

 そして振り上げられるカールの効き足である右脚。ロビンがチャージを仕掛けるのと同時、彼の右足がボールを蹴った。

 ドンッという音と共に放たれたロングシュート。二十五メートルはありそうな距離をボールは一切減速する様子もなく飛ぶ。

 そして手を伸ばしたアンドレアスを嘲笑うようにボールはRバイエルンのゴール右上部に突き刺さった。


竜殺しドラッヘ・モード……」


 豪快かつ精度を持ったカールのロングシュートを見て思わず鷲介はそう口にしてしまう。一瞬彼をジークだと錯覚してしまうような、豪快かつ文句のつけようのないシュートだった。

 前半三十分も経っていない二失点目にサポーターは落胆の声を上げ、ピッチのチームメイトも表情を険しくする。攻撃に傾倒したRバイエルンに対し守りを固めてのカウンターが炸裂した今の失点。Rドルトムントの見事な作戦勝ちだ。

 三度鳴り響く主審の笛。ライン上ぎりぎりにまで姿を見せた監督が大声で指示を出し、近くにいたチームメイトへ修正点を告げる。

 前半四十分近くまで続くRバイエルンの猛攻。だがRドルトムントの守備を崩せない。黄色と黒の鉄壁の守りを揺るがせない。鷲介も何とかしようと試みるもポウルセンたちにことごとく封殺されてしまう。

 そして繰り出されるシュートカウンターがRバイエルンとサポーターに危機と恐怖をもたらす。前半ロスタイム近く、RドルトムントのCK──


(これ以上に失点は致命的。なんとしても守りきる……!)


 皆も思いは同じなのかかつてないほど表情は真剣だ。コーチングが飛びかい、ゴール前の激しいポジション争いで主審から注意を受けるほどだ。

 ステファノが再びコーナーからボールを上げる。またしてもそれに真っ先に反応するアクセルだが今度はビクトルが先に頭でクリアーする。

 エリア外にこぼれたボールを拾うウラディミル。彼はボールを収めるとしばし時を置いてから、ゴール前にボールを上げる。

 そのボールへ反応し胸トラップで収めたのはカールだ。だが予測していたのかクルトが彼の後ろで待ち構えている。

 ゴールに背を向けたカールは鋭くターンしてペナルティエリアに侵入、右に切れ込む。しかしクルトがしっかりとコースを塞いでおりアンドレアスもそちらへ寄っている。

 これは守れる。そう鷲介が思ったその時だ、何とカールは踵でボールを蹴った。ペナルティアーツに転がったボールにロビンが反応するが、それよりわずかに早くクラウスが駆け寄りミドルシュートを放つ。

 アンドレアスがいないゴール左を狙ったそのシュートはしかしフリオの体に当たって弾かれる。だがそれを拾ったのはアクセルで、彼はすぐさまシュートを放つ。


「──!」


 枠内に向かうボールを見て血の気が引く鷲介。しかし危機はまたしても免れる。ブルーノの伸ばした足がボールに当たったのだ。

 だが鷲介が安堵した次の瞬間、それは真逆のものとなった。宙に飛びゴールから遠ざかるボールに誰よりも速く反応したRドルトムントのエースストライカーがゴールに背を向けた状態で跳躍、オーバーヘッドを放ったのだ。

 マークのついていない状態で放たれたそれは防ごうと反応しているアンドレアスの手とゴールを塞いだビクトルの体、そのどちらもかわしてゴールに突き刺さってしまった。


(三、点目……!)


 カールを祝福するRドルトムントのメンバーを、鷲介は顔面蒼白の状態でただ見ている。

 前半終了間際の失点だけのショックではない。Rドルトムントの誇る『鉄壁』の強固さは今季も変わっておらず公式戦で三失点した試合は未だない。それどころか二失点した試合もわずか一試合だけだ。

 そんな尋常ではない守備力のチームから三点目を奪われる。しかも前半と言う時間帯で──


(どうすれば、いいんだ……)


 絶望する鷲介。その肩を誰かが強く叩く。


「おいおい、まだ前半も終わってないんだぜ。顔を下げるには早すぎるぞ」

「フランツさん……」


 後ろを向くとボールを手にしたキャプテンの姿がある。


「相手は今季無敗で首位、そして絶好調の相手だ。こうなることぐらい予想はできていなかったか。

 だがなんにせよ俺もお前もやることは変わらない。点を取ってチームを勝たせるだけだ。

 なーに、今から俺達が四点取って失点ゼロに抑えれば勝てる。簡単な話だ」

「あの『鉄壁』を前にして、よくそんな楽観視が──」


 いつもの軽い調子で言うフランツに思わず鷲介は声を荒げる。が、鷲介の向けた真剣な眼差しを見て、言葉を止める。


「『王者のサッカーをしろ』。先日、お前が皆に言った言葉だな。王者たる者ならこの程度の苦境、跳ねのけられるだろう。

 お前も今は王者のクラブの一員だろう? なら有言実行するべきだな。──それとも口だけか? カールのやつの活躍を見てやる気が萎えちまったか?」

「そんなことはない!」


 反射的に答える鷲介。するとフランツはにかり、といつもの笑顔を浮かべ、こちらの背を叩く。


「ならば良し! まだ前半も残りわずか残っている。何とか一発かますぞ」

「はい!」


 差し出されたボールを手に取り、鷲介はセンターサークルへ走っていく。歩いているエリックを急かし、敵陣を睨みつける。


(そうだ。落ちこむのは試合が終わってからでもいい。まだ体力は十分に残っている。足も動く。絶望する暇があるのなら走って動いて、勝つためにどうすればいいのか考えるんだ!)


 ボールを後ろに返すとすぐに前線に走り出す鷲介。

 そして側に寄ってきたポウルセンが言う。


「先程まで青ざめていたのにいきなり元気になったな。ヴァレンシュタインから気合でも入れられたか」

「そんなところです」


 鷲介は不敵な笑みを返すと、ポウルセンも余裕と覇気に満ちた表情を向けてくる。

 右サイド、中央、左サイド。フランツを中心に各所にボールがリズムよく行き来する。だが今まで通りRドルトムントのどっしりと構える守りは崩れない。

 だが歪みは生まれる。ケヴィンたちがすぐさま動き消えてしまうそれだが、フランツの怒号と言うべきコーチングが飛び、動き続けるボールとRバイエルンイレブンの動きでまた新しい歪みが発生する。

 鷲介はいつになく首振りをして周囲、そしてフランツたち味方を見ながら必死に考え、動く。


(高くて強くて速い『鉄壁』。でも──)


 改めてケヴィン、グレゴリー、そしてポウルセン達を見る。鷲介が知る限り最強最硬と言うDFたち。

 だが無敵ではない。付け入るすきがないわけでもない。特に速さに於いては鷲介に分がある。一対一となれば完封されて終わっていた昨季と違い、今ならば勝てる自信もある。

 とはいえさすがにドリブル突破であの『鉄壁』と打ち崩すイメージはわかない。そんな真似ができるとしたらおそらく世界一のスピードドリブラーとして名高いあの選手だけだ。

 なら『鉄壁』の防御が整う前に行動する。例えばDFラインを飛びだしてのダイレクトシュート。エリア外から、前を塞がれる前にミドルシュート。

 しかしそうしてもポウルセンたちに防がれるイメージが強く思い浮かび、頭を抱え──ふと鷲介は思い出す。最近、似たような状況があったことを。


(そう言えばユヴェントゥースTFC戦の時、フリオさんがいいこと言っていたな。いつもと同じように見えて、少し違うのはやりにくいって。なら──)

 

 やるべきことが思い浮かび、しかし鷲介は少しためらう。正直ぶっつけ本番もいいところだからだ。

 とはいえこれぐらい意表を突かないと『鉄壁』を揺るがせそうにない。躊躇いを振り切り鷲介はポウルセンとケヴィンの間近くにポジションを移動する。


(ボール!)


 ロスタイムの表示がされたのと同時、鷲介は左サイドでボールを収めたフランツに視線を向ける。それに気づいた彼はエリックにパスを出すと見せかけ、DFラインの裏にボールを上げてきた。

 それを見て斜めから飛びだしペナルティエリアに侵入する鷲介。だが当然のようにポウルセンが追いかけてくる。いつもならここで左足のダイレクトシュートを放つところだが、それをしたら十中八九防がれる──


(う、お、おおおっーーーー!)


 いつもは踏み込まないところで足に力を込める。そして体勢を低くし、ボールの落下地点に頭から突っ込む。

 滅多に──というよりもプロになってからほぼないと言ってもいい鷲介のヘディング、それもダイビングヘッド。それにカードとPKを避けるためか鷲介の前を塞ごうとしていたポウルセンの動きは遅れ、シュートコースが開く。

 そして鷲介のヘディングシュートはゴール左へと見事吸い込まれた。

 ゴール。一点返した。その事実に鷲介は起き上がり右腕を振り上げる。そしてスタジアム中のサポーターが喜ぶ中、後ろからいきなり誰かが抱き着いてきた。


「良くやった鷲介!」

「ナイスシュートだよ!」


 聞こえてくるフランツ、アレックスの歓喜の声。


「体ごと突っ込むとは、らしくないシュートだな!」

「しかしよくやった!」

「うん。ナイスゴール」


 さらに他のチームメイトたちも集まっては荒々しく祝福をする。アントニオ、ブルーノは強く肩や腕を叩き、何故かフリオは頭を撫でる。

 サポーターたちに挨拶をした後、主審の前半終了の笛が鳴り響く。改めて観客に手を振っている鷲介へフランツは言う。


「本当によくやったな鷲介。この一点は一点以上の価値がある。後半に向けての最高の狼煙だ!」

「はい。フランツさんもいいボールをありがとうございます」


 鷲介の礼にフランツは微笑み、肩を強く抱いてくる。


「だが王者としてこれだけでは当然終われない。後半、さらに点を取って勝つぞ。

 俺もガンガンパスを通す。お前も積極的に行け!」

「はい!」


 頷く鷲介。ふと視線を感じ横を見るとそこにはカールの姿がある。

 目が合うと彼はすぐ前を向き立ち去る。だが焼けるような戦意を宿した彼の碧眼を鷲介は見た。


(お前には、負けないぞ)


 時間はまだ十分にある。昨季のように追い上げて逆転することも不可能ではないはずだ。いや、そうして見せる──

 鷲介はそう思いながら、控室に足を向けるのだった。






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